コートレール本家との対面
【五分後 ジュリラのコートレール邸 正面玄関】
「おい、なんで俺まで行かなきゃいけないんだ……」
「だって緊張するんだもん。本家ってことはシーゲルたちが来てるんだよ?」
「だからだよ。バレたらどうする」
「もうバレてたりして」
「……怖いこと言うな」
「いやぁ、私、シーゲル苦手なんだよねぇ。子供の頃、遊びに誘っても全部断られてたから」
「それは向こうの気持ちもちょっと分かるけどな、俺は」
「まあまあ、喋らないでいいから、とりあえず傍にいて。そしたら頑張れるから。ね?」
フォーリアはそう言ってニコッと笑う。
昔からずっとそうだったけど……こういう表情で頼まれると断れない。
ズルいよなぁ。
「わかったよ」
俺は観念してフォーリアの一歩後ろに付き、正面玄関にいる来客たちの前に出る。
さて、一体何の用だろうか。
来てるのは父さんとシーゲルだろうけど……げっ!
いかん、思わず声が出るところだった。
先日、街中でフォーリアを見つけた時と同じような反応になってしまったのは、視界に入ったのが彼女と同じジャンルの……言ってしまえば「俺が苦手な人」に分類されている人物だったからだ。
来客は二人。
鋭い眼光を持った貴族の青年と、その背後に気品のある黒髪の女性が立っている。
シーゲル・コートレールと。
スズカ・コートレールである。
え、なんで姉さんがここにいるの?
マズい。こうなるとマジでバレてる可能性が出てきた……自分で言うのもなんだが、この人は絶対に俺を見捨てたりはしないだろうから。
絶句している俺をよそに、フォーリアはいつも通りに挨拶する。
「どうもお待たせしましたー」
「フン、随分と広い家に住んでいるらしいな」
「もー、待つのが嫌ならこんなとこに立ってないで、お客様用の部屋でゆっくりしておけばいいのにー」
「必要ない。すぐに済む用事だ。……おい、後ろのそいつは?」
「私が雇っている護衛だよー。ま、騎士みたいな感じ?」
「騎士と呼べるような風格ではないな。用心棒といった方が正しいだろう」
「もー、私が騎士って言ったら騎士なの。あ、スズカさんもお久しぶりですー」
「久しぶり、元気そうね」
「おかげさまでー。どうですか王都は? 楽しいです?」
「ふふ、人が多くて嫌になるわよ」
「わーいいなー。ジュリラだと味わえない感覚ですよね、それ」
「そこまでだ。俺たちは世間話をしにきたわけじゃない」
シーゲルは冷酷な声色で二人の会話を制する。
俺に全く興味を持っていないということは、正体に気づいているわけではなさそうだな。
「はいはい。わかりましたー。じゃ、今日はどういうご用事で?」
「要件は二つ。まず一つ目は、調査の結果、ジュリラの近郊に大挙していたゾンビ共はかなりの数が駆逐された。あとは街の戦力だけでどうにかなるレベルだ」
「えー本当? よかったじゃん! でもなんで?」
「昨日、僕がゾンビの大群と戦闘中に、そのゾンビ共が魔法で焼き払われたからだ。あそこには相当な数がいたからな。文字通り一掃というわけだ」
「てことは、二つ目の要件は、『その魔法を撃った魔法使いを表彰したい』だよね? ね?」
「いいや、逆だ」
喜びかけていたフォーリアを諫めるように、シーゲルは続ける。
「あの魔法を使った奴の痕跡を姉さんに追ってもらった。この屋敷にお前が雇っている魔法使いがいるだろう。出せ」
「出せって……オルフェちゃんは物じゃありませんー」
「いいから、とにかく連れてこい」
「今は体調を崩して休んでるからダメ。なに、なんでオルフェちゃんに会いたいの?」
「昨日、そのオルフェとやらが撃った魔法が僕に直撃するところだった。あわやコートレールの損失に繋がりうる大失態だ。魔法使いとしての資質が問われる」
「だから?」
「魔法使いの資格を剥奪する」
おいおい、いきなり来て何を言い出すかと思えば……。
要するに、流れ弾に対しての文句か。
やれやれ、姉さんもよく付き合うよ。
「あれはオルフェちゃんがゾンビに向けて撃ったの。故意じゃありません。というか、元をたどればシーゲルの戦闘のせいでたくさんのゾンビが集まってきちゃったんだよ。あそこは本来、安全なエリアのはずなのに」
「関係ない。事実としてコートレールの人間が危険に晒された以上、その責任を取れ、という話だ」
「それなら、オルフェちゃんを雇ったのは私なんだから、責任は私にもあるんじゃない?」
「まあそうだな。より鮮明に原因を追究するならばそうなる」
「じゃ、私をコートレールから追放して無事解決だよね」
強かにそう言ってみせるフォーリア。
オルフェを守りつつ、しれっと自由の身になろうとしている。
だが。
「お前はグラシュリス団長の娘だ。責任を追及しても、せいぜい謹慎がいいところだろう」
シーゲルは目も合わせず、ため息交じりに吐き捨てる。
「フォーリア、今までコートレールとして家のために貢献してこなかったお前が、僕の邪魔をすることは許されない。おとなしく魔法使いを差し出せ」
「オルフェちゃんは昨日、すごい数のゾンビを退治してくれたんだよ?」
「それが余計だと言っているんだ。この街の問題は僕が解決するはずだった」
「そんなのただの八つ当たりじゃん。もしかして、手柄を横取りされそうだから怒ってるの?」
「……なんだと?」
そこでようやく、シーゲルはフォーリアと目を合わせた。
図星か。まあ、シーゲルとしては自分に箔を付けるために、今回の問題を解決して手早く名誉が欲しかったんだろう。
「本当は自分一人で解決するつもりだったのに、このままじゃオルフェちゃんの方が目立っちゃうから、それが嫌なんでしょ? だからこうして難癖を付けて潰そうと――」
「フォーリア、口の利き方には気を付けろ。本来、分家であるお前は、本家の命令に従う義務がある。なんなら、強制的に連れて行ってもいいんだぞ」
「実力行使ってわけ? じゃあ、正々堂々決闘でもする? それで私に勝ったら好きにしたらいいよ」
「フン、いいだろう。それでお前の気が済むなら乗ってやる」
「その代わり! シーゲルが負けたら私のお願いを聞いてもらうから!」
「なんだ、言ってみろ」
「長期休暇を取ってジュリラの外に行きたいから、本家のシーゲルが直々にその許可を出して!」
「何を言い出すかと思えば……まあいい、どうせ叶わない願いだ。それで条件成立でいいんだな?」
「おっけー」
「二人ともやめなさい。コートレール内での決闘は遊びじゃないのよ」
「止めないでください、姉さん。我々もそれくらいのことは分かっています。決闘に負ければ強情なフォーリアも流石に言うことを聞くでしょう」
「スズカさん、私も同じ気持ちです。シーゲルを納得させるにはこれくらいやらないと」
「はぁ、まったくもう……そういう問題じゃ……」
スズカ姉さんが止めに入ったが、シーゲルは聞く耳を持たない。
いや。
いやいやいや。
何言ってんだマジで。
喋れないからただただ静観してたら、なんか決闘が始まりそうだ……。
「ではさっさと用意しろ。この屋敷で一番腕の立つ人間を連れてくるんだな。あの魔法使いが適任だろうが、どうする?」
「オルフェちゃんはダメだよ。安静にしてなきゃ」
「じゃあ……そこのお前」
言って、シーゲルはニヤついた顔で俺を指さす。
「そいつ、騎士なんだろ? お前が近くに置いておくぐらいだから、最低限の実力はあるんじゃないか?」
「あー、うーん、そうだなぁ……えっと、じゃあ……そうしようかな」
フォーリアはわざとらしく悩む素振りを見せ、それからこちらを振り返る。
その目は、狙い通り、と言わんばかりに輝いていた。
「頼める? 私の騎士さん?」
「…………」
楽しんでるなぁ、こいつ。
誰よりも俺の勝利を信じて疑っていない目をしてやがる。
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