オルフェの正体
【四十秒後 コートレール邸 客室】
広大な屋敷をドタバタと走り、俺たちはオルフェの部屋に駆け込む。
「クレア、オルフェはいるか⁉」
「い、今は寝ていらっしゃいますけど……どうされたんですか?」
「ああ、ちょっと確かめたいことがあって来たんだけど……」
ベッドの方を見てみると、オルフェは静かに寝息を立てていた。
「んー、どうするアルジ?」
「緊急事態だからな、今すぐ起こしたいところだが……」
「むにゃむにゃ……やったよお母さん……私、すごいスキルを貰ったんだよ。これで私も……お母さんみたいな魔法使いに…………」
「…………」
まあ。
ぐっすり寝てるみたいだし、起こすのはかわいそうだな。
仕方ない、今はこのまま寝かせておいてや――
「それでねお母さん、今日は紹介したい人がいるの……入ってアルジ。あのねお母さん、この人は私のフィアンセで……あ、ちょっと、アルジ? どうしたの? ダメよ、いきなりそんな、ちょっと、みんなが見てるのに……あっ……」
「………………」
ぺしっ。
頭を軽く叩いた。
「変な夢を見ているのなら起きろ」
「あう……頭が…………ん、あれ、アルジ?」
「ああ、俺だ」
「続きは……?」
「もう夢じゃないぞ」
「え? ああ……今の、夢か……」
オルフェはなぜか残念そうに呟きながら目をこする。
「寝ているところ悪いな。調子はどうだ?」
「朝よりだいぶ楽になったわ。明日にはきっと元気になるから」
「そうか、それはなによりだ。なぁ、療養中のところ悪いんだが、ちょっといいか?」
「ん、なぁに?」
「オルフェ、ちょっと耳見せてみろ」
「え……? なに、どういうこと?」
「だから、指で髪をかきあげてお前の耳を見せてくれ」
「……嫌ですけど」
普通に拒まれた。
「え、なんで嫌なの?」
「だだだ、だってそんなの、急におっぱいを見せろって言ってるのと同じよ……⁉」
「いや、違いますけど……」
そんなことは断じて言ってない。
「ちょっと確かめたいことがあるんだ。一瞬だけ、一瞬だけでいいから頼む。体がダルいなら俺が代わりにやってやろう」
オルフェの髪に手を掛けようとすると、彼女は小動物のようにジタバタと暴れた。
「きゃー! いやー! 変態!」
「ちょっ、なんでそんなに恥ずかしがってるんだ、お前⁉」
「そんなの人の勝手でしょ! アルジだって顔を隠してるじゃない!」
「俺の兜は大事な事情があるから隠してるんだよ!」
「私も同じ! どうしてもっていうならそっちが先に見せなさいよ!」
と、頑なに抵抗するオルフェ。もう取っ組み合いみたいになってる。
まったくもう。
まあここには部外者はいないし、いいか。
「はいはい。ほらよ」
兜を取ってオルフェに素顔を見せると、彼女は目を見開いて息をのんだ。
「わ、割とカッコイイじゃない……いや、でもダメ! やっぱ早すぎるわ!」
「早すぎるとかないから! 俺は見せたんだからもう観念しろ!」
「いやー! まだ心の準備がー!」
「ねぇアルジ、オルフェちゃん嫌がってるし、やめてあげたら……?」
「ちょっと待ったフォーリア、その言い方だとなんか俺がめちゃくちゃヤらしいことをしようとしてるみたいじゃない⁉」
ただ耳を見せてもらいだけなのに!
自分の行動が正しいものなのか分からなくなってきた!
と、そこでようやく。
パサっと。
俺はオルフェの髪をかき上げることに成功した。
すると、彼女の鮮やかな青色の髪の隙間から、ピンと伸びた長い耳が露わになった。
人間のソレよりも少し流線型で、耳元には澄んだ緑色のピアスが付けられている。
「お前、やっぱりエルフだったのか……」
「……悪い?」
オルフェは紅潮した顔でこちらを睨みつけ、低い声で言う。
「エルフですけどなにか? エルフなのに魔法が使えないから恥ずかしくて黙ってましたけど、だからって確かめるためにここまでしますか?」
「悪かったって」
「もう! バカバカバカ! 私、まだ結婚もしてないのに……」
「大げさだな、別に耳ぐらいよくない?」
「よくない。だって、リターナブルのエルフが自分の耳を見せるのは、生涯を共に過ごす相手だけなのに……」
「え」
絶句している俺を、上目遣いでオルフェは見つめてくる。
「……責任、取ってよね」
「勘弁してくれ」
「アルジ様、ご結婚なされるんですか?」
「よせクレア、するわけないだろ。いやそもそも、そんな重要なしきたりがあるなら先に言ってくれればよかったのに」
「言ったらエルフだってバレちゃうでしょうが! ていうか、なんでアルジたちが私の種族を知る必要があるのよ!」
「……ああ、そうだった。そっちが本題だったな」
ちょっと変なゴタゴタのせいで忘れかけていたけど、話を戻そう。
「もし、ゾンビがエルフの高い生命力に反応して積極的に寄ってくるとしたら、現在のジュリラの状況の説明がつくかもしれないから、俺たちはそれを確かめに来たんだ」
「……? どういうこと?」
フクロウのように首をかしげるオルフェに、俺は説明する。
「ゾンビ系のモンスターっていうのは高い知能がなくて、基本的に群れで行動することはないんだ。だけど今のジュリラには結構な数のゾンビが蔓延ってるだろ?」
「ええ、そうね」
「そこでオルフェに質問なんだが、お前は以前、俺たちと初めて会った時、ゾンビのことを『ストーカー』呼ばわりしてたよな?」
「してたわね。あいつらしつこいから。街を移動してもついてくるのよ」
「……なるほどな。やっぱそうか」
どうやら、俺とオルフェの「ストーカー」という言葉の感覚が違ったらしい。
いくらゾンビといえども、流石に人間に対してはそこまでの執着はない。せいぜい数十メートル程度だ。しかしエルフの場合は街をまたぐような距離でも追跡してくるらしい。
てことは……まあ、なんとなく見えてきたな。
「フォーリア、ゾンビがうろつくようになったのはどれくらい前だ?」
「うーん、たしか二週間くらい前かな」
「オルフェ、お前がこの街に来たのはどれくらい前だ」
「えっと、たしか二週間くらい前かしら」
「…………」
まとめると。
オルフェがこの街にやってきた時期と、ゾンビの目撃情報が増えた時期が一致する。
ゾンビは、エルフであるオルフェの強い生命力に引き寄せられる。
オルフェは故郷を追い出されて長い旅をしている。
つまり。
「……お前が色んなとこからゾンビを引き連れてきたんだな」
と、そういう結論に至ってしまった。
「わ、私が⁉ 私のせいなの⁉ 人間の街ってどこもこんな風じゃないの⁉」
「全然違う。本来はもっとのどかな街なんだよ、ここは」
「えぇ……あいつら、私にだけあんなに付いてきてたの……?」
「ああ、まさにゾンビのアイドルだな」
「誰がよ。あんな怖い追っかけ要らないから。……いやでも、ほら、なんやかんやで倒せるようになったんだから結果オーライじゃない?」
「今はそうかもしれないけど、俺たちと別れたらまた魔法が使えなくなるだろ」
「なら、ずっと一緒にいればいいだけの話でしょ?」
「いや、それはちょっと……」
「なにその嫌そうな感じ⁉ こんなに美しいエルフと旅ができるなんて最高じゃない!」
「でもゾンビみたいなアンデッド系のモンスターがウヨウヨ寄ってくるんだろ? それってなんか嫌じゃない?」
「けど、そもそも一緒にいる以外の選択肢はないのよ、王族である私の耳を見た以上は!」
「それはほら、そっちの事情を知らなかったから……」
「私は嫌がってたのに、ベッドで無理矢理……」
「言い方! そんな不穏な表現はよくな――」
そこで俺は言葉を中断する。
コンコン。
俺とオルフェが今後の身の振り方について意見交換という名の口喧嘩をしていると。
不意に部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、ご来客です」
「わっ、執事長が来た!」
その貫禄のある渋い低音を聞いたフォーリアは、反射的に肩をビクつかせる。
多分、普段よくこの人に怒られてるんだろうな。
「アルジ、顔隠して!」
「ああ、了解」
フォーリアに促され、俺はそそくさと兜を装着する。
「よし。……オッケー、なになに? どうしたの?」
「お嬢様をお呼びに参りました」
ドアを開けたフォーリアへ深く頭を下げ、執事長は淡々と言った。
「正面玄関に、コートレール本家の方々がお見えです」
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