断章 コートレール家の受難ー1
※※※
「到着いたしました、旦那様」
コートレール家の面々を乗せた馬車は、ジュリラの中で一際豪華な建物の前で停車した。
現在、この街の付近に出没しているゾンビの対策会議のためである。
本来ならユーマ・コートレールが出席するはずだったその会合場所には、三名の人影が降り立つ。
「では行くぞお前たち、相手方に失礼のないようにな」
「はい、父さん。心得ております」
「私も行かなきゃダメなのかしら? 元々、出る予定はなかったのに」
「お前も来るのだスズカ、我々は何時いかなる時でもコートレールの威を示さねばならぬ」
「威、ねぇ……」
この街には他に用事があるのだけど、とスズカはため息をつく。
ユーマが家を出てからまだほんの数日しか経っていない。最寄りであるこの街にいる可能性が高い今のうちに、彼女は街中を捜索したいのだ。
しかしどうやら、それが叶うのは今日ではなさそうだった。
三人は従者によって荘厳な玄関に通され、そこからさらに別室へと案内される。
部屋の中には大きなテーブルが悠然と置かれており、既に数名の老人が着席していた。
「お待たせして申し訳ありませんな、街長」
「いいんじゃよ、老人は待つことに慣れておる。むしろ、そちらこそご足労というもの。コートレール卿もこの辺りに住まれたらどうじゃ?」
「お気遣いありがとうございます。街長、並びに本日出席していただいている皆様には、跡継ぎの紹介も兼ねての場を設けていただき感謝しております。こちら、息子のシーゲルです」
「シーゲル・コートレールと申します」
紹介を受けて深く一礼するシーゲルを見て、老人たちはガヤガヤと騒ぎ出す。
「おお、彼があの【剣聖】を授かったという……」
「利発そうな息子さんだ。流石はコートレール卿の跡継ぎ」
「しかしよかったのですかコートレール卿? ユーマ君を王都に行かせてしまって?」
「ええ、息子のワガママを聞くのも親の務めですから」
(……よく言うわね、そんなこと)
涼しい顔をして会話をする父を見て、スズカは心の中でそう呟く。
ユーマが家を空けているというのは公然の事実だが、その理由までもが真実で構成されているわけではない。
ユーマの状況について、こういった外部の人間に対しては「本人の希望により社会勉強のため王都へ出ている」という説明がなされている。
追放はあくまでコートレールの中だけでのことであり、家の関係者以外には真実を伝えていない。
(ま、そりゃそうよね。バレたら品性を疑われるような行動だもの)
「それでは早速じゃが、会談を始めるとするかの」
コートレールの人間が全員着席したのを確認して――
街長と呼ばれた老人は本題に入る。
「皆も知っての通り、現在、ジュリラは近郊に大量発生しているゾンビの群れに悩まされておる。ギルドの有識者が言うには、ゾンビがあのように『集団』を形成することは極めて珍しいそうじゃ。我々はこの問題に対し、慎重に対処せねばならぬ」
街長は落ち着いた口調で淡々と続ける。
「近郊に集まっている理由は不明。今は街の守りを固めつつ、関係者各位が雇った人間たちを調査に出している。生憎、まだどこからも良い報告は入っておらんのじゃが。まったく、悩ましいのう……」
「あの、よろしいでしょうか、街長」
「シーゲルか、意見があるならなんなりと聞こう」
「単刀直入に申し上げますが、駆逐してしまえばいいのでは?」
「フォフォ、頼もしいことじゃ。もちろんそれが一番手っ取り早くはある。そう進言する者も大勢いるがの、なにせ数が多い。個々では勝るとしても、物量に押されれば飲み込まれるであろう」
「つまりそれを可能にする人間がいれば、現実的に選択可能な作戦ということですね?」
「そうじゃな。しかしグラシュリス卿はもちろん不在。妻のジェンティも王都に付いて行っておる。コートレール家が戦闘に長けた者を多く輩出する一族だということは理解しているが、今、おぬし達の他に緊急招集できるコートレールはフォーリア嬢だけじゃ。ただ、あのお嬢様は随分とお転婆での、こういったことには向いておらん」
「理解しています。この街の統治を任されていながら問題の早期解決をしくじるとは、同族として恥ずかしい限りです。コートレールの名誉挽回は、このシーゲルにお任せください」
そう言って、シーゲルは腰に携えていた豪奢な剣をテーブルに乗せる。
部屋にいる老人たちは皆、その重量感のある刀剣に目を奪われた。
「こ、これは……」
「コートレールの家宝――宝剣『切花』です」
「なんと……これがあの、初代コートレールが遺したとされる、スキルを宿した剣か?」
「はい。これには使用者の能力を限界まで引き出すという【超越】が宿っています。私がこれをここに持参した意味、もうお分かりですよね?」
「まさか、おぬしが戦う気か?」
「その通りです。明日にでも出撃し、この街に仇なす敵を一掃します」
「明日じゃと⁉ 無理じゃ、そんなに早く戦いの準備は整わん。今から戦いに参加する人間を募った場合、最低でも一週間は……」
「必要ありません。私だけで十分です。【剣聖】の力を見くびらないでいただきたい」
「しかし……本気かね?」
「もちろんです。街長は覚えておいででしょうか、かつてグラシュリス騎士団長は単身で龍種の討伐に成功しています。同じスキルを授かった者として、私も人々のために力を尽くしたいのです」
「そ、そうか。……立派な心掛けじゃ。よかろう、我々も協力は惜しまない。必要な物があれば遠慮なく言うがよい」
「ありがとうございます」
僅かに笑みを浮かべ、軽く頭を下げるシーゲル。
部屋は、そんな彼に向けた老人たちの賞賛に包まれる。
「おおっ! 素晴らしい! 流石はコートレール家!」
「いやまったくその通り。あなた方がいてくださって助かりました」
「これは祝いの席の用意をしなければいけませんね」
(……ふむ)
未来の英雄の誕生に盛り上がりを見せる室内で、スズカは一人冷めた目をしていた。
やっぱり私が同行する意味なんてなかったわね、なんて思いつつ、弟の行動を憂慮する。
(シーゲルったら、力を試したくて仕方ないのね。そういう男の子っぽいところは可愛らしいけど、今回は規模がねぇ……屋敷の庭で遊んでる頃だったらともかく、実際に命の危険があるわけだし……はぁ、一応ついて行った方がいいわよね……)
こんな会議、早く終わらないかしら。さっさとユーマを探しに行きたいのだけど。
ただ、その様々な考えを顔に出すことはなく――
「シーゲル殿のような姉弟がいて、お姉さまもさぞ鼻が高いでしょうな。ま、元々美人さんではありますが、さらに鼻が高くなるのでは? あはははは!」
「うふふ。ええ、そうですね。誇らしい弟ですわ」
と、スズカ・コートレールは愛想笑いを浮かべた。
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