ゾンビとばったり
【五時間後 ジュリラ近郊の平原】
信じられないかもしれないが聞いてほしい。
なんとあれから五時間が経過した。
クレアのサンドイッチで満たされたお腹が、再び減ってくるような時間が流れたのだ。
既に日は暮れかけてり、夕日が草原をオレンジ色に染めている。
「あのー……オルフェ? 今日はもう帰らない?」
「あともうちょっとだけ。そろそろ魔力が目覚めそうだから」
「それ、もう十回は聞いたぞ……」
彼女はあれから――ずっと座禅を組んで集中している。
俺やクレアが昼寝をしている間も(ちなみにクレアはまだ寝ている)、休むことなく精神を研ぎ澄まし続けた。
その努力は認めよう。
だけど。
「……あのさ、ここまでして魔法使いにこだわる必要ってあるのかな?」
「なに? またその話?」
オルフェは目を閉じたまま鬱陶しそうに返事をする。
修行の成果により精精神統一をしながらでも雑談くらいはこなせるようになったらしい。
「お昼にも言ったけど、転職する気はないわよ?」
「別に【魔力覚醒】を持ってるからって魔法使いをやらなきゃいけないわけじゃないだろ? 世の中、自分のスキルと全く関係ない仕事をしてる人の方が多いんだからさ」
実際、俺の知り合いにもたくさんいる。
戦闘に関係する強力なスキルを持っているのに、街で商店を営んだり、ギルドの受付をやっていたりするような知り合いが。
「だからオルフェもスキルありきで人生を考える必要はないと思うんだ」
「わかってる。それでも私は魔法使いになりたいの」
「どうして?」
「私のママとお姉ちゃんたちは立派な魔法使いだから、私もそうならなきゃ」
「人に期待されてるから魔法使いになりたいのか?」
「ええ、そう。リターナブルという王族に生まれた以上、私は人の期待に応える責務がある」
「期待に応える責務、ねぇ」
耳が痛くなる言葉だ。
俺がそれに失敗してしまっただけに。
「私も魔法が使えるようになれば、ママやお姉ちゃんたちみたいに皆から認められるはず。そしたら故郷に大手を振って帰れるわ。だからそれまで頑張らないと」
「だったらさ、わざわざこんな武者修行みたいな旅をしてないで、家族に魔法を教えてもらえばいいじゃないか。凄い魔法使いなんだろ?」
「んー……まあそうね。最初はそうしてたんだけど……」
オルフェはそこで言葉を詰まらせる。
その様子を見て、俺は自分のした質問が地雷だったことに気づいたわけだが、俺が謝罪の言葉を発するのよりも先に彼女が言葉を続けた。
「なんか、あまりにも上達しないからお父さんに追い出されちゃった。『魔法を扱えない王族など城に置いておく価値もない』だって」
「え……」
それって……。
「『まともに魔法を扱えるようになるまでは帰って来るな』ですって。だからまあ、こうして修行の旅をしてるわけ」
「ま、魔法が使えないってだけで国を追い出されたのか……?」
「別に国民全員がそうってわけじゃないわよ? 私は魔法に精通してる王族の生まれだからこうなっちゃっただけ」
「いや、だけって……」
「私の故郷はね、小さな国なの。リターナブル王家の魔法が無ければすぐに滅亡してしまうくらいには。だからあの家に生まれた以上、魔法が使えないのは王族の血を引いていないのと一緒なのよ」
オルフェは瞑想をしたまま、冷静にそう言った。
生まれながらにして第三者からそういう役目を期待される辛さ。
家と国では規模が全く違うのであまり分かったようなことは言えないが、それは俺にも理解できるような気がする。
勝手に期待をされ、勝手に失望された。
そこまでは俺と同じ。
しかし、その先は決定的に異なる。
彼女は自身のそんなエピソードを――眉一つ動かさず語ってみせるだけの度胸がある。
俺はコートレールに戻る気持ちというものを捨ててしまったが、オルフェはまだ諦めていない。
自らの家系に誇りを持ち、その一員でありたいと思っているのだろう。
……どうやら。
彼女も彼女なりに辛い想いをしてきたらしい。
俺はオルフェに対して、初めて、心の底から力になりたいと思った。
今までただのワガママガールだと思っててごめんな。
「そうか、お前も『親の期待を裏切った勢』だったのか」
「なにその勢力、できれば入りたくないんですけど……他に誰がいるのよ、そのダメ勢力」
「俺だ」
「ん、アルジもそうなの? なになに? なんで追い出されたの?」
「嬉しそうに聞いてくるな。秘密だ」
「なによ、私だけ話すのは不公平じゃない?」
「オルフェが勝手に喋りだしただけだろ?」
「魔法使いを諦めない理由を聞いてきたらそりゃ話すでしょ!」
「はいはい。とにかく俺のはお姫さまに聞かせるような面白い話じゃないから」
「都合の悪い時だけ王族扱いするな! 普段は何とも思ってないくせに!」
オルフェはっこちを向いて叫ぶ。
わかりやすく精神統一が乱れ始めているな。
「あのね、故郷ではみんな私に対して敬語だったのよ。だからそもそも、今こうして私とタメ口で喋ってること自体、畏敬の念が足りないっての。たとえリターナブルのことは知らなくても、私の美貌を見れば歴史深い王家の気品くらいは感じ取れるでしょ?」
「言葉遣いか……確かに、その辺はちゃんと考え直すべきかもな」
「ふふん、ようやくわかった?」
「ああ、よく考えるとお互いにタメ口なこの状況はおかしい。お前は新入りなんだから俺やクレアに対して敬語を使え」
「そっち!? 私は王族だって言ってんでしょ!?」
「だから俺は知らないんだって」
「ですからわたくしの美しさで王族の雰囲気だけでも感じ取ってと言ったのですが!」
「あ、王族っぽい喋り方。地元ではそんな感じなんだ?」
「地元って言うな! なんかショボい感じがするから!」
「里帰りする時は俺たちも連れて行ってくれ。面白そうだから」
「絶対にイヤ。……まあ、そっちの故郷も見せてくれるなら考えないでもないけど」
「もう見てるぞ。俺の地元はこの辺りだ」
「え、ああ、そうなの? へぇ、じゃあますます予言通りね」
「……予言?」
聞きなれない言葉を耳にして、俺はつい首を傾げる。
予言ってなに?
「リターナブル家には、古くから親交のある占星術師の一族がいてね。私が旅に出る時にその一族の子が占ってくれたのよ。この予言通りに事が進めば、オルフェ様の旅はきっとうまくいきます――ってね」
「ふうん、それってどういう内容?」
「えっとね、大まかに言うと『旅の途中、可愛い従者を連れた冴えない男に出会えれば運命が変わる』とか、そんな感じ」
「ごめん、じゃあ人違いだと思うわ」
運命が変わる――なんてざっくりした言い方のくせに人相はやたらと具体的だな。
どこの誰だか知らないが、その予言には不服を申し立てたい。
「多分外れてると思うから、悪いけど他を当たってくれる?」
「いや合ってるわよ。クレアちゃん可愛いじゃない」
「そこじゃない。まだ兜を外した俺を見たことがないのに、冴えないって決めつけるな」
「じゃあ見せて?」
「…………」
どうしよっかな。
素性がバレるリスクがあるとはいえ、このまま、どうせ大した奴じゃないと思われ続けるのも癪だ。こういう無駄に高いプライドは貴族の本能かも。
うーん、この国で一番有名であろうグラシュリス騎士団長の名前を聞いてもあんまりピンときてない様子だったし、オルフェは世情に疎いんだろうな。
ならまあ、見せても大丈夫か。
「よしいいだろう。俺の素顔を披露してやる」
「本当に大丈夫? かなりハードル上がってるわよ」
「問題ないさ、予言が外れるのは残念だろうが、こればっかりは仕方な――ん、なんだ?」
俺が兜を取り外そうとした瞬間。
近くからナニかのうめき声が聞こえた。
文字にすると「ウボアァァ」辺りが適切だと思われるその不気味な声には聞き覚えがある。
昨日、オルフェと戦っていたゾンビも(戦うといっても一方的なものだったが)同じうめき声を発していた。
声のした方向を見ると、少し離れた場所を一体のゾンビが彷徨っている。
まだそれなりに距離はあるが……いること自体に驚くわ。
「ねぇアルジ、この辺りにゾンビは出ないはずじゃなかった?」
「出たもんは仕方ないさ。襲われないうちにさっさと帰るぞ」
「倒さないの? 少しでも数を減らしましょうよ」
「何度も言うが俺は怪我人だ」
「もう割と治ってるって、フォーリアが言ってたわよ?」
「……まあ、あのゾンビだけならなんとかなるかもしれないが、戦闘を嗅ぎ付けた他のゾンビが寄って来る可能性がある。もしそうなったら俺はクレアを守るので精一杯だから、お前の安全は保障できないぞ」
「なるほどね。じゃあ帰りましょう」
パッと反論をやめてこちらに戻ってきて、いそいそと帰り支度をするオルフェ。
聞き分けが良すぎる。
まあ、一度ゾンビに突撃して返り討ちに遭ってるからトラウマなんだろうな。
「さぁさぁ、クレアちゃんを起こしてさっさとこの場を離れま――げっ⁉」
「どうした、いきなり変な声を上げたりして――あぁ⁉」
クレアを起こそうとしたオルフェがあられもない声を発したので、俺も反射的に振り返る。
……えっと、うん、オルフェが驚くのも無理はない。
彼女の視線が向いていた方角には――ゾンビの大群が見えた。
それはもう大量に。ウジャウジャと。
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