謎の魔女 オルフェ
「……なんか寒気がする」
「大丈夫ですかあるじ様? やはり怪我が完治するまでは療養されていた方がいいのでは?」
「いや、そういう物理的なものじゃなくて……なんだろう、精神的なヤツかなこれは」
行き過ぎた愛情に押しつぶされそうな、なんかそんな感じ。なにこれ怖い。
――と。
目前に広がる草原を眺めていた俺は、得体の知れない不安に襲われていた。
フォーリアの屋敷に泊めてもらい、一夜明けての今日。
俺たちは、今現在ジュリラが抱えている問題である「ゾンビ系モンスターの大量発生」を解決すべく、その実地調査に乗り出していた。
「とっても爽やかで素敵な所ですね、あるじ様!」
「ああ、住むならやっぱりこういう場所が良いよなぁ」
メンバーは俺とクレアだけで、フォーリアは不在。
まあ……当然フォーリアは自分も行くと言ってキャンキャン騒いでいたが、使用人さんたちの説得により今回は街で待機ということになった。
今回は、という一文がなければ彼女は納得しなかっただろう。
必然的に俺はそのうち、あの好奇心の塊であるお嬢様をエスコートしなければいけない。
怪我人が1人に女の子が2人って、街の外に出る構成としては心許なさすぎるな……。
実際のところ、戦闘能力に関してはクレアも彼女も等しく普通の女の子なわけだが、俺とクレアはフォーリアから強者として屋敷に紹介されているため、仕事が順調に進んで信頼されれば、フォーリアの護衛を任される展開も考えられる。
……考えたくないけどね、あんまり。
「クレア、早めに解決できるように頑張ろうな」
「はい! あるじ様のために全力を尽くします!」
元気いっぱいに返事をするクレア。
彼女の仕事に対するモチベーションは俺よりも高潔なモノだろう。
街を救ってみせるぞ、というまっすぐな目をしている。
フォーリアの郊外観光に付き合うのが嫌なだけの自分が恥ずかしくなってきた。
「ではあるじ様、まずは何から取り掛かりましょうか?」
「そうだな……まずは状況把握だ。フォーリアたちが知っている情報は既に聞かせてもらったけど、それだけじゃまだ足りない。だから今日は実際にこの辺りを見て回って、それから対策を考える」
「なるほど。でしたらわたしは本日集めた情報をメモしておきますね!」
言いつつ、クレアは懐から小さな紙の束を取り出した。
出発前にフォーリアから問題の話を聞いている際もなにやら書いてた気がする。
「随分と仕事熱心だな」
「あるじ様の未来が掛かっているので当然です! わたし、今日ここに来るまでに現在判明している情報を整理しておきました!」
と、メモ用紙に記されている文章をクレアは読み上げていく。
「まずはなんといっても土地ですよね。ジュリラの街は南の方に森があって、それ以外の方向は平原地帯です。普段はとても穏やかなロケーションですが、現在、夜になるとこの平原地帯はゾンビ系のモンスターで埋め尽くされているそうです」
「埋め尽くす……か。こんなに広い草原を……?」
フォーリアが大袈裟に言っているのでなければ相当な規模になるな。
それこそ王都へ正式に救援要請をして、騎士団の派遣を待たなければいけないレベルだ。
「ゾンビは人間や異種族、モンスターを見境なく襲っており、今もその数を増やし続けています。このまま時間が経てば経つほど解決は困難になるかと」
「俺は実物を見たことがないから分からないんだけど、モンスターのゾンビっていうのはそんなに厄介なのかな?」
「そうみたいです。実際に遭遇した方々によると、戦闘力はそれほど高くないものの、どうやら他の生き物の生命力を探知できるのではないかと言われています。なので森の中で身を隠していても見つかりますし、戦っていれば周りから他のゾンビが寄ってくるそうです」
「なるほどね。まったく……なんでこんな田舎に大量発生してるんだか」
「人が少ない分、駆逐されずにたくさんの生き物を襲えるからではないのですか?」
「にしてもおかしい。ゾンビっていうのはこう、思考が放棄されてる類のモンスターだからな。それぞれが本能のままに行動するから、大勢が一ヵ所に集まるなんてことは稀なんだ」
「では、この辺りにはゾンビを引きつける何かがあると?」
「そう考えるのが妥当だけど……でも、これまでは何事もなかったわけだしな」
つまり、ゾンビが蔓延している理由はここ最近になって生まれた――ということになる。
「ゾンビのアイドルが街の近くに来ている、とかですかね?」
「……なにそれ?」
「王都の方には、人前で歌って踊ることにより人々を喜ばせる職業があるそうです。なんでも、そのためだけにわざわざ遠方から王都を訪れるファンの方もいるとか」
「へぇ……都会ってすごいな。そういうの、クレアも興味あるの?」
「えっと、まあ……はい。一応、女の子なので……多少は」
コクンと、どこか気恥ずかしそうに頷くクレア。
それならばいつか王都に連れて行ってあげたいものである。
「そのためにはまずこの問題をなんとかしないとな。ゾンビは近場の生き物を感知して襲うだけだから歌とか踊りはやっぱり分かんないし、話し合いの余地はないだろう」
「でしたらやはり『討伐』ですか?」
「ああ、それが可能かどうか、今から実際にゾンビと戦ってみようと思う」
【零点特化】の性能を試す良い機会でもあるし。
「しかしあるじ様、戦うといっても……本当にこんな場所にゾンビが出るんですか? わたしのイメージだと、もっと薄暗い洞窟とかに生息しているものかと」
「基本はそうだな。ゾンビ系のモンスターは太陽の光が苦手だから、こういう開けた所ではあまり見ない」
うん、だからなおさら気になるんだよなぁ。
深い森や山の奥ならともかく、こんな街の傍に出現しているというのはやはり不自然極まりない。
「まあでも、だからといって光を浴びた瞬間に死ぬわけでもないし、大量発生してるっていうのなら見つけるのに苦労はしな――あ、ほらいた」
言っているそばからさっそく発見。
少し離れた地点に、機敏さゼロのよろよろゾンビがいた。
昼間だからダルいんだろうな、きっと。
「見てくださいあるじ様! ゾンビの近くに人がいらっしゃいます!」
「え? ……あ、ホントだ」
クレアの指の先を目で辿って行くと、確かにそこには、ゾンビと対峙している同年代の少女の姿があった。
裾の長い漆黒のローブと、深い海のようなブルーのロングヘアを風になびかせ、その手には杖を携えている。
恰好から察するに……魔法使いだろうか。
「あの方、何をする気なんでしょう?」
「ジュリラの一大事だからな。他にも当然、問題解決に向けて動いてる奴がいてもおかしくはない。討伐しようとしてるのかも」
「か、加勢しますか?」
「一人で街の外にいるってことは余程の実力者なんだろう。俺たちなんかが心配するような人じゃないはずだ」
さて、同業者のお手並み拝見といこうじゃないか。
観察開始。
「――ったく、どこまでついて来るのよ! このストーカー!」
ゾンビへと距離を詰めた少女は、杖を両手で持って魔法の発動態勢に入る。
やっぱ憧れるよなぁ、魔法って。口上がカッコイイんだよね。
「天海に眠る清廉なる星々よ、その煌めきで全てを薙ぎ払え! 『フルバースト』!」
少女は杖を天高く空にかざして呪文を唱え、素早くゾンビへと降り下ろす。
だか。
しかし。
何も起こらなかった。
「……?」
『フルバースト』といえば、魔術の中でもトップクラスの破壊力を持つと言われている攻撃魔法だ。
それこそゾンビに撃つのはもったいないレベルの。
「もー! なんで出ないのよ! 呪文は一語一句間違ってないのに!」
少女は杖を振り回してなにやら声を荒げている。
そんな彼女をボーっと見つめていたゾンビは、自ら目の前にやってきた獲物に向かって攻撃を試みた。
「あるじ様、あの方、なにやらトラブルのようですが……」
「まぁ見てろクレア。最近の魔法使いは体術も割といけるんだよ。明確な弱点っていうのは直してしまえば強みに変わる――魔導院では生徒へそういう風に教えてるらしい」
しかも相手は弱体化している日中のゾンビだ。なら全然大丈夫――
「きゃあっ!」
少女はゾンビに捕まり、そのまま両手で担がれた。
……大丈夫じゃないかも。
「放して! 放しなさいよこのバカ!」
ジタバタと手足を動かして抵抗する少女。
えっと確か……自分から突っ込んだんだよな?
なんにせよ同業者じゃないですね。
もう杖で直接殴ってるし。
でも効いてないし。
「きゃー! 死んでるくせに強い!」
「……あるじ様?」
聞いてた話と違いますけど。とでも言いたげな視線をこちらに向けてくるクレア。
「ごめん、クレアの見立てが正しかったな」
「助けに行きましょう! このままだとあの方もゾンビにされてしまいます!」
一足先に駆けだしたクレアの後を追って、俺も少女の元へと向かう。
不安だ。
悪い予感がするとまでは言わないが――なんか、少なくとも良いことはなさそう。
「もー! なんなのよこのゾンビ共は!」
「大丈夫ですか! 魔法使いのお姉さま!」
「毎度毎度、本当にもういい加減うんざりしてき――ん?」
一人で悪態をついていた少女はそこで、近くにやって来た俺たちに気づいた。
彼女は依然としてゾンビに担がれたまま、平坦な口調で言う。
「どこの誰だか知らないけど、ちょうどいいところに来たわね。助けられてあげてもいいわ」
「たす……え?」
助けられてあげてもいい?
初めて聞く言い回しだな、それ。
複雑。
「助けてください」だとへりくだってお願いしている感じになるけど、「助けられてあげてもいい」だとまるでこっちが下みたいな雰囲気が出てくる。
捕まって食べられそうになってるのに、なんだその余裕……。
「えっと、本当は簡単に脱出できるけど、俺たちを試してるとか、そういう感じ?」
「いいえ? このゾンビに手も足も出なくて詰んでいるの」
「…………」
清々しいね。
人に物を頼む態度じゃなさ過ぎて逆に好感が持てる。
「早く助けないと食べられちゃうんだけど?」
「もう他人事みたいに言ってるわこの人……」
「あ、あるじ様、どうなさいますか?」
「……助けようか、見捨てるのも可哀想だし」
【零点特化】発動。
『【零点特化】ノ発動ヲ確認。レフトリバース開始。対象の能力をゼロに固定』
「クレア、頼む」
「お任せください!」
クレアは【零点特化】を受けたゾンビへ接近して恒例のメイドパンチをお見舞いした。
その衝撃で吹っ飛んだゾンビは空中で少女を手放し――草原の彼方へと消えていく。
どさっ。
「いった!」
宙を舞った少女はそのまま重力に引かれて落ちてきた。受け身も取らずに。
俺のスキルをくらった訳でもないのに戦闘能力ゼロだ。こいつ。
「……大丈夫か?」
「ええ、まあなんとか。痛い箇所がないと言えば嘘になるけどね」
そう言って、少女は自分のお尻を抑えつつ立ち上がる。
「まったく、せっかくこの私を受け止めさせてあげようと思ったのに、棒立ち?」
「その言い回し、混乱するからやめてくれ」
「何か変? 崇高なる魔法使いが無傷で済んだ良い選択肢だと思うけど?」
「でもお前、今の戦闘で魔法出せてなかったじゃん」
「お前ではなくオルフェ。私の名はオルフェ・リターナブル。普段は人に名乗ることなんてないけど、今回は特別ね」
「そりゃどうも。で、オルフェはさっきの戦闘で魔法を発動できてなかったわけだが、本当に魔法使いなのか?」
「ああ、見てたの。あれはまあ、なんというか……そう、調子が悪かったから」
「ふーん」
「……なによ、その目は?」
「いや別に。……なぁクレア、最近王都の方で善良な人間を狙った詐欺が流行ってるの、知ってるか?」
「はい。高名な魔法使いを名乗って人の懐に入り、何の価値もない魔導書を高額で売りつける悪徳商法が蔓延していると、スズカ様が以前、帰省した際に言っておられました」
「私は違うから! 本当に魔法使いだけど才能がなくて撃てないだけだから!」
「…………」
俺の目をまっすぐに見つめて訴えかけてくる辺り、嘘をついているようには思えない。
ただ、彼女の言い分が本当ならそれはそれで辛いところである。
なんか可哀想になってきたな……。
「ねぇ、私からも質問なんだけど、アンタはこんなとこで何をしてるの?」
「アンタじゃなくアルジだ。俺の名はアルジ」
「そう。それでアンタはこんなとこで何を?」
「……話聞いてた?」
「ほんの冗談よ。で、アルジはこんなところで何をしてるの?」
「ここらで大量発生してるゾンビの対策を練ってるんだよ。今日はその偵察だ」
「なるほどね。だったら私と同じってわけ」
「え……」
まさか本当に同業者なの?
あの戦闘力で?
「目的が同じなら協力するのが世の常。いいわ、この私が一緒に行ってあげても――」
「結構です。行こうクレア」
「ちょっと待った。はい、ストップストップ」
踵を返して早々に立ち去ろうとしたが首元を掴まれてしまった。
「襟をつかむな、俺たちは急いでるんだ」
「話聞いてた? 多分、聞こえてなかったんでしょうね、この私を連れて行かせてあげると言っているのに、こうも淡々と立ち去ろうとするんだから」
「聞こえてたさ。その上で却下だ」
「どうしてよ!」
「あまりにも怪しいから」
「兜で顔が見えない人に言われたくはないんですけど⁉」
「俺のこれは色々と事情があるんだよ。大体――」
「あの、あるじ様、ちょっとお耳を拝借してもよろしいでしょうか?」
「ん……ああ、どうしたクレア? オルフェ、ちょっとタイム」
ちょいちょい、と裾を引っ張られたので、俺はしゃがんでクレアに耳を貸す。
作戦会議開始。
「その、あるじ様のお気持ちは分からないでもないのですが、この方、ここで放っておくとまた大変なことになってしまうのでは?」
「けどさ、普通、こんないきなり会ったばかりの人と一緒に行動しようと思うか? 何かしら企んでないとあの提案は不自然だろ」
「ですが服装も少し乱れていますし、長旅で苦労されているように見えます」
「あー、それまあそうだな。女の子にこんなこと言うのはアレなんだけど、ちょっと臭うっていうか……」
「なんかヒソヒソ話してるけど普通に聞こえてるわよ? 匂いはゾンビにホールドされたせいだし。ていうかその漢字やめてくれる? 余計にキツい感じが出ちゃってるから」
「すごく耳が良い方でした。スズカ様を思い出しますね」
「ああそうだな。またあの頃みたいに聞かれたくない話は筆談にするか」
地獄耳っていうのは怖いんだよね、本当に。
「ねぇ、そもそも会議なんて必要ある? こんな超絶可愛い女の子が仲間になってあげるって言っているのに!」
「可愛い女の子枠はクレアがいるから間に合ってる」
「そ、そんないきなり……もう、あるじ様ぁ、照れますぅ」
「…………あっそ。じゃあ普通に遠距離攻撃のできる仲間が増えるっていうのは?」
「それは実際にオルフェが魔法を使ってるところを見てみないことにはなんとも」
「もしかして疑ってるの?」
「ああ」
「返事早っ!? なによ、そんなにスパッと答えなくてもいいじゃない!」
「こっちとしてはやっぱり、なにかしら証拠みたいなものが欲しい」
「証拠って言われても、私が今示せるのは……えっと、一応、お腹の辺りに魔導刻印が入ってるけど……魔法使いの証みたいなヤツ」
「じゃあそれを見せてくれ」
「……恥ずかしんだけど」
「別に無理にとは言わないさ。嫌なら俺たちはもう行く」
「わ、わかった。見せるから……」
と、オルフェは恥ずかしそうにローブをたくし上げて腹部を露出させる。
彼女のお腹には確かに、複雑な幾何学模様が刻まれていた。
「も、もういいでしょ……?」
「なるほど、魔法使いっていうのは嘘じゃなさそうだ」
「ですがあるじ様、以前耳にした話なのですが、最近の詐欺はこの魔導刻印まで偽装して騙す手口も増えてるそうです」
「へぇ、じゃあ証拠としては不十分か」
「そこの可愛らしいメイド! そういうことは見せる前に言ってくれる⁉」
「失礼いたしました。しかし、見事に引き締まった素敵なお腹だと思います」
「……それはまあ、ありがと」
「なんにせよ進展はナシだ。なんか他には?」
「えっと……あ、そうよ! スキル! 魔術用の凄いヤツを持ってるわ! 【魔力覚醒】!」
「あー、確かにスキルは偽装しようがないけど……【魔力覚醒】?」
それを聞いて連想されるのは、やはり王都の魔導院だろう。
魔法に関してあの組織の右に出る者はいないともっぱらの評判で、王都の持つ戦力の中でも指折りの組織。曰く、グラシュリス団長が収める騎士団と対を成す存在なのだとか。
確か、その魔導院の院長も【魔力覚醒】を持っているはずだ。
つまり剣士にとっての最上級スキルが【剣聖】だとするならば、魔法使いにとってのソレは【魔力覚醒】に他ならない。
けどさぁ。
「ウソだろ、それ?」
「ホントよ!」
「俺たちが調べられないと思って大きく出たな」
「違う! 持ってるったら持ってるの!」
「ならなんで魔法が使えないんだ?」
「こっちが聞きたいわよ!」
「せっかく【魔力覚醒】を持ってるのに」
「持っててもダメなものはダメなの! だって【魔力覚醒】は魔法の威力を強化するスキルなんだから!」
「え、ああ……そうなの?」
ってことはアレか、同じタイプのスキルである【剣聖】はこう、剣を振るえれば発動できるけど、【魔力覚醒】は魔法を撃てないと話にならないっていう……そういう感じ?
まるで宝の持ち腐――
「宝の持ち腐れって言ったら叩くから」
「……思ってないさ、そんなこと」
中々鋭いね。
その才能を何かに活かせないだろうか。
「まあいいや。じゃあ、とりあえず一緒に街まで行こうか」
それを聞いて、オルフェは表情をパァっと明るくする。
「ホントに? 仲間に入れてくれるの? ……あ、じゃなくて、仲間に入れさせてあげてもいいんだけど」
「今、一瞬だけ素が出たなお前」
「出てませんけど?」
「まあどっちでもいいけどさ。いいか、俺はまだ信じたわけじゃない。一旦、場所を変えるだけだ」
「……?」
「オルフェの言っていることが本当かどうか、フォーリアに見てもらうとしよう」
読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる!」と思っていただけたら、後書き下部の評価欄の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただけると嬉しいです!




