フォーリアからのお誘い
【二十分後 ジュリラの街】
「「ごちそうさまでした」」
食事処を出てすぐの店先にて。
俺とクレアは声を揃えてお礼の言葉を述べる。
空腹を満たしてくれた感謝の気持ちが綺麗にシンクロした。
「ありがとうございましたフォーリア様! わたし、こんなにおいしいお料理を食べたのは生まれて初めてです!」
「どういたしまして。お腹いっぱいになったなら良かった。ねぇ二人とも、この後はどうする?」
「どうするって……普通に解散だろ?」
「えー!? 名家コートレールの一族が久しぶりの再会だよ⁉ そんな淡白でいいの?」
「一族の再会っていっても二人だけだし、そもそも俺はもう違う」
「いいじゃん、いいじゃん、このまま遊びに行こ――あ、ちょっと待った」
喋っている途中で何かに気付いたフォーリアは、会話を中断して俺の背中に回り込み、そのまま身を潜める。
まるで何かから隠れるようにして。
「……どうしたフォーリア?」
「しーっ。静かにしてて。こっち見ちゃダメ。自然な感じで前の方を見てて」
「?」
とりあえず言われた通りに棒立ちしていると、大通りの方から二人組の男性が現れ、なにやら緊迫した様子で辺りを見回しながらこちらの方へ進んでくる。
「何かを探しているみたいです。……あ、もしやあるじ様、あの方々は先程のチンピラのお仲間でしょうか?」
「いや、だったらあんな堂々としてないんじゃないかな……」
なんか嫌な予感がしてきたけど……ひとまず様子見といこう。
二人組の男性は俺たちに話しかけることもなく、ただ目の前を通り過ぎていく。
「くっ、一体どこに行かれたのやら……」
「おそらく近場の店にいるはずだ。一軒ずつ確認していこう」
「本当にすみません。僕がうっかり目を離してしまったばかりに……」
「仕方ないさ。ああ見えてお嬢様は切れ者だからな。まったく、そういった能力はお家のために使ってくださればいいのに……おい、新入り、なんとしても見つけ出すぞ」
「はい!」
そんな会話をしながらスタスタと早足で歩き去っていく二人。
それを俺の背中越しに見ていたフォーリアは、まだ無言を貫いている。
「…………」
あの人たち、コートレールの従者だよな、多分、
ってことは。
「……やっぱ抜け出してきたのか、お前」
「あ、バレた?」
「執事の人が探してたら、そりゃあな」
「だってつまんないんだもーん。勉強して人のスキル見て他の家のお嬢様とお茶会して知らない貴族の人と夜ごはん食べるの飽きたー!」
「充実した毎日じゃないか」
いいと思うよ。なんなら代わってやりたいくらいだ。
「私もユーマみたいに貴族やめたい!」
「俺は辞めたくて辞めた訳じゃない。クビみたいなもんだ。……まったく、めちゃくちゃ焦って捜してたじゃないか。あの人たち」
「いつものことだから平気だよ?」
「ご令嬢の脱走が日常茶飯事になってしまっているあの人たちの気持ちも考えてくれない?」
「でも私は昔のユーマと違ってコートレール家の重要なポストの人間じゃないもん」
と、拗ねるように言うフォーリア。
一体何を言い出すかと思えば……他の親族が聞いたら卒倒してしまうぞ。
「グラシュリス騎士団長の娘が何言ってんだ。今のコートレールで一番有名なのはお前のお父さんだろ」
「それはパパが凄いだけじゃん? それに、ウチの家を継ぐのは結局、パパの騎士団に入ってるお兄ちゃんだし? 私も入りたいって言ったけど女の子はダメらしいし? なんかやる気なくすじゃん? みたいな?」
「言い分はわかったからその喋り方やめろ。……というか、貴族でいるのは嫌なのに出世はしたいのか?」
「どうせやるならって話。そもそも大前提として堅苦しいのは嫌いなの」
「ふぅん、意外と野心家なんだな」
「うん、そうなの。ということで、私は貴族は辞めて別のお仕事で天下を取ります」
「待て待て待て。早まるなって。なぁ、クレアからもなんか言ってやってくれ」
「はい、おまかせくださいあるじ様!」
俺一人ではどうにもこうにもならなそうなのでクレアに加勢を求めると、彼女は真摯な視線をフォーリアに向け説得を試みる。
「従者であるわたしごときが口を出すのは失礼だと思うのですが、フォーリア様はお屋敷に戻るべきだと思います。みなさん心配しているはずですし……さっきの方々もフォーリア様がいないと困るのでは?」
「私もクレアちゃんがいてくれないと困っちゃうな♡」
「お、お気持ちは嬉しいのですが、わたしはあるじ様の従者ですので……」
「掛け持ちはできないの? 私のメイドさんにもなってほしいな。クレアちゃんみたいな可愛い子に♡」
「か、かわいい⁉ わたしが……⁉ ああいや、あ、あの、えっと……」
クレアの説得を飄々と受け流し、ダル絡みするフォーリア。
まったく、貴族ってのは自我が強くて嫌ですねぇ。
俺も周りから見たらこんなんだったのかな……。
「よし、こうなったら引きずってでも屋敷に送り届けてやる」
「えーやだやだー! ユーマたちも一緒じゃないと私、帰らないから!」
「ワガママ言うな。お前、十年前も同じこと言ってたぞ」
「でもさぁ、ユーマたちもどうせ行くアテないんでしょ?」
「え。まあ、それはそうだけど……」
「ご飯を食べるお金も持ってないんだもん、今日だって野宿なんでしょ?」
「うん、まあ……」
痛いとこ突いてくるなぁコイツ。
実際、俺一人ならともかく、女の子であるクレアには酷だろうし。
「けどそんなこと言ったって、俺はもうコートレールの屋敷には近寄れないんだよ」
「じゃあ別人として泊まるのはどう? ちょうど今ね、街の近くにゾンビ系のモンスターが増えてるらしくて、その対応のために皆バタバタしてるの。結構、大問題らしいよ?」
「ああ、知ってる。追い出されてなければ俺がその対策会議に出てたはずだから」
「なら話は早いね。これからユーマは、正体を隠した状態でこの問題を華麗に解決するの。そのあとに名前を明かせばコートレール家に復帰できるかもしれないし、そんなユーマを推薦した私の社会的立場もアップ! まさに良いこと尽くし!」
「別に家へ帰りたいとは思ってないんだが」
「あ、そうなの? でもそこを抜きにしても良いアイデアじゃない? これならしばらくは野宿しなくていい訳だしさ?」
「うーん……バレた時のことを考えるとやっぱり危なくないか?」
「もー! そんなマイナスなことばっか考えてどうすんの!」
「けど、シーゲルからわざわざ釘を刺すような連絡が来てたんだろ? もし俺が正体を偽ってることがバレた場合、一番被害を受けるのはフォーリアだぞ?」
「いいの! ユーマを助けられるなら本望! それに、『分の悪い賭けにもオールイン』がコートレールの家訓だしね!」
「いや違いますけど⁉」
ウチはそんな物騒な家訓じゃなかったはず!
「私、悲しいよ? ちっちゃな頃から貴族としての教養を身に着けてきたユーマが、女の子にご飯を奢られておきながら、お礼の一つもできないなんて」
「ぐっ……それを持ち出してくるのは卑怯だろ!」
「あ、じゃあじゃあ、お金は別にいらないからさ、身体で払ってよ。一回だけ、あの頃みたいに思いっきりハグさせて?」
「それなら前払いだ。さっき抱きつかれたから支払いはもう済んでる!」
「あれは全然全力じゃないもん」
「じゃあ今度こそ死ぬわ! さっき俺が怪我してるって言ったの覚えてるか⁉」
と、そこで。
不意にクレアから袖を引っ張られた。
「あの、あるじ様、僭越ながら意見を述べてもよろしいでしょうか?」
おそらく俺たちが意見交換という名の口喧嘩をしていたので、口を挟むべきではないと判断して沈黙していたんだろうけど……。
このままじゃラチが明かないと思ったんだろうね、うん。
同感だ。
「クレアの意見も参考にさせてもらおう。フォーリアの提案に乗るべきか否か、どっちが良いと思う?」
俺がそう問いかけると、クレアは自信満々な様子で言う。
「やりましょう、あるじ様! 戦闘なら全てわたしにお任せください!」
言って、拳を突き出してポーズを決めるクレア。
ああ……そうか。そうだった。
彼女の現時点での戦績は2戦2勝。
自らの戦闘力に自信を持ってしまってもそれは仕方のないことだし――なにより。
そう、なにより。
俺がクレアを野宿させることに対して気が進まないように、彼女もまた、俺が外で夜を明かすことを絶対に避けたいと考えているんだった。
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