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書庫にて

【三十分後 フォーリアの部屋】



「――というわけなんだけど」

「なるほどね、事情はよく分かったよ。今はクレアちゃんが付いてくれてるから心配はいらないんだね。よかったぁ」

 かくかくしかじかと俺から説明を受けたフォーリアは、ひとまず安心したように安堵のため息をつく。

「どうやら、規模の大きい魔法を使った反動で疲れが出たみたいだ。安静にしてゆっくり寝てれば治るだろう」

「うーん、そうだったらいいんだけど……でも一応、お医者さんに診てもらった方がいいんじゃない?」

「俺もそう言った。でも、どうしても嫌なんだと」

「お医者さんが苦手なのかな? 私、街で一番優しいお医者さんを呼んであげられるよ?」

「『私が寝てる間、クレア以外は近づけさせないで!』って言ってたからな。あれは多分、医者に関しての相当なトラウマがあると見た」

「ふぅん……まあ、本人が嫌っていうなら仕方ないか」

 ベッドに座ったまま、やれやれと両手を振るフォーリア。

 一方、俺は椅子に座ったまま静かに腕を組む。

 さて、どうしたものか。

オルフェがゾンビを一掃する魔法を使えるようになったので、このジュリラを脅かしていた脅威の終焉は近いはずだった。

 相手がいくら多かろうとも、オルフェの魔法は「火力」、「攻撃範囲」共に最高水準である。

 なので、ハッピーエンドはすぐそこだと思っていたのだが……。

 オルフェは俺の【零点特化】により魔力こそ消費しなかったものの、体力は思いっきり使ってしまった。

 やはりトップクラスの魔法なだけあって、術者に求められる負担は相当なものらしい。

 ついさっき自分で試してみたが、【零点特化】で体力消費と魔力消費を同時にゼロにすることはできなかった。

 おそらく、ラーメンでいうところの「麺かため」と「麺やわめ」のようなものらしく、同じカテゴリーに属しているのでどちらかを優先させると、もう片方は適用されなくなるようだ。

 つまり、オルフェの健康を考慮すると、彼女の魔法でゾンビを全滅させるのは現実的な手段ではない。

 強力なのは間違いないが、持久力がゼロ。

「振り出しだな」

「ううん、そんなことないかもよ?」

「ないかもよって……どういうことだ?」

「まだ調査中だからハッキリとは分かんないけど、かなりゾンビ系のモンスターの数が減ってるっぽいの。もしかしたら、もうほとんど問題ないんじゃないかって」

「え? なんで? 昨日、オルフェが大量に倒しはしたけど、それでもまだジュリラには大勢のゾンビがいるんじゃ? それこそ、誰かがゾンビを一まとめにして一掃する、くらいのことはやらないとどうにもならなそうな数だったはずだ」

「んー、そうだよね。まあ詳しい情報が入ったらまた教えるよ。ねぇねぇ、それよりさ、アルジ、今から少し時間ある?」

「? ああ、今日は特に予定はないけど……」

「じゃ、一緒に書庫へ来てくれない? オルフェちゃんの話を聞いてから、ちょっと気になってる本があって、ずっとそれを見たかったんだけど、私一人だと執事長が入るのを許してくれなくて」

「目を離した隙に脱走して街に行くかもしれないから?」

「そう! ひどいよね! 書庫に籠るふりをして脱走したことなんて、たった七回しかないのに!」

「それは『たった』とは言わないと思う」

 多いよ。多すぎる。

 そりゃ見張りも付くわけだ。



【五分後 ジュリラのコートレール邸 書庫】



 大仰な扉を開けた先に広がっていたのは、一面に広がる本の海だった。

 俺の目線よりも高い本棚がいくつも並び、そこにびっしりと保管されている数々の本。

 思わず圧倒される。

「……すごいな、ウチの書庫はここまでの規模じゃなかったぞ」

「私のとこはお母さんが本好きだからね。色んな場所の歴史書とか集めるの好きだし、そういうのプラス、普通に趣味で買った本もここに置いてるから」

「にしても凄い量だ」

「ねぇねぇ、昔さ、ここでかくれんぼしたの覚えてる?」

「いや、覚えてないな」

「そっかー、まだ小さかったからかな。アルジはね、たしか、隠れてる私を見つけられなくてめちゃめちゃ泣いてたよ」

「覚えてなくて良かったわ。……で? フォーリアはここに何を探しに来たんだ?」

「オルフェちゃんの故郷についての記述がある本だね。オルフェちゃんが言ってたリターナブル家のことを他の人にも訊いてみたけど、あの物知りな執事長すら知らないっていうから気になっちゃって」

「なるほどな。それで歴史書を読みに来たわけか」

「そうそう。ってなわけだから、アルジも一緒に探して」

「いいだろう。タイトルは?」

「うーん、わかんない」

「……えぇ?」

「だってそうでしょ? どこの国にある王族なのかも分からないんだから、どの地域の歴史書に載ってるかは自分で確かめるしかないよ」

「つまり、俺たち二人だけでこの膨大な本の中から『リターナブル』の名前を探すのか?」

「その通りです」

 首を縦に深く振ってフォーリアは頷く。

 マジか。

「……オルフェのことが心配だ。あいつ大丈夫かな、俺も看病に行かないと」

「こら、逃げようとしないの。クレアちゃんが付いてくれてるから平気って説明したのはアルジでしょー? はい、張り切って探すよー」



【三十分後 ジュリラのコートレール邸 書庫】



「俺も一応は貴族だったから、そこそこ歴史の勉強はしてたけどさぁ、リターナブルなんて名前は一度も聞いたことないぞ」

「じゃあアルジが知らない範囲の歴史書を探せばいいわけだね」

「いや、そういうことじゃなくて、そもそもオルフェの言っていることが本当かどうか、ってところからじゃないか?」

「ん、アルジはオルフェちゃんを信じてないの?」

「だってさ、どこの王族が娘を一人旅に出すんだよ。危なすぎるだろ」



【一時間後 ジュリラのコートレール邸 書庫】



「全然ないわ。マジで一生見つかる気がしな……あっ」

「あったの?」

「いや、本の端っこに、子供の頃のフォーリアが書いたであろう落書きが載ってた」

「もー、まぎらわしいって―」



【二時間後 ジュリラのコートレール邸 書庫】



「なんかさ、本の香りってずっと嗅いでると眠くなってこないか?」

「アルジ、手ぇ止まってるよー」

「もう嫌だ。こんな途方もない作業したくない……寝たい」



【三時間後 ジュリラのコートレール邸 書庫】



「……さすがにもう飽きてきたろ?」

「そんなことありませんー」

 と。

 俺が既に気力の限界を迎えているにも関わらず、彼女は飄々とした調子で応える。

 歴史書の捜索開始から、フォーリアは一切パフォーマンスが落ちていない。

 意外と忍耐力あるなぁ。

「……あれ? というかそもそも、ジュリラのゾンビ問題と、オルフェの素性になんの関係が?」

「えっとね、これを読んでてちょっと気になったの」

 そう言って、フォーリアは近場にあった一冊の本を投げ渡してくる。

 それはモンスターの生態などか記述されている資料集だった。

 ゾンビ系の項目に目印として折り目が付けられている。

「そこにさ、『ゾンビは強い生命力を感知して獲物を探す』って書いてあるでしょ?」

「書いてあるな。クレアもそんな感じのことを言ってた」

「で、気になったの。昨日、アルジたちがいた場所はジュリラの中でもかなり安全なエリアのはずなのに、どうしてあんなことになったのかなって」

「それはまあ、絶対に安全な場所なんてないからな」

「それにしたって集まりすぎだよ。まるで、全員が何かに引き寄せられてるみたいじゃない?」

「つまり、そのなんらかの要因がオルフェにある、と?」

「ただの妄想かもしれないけどね」

「貴族よりも王族に群がるとか、ゾンビも意外と品位が分かるんだな」

「あはは、そうかもね」

「けどさ、最悪のケースとして、俺たちの探してるその本がハナからここには無い可能性だってあるよな?」

「あー、そうだね。王都の国立図書館まで行ければいんだけど……私はジュリラを出る許可が貰えないだろうからなぁ」

 フォーリアは手を止めずに淡々と言う。

 ほんの少しだけ、どこか残念そうに。

「この街にいるのがそんなに嫌か?」

「嫌ってわけじゃないよ。街の人はみんな良い人だし、自然が豊かでいいと思う。でも、私はもっとたくさんの場所を見て回りたい。お父さんやお母さんみたいに、国中を旅して、いろんな街を見て、それから改めて、このジュリラの良さを体感したいんだよねー」

「なるほど、な」

「あとさぁ、ここってコートレールの本家が近いじゃん? だから肩身も狭いんだよね。つい最近まではジュリラも実質ユーマが治めてたようなもんだし」

「治めてないわ。ちょっと仕事を任されてただけだ」

「でも、もし家を追い出されてなかったら今回の問題にも関わってたでしょ?」

「……まあ、そうだけど」

「ほらー、有能な親戚がいると比べられて苦労するんだよねー」

 フォーリアはわざとらしく拗ねたような口調になる。

「ユーマはさぁ、今の問題が解決したらジュリラを出て行っちゃうでしょ?」

「ああ、実家の近くにいると色々と面倒だからな」

「そっか。そしたらまた寂しくなるなぁ……」

「…………」

 しんみりとそう呟いて、作業に戻るフォーリア。

 彼女は「自分も連れて行ってくれ」とは言わなかった。

 自由で天真爛漫な性格ではあるものの、最低限、自分の立場を理解している。

 だからこそ、自らの希望を百パーセント主張することはできない。

 街へ脱走することはあっても、街の外に出ようとはしない。

 ……だからこそ。

 俺はそんなフォーリアを、ここから連れ出してあげたいと思ってしまった。

「なあフォーリア、少しだけ一緒に旅ができないかって、俺からも頼んでみ――」

「あったー!」

 俺の提案は彼女の歓喜の声に遮られた。

 分厚い本を高く掲げて大はしゃぎしている。

 あったそうです。よかったね。

「あ、ごめん。なんか言ったよね? なんて?」

「……いやいい。今はそれより本だ」

 俺はフォーリアの元に向かい、彼女が机に広げた歴史書を覗き込む。

「これ、千年前くらいの事が書いてあるみたいだね」

「えぇ……前過ぎるだろ。まだコートレールだって誕生してないぞ。そんなに歴史のある王家なのか?」

 どれどれ。

 【極東の島国である『キューシャ』は、長年、リターナブルという王族が治めている。彼らは魔法の扱いに長け、我々よりも長い時を生きる。その姿は我々と似通っているものの、いくつか異なる点があり、最も顕著なのは、彼らが長い耳を持っているということだ。それは人間の耳と同じ役割に加え、魔力の集積回路としても機能している。また――】

 そこまで読んで、俺は頭に浮かんだ疑問を呟く。

「……これ、もしかして『エルフ』のことじゃないか?」

「うん、私もそう思う」

 現代において、人間以外の高い知能を持った種族はそう珍しくもないが、千年も前なら、まだ公に知られていない異種族もたくさん存在していたはず。

 とはいえ、エルフはこの辺りの地域ではまず見ない希少な種族だ。個々の寿命が長いためそもそも数が少なく、さらに他種族との交流を避けて秘境に住処を構えるため、普通に生きていれば出会うことはないと断言してもいい。

 なので俺もエルフに関する知識はほとんど無いのだが、リターナブルがエルフということは、必然的に……。

「……え、もしかしてあいつエルフなの?」

「そう考えると辻褄が合うかも。ゾンビが他の生物の生命力を感知して行動するのなら、人間よりも生命力の強い生き物を優先的に狙ってもおかしくないよね?」

「まあ、オルフェが一緒にいる時にあれだけの大群に襲われた理由には……なるかも」

 フォーリアの親であるグラシュリス団長のことを「少年」呼ばわりしていたのも、勘違いではなく、本当にグラシュリス団長が若い頃の噂話を耳にしていたからか。

 お医者さんに診てもらうのを嫌がっていたのも、正体がバレるのを嫌っていたと考えれば納得がいく。

 ただの世間知らずな人間なのかと思っていたが……もしかして本当に……?

 うわ、だとしたら、今ジュリラが抱えている問題の原因も分かっちゃったかも。

 いや、だがオルフェは魔法が使えない。ここに記してあるエルフの特徴には沿ってないよな。いつも青い髪が掛かってるから耳は見たことないしなぁ、うーん……。

「ねぇアルジ、そんなに考え込まなくても、直接、訊きに行ってみればよくない?」

「……たしかに」


読んでいただきありがとうございます!


「続きが気になる!」と思っていただけたら、後書き下部の評価欄の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただけると嬉しいです!

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