決闘──VSシーゲル・コートレール
【十分後 ジュリラのコートレール邸 正面玄関前】
屋敷の玄関前に広がっている石畳で形成されたエントランスに、俺とフォーリア、それからシーゲルとスズカ姉さんは立っていた。
本来は馬車が乗り付けるために用意されているスペースだが、今回はここが決闘の場である。
ひとまず、姉さんが観戦に回ってくれたのは不幸中の幸いだ。
あの人の場合、戦闘になると間違いなく【ペネトレイト】を起動するだろう。もしアレを使われたら顔を隠していても俺の正体がバレてしまう危険性がある。
やれやれ、シーゲルもうまいことフォーリアに乗せられたな。
負ければオルフェを差し出すことになり、勝ったらフォーリアは一族公認で大手を振って街の外に出られる。
そうなると多分、俺たちについてくるつもりだろう。
この勝負、勝ちたくはないけど、負けるわけにもいかない。
うわぁ、複雑だな……いや、待てよ、よくよく考えてみると……。
あれ? なんかいい感じじゃない?
俺が負けた場合、ワガママエルフと離れられて、天真爛漫フォーリアもここに残るわけで、そうなると状況としては――
「……うお、びっくりした」
ふと屋敷の方を振り返ると、客室の窓からオルフェがこちらを睨みつけていた。
『わざと負けたら殺すわよ』とでも言いたげな視線で。
怖い……。
いや、冗談だよ。ほんの冗談。
あんな言い掛かりを付けてくる弟にウチのオルフェを渡せるか。
クレアもオルフェの陰に隠れながら、ひそかに応援してくれている。
かわいい。
「がんばってー! ファイトだよー! ぶちのめせー!」
「…………」
フォーリアの応援はちょっとうるさいな。
女の子が「ぶちのめせ」とか言うな。
しかしまあ、こうして模擬戦用の木刀を持つと、先日の事を思い出す。
あの時は【零点特化】の扱い方がわからず敗北してしまったが、今回はそれなりに戦えるはずだ。
「なんだ、まさか僕に勝てるとでも思っているのか?」
木刀を握って構え方を確認していると、シーゲルが声を掛けてきた。
絡んでくるなよな、まったくもう。
「安心しろ。怪我をしない程度で済ませてやる」
それだけ言い捨て、俺から数歩離れたシーゲルが木刀を構えると。
「さて、それじゃあ始めましょうか」
お互いの用意が済んだことを確認し、姉さんが厳格な声色で口を開く。
ギリギリまで反対してスズカ姉さんだったが、ついに諦めてしまった。
「勝利条件は、相手を無力化するか、相手から『降参』という言葉を引き出すか。二人とも、それでいいかしら?」
「はい、構いません」
俺も軽く頷いて納得している旨を伝える。
「よろしい。では――始め」
「クク、茶番に付き合ってくれる礼だ。一瞬で終わらせてやる。【剣聖】を持つ僕と決闘したなんて、お前にとってもいい自慢話になるだろう」
そう言って、シーゲルは戦闘開始と同時に【剣聖】を発動し、こちらに向かってきた。
……早い!
木刀でシーゲルの攻撃を受けると、ガツン、と甲高い音が辺りに響く。
うわ、腕がビリビリする……! やっぱとんでもない威力だ。
「ほう、一撃目はどうにか耐えたか。だがな!」
シーゲルはすぐさま木刀を振り抜き、素早い連撃を浴びせてくる。
早すぎる。正直、受け流すだけで精一杯かも。
これ意外とマズいぞ。左手が空かないと【零点特化】は使えないのに……!
「どうした、どうした! 打ち返してこないのか!」
「……っ!」
【剣聖】を発動したシーゲルと正面からやりあっても勝てない!
どうにかして【零点特化】を使わなくては……!
だがどうする、一瞬でも木刀から左手を離したら負け――
「さっさと降参したらどうだ!」
「!」
しまった!
一瞬、シーゲルの切り払いに反応が遅れてしまい、俺の木刀は天高く弾き飛ばされてしまった。
「終わりだ!」
防御の手段がなくなった俺へ――シーゲルは木刀を振りかぶる。
このままじゃ負ける。
勝たなきゃいけないのに。
俺のために…………いや、俺自身ではなく、仲間のためか。
窮地に追い詰められ、視界がスローモーションのように感じられる中で、俺は自分の心に潜んでいた思いに気付いた。
俺は今、仲間のために、この勝負に勝ちたいんだ。
一族を追放された俺を、見放さなかったフォーリア。
大勢のゾンビに追われた際、俺を手放しで信頼して魔法を使ってくれたオルフェ。
そして。
どんな時でも俺の傍にいてくれる心強いメイド――クレア。
「……………」
走馬灯、
とでも言うのだろうか。
できればただの回想であってほしいのだが、ともかく、俺は初めて彼女に会った時のことを思い出していた。
どっかの街に立ち寄った際、知らないお偉いさんのパーテイが退屈だったので抜け出して、そのまま迷子になったことがある。
今考えれば、子供の足ではそう遠くに行けないのだから、その場におとなしく留まっていれば従者が見つけてくれたんだろうけど、当時の俺はパニックになってそこらじゅうを歩いて回った。
当時はまだ十歳とかだったからね。
まあ、その結果、俺は大人の目に付かないような狭い路地に迷い込んでしまった訳だが。
日が暮れ始めた夕方の街で、生まれて初めて一人きりになって、不安になって涙目で彷徨っていた時。
俺は、クレアに出会った。
細い路地のすみっこに、小さい女の子が立っていたのだ。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
俺に気づいた彼女は優しい声色でそう言って、服の袖で涙を拭ってくれた。
そのボロボロの服を見て、俺は、彼女が自分と同じ迷子なのではなく、そもそも迎えにくる人間がいないんだろうと、思った。
「なんで泣いてるの?」
その質問に対して。
子供ながらに、自分より年下の女の子に心配をかけるわけにはいかないと思い、俺は理由を適当にはぐらかした。
が、そこでタイミング悪くお腹が鳴ってしまう。
……まあ、脱走してからずっと歩きっぱなしだったので当然といえば当然ではある。
本当に問題なのはここからだ。
俺のお腹の音を聞いて、クレアは笑った。
そして、彼女は懐からパンを一つ取り出して――
はい、どうぞ――と。
それを俺にくれた。
「お腹、ペコペコなんでしょ?」
貰えるわけがなかった。
そのパンの価値は、俺と彼女とではまったく違う。
だから断ろうと思った……けど。
なにせ子供だったから、受け取ってしまった。
彼女のなけなしの食料だと分かっていながら、貰って、食べて。
半日ぶりの食べ物がおいしかったのと、彼女の優しさに感動して。
なんか余計に涙が出た。
ていうか人生で一番泣いたと思う。
「わわっ、どうしたの⁉ お腹がすいてたんじゃなくて、もしかしてどっか痛い?」
クレアは昔からずっと、自分よりも他人のことを想っていた。
もう歩く気力が残っていなかったので、俺は路地裏に座り込んで彼女と色々な話をした。
貴族であることを話したら驚いて、迷子になったことを打ち明けたら笑っていた。
一緒に探してあげるよ、と言って手を引いてくれ、街中を捜索していた従者に見つかるような大通りまで連れて行ってくれた。
そうして無事に発見され従者たちと合流できた時、彼女は俺以上に喜んでくれた。
俺は、そんな彼女をどうしても放っておけなかった。
だから「一緒に来てくれないか?」と提案した。
すると。
「どうしてわたしなんかを……?」
そう聞かれて答えに詰まった。
可哀想そうだから。
恵まれない境遇にいることを憐れんで。
それも勿論ある。だけどそうじゃない。
俺の心には、そんな気持ちの何倍もの感謝があった。
その想いをこの場で自然に伝える方法を考えて。
どうにか彼女に手を差し伸べられないかと考え抜いて。
こう言った。
「スカウトだ。俺の屋敷で働くメイドとして、クレアを雇いたい」
頭に浮かんだ理由をそのまま口に出すと、彼女は笑顔で頷いてくれた。
「うん、いいよ」
そう言って。
「わたし知ってる。メイドさんは敬語、っていう言葉を使うんでしょ?」
彼女は礼儀正しく頭を下げておじぎをし――
「よろしく、おねがい、いたします。あるじ様!」
慣れない言葉遣いに戸惑いながら。
クレアは初めて、俺のことをそう呼んだ。
さて、回想だか走馬灯だか分からないが、この場合は後者の方があり得るかもしれないな。
状況は決定的だ。こちらは手ぶらで、向こうは既に攻撃態勢に入っている。
避けられそうにもない。
今のシーゲルの攻撃をまともにくらったら、また二、三日は眠りっぱなしになるんじゃないかなぁ……。
なんて考えていると。
「あるじ様―! 諦めないでください!」
「!」
俺の木刀が弾き飛ばされた直後。
クレアが客室の窓を開け放って叫んだ。
追い詰められている俺を見て、きっと、いてもたってもいられなくなったのだろう。
ああ。
そうだよな。
自分のあるじが情けなく負けるところなんて――見たくないに決まってるよな!
よぉし、やってやろうじゃないか。
「これで僕の勝ちだ!」
力任せに振り下ろされるシーゲルの木刀に対して、俺は左手で作った拳を放つ。
木刀に拳が接触する瞬間。
『【零点特化】ノ発動ヲ確認。レフトリバース開始。対象の耐久性をセロに固定』
バキッ。
俺は一度目の【零点特化】で相手の木刀をただの棒切れにして真っ二つに折り、その勢いのままシーゲルの顔面を捉える。
その瞬間、二度目の【零点特化】でシーゲルを無力化し、最大限のダメージを叩きこんだ。
「ぐはっ……!」
どうだ、効くだろう。俺でも一日寝込むほどの大ダメージだからな。
それを喰らってまともに立っていられるはずもなく、シーゲルは石畳にうつぶせで倒れこんだ。
「バカな、【剣聖】である僕が敗北するはずは……おい、一体なにをした?」
「…………」
「それに……あのメイド、あいつがここにいるということは、お前、まさかユー――」
「悪いがもう決着だ。しばらく気絶しておいてくれ」
俺が周囲に聞こえないよう小声で忠告するのとほぼ同時に、シーゲルの意識は途切れた。
「そこまで」
勝敗の確認をするべく、姉さんはこちらに歩み寄りシーゲルの様子を確かめる。
「派手にやられたわねぇ、見事に気を失っているわ。勝負アリね」
その声を聞いて。
「やったー! 勝ったー!」
真っ先に喜んだのはフォーリアだった。
無邪気に両手をバンザイして遠慮なしに抱き着いてくる。
というより突っ込んできた、の方が正しい。
「……ぐえっ!」
危ない! 兜が取れる!
「アルジありがとー! これで私も自由の身だよ!」
「別に、お前だけのために勝ったんじゃない」
「ってことは、ちょっとは私のためでもあったんでしょ?」
「……まあな」
「じゃあやっぱりありがとーで合ってるじゃーん!」
「分かったから、もう離れろ……」
俺は小声でフォーリアを振り払って、兜を深く被り直す。
まったくもう。
「いいじゃん少しくらい。ケチ」
「ダメだ。今はシーゲルのことを気にしろ」
「はいはい。えっと、スズカさん、どうします? シーゲルを部屋に運んで休ませましょうか? フカフカのベッドなんで、起きても文句は言わないと思いますよ」
「ふふ、大丈夫よ。ちゃんと家に連れて帰るから」
そう言って、スズカ姉さんは従者を呼び寄せる。
「先に馬車に乗せておいて。私もすぐ行くから。……ふぅ、明日から心身ともに修業をつけてあげないとダメね」
丁重に運ばれていくシーゲルを見送りながら、ため息をつく姉さん。
この人も色々と大変そうだ。
とはいえ、まあ、なんやかんやでハッピーエン――
「ところでフォーリア、さっきのメイドの子なのだけれど」
あ。
そうだ。
姉さんだって当然、クレアと面識があるんだった。
今はもうオルフェが引っ張って室内に連れ込んでくれたけど、窓から叫んだ決定的瞬間はバッチリ目撃されていたわけで。
「あの子、クレアちゃんよね? ウチの屋敷で雇っていたメイドが、どうしてここに?」
「あー! えっとですね! クレアちゃんは今、ここで働いてもらってるんです! 私が部屋を汚しちゃうから、優秀な彼女にヘルプをお願いしたって感じで!」
「……ふぅん」
「そ、それがなにか?」
「ええ、あの子はユーマと仲が良かったから辛いでしょうね、と思って」
「あー、そうだったんですか……」
「ねぇフォーリア、もう一つだけ質問していいかしら?」
言いつつ、姉さんは指先で髪をかき上げて耳を露出させる。
ヤバい。
フォーリアは頑張って言い訳してくれているけど、【ペネトレイト】を使われたら嘘なんか一発でバレる。
それだけは絶対に避けなくては。
俺はさりげなく姉さんへ左手を向け、【零点特化】を発動する。
『【零点特化】ノ発動ヲ確認。レフトリバース開始。対象のスキル効果をゼロに固定』
「最近、ユーマがあなたの屋敷を訪ねてこなかった?」
「き、来てないですね……」
「…………そう。ということは、フォーリアに迷惑をかけまいと、誰にも頼らず一人でいるのね。私の可愛いユーマ……なんて健気な子なの、早く見つけてあげないと……」
「……………」
どうやらフォーリアの嘘は見破られなかったらしい。
「……ごめんなさいね。疑うようなマネをしてしまって」
「いえいえいえ、お気になさらず」
「クレアちゃんに『ユーマは私が必ず見つけるから心配しないで』と伝えておいてくれる?」
「わ、わっかりましたー……」
フォーリアは苦笑いを浮かべながら、どうにか自然に相槌を打った。
危ねぇ……切り抜けた。
と。
俺が心の中で冷や汗を拭っていると。
「それと、あなた」
あろうことか、スズカ姉さんは俺の前に立ち、手を握って話しかけてきた。
え、なに? まさかバレた⁉
やっぱ怪しすぎたか……⁉
「アルジ君、弟が迷惑をかけたわね。手、大丈夫?」
「…………」
セーフ。
問題ないです、と俺は首を縦にブンブン振る。
「そう、なら良かった。強いのね。まだ未熟とはいえ、【剣聖】を使ったシーゲルに勝つなんて……ん? この手の感触……似ているような……」
「……?」
俺は首をかしげる。
「私ね、弟がいるのよ。あなたが戦った子とは別に、もう一人。今はどこにいるか分からないけれど……あなたの手を握っていると、何故かその弟のことを思い出してしまって……」
「…………」
「【ペネトレイト】が反応しない以上、別人であることは分かっているのだけど……」
寂しそうな声色でそう言って。
スズカ・コートレールはトボトボと馬車に戻ろうとする。
「…………」
なんというか、本当に。
昔っからこの人は、俺やシーゲルのことを第一に考えている人だったからなぁ……。
今だって多分、王都での仕事があるにも関わらず、無理を言って休みを引き延ばしている状態だろう。
溺愛、という表現がぴったりな愛情の注ぎ方をしていた姉さんのことが、正直、俺は少し苦手だったわけだが。
こうしてなんの別れの言葉もなく離れることになったのは、やっぱり姉に対して無礼だったと思う。
だから。
「まあ、元気にやってるんじゃないか。コートレールの人間がその辺で野垂れ死んだりはしないだろ」
「……え?」
一言だけ、彼女を元気づけてみることにした。
もちろん、声の調子は思いっきり変えておいた。
何とも言えない変な声に呼び止められた姉さんは、少し困惑した様子でこちらを振り返ったものの、やがて柔らかく口角を上げ――
「ふふ、そうね。そうに決まってるわ。私の自慢の弟だもの」
そう言って笑った。
ふっ、弟をやるのも楽じゃないな。
さて、あとはもう見送るだ――
「不思議ね。そういう優しいところとか、やっぱりアルジ君ってどことなくユーマに似てるわ。今の声はともかく、さっきフォーリアに抱き着かれたときに出した『ぐえっ』っていう声も、昔よく聞いていたあの子の声にそっくり」
「…………」
フォーリアのバカ。
首が絞まった時の声なんて、よく聞くようなもんじゃないだろうに。
「私の耳が、人の声を聞き間違えるはずは……」
「か、勘違いじゃないかな(高音)」
俺は可能な限り高い声を出してやり過ごす。
この人、スキルなしでも鋭いな……。
読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる!」と思っていただけたら、後書き下部の評価欄の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただけると嬉しいです!




