【天恵式】へ
【一時間後 ジュリラ大聖堂前】
「ギリギリ間に合ったか……」
遅刻なんてしようものならクレアがまたヘコんでしまうからな。
馬車を飛ばしてもらった甲斐があったというものだ。
書類に記載されていた開始時刻の1分前、俺はどうにかジュリラ大聖堂にたどり着いた。
その荘厳な大扉を開けて中に入ると、聖堂内にいた参加者たちが一斉にこちらを振り返り、それぞれが口々に話し始める。
「まだ参加者がいたのか。あの人、誰だろう?」
「バカ、あの洋服の紋章を見ろ。コートレール家の方だよ」
「あれがそうなのか? 今の騎士団長もコートレールって名前じゃなかったっけ?」
「そうだよ、あのグラシュリス団長も【天恵式】で【剣聖】のスキルを授かって、それから一段と強くなったらしいからな」
「へぇ、そんな名家の人と一緒なんてラッキーだな。将来自慢できるかも」
そんな男性陣や。
「ねぇ、あの人カッコよくない? 私、式が終わったら声かけてみようかな」
「ムリムリ。私たちみたいな一般人がコートレールの人に相手してもらえるわけないって」
「えー、やっぱりダメかな?」
そんな女性陣の眼差しを一点集中で受けることになってしまった。
最後に来たせいで目立ってる……。
はぁ、やだやだ、まったく。
俺は入り口で軽く頭を下げて全員に一礼した後、前列のよく見知った顔の元に向かう。
恰幅のいい中年男性と、目つきの鋭い同世代の男子。
父と弟だ。
「おぉ、ユーマ。遅かったではないか」
「申し訳ありません父上、本来はもう少し早く到着する予定だったのですが」
「今日は兼ねてより待ち望んだ【天恵式】だからな。ワシの息子である二人が女神『アルモント・アイ』の加護を受けるのだ。これでコートレール家の未来は約束されたも同然である」
俺が到着したことにより、父は満足げにヒゲを撫でている。
今日ここで次世代の騎士団長が誕生すると信じて疑わない様子だ、
期待に応えたい気持ちはあるけど、どんなスキルを授かるかは神のみぞ知る、といったところなので、あまり期待しすぎると肩透かしを食らった時のショックは大きいだろう。
そんなことを思いつつ、俺は弟であるシーゲルの隣に腰を下ろす。
するとシーゲルは俺にだけ聞こえるような小声でポツリと呟いた。
「……フン、皆の注目を集めるため、わざと遅れて来たのか」
「そんなんじゃないって。本当に遅刻しそうだったんだ」
「どうだかな、生まれが貴族の人間は自分本位な奴が多くて嫌になる」
「まったく、いちいち噛みついて来ないと気が済まないのか? ワンちゃんじゃないんだからさ」
「くだらんことを言うな」
シーゲルは吐き捨てるように言う。
そう、俺とこいつは仲があまりよろしくないのだ。
そもそも、その年に16歳を迎えた者だけが出席できる【天恵式】に兄弟が揃っている事自体、奇妙な状況だろう。
だが理屈は簡単で、俺は父が初めて婚約した女性との子供。俺の母親にあたるその人物が若くして亡くなった後、再婚した継母が連れていたのがシーゲルだ。
そのため、血の繋がっていない義理の兄弟ということになる。
それがやはりシーゲルとしては不満なようで、跡継ぎの第一候補である俺に対する当たりは強い。
こちらとしては、せっかくの兄弟なんだし仲良くしたいところなんだけど……。
「いいかシーゲル、コートレール家を更に繁栄させるには俺たちが協力しないとダメなんだ。ベタベタ仲良くしろとは言わないけど、せめて好意は持ってほしいな」
「協力? 繁栄? 笑わせるなよ。コートレール家の現当主である父の血を引いているのはお前だけだろう? 僕に子供ができようと、同じようにお前に子供が生まれれば、どちらが跡継ぎとして優先されるかは明白だ」
「そ、それは……」
「もう式が始まる。無駄話は終わりだ」
シーゲルが口を閉じると、大聖堂内にいた司祭が祭壇に上り、参列者に挨拶を済ませた後、女神『アルモント・アイ』への祈りの言葉を捧げ始めた。
それから、参列者は順に祭壇の前に進み、それぞれが司祭からの言葉と共にスキルを受け取っていく。
【身体強化】、【剣闘士】、【魔法陣展開】、【植物育成】など、皆が様々なスキルを手にしていく中、遂に俺の番が回ってきた。
「期待しておるぞ、ユーマ」
「はい父上、行って参ります」
俺が席を立って祭壇の前まで歩いていく間。
後方からザワザワと「次、コートレール家の人だ」、「貴族の人はどんなスキルになるんだろうな」といった興味本位の声が聞こえてくる。
うわ、めちゃくちゃ見られてるじゃん……。
しかしそんな声も、俺が祭壇に到着すると同時に収まった。
静寂に包まれた聖堂内にて、司祭が儀式のための言葉を読み上げていく。
「ユーマ・コートレール。汝の瞳に夢を――『アルモント・アイ』の寵愛の元、その未来に栄光あれ――――汝のスキルは……む、こ、これはなんじゃ……?」
今までは順調にスキル名を宣言していた司祭が急に言い淀んだため、聖堂内は再びザワついた。
「ねぇ、もしかして凄いスキルなんじゃない?」
「えーなになに? 気になるー」
そんな風に聖堂の人間全員が注目する中、首を傾げながら司祭は口を開く。
「ユーマ・コートレール。汝のスキルは……【零点特化】じゃ」
「……? れ、れいてんとっかって何ですか?」
未だかつて耳にしたことのないスキル名だったため、俺はつい聞き返す。
「わ、分からぬ。女神『アルモント・アイ』の啓示によると、『能力をゼロにするスキル』としか表現しようがない」
「つまり、相手の身体能力を下げたりできる、ということですか?」
「言葉の受け取り方によってはそうなるな。申し訳ない、女神『アルモント・アイ』の啓示は本来、もっと明確なものであるはずなのだが……」
と、司祭は困惑した様子で説明した。
今までスキルを受け取っていた人々はその用途や使い方をしっかりレクチャーされていたので、どうやら前例がない出来事のようだった。
司祭が動揺するのも頷ける。
「えっと、あの、まだ他の人の番もありますので、俺はひとまず下がります」
「う、うむ。済まないな」
「いえ、本日は【天恵式】を執り行っていただきありがとうございます」
俺は司祭に頭を下げて席に戻り、次に祭壇へ向かおうとしていたシーゲルと入れ替わりで着席する。
うーん、【零点特化】ってなんだ……? スキル名に『剣』とか『魔法』とか入ってればなんとなくイメージできるんだけど……。
「悩むことはないユーマ、コートレール家の人間が授かるスキルなのだ。きっと大層な物であろう」
「そうだと良いのですが――」
「こっ、これは……!」
俺が父の言葉に返事をしようとした瞬間、シーゲルの【天恵の儀】を行っていた司祭が興奮した様子で叫んだ。
「シーゲル・コートレール。汝のスキルは――【剣聖】じゃ!」
瞬間、聖堂内のボルテージは一気に上昇する。
「剣聖って、あの剣聖!?」
「グラシュリス団長と同じスキルだ! すげぇ!」
もちろんそれは父も例外ではない。
「おぉ、我が息子よ……見事なスキルを授かったな」
やったなシーゲル。うん、良かった。
あいつの家の中での地位が向上すれば、俺たちの間に軋轢もなくなるはずだ。
家なんてどっちが継いだっていいんだからさ。
シーゲルは司祭に一礼し、こちらへ戻ってくる。
「やりました父上、グラシュリス叔父様と同じスキルです」
「うむ、ワシはお前のことを誇りに思うぞ」
「すごいじゃないかシーゲル、これで――」
俺は戻ってきたシーゲルに労いの言葉を掛けようとした。
しかし。
「ああ、これでアンタを越えられる」
そう言ってシーゲルは邪悪な笑みを浮かべた。
「シーゲル? な、何を言ってるんだ?」
「言葉の通りだ。僕は【剣聖】を授かったことでコートレール家のトップに立つ資格を得た。そうですよね、父上?」
「うむ、我が弟であるグラシュリスは騎士団の激務のため家系を継ぐことを避けたが、お前にその気があるのならば認めよう。ただし資格を得ただけである。現状はユーマもいることだしな」
「では、今ここでハッキリさせておきましょう。誰がコートレール家の跡継ぎに最もふさわしいかを」
「おいシーゲル、急に何を……」
「よいではないユーマ、【天恵式】が終わり次第、相手をしてやれ」
「しかし父上……」
「お前のスキルも試せる良い機会だ。コートレール家は常に実力主義を至上とする家系。ここらで一度序列を確かめておくとしよう」
と、父はシーゲルの発案に肯定的だった。
いやいや、え? こんなにギャラリーがいる中で戦うの……?
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