研修のご褒美
私は今、下宿先で必死になってレポートを作成している。私の横では、研修でお世話になったマーナさんの妹で友人のミーナがお土産の燻製肉を頬張っている。
「この燻製肉は本当に美味しいわ。お姉ちゃんに言って、いっぱい送ってもらおうっと」
「ちょっとミーナ!!少しは手伝ってよ。これを期限までに出さないと卒業できないんだから!!」
当初は図書館でヘンリーさんに手伝ってもらいながらレポートを作成していたのだが、女子生徒の冷たい視線と無言のプレッシャーに耐え切れず、下宿先で引きこもって課題をこなすことにしたのだ。女子学生の間では、ヘンリーさんに擦り寄るあざとい女ということにされている。特に私とヘンリーさんの研修のペアに文句を付けていたルキアさんは激怒していた。この前なんか面と向かって言われた。
「ちょっと研修で一緒だったからって、勘違いするのもいい加減にしなさい!!」
(だから、私のせいじゃないのに・・・)
研修で、私とヘンリーさんが新婚夫婦という設定で何回か一夜をともにしたと知られたら、多分殺されるだろう。それくらいヘンリーさんは人気がある。
そんなことよりも、レポートだ。口を燻製肉でいっぱいにして、モゴモゴ言いながらレミナが私に言う。
「DPの収支計算もダンジョンの階層追加もやってないって、いったい研修で何をしてたのよ?」
「だから燻製肉しか作ってないって言ってるじゃないの!!ミーナが食べてる燻製肉も私が精根込めて作ったんだからね」
「だったら今度作ってよ。食堂で売ればいい儲けになるよ」
「だから今はそんな余裕ないんだって!!」
そんなこんなで、ミーナの助力(邪魔?)もあり、なんとか期限までに提出することができた。
卒業試験は研修前にもう終わっているので、後はのんびりと卒業までに就職先を探せばいい。焦らなくても例年、合同の説明会でほとんど決まるみたいだ。ミーナのように実家に戻ることが決まっている学生以外は合同説明会で決めるのが通例だそうだ。
そんなとき、研修担当の講師がとんでもないことを言いだした。
「皆さんには研修で成績は付かないと言っていましたが、実は成績を付けていました。なので、総合試験の成績にプラスされるので最終成績の順位も変わります」
教室がざわついている中、成績表が張り出される。ヘンリーさんがトップ、ミーナが3位なのはいいとして、私が4位になっている。何かの間違いじゃないのか?ちなみに私を目の敵にしているルキアさんは5位で、私より順位が下だ。目からファイヤーボールが出そうなくらいに私を睨んでいる。
「それと研修の成績がダントツの1位だったヘンリー君とナタリーさんには、景品の旅行がプレゼントされます。一応追加研修という形を取ります。行先はあの有名な「試練の塔」です。研修を打診したときには軽くあしらわれたのですが、ヘンリー君とナタリーさんの活躍を聞きつけて是非研修に来させてほしいと言ってこられたのです。大変名誉なことですので、お二人はしっかりと勉強して来てください」
そう言って、講師は去っていった。
これには他の女学生も敵意をむき出しにしてくる。魔法の詠唱を始めている女性ともいる。私は堪りかねて「辞退してきます!!」と言って、教室を飛び出した。そして講師を呼び止めて、声を掛けた。
「研修ではヘンリーさんにおんぶに抱っこで、私はほとんど何もしてないんです。だから研修旅行を受け取るに値しないと思うので、辞退させてください」
「それはできない相談ですね。噂で聞いたことがあるかもしれませんが「試練の塔」のダンジョンマスターは非常に気難しい方です。当校もダンジョン協会も対応に苦慮しているんですよ。なので、研修を辞退することはできないと思います。研修に参加しないとなると卒業も・・・・」
「ヘンリーさんだけ行ってもらえればいいんじゃないでしょうか?私はおまけみたいなもんですから」
「先方がおっしゃるには、一緒に研修したナタリーさんも是非にということでしたので・・」
「そう言われれば、受けるしかないですね」
「脅すようなことを言いまして申し訳ありませんでした。ただ、こちらの事情も汲んでください。それとお土産の燻製肉はありがとうございました。大変美味しかったですよ」
講師の方も苦労しているんだろう。私は申し出を取り下げ、帰宅することにした。
次の日、ヘンリーさんから声を掛けられた。研修の打ち合わせをしたいとのことだった。それから研修開始までの5日間、図書館の自習室やカフェで勉強会をすることになった。ヘンリーさんの情報では、「試練の塔」のダンジョンマスターは非常に気性が荒く、粗相があれば最悪、ダンジョン業界から追放されるかもしれないとのことであった。
なので、勉強は絶対にしないといけない。ただ、女子学生たちの視線が気になる。そこで、ミーナにも来てもらい、3人で勉強することになった。ヘンリーさんと二人っきりよりは、女子学生のプレッシャーも少ないだろうという判断だ。しかし、この計画もすぐに頓挫する。当初は「ヘンリーさんとお喋りできる!!」と喜んでいたミーナだが、
「ごめんナタリー。このプレッシャーはさすがに無理だわ。研修頑張ってね」
と言って、1日目で辞退した。後2日は一人でプレッシャーに堪えないといけないのか・・・・。
でもやるべきことをやらなくてはならない。私はプレッシャーに耐えながら最近の資料や過去の文献を調べていく。調べれば調べるほど、私は憂鬱になっていった。
ダンジョンには大きく分けて二つのタイプがある。
強力な魔力を持った個体の魔力を利用して作られたオリジナルダンジョンとダンジョンコアという魔道具を利用して作られたコア型ダンジョンである。
ほとんどのダンジョンはダンジョンコアで作られている。私達が研修したB-5ダンジョンもこのタイプだ。ダンジョンを作れるくらいの魔道具なので、かなりのコストがかかり、1個作るのにもウン十億のDPが必要になってくるし、専門の職人が何年もかけて作る。なので大量生産ができないのが現状だ。
そして、今回研修に訪れるダンジョンは前者のオリジナルダンジョンだ。強力な魔力を持った個体は得てして、我儘で自分勝手だ。「試練の塔」のダンジョンマスターも例に漏れず、我儘らしい。それにダンジョン協会の抑えも効かない。コア型ダンジョンであればダンジョンコアを管理しているダンジョン協会の意向に背くことはできない。ダンジョンコアには耐久年数があり、どうしてもメンテナンス等でダンジョン協会を利用しなければならないからだ。
しかし、オリジナルダンジョンであれば、ダンジョンコアは必要ないのでダンジョン協会の言うことを聞かなくていい。まさにやりたい放題だ。
資料によると「試練の塔」のダンジョンマスターはハイエルフの女性だった。名前はキョウカ・カノン。もう1000年近く前からダンジョンを経営しているようだった。ハイエルフはエルフの始祖のような存在で長命種であるエルフよりも長い寿命と莫大な魔力を持っていることが多い。
30年前の「年刊ダンジョンマスター」によるとキョウカ様の妹であるミルカ様がサポートをしているようで、数多くの我儘エピソードが書かれていた。
資料をまとめているとヘンリーさんが声を掛けてきて、マスターのキョウカ様と面識のある人物に話を聞く段取りができたと言ってきた。
ヘンリーさんに付いて行くとそこは私達が研修でお世話になったミスタリアの本部だった。
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