【零点特化】性能調査?
【三十分後 森の中の沿道】
逃げる途中でどっかに落としたそうです。
「すみませんごめんなさい申し訳ありません。わたしが無能なばかりに……」
「いや、仕方ないって。荷物を持ったままオークから逃げろって言う方が無理だから」
俺はもう何度目かも分からない謝罪を繰り返すクレアを慰める。
クレアがオークを撃退した時、彼女は両手で俺の剣を持ち上げた。
なので当然、その時にはもうバッグは持っておらず、それが気になったので質問してみたのだが……やはりこうなってしまったか。
クレアは責任感が強いので、何かをやり遂げた時の喜びより、失敗してしまった時のショックの方が大きいタイプなのだ。
あれから三十分。
慌てふためくクレアと共に森の中を捜索してみたものの、逃走している最中は二人とも必死だったので、どこを通ったのかよく覚えていなかった。
「これ以上長居すると日が暮れちゃうし、そろそろ行くか」
「あ、諦めますか? あれにはあるじ様のお洋服とお金が入っているのに……」
「またモンスターに襲われるよりは無一文の方がマシだろ?」
「はい。あるじ様のおっしゃる通りです……」
「よし、じゃあ出発だ」
もうじき日が落ちそうな時間帯ということで、俺たちは気を取り直して(約一名取り直せていない者もいるが)ジュリラの街へと再び歩き始めた。
「うぅ、お金がないとあるじ様の泊まる宿が取れません……それに、あるじ様の食事も買えないです。どうしましょう……」
「また俺の心配ばっかりしてるけど、それは俺だけじゃなくてクレアもそうだろ?」
「わたしはいいんです……メイドは寝たり食べたりしなくても平気なのです」
「新手のモンスターかお前は」
「もしそうだとしても、わたしは良いモンスターなので安心してください……」
「安心させたいならまず否定をしてくれ」
ダメだ。落ち込みすぎて会話も適当になってきてる。
「あ、そうです。あるじ様の荷物を紛失してしまったわたしですが、護衛ならお任せください。どんなモンスターが襲って来ようと、わたしのメイドパンチでお守りしますから」
「……た、頼りにしてるよ」
うん、割とマジで。
俺は頬を引きつらせてそう言いながら、先程の戦闘を思い返してみる。
一体なぜ俺たちはオークを撃退できたのか。ジュリラの街に着くまでにその答えを出しておく必要がある。
まず、クレアとはそこそこ長い付き合いになるが、彼女は決して力が強いわけではなく、むしろ見た目通りのか弱い女の子と言っていい。
なので当然、オークに勝てる可能性はゼロだと思っていた。
それを覆した原因を挙げるとすれば、まあ、俺が使ったスキルが一番怪しいよな。
だけどアレは自分の被ダメージを増やすだけのスキルのはず……実際、シーゲルの時はそうだったわけだし。
ただ、もし【零点特化】が俺ではなくオークに発動したと考えれば、先程の戦いの説明がつく。
オークが弱体化したことによってクレアへの攻撃が通じず、逆に彼女のメイドパンチで大ダメージを受けて吹き飛んでいったのだろう。
うーん、シーゲルの時と何が違うんだ……? 発動する際の口上は一緒のはずだし、体勢とかも特に思い当たる節は……あ、待てよ。
確か、シーゲルの時は利き手である右手をかざして発動したはず。
けど、さっきは右手が痛くて動かせなかったから左手で使ったよな?
だとすると。
「スキル解放、【零点特化】」
俺が右手を空中にかざしてスキルを発動すると、やはり頭の中で声が響く。
『【零点特化】ノ発動ヲ確認。ライトリバース開始。自身の能力を通常値に復元』
その瞬間、昨日からずっと感じていた身体の不調が吹き飛んだ。
まあ、普通に怪我した部分とかはまだ痛いけど、風邪を引いたときのダルさみたいなものは解消された。
「……なるほどな」
そうか、それでオークに剣を直撃させても効かなかったのか。
【零点特化】により俺の身体能力が何もかも下がってしまっていたから。
だがようやく戻ったぞ。それに使い方も少しずつ分かってきた。
早速実験してみよう。
「クレア、ちょっと試してみたいことがあるんだけどいい?」
「はい? なんでしょうか、わたしにできることであれば何なりと」
そう言って、クレアは足を止め俺の方へ向き直る。
「ちょっとそのままジッとしといてくれ――【零点特化】」
『【零点特化】ノ発動ヲ確認。レフトリバース開始。対象の能力をゼロに固定』
左手をクレアにかざしてスキルを発動し、脳内の声が収まるのを待ってから、俺は彼女へ質問する。
「どうだ? なんかダルい感じとかある?」
「はい、なんだか……身体が重いです……」
「そうか、すまない。すぐ終わるからちょっとだけ我慢してくれ」
うん、やっぱり左手で使うと自分以外を対象に取れるらしい。
じゃあ次は、実際に効果があるのかどうかだな。
「クレア、悪いんだけどさ、ちょっと一発殴ってくれる?」
「はい!? ななな、なんですかいきなり⁉ 誰をですか!?」
「いやだから、俺を殴ってくれ」
「あるじ様を!? わたしが!? で、できませんそんなこと……」
「頼む、どうしても殴ってほしいんだよ。一発だけでいいからさ」
「あぅ……でも……」
クレアは目を左右に忙しなく泳がせ動揺しながら、何かしらに葛藤した後、やがて吹っ切れたように口を開く。
「わ、分かりました。あるじ様がそういう趣味をお持ちなら、わたしはメイドとして務めを果たさせていただきます……」
「ちょっと待った。なんか勘違いしてるな。名誉のために言わせてもらうけど俺は別に被虐的な性癖を持つ変態というわけではなく一人の紳士であって――」
「では参ります! えい!」
クレアは俺の話を聞かずに拳を振るう。
まあ、自分のご主人様がいきなり被虐趣味に目覚めたとなれば、聞く耳なんて持っていられないだろう。
そんな彼女のパンチは俺の腹部を的確に捉えたが、その衝撃はゼロに等しい。
対格差を考慮しても威力が低すぎる。やはり【零点特化】の影響か。
「なるほどな、大体わかった」
「あるじ様の性癖が……ですか?」
「いや……とにかくあと数回殴ってくれる?」
「わ、わかりました。あるじ様を悦ばせるためなら仕方ありませんね」
「待って、やっぱり勘違いしてない?」
「いきますよっ!」
ペチ、ペチ、と打撃を繰り出すクレアの動きも、先程より緩慢になっている。
スピード、パワー、防御力。その辺りが全部ダウンしていると考えて問題ないだろう。
ふふ、ふふふ。悪くないぞこのスキル。ぜひともこのまま使い方をマスターしたい。
と思ったのだが。
「いいね、もっと殴ってくれ。次は顔にビンタを――」
「あるじ様、わたしは女王様ではなくただのメイドです……これ以上は、その、わたし……」
「…………」
引かれていた。
もうドン引き。
説明してあげればよかったね、普通に。
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