一族追放
【???時間後 コートレール低】
「…………う」
「あるじ様……? よかった、あるじ様が目を覚ましました! やったー!」
そんな聞き馴染みのある声と共に、俺は意識を取り戻した。
まず視界に入ったのは屋敷の自室と、飛び跳ねているメイドが一名……だが、朝というわけではなさそうだ。やはりあのまま気絶して――
「ご無事で何よりです、あるじ様ぁ!」
部屋を飛び跳ねていたクレアがその勢いのままガバッと抱き着いてきた。
まったく、記憶を辿っている最中だというのに……ん? なんか痛いぞ?
クレアに抱きしめられている身体全体が砕けるように痛む。
「いででで! 痛い! ちょっ、放せ!」
「あっ!? ご、ごごごごめんなさいあるじ様! 私、嬉しくてつい……」
「いや、別にいいんだけどさ……ぐぅ……」
ベッドから身体を起こすと全身に痛みが走った。
「ダメですあるじ様! まだ安静にしていないと!」
「大丈夫だって。シーゲルの攻撃で気絶してただけだろ? 朝言ってたように、今日はジュリラの人たちとの会談があるんだ。行かないと」
「そ、そちらの方はキャンセルの連絡を入れておきました。申し上げにくいのですが、あるじ様が屋敷に運び込まれたのは昨日なんです……」
「え……ってことは俺、一日中眠ってたの?」
「はい、ひどい怪我でしたから」
「マジか、そしたら予定を組み直さないと……」
「その必要はない」
と、俺の言葉を邪険に遮るようにして。
つい先程まで(といっても昨日だけど)剣を交わしていたシーゲルが、父と共に部屋に入ってきた。
「あ、あの、申し訳ありません。あるじ様はまだ目を覚ましたばかりですので、お仕事のお話は控えていただいた方が……」
「うるさい。メイドは黙っていろ」
「は、はい……」
シーゲルの威圧するような声でクレアは委縮し、顔を下げて部屋の隅で待機する。
「おい、何もそこまで言うことないだろ、シーゲル」
「フン、どんな事情で拾ったかは知らないが、こんな出自の分からない捨て犬のような人間をコートレール家に置いておくのはふさわしくない」
「それはお前が決めることじゃないな」
今のは流石にイラっと来たぞ。
「ふ、まあいい、我々はそんな話をしに来たのではない」
俺が睨みつけると、シーゲルは煽るような口調で本題らしきものに入った。
「なにやら今後の予定を立てようとしていたらしいが、必要ない。その会談には僕が出向く」
「随分と頼もしいな。じゃあ、これからは二人で分担してやっていけるわけだ」
「いいや? そんな生易しい物じゃないぞ。お前はもうコートレールの人間ではなくなる」
「……どういう意味だ?」
「文字通りだよ、お前はコートレール家を追放される」
「じょ、冗談だろ? そりゃ勝負に勝ったのはシーゲルだけどさ、一族からの除名には当主の許可が要る。だから――」
「当然許可は貰っている。そうですよね、父上?」
そう言ってシーゲルが振り返ると、父は迷うことなく頷いた。
……え? 許可しちゃうの?
「ユーマ、お前には期待していたのだぞ。女神から賜るスキルは、必ずしも望んだ物が得られる訳ではない。だからもしお前が有力なスキルを賜らなくとも、その頭脳や剣の腕を考慮して、ワシは次期当主の候補に推し続けようと考えていた」
「でしたら……」
「それがなんだ、あのスキルは? アレを使った途端に攻撃をくらって、しかもそのダメージで一日目を覚まさないときた。役に立たんどころかマイナスではないか。無い方がマシなスキルなど聞いたことがないわ」
「考え直してください父上、たとえスキルが使えなくとも私は……」
「のう、これ以上ワシを失望させてくれるな」
「…………!」
突き放すような強い口調で、父は言った。
そんなバカな。俺は今までこの家のために尽くしてきたのに……。
ただまあ、なんとなく理由は分かるよ。
普通なら、流石に追い出したりまではしないはずだ。
だがシーゲルに【剣聖】が発現したとなれば話は別。この国では、そういう偉大な素質を持った人間が長男の方が見栄えが良いからだろう。
実際、現在の騎士団長であるグラシュリス叔父さんも三男だから家系を継げなかったんじゃないか、という噂もあるくらいだし。
この感じだともう、これ以上食い下がっても無駄だろうなぁ。
家族の絆っていうのはこうもあっけないのか。
「……分かりました。現当主からの除名により、今後一切、私はコートレールを名乗りません」
それを聞いて、シーゲルは満足そうに口角を上げた。
「ククク、それでいい。さて、では速やかに出ていってもらおうか。ここはコートレール家の屋敷だ。本日、客人が止まる予定は入っていないのでな」
「言われなくても出ていくさ」
痛む身体をどうにか動かし、俺はベッドから出て荷物を纏める。
どうせ馬車は使わせてくれないだろうし、最低限の荷物だけを持って行こう。
俺がカバンに着替えとお金を詰め込んでいると、今まで部屋の隅で大人しく我慢していたクレアが、ついに耐えきれずに口を開いた。
「お待ちください! あるじ様は怪我をしています! 今はとても外出なんて出来る状態じゃありません! 除名の件、どうか考え直していただけませんか……!」
「黙っていろと言ったはずだ。あの怪我はアイツの自業自得。いくら僕が【剣聖】を発動した状態とはいえ、加減はしていた。なのに訳の分からんスキルを使って無駄にダメージが増えた。それだけだ」
「事情は関係ありません、怪我をしているのは事実です……!」
「いいんだクレア、庇ってくれてありがとう」
「ですが、あるじ様……」
「元気でな。屋敷のことは任せたぞ」
俺は荷物をまとめ終え、カバンを持って立ち上がる。
すると、クレアがこちらに駆け寄ってきて俺からカバンを奪い取った。
「……クレア?」
状況が飲み込めずに首を傾げる俺に、その凛とした赤色の瞳を向け――クレアは言う。
「あるじ様がお屋敷を出ていかれると言うのなら、わたしもお供いたします!」
「…………っ」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
でも……ダメなんだ。
「クレアはここに残ってくれ、一緒に来ても行くアテがないし、楽しい旅にはならないから」
「それでもいいんです。どうか……!」
「構わんぞ、連れて行け。僕たちはメイドが一人減ったところで何ら問題はない。むしろ家の高潔さが高まるというものだ」
「…………」
あぁ、そうか……そうだよな。
こんなとこに残しておくのはクレアが可哀想か。
「ではお言葉に甘えて、メイドを一人同伴させていただきます。行こうクレア」
「はい、あるじ様!」
俺はクレアと共にシーゲルと父の横を通り過ぎて自室を後にし、よく見慣れた正面玄関から外へと出る。
この屋敷から外出するのもこれが最後か。
人嫌いで有名だったらしい初代のコートレールが建てた、深い森の中の大豪邸。
長年暮らしてきたその屋敷を振り返って無言で別れを告げ、俺はその場から立ち去った。
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