研修5 ダンジョンオープン
そしていよいよ、ダンジョンオープンの日となった。
計画通り、私とヘンリーさんが、ダンジョン発見の報告をカーン男爵領の領都で行うことになった。冒険者なので本来は地元の冒険者ギルドで行うのだが、領都には冒険者ギルドも商業ギルドも設置されていない。では、どうするかというと、地元の聖母教会を訪ねたのだ。
これには訳がある。なんと聖母教会の司祭であるイサクさんとヘンリーさんは知り合いだったのだ。
「いやあ、こんなところで先輩に会うなんて、これも神のお導きかもしれませんね」
「本当だね。セントラルハイツ学園のダンジョン研究サークルのOB会以来かな?」
もちろん偶然ではない。ここにイサク司祭がいることは事前に把握したうえでの訪問だ。イサク司祭は30代の男性で、人の好さそうな感じだ。ヘンリーさんとイサク司祭が出会ったのセントラルハイツ学園という人族の王族や有名貴族が通う教育機関にヘンリーさんが短期留学していたときだったらしい。
たまたま、ダンジョン研究サークルのOB会があり、その場で意気投合したみたいだった。怖くて問いただしてはいないが、ヘンリーさんのことだからイサク司祭と交流をもったのも計算ずくかもしれない。
「ところでどうしてこんな辺鄙なところまで来たんだい?」
「実は色々と事情がありまして・・・・」
ヘンリーさんが計画通り、私との結婚を反対されたことから駆け落ち同然で逃げて来たという話をした。その説明で、イサク司祭は納得したみたいで、同情もしてくれた。
「それで、実家の追手から逃げながら、冒険者をしたり、商人の真似事をしたりしながらここまで来たわけです。色々と調べた結果、ここのカーン男爵は名君であらせられ、しばらくここでお世話になろうかと思いまして・・・・それにこんな場所まではさすがに追手は来ないでしょうし・・・」
「ヘンリー君が来てくれたら領主様も喜ぶと思うんだけど、何分、財政状態が悪くてね。この教会もカツカツでやっているくらいだから・・・・」
「それがですね。大儲けできるものを見付けてしまったんですよ。なんとダンジョンを発見したんです!!」
「なに!!ダンジョンだって!!」
ここで、ヘンリーさんがダンジョンの説明を始めた。ダンジョンの構造や採取素材などの情報を伝える。特にソルトスライムという討伐すると岩塩をドロップする魔物が多く出現することを強調して話した。この魔物は当初は出現させる予定はなかったが、ヘンリーさんの企画で急遽変更したのだ。
そして、イサク司祭に岩塩を差し出す。
「これがソルトスライムから採取した岩塩です」
「これは質がいい。領主様も大喜びするだろう。できれば、私と一緒に領主様と会ってくれるかい?いい形で紹介しようと思っている。それに君が書いた論文は読ませてもらったよ「ダンジョンを生かす領地経営」だったかな?よく書けていたと思うよ。だから、その観点から色々とアドバイスをしてほしいんだ」
「もちろんですよ」
ここまでは上手くいった。なぜいきなり、領主に報告に行かなかったかというと、どこの者ともつかない私達を信用してもらえず、門前払いをされる可能性を考慮してのことだった。地元の有力者のイサク司祭の紹介であれば、スムーズに領主と謁見できる。
イサク司祭は身支度を整えると私達を領主館まで案内した。
領主のカーン男爵はグリード子爵領の魔物討伐に駆り出されて不在だったので、長男のオゴディさんが応対してくれた。
「だ、ダンジョンの発見!!岩塩が採取できるだと?本当ならグリードの馬鹿にこれ以上大きな顔をされなくて済む。父上も大喜びだろう。ダンジョンの探索部隊を編成して・・・・・」
かなり興奮しているみたいだ。イサク司祭がこれを諫める。
「オゴディ殿!!嬉しい気持ちは十分分かりますが、まずはヘンリー君を紹介させてくれませんか?」
イサク司祭が簡単にヘンリーさんのことを紹介してくれた。
「これは失礼した。我はオゴディ・カーンだ。領主の父が不在のため、父に成り代わり感謝の意を申し上げる」
「ご丁寧にありがとうございます。ヘンリーです。分けあって家名は名乗れませんのでご容赦ください。イサク先輩とはセントラルハイツ学園に短期留学したときにお世話になりまして・・・」
ヘンリーさんは、ここまで来た事情を説明する。それにオゴディさんは、ヘンリーさんと同じセントラルハイツ学園を卒業しているみたいだった。
「なるほど。駆け落ちか・・・・。まあ、同じ学び舎の後輩ということなら我もできる限り助力しよう。それと明日か明後日には父上も戻ってくるので、それまでにダンジョンの調査をしたいのだが、すぐに動かせる人員がおらんのだ。悪いがヘンリー殿、一緒にダンジョンに潜ってはくれんだろうか?」
「もちろんです。これでも冒険者ですから。こちらのナタリーも見た目よりは戦えますので」
もちろん、私は大魔法使いではない。ジョブということで言えばモフモフした魔物限定だが意思疎通が取れるテイマーだ。しかし、説明が面倒なので魔法使いということにしている。ヘンリーさんの見立てでは、私は冒険者ランクでいうところのC~Dランクらしい。この辺の田舎ではそこそこの戦力になるみたいだ。
「オゴディ殿!!水臭いですよ。こう見えて私も学生時代は、ダンジョン研究サークルの副部長にまでなった男ですからね。私もお供しますよ」
そして、即席のパーティーが出来上がった。戦力的にヘンリーさんは、剣も魔法もかなり使える魔法剣士で、いわゆる万能型だ。オゴディさんは近接特化型の槍使いで、イサク司祭は近接攻撃もできる回復術士だ。そこにまあまあの魔法使い役の私が加われば、そこそこバランスの取れたパーティーになった。本気でダンジョン攻略をするわけではないので、即席でこれなら合格点だろう。
そして、すぐに出発してダンジョンに案内した。事前に予定していたコースを探索する。ここで注意することは探索しすぎないことだ。ダンジョンを解き明かしていく楽しみを冒険者に残しておかなければならない。なので、ソルトスライムが多く出現するエリアを中心に案内した。
ソルトスライム自体、あまり強い魔物ではないため、私とヘンリーさんは全くすることがなかった。オゴディさんもイサク司祭もストレスが溜まっているのか、ソルトスライムにぶつけていた。
ソルトスライムが二人に惨殺されていく。ダンジョンを運営する側からすると複雑な気分だ。
「強欲グリードめ!!八つ裂きにしてやる!!」
「何様だ!!本部のクソ神官め!!もっと寄付金を集めろだと?ふざけやがって」
イサク司祭には「あんたは聖職者だろが!!」と突っ込みたくなったが、止めておいた。私は細々とドロップした岩塩を拾い集めていく。しばらくして、ソルトスライムを倒しきったところで、ヘンリーさんが二人に声を掛ける。
「今日はこの辺で止めにしませんか?未開のダンジョンなので、どんな危険が潜んでいるか分かりません。オゴディ殿の身に何かあれば、本末転倒です。まずは領主様に指示を仰いだほうが良いのではないでしょうか?」、
「それもそうだな。この短時間でこれだけ岩塩が得られたのなら十分だと思う。ヘンリー殿には我が家で部屋を用意するから父上が戻るまでゆっくりしてくれ。イサク司祭は父上が帰還したら使いを寄越すからそのときに今後のことについて意見を聞かせてくれ」
そして、私達はダンジョン探索を終え、一旦は町に帰還することになった。
ダンジョン集客作戦の第一段は無事に成功した。
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