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ジュリラに到着

【二時間後 ジュリラの街】


 とはいえ。


 彼女は現在、俺の荷物を紛失したという罪悪感でヘコんでいる。

 

 それはもうペシャンコといってもいいくらいには落ち込んでいる。


 ここで追い打ちをかけるようにオークを撃退したことが自分の力でないと分かれば、彼女は更に意気消沈してしまうだろう。


 なのでしばらくは【零点特化】のことは黙っておこうと思う。


 説明するにしても、まだ分かっていないことが多すぎてうまく言葉にできる自信もないしね。


 といった感じで。


「ふぅ、なんとか辿り着いたな」


 無事に到着しました。ジュリラの街に。


 既に日は暮れており、街中には明かりが灯っている。


 逆に、クレアの表情はどんよりとしていて浮かない様子だった。


「街には着きましたけど、食事もお泊りもできないです……わたしのせいで」

「森で野宿するよりはマシだ。ここなら少なくともモンスターには襲われないし」

「はい……そうですね」

「元気出せよ? な?」


 まあ、気持ちは分かる。俺は誰かに仕えたことはないけど、強いて言うなら姉や従妹のフォーリアがそれに近いかな。身近にいた年上の人間ということもあって、幼い頃からあの二人には人間関係の何たるかを叩き込まれた。


 姉のスズカは俺を溺愛するあまりメイド以上に世話を焼いて、それを拒むと拗ねる。


 従妹のフォーリアは天真爛漫すぎて当時の俺ではついていけなかった。


 毎日のように泥遊びに付き合わされたり、手料理の味見役にされたりして振り回されてたなぁ……勝手に泊まりに来て、気が付いたら同じベッドで寝てたりしたし。


 自分より位が上の人間って怖い……いや、俺の場合は「女って怖い」の方が正しいか。


「まあとにかく、何か食べれば気分も変わるさ。お腹が減ってるとマイナス思考になっちゃうからな」

「ですが、やはりお金がなければ食事はできないのです。あの時、わたしがオークをパンチで吹き飛ばしていなければ、とどめを刺してお肉を頂戴することもできたのですが」

「え、野生のオークの肉を食べるの……?」

「あるじ様、今は貴族のようなこと言っている場合ではありませんよ」

「ようなって……俺は一応、元貴族だからね?」


 いつも食卓にはグレードの高い料理が並んでいた家系の生まれなのである。


 うわ、自分で言っててなんだけど、すごい嫌な感じ……。


「ま、服を売れば食事代くらいにはなるだろ。下はともかく、上着くらいなら別に無くてもいけるし」

「でしたら、その役目はあるじ様ではなく、従者であるわたしが」

「……クレアってそのメイド服の下は何着てんの?」

「下着です」

「じゃあ絶対ダメだな」


 お金と引き換えに大切な何かを失ってしまう。


「あるじ様のためならわたし、メイド服なんて要らないです」

「俺は要ると思うよ……まあ、とりあえず物を買ってくれる店を探しに――」


 と、そこで。


「もー、いい加減にしてってばー」

「いいじゃねえか、一人なんだろ?」

「好きで一人っきりになってるだから放っておいてよー」


 大通りから逸れた人気のない一角で、なにやら二人の男女が揉めていた。


 片方はそこそこ体格のいい男で、見た感じ女の子をナンパしようとしているらしい。


 で、それを嫌がっている女の子の方は――げっ。


「……あるじ様? お知り合いですか?」


 あまりにもマジマジと見ていたため、クレアにそう問いかけられる。


 知り合いっていうか、親族だなアレ。


 上品な白いブラウスと、それを引き立てるシンプルなロングスカート。


 街の明かりを受けて輝くミディアムショートの金髪には、軽くウェーブがかかっている。


 間違いない。


「……フォーリアだ」

「ということは、あるじ様の従妹の方ですよね、つまりコートレール家のご令嬢さま?」

「そうだな、でも本人にはそれ聞くなよ。聞いたら拗ねるから」

「何故です?」

「貴族には自由が無いから嫌なんだってさ」


 昔からよく家を抜け出してたから、一時期は護衛という名の監視がすごい人数付いてた記憶がある。


 だが、今こうして通行人に絡まれているところを見ると、今日は誰も一緒じゃないらしい。


「フォーリア様を助けに行きましょう、あるじ様!」

「ああ、うん……そうだね。そうなんだけど……」

「ど、どうしてそんなに嫌そうなんですか?」

「いや、なんか昔から振り回されてばかりだったから、苦手意識があるっていうか……」

「ではわたしが単独で救出してきます。あるじ様はここでお待ちください。オークに比べれば、街のチンピラなんて相手になりませんから!」


 そう言ってフォーリアの元へ勢いよく駆けだすクレア。


「ちょっと待て……ああ、行っちゃった。まったくもう……【零点特化】」


 俺は左手をチンピラにかざして呟く。


『【零点特化】ノ発動ヲ確認。レフトリバース開始。対象の能力をゼロに固定』


 よし、これでクレアだけでも解決できるだろう。


 フォーリアに気づかれないよう、俺は遠巻きから展開を見守る。


 どうやらチンピラはかなり酔っているらしく、フラフラとした足取りでフォーリアに絡み続けている。


「なぁいいじゃねか、どっかそこいらで酒でも飲もうぜ?」

「私は二十歳を超えてないから無理なの。諦めて他の人を誘って」

「姉ちゃんみたいな上玉と飲みたいんだよ俺は」

「初対面の人間をそんな風に呼ぶ人とは一緒にいたくない!」

「んなこと言わずに、ほら行こうぜ」

「ちょっ、ホントにやめて――あれ?」


 腕を掴んで強引に連れていこうとするチンピラに抵抗するフォーリア。しかし性別や体格差のせいでそれは叶わない。


 ――かと思われたが、普通に叶った。


 チンピラがいくら引っ張ってもフォーリアはビクともしない。


 あ、そうじゃん。別に直接助けに入らなくたって、弱体化さえしとけばフォーリアだけでどうにかなる問題だ、これ。


 しかし時既に遅しといった感じで、そこに従者パワー全開のクレアが割って入る。


「メイドパンチ! とりゃあ!」

「うげぇっ!」


 クレアに鉄拳をお見舞いされたチンピラは、まるで紙屑のように宙を舞ってそのまま道の端に突っ込んだ。


 手足がピクピク動いているものの起き上がる素振りはない。気絶したようだ。


「…………」


 うわぁ、痛そう。


 マジで痛いんだよな、防御力がゼロになった状態で攻撃くらうのって。


 調節とかできないのかなぁ、これ。


 ……ああそうだ、ちゃんと戻しとかないと。はい【零点特化】。


『【零点特化】ノ発動ヲ確認。レフトリバース開始。対象の能力を通常値に復元』


 俺はチンピラに発動していた【零点特化】を解除する。


 時間制限があるかどうか分からない以上、元に戻しておかないと一生あのままってこともありえるからな。


 当然クレアへの【零点特化】も既に解除しているが、唯一、あのオークだけは戻せていない。悪いことしちゃったな……また会えたら良いんだけど。


「……さて、なんにせよ解決か。クレアが戻ってきたらすぐにフォーリアから離れないと――って、なにしてんだ、あのお嬢様」


 フォーリアは自分を助けてくれたクレアの両手を握って、上下にブンブンと動かしている。


「ありがとー! あんな横暴そうな人に立ち向かうなんて勇敢だね! 偉い! ねぇねぇ、名前はなんていうの?」

「ク、クレアですけど……」

「クレアちゃんかぁ、いい名前! こんな素敵な女の子にはお礼をしなくちゃ! 今から時間ある? お礼をしたいからウチに来てくれない?」

「え? え? いや、あの、わたしは……」

「いいから、いいから、とりあえず行こ? 堅苦しいところだけどおいしいお菓子だけはいっぱいある家だからさ、きっとクレアちゃんも気に入るよ」


 と、先程のチンピラよりもよっぽど強引に詰め寄るフォーリア。


 クレアは両手を強く握られているため彼女から離れられずにいる。


「あの強引さ、昔と全然変わってないな……」


 なんか今度はクレアが連れて行かれそうになってるんだけど……。


 流石にフォーリアへ【零点特化】を使うわけにはいくまい。幼馴染だし、女の子だし。


 はぁ、仕方ないか……。


 俺は重い足取りで二人の元へ向かう。


「あのさ、人の従者を誘拐しようとするのはやめてくれるかな?」

「あ、あるじ様……! この方、強引過ぎますぅ……!」

「だろ。だから乗り気じゃなかったんだ、俺は」


 助けたお嬢様に拉致されそうになったら怖いよなぁ、普通に。


「ん、クレアちゃん一人じゃなかったの? あ、そっか、メイドさんの格好してるもんね。じゃあせっかくだし、そちらのご主人様も招待を――って、あれ⁉ ユーマ!」


 俺に気付いたフォーリアはこちらを指さして歓喜の声を上げる。


 まるで生き別れた姉弟と再会したような喜びようだった。


 相変わらずテンションが高い奴だな。


「ユーマじゃん! 久しぶりー!」


 次の瞬間、彼女はクレアから手を放してこちらへ飛び込んできたかと思うと、そのまま当たり前みたいに抱き着かれた。


 怪我で満身創痍の身体に思いっきり身体を押し付けられて、だ。


「痛い痛い痛い……!」

「どうして? 私だって昔より成長してるんだし、全体的に柔らかくなったと思うよ?」

「その代償として精神が一ミリも育ってないじゃん……怪我してんだよ俺は」

「あ、そうなの? 包帯も巻いてないし血も流れてないから分かんないよ。ちゃんと言ってくれないと」

「言う前に誰かさんが抱き着いて来たんだ!」


 離れろ!


 まったく、挨拶代わりにハグしてくる癖はまだ治っていないらしい。


 それにしてもこいつ、幼い頃から剣術の訓練を受けてきた俺の反射神経を超えてくるとは。


 やるな、やはりコートレールを名乗っているだけのことはある。


「そっかぁ、ユーマ怪我してたんだ。ごめんね、久しぶりに会ったからつい」


 と、フォーリアは渋々俺から離れる。


 昔っから毎度毎度、一体なにがそんなに名残惜しいのか、俺は十年経った今でも解明できていない。


「次からは気を付けてくれ。……いやまあ、次なんてものがあるかは分からないけど……とにかく、俺たちはこれで」

「え? もう行っちゃうの? もっとお話しようよ」

「悪いけどそういう訳にはいかない。こっちにも色々と事情があってな」

「そんなぁ……せっかく久々にユーマと会えたのに……」


 しょぼんと、目に見えてフォーリアは落ち込む。


 うーん……そんなに残念がられると多少なりとも心が痛むが、フォーリアも当然コートレールの人間だ。このまま彼女の屋敷に行く訳にはいかない。なにより最優先事項として、俺たちは今晩の食事を確保しないといけな――


「そっか、用事があるなら仕方ないよね……もう夕食の時間帯だし、どこかその辺で一緒にご飯でも、と思ったのに……」

「………………」



読んでいただきありがとうございます!


「続きが気になる!」と思っていただけたら、後書き下部の評価欄の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただけると嬉しいです!

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