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【零点特化】起動

【百八十秒後 コートレール邸、近辺の森】


「どうしようこれから……」


 迷っていた。


 コートレールの屋敷を出てから5分も経たないうちに、俺は迷っていた。


 いや、森の中の道ではなく、人生の路頭にね?


 いきなり家を追い出されて、持ち物は着替えとお金と剣だけ。


 おまけに怪我人とメイド少女の二人旅って、あまりにも心許ないな……不安で死にそう。


「とりあえず、ここから一番近いジュリラまで行くか。あんまりいい思い出はないけど」

「はい、そうしましょう。街にいる親族の方を訪ねてみるのはどうです?」

「もう連絡がいってるんじゃないかなぁ。あそこには従妹のフォーリアたちが住んでるけど、当主から直々に『あいつには関わるな』と言われれば従うしかないだろうし」

「では、自力でお仕事を探しますか?」

「それしかないだろうな。……あ、でも待てよ。ジュリラぐらい近場の街だと、今の俺は悪い意味で有名だろうし、後ろ指とかさされるかも」

「そんな人がいたらわたしが注意します! あるじ様がいたからこそ、今のコートレール家があるというのに!」

「はは、頼もしいな」

 

 頬を膨らませて怒っているクレアを見て自然と笑い声が漏れた。


 ああ、一人で飛び出さなくて良かった。


 クレアが一緒だと退屈しないで済みそうだ。


 とはいえ、コートレール家からジュリラの街までは馬車で1時間。多分、歩きだとこの森を抜けるのに3時間はかかるだろうな。


 今はまだ昼だが、夕方以降になればモンスターが活発に動き出す。


 それまでには森を抜けてしまいたい。


 だから。


 俺はふと視線を前方から隣に移し、カバンを両手で持って歩いているクレアへ向ける。


 屋敷を出る時からずっと、クレアに持たせたままになっていた。


 元コートレール家の人間としてはあるまじき行為だ。


「なぁクレア、それ俺が持とうか?」

「大丈夫です。あるじ様をサポートするのはメイドの務めですから」

「でも家を追い出されたからな。もう俺はご主人じゃないし、クレアもメイドじゃないんだから、そんな気を遣ってくれなくてもいいって」

「いえ、あるじ様はわたしにとって、この先もずっとあるじ様なのです。もしもあの時あるじ様に出会っていなければ、今のわたしはありませんから」

「クレアはもう十分尽くしてくれてると思うけどな。……まあいいや、無理にとはいわないさ。疲れたら代わるからいつでも言うように」

「お気遣いありがとうございます、あるじ様は本当に優しくて――」


 と、クレアはそこで言葉を止めた。


 何かに驚いたらしく、ポカンと口を開けたままになっている。


「クレア? いったいどうし――――なっ⁉」


 彼女の目線の先にいたのは、巨大な体を持つ獣型のモンスター――オークだった。


 一頭のオークが森の中から姿を現し、その鋭い眼光でこちらを見ている。


「オークがどうしてここに……? この辺りは普段、魔物除けのスキルが施してあるはずなのに……」


 いや、今は原因を考えている場合ではないな。


 向こうは完全にこっちを獲物としてロックオンしている。


「オークは群れで行動するモンスターだ。まだ近くに仲間がいるかもしれない、逃げるぞ!」

「はっ、はい!」


 俺はクレアの手を引いて森の中に入り、木々の間を駆け抜けていく。


 今歩いていた通りは馬車用にある程度整備されていて見晴らしが良いため、追っ手を撒くのには向いていない。


 なのでこうして森の中を走った方が逃げ切れる可能性は高い……が。


 背後からは枝をへし折って迫ってくるオークの鳴き声が徐々に近づいてくる。


 まずい、まずいまずいまずいぞ!


 人間とオークでは身体能力が違いすぎる。森の中では尚更だ。


 怪我のせいでこれ以上速く走ることもできないし……。


「……くそ、仕方ないか」


 俺はクレアと繋いでいた手を放して腰から剣を抜き――それを構える。


「あるじ様!? いけません! その身体で戦うなんて無茶です!」

「クレアはこのまま屋敷に向かって走れ」

「そんな、あるじ様を置いて行くなんて……!」

「俺の命令が聞けないのか!」


 オークは眼前まで迫っている。


 もうクレアが走り去ったかどうかを確認する余裕はない。


「――来い!」

「グオォォッ!」


 すさまじい勢いで突進してくるオークをギリギリで躱して剣で反撃するも、やはり怪我のせいで踏み込みが浅く、オークの分厚い毛皮に防がれてしまった。


「顔を狙わないとダメか……!」


 足場の悪い森の中で、無我夢中で喰らいついて来るオークを避けながら隙を探す。


 中々獲物を仕留められないことに憤慨したオークは、ついに単調な突進を繰り出してきた。


 ここしかない!


 腰を落として態勢を整え、振り上げた剣を力の限りオークの顔面に叩きつける。


 しかし。


「ぐはっ!」


 オークの大きな腕に殴られ、俺は木の幹へと叩きつけられる。


 攻撃自体は命中したものの、その威力は普段からだと考えられない程に貧弱だった。


 斬撃でも何でもない。まるで柔らかいクッションをぶつけたみたいだ。


 怪我をしているとはいえ、これはいくらなんでもおかしい……。


「けど、まあいいか……時間は稼げたわけだし、目的は果たした」


 クレアが無事でいてくれればそれでいい。


 身動きが取れなくなった俺へにじり寄ってくるオークを見ながら、そう思った。


 最後に彼女を守れたことに満足して目を閉じようとしたその刹那――俺の前に人影が立ちはだかる。


「……ッ!」


 それはきっと、俺を守ろうとしてくれているんだろう。


 けれど、しかし。


 その後ろ姿は小さくて華奢で、おまけに震えていた。


「わたしはメイド失格です……あるじ様の言いつけを破ってしまいました」

「……どうして逃げなかった」

「一人で逃げるのは嫌です。わたしだけで生きていくのは嫌なんです。どれだけ無謀な選択だとしても……それでもわたしは、あるじ様と一緒にいたいんです……!」


 クレアは落ちていた俺の剣を両手でどうにか拾い上げ、ぎこちなく構える。


 当然、剣を握ったことなんてないに決まっているのに。


「あるじ様はわたしがお守りします!」

「ダメだクレア、頼むから逃げてくれ……!」


 くそっ、怪我をしていなければ追っ払うくらいのことはできたのに!


 俺が不甲斐ないばかりに、クレアまで巻き込んでしまうなんて……。


「グオォ……」


 獲物が一匹増えたことを喜ぶかのように唸って、オークは彼女の目前で腕を振り上げる。


 叩き潰す気か。クレアがあれを受け止められるはずはないし、避けられるとも思わない。


 何か……俺にできることは……あぁ、そうだ、スキル。


「……このまま何もしないよりは、マシか」


 木に打ちつけて自由が利かない右手の代わりに、俺は左手をオークにかざす。


 俺がもっと良いスキルを貰っていればこんなことにはならなかったのに。


 そんな後悔と共に小さな声で呟く。


「スキル解放――【零点特化】」


 すると。


『【零点特化】ノ発動ヲ確認。レフトリバース開始。対象の能力をゼロに固定』


 頭の中でまた、あの妙な声が響いた。


 ただ、目の前の光景になんら変化はなく、オークの腕は無情にもクレアに向けて振り降ろされた。


 ……振り降ろされたのだが。


 ペチン、と。


 その腕はクレアの頭を撫でるような柔らかさで、彼女の黒髪に着地した。


 恐怖のあまり目を瞑っていたクレアは恐る恐る瞼を上げ、この奇妙な状況を確認する。


「い、痛くないです……?」

「グォ……⁉」


 驚いているのはオークも同じだった。自身の攻撃が目の前の少女に通用しなかったことが信じられないらしい。


 そんなオークに対し、クレアは剣を捨ててギュッと拳を握った。


 そして。


「お願いですからどうか! わたしたちを食べないでください!」


 ドゴッ!


 彼女の初々しいパンチを喰らったオークは、森の奥に吹っ飛んで行った。


「………………え?」


 俺は目を疑う。


 なに今の? オークが吹っ飛んだ? どうやって……?


 訳も分からず呆然としていると、クレアはこちらへ振り返って嬉しそうにガッツポーズを決める。


「や、やりましたあるじ様! 剣は重くて振れなかったので、咄嗟にパンチへ切り替えたのが功を奏しました!」

「ああ、うん。そうだね……」


 いや、普通ならその前の時点で叩き潰されているはずなんだけど……。


 どうやら彼女は今の状況を別段、不自然だとは思っていないらしい。


 クレアは屋敷での生活が長いせいで少しばかり世間知らずなところがあるからなぁ。


 まあ、そんなレベルじゃない気もするけどね。


 とはいえ……助かったのは事実。何故だ? 一体どうして――


「あるじ様を守ることができて光栄ですぅ!」


 腕を広げて駆け寄ってきたクレアに抱き着かれた。


 原因の究明をしているというのにまったくもう……いや。


「いだだだだ! だから痛いって……!」


 シーゲルとの戦いで怪我をした状態から更に、オークにも殴られてるんだから!


 唯一救いがあるとすれば、殴られた際に味わったオークの腕の感触とは裏腹に、クレアの身体は細身で柔らかかった。


 ……だからといって痛みが減衰しているとか、そういうことはないんだけど。


 痛いものは痛い。全身が砕けそう。


「も、申し訳ありませんあるじ様……わたし、同じ過ちを二度も……」

「いや、いいさ。よくやったよクレア。俺はもうマジで死ぬと思った」


 本当の本当に、俺は良い従者に巡り合えた。


 ついさっき、クレアは俺と出会わなかったら今の自分はいないと言っていたが、俺もまったく同じ気持ちだ。彼女がいなければ間違いなく俺は死んでいた。


「クレア、戻ってきてくれてありがとう」

「あ、え、えっと……その……」


 突然のお礼に驚きを隠せない様子のクレアだったが、やがてその賞賛を受け入れ、彼女は誇らしげに言った。


「はい! わたしはあるじ様のメイドなので当然です!」


 と、満面の笑みで心の底から嬉しそうに笑うクレア。


「さぁ、あるじ様! 街に参りましょう!」

「ああ……うん」


 そうだね、できればずっとその笑顔を保っていてほしいところなんだけど、今、この場において次に俺が発しなければいけない言葉は、この幸せな空気感を破壊しかねない重大事項なんだよな……。


 できれば言いたくないが、黙っていて済む問題でもない。


「あのさ、街を目指す前に、クレアに一つ質問してもいい?」

「いいですよ、なんでも聞いてください!」


 胸をポンと叩いて「任せろ!」と言わんばかりのクレアに、俺は問いかける。


「さっきまでクレアが持ってくれてた荷物って……どこいった?」



読んでいただきありがとうございます!


「続きが気になる!」と思っていただけたら、後書き下部の評価欄の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただけると嬉しいです!

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