ジュリラのコートレール邸へ
【三十分後 ジュリラのコートレール邸】
意見が二対一になった以上、俺も覚悟を決めるしかないだろう。
フォーリアの提案はリスクを帯びているものの、それに見合うだけのメリットもある。
ここでジュリラの街が直面している問題を解決すれば謝礼として相応の軍資金が手に入るだろうし、これからの足掛かりとしては申し分ない。
という訳で、フォーリアの屋敷にやってきました。
「うわぁ、大きいですね……流石コートレール、ここもあるじ様のお屋敷みたいです」
「規模はこっちの方が断然デカいと思うぞ。俺たちの住んでた所は初代が建てたから格式が高いってだけで、街からも遠いしな」
コートレールの当主は代々、家を継いだらあの家に定住するというしきたりがあるのだ。
不便だよなぁ、伝統っていうのは。
ほんの数時間前まで実家だった建物に思いを馳せつつ、俺とクレアはフォーリアの後に続いて敷地内を進んでいく。
「あるじ様、ちゃんと前は見えてますか?」
「ああ、大丈夫だ」
こちらを見上げて心配するクレアに対し、俺は自らの顔を覆うフルフェイスの兜越しに応える。
ここに来る前、正体を隠すためにとフォーリアから買ってもらった物である。
流石にフォーリアといえども手持ちのお金だけでは鎧一式を買うことはできなかったので、最も重要な顔だけを隠すことにした。
残ったお金で服も無難な物に替えたので、これで俺の正体がバレることはないだろう。
が。
「奇抜なファッションをしている変な奴だと思わるだろうな、俺」
「大丈夫ですあるじ様、ちゃんと似合っていますよ?」
と、健気に励ましてくれるクレアの格好は、変わらずキュートなメイド服のままだ。
森の中の屋敷に住み込みで働いていた彼女の顔を知っている人間はジュリラにはいない。……そもそも、フォーリアの資金が尽きてしまったのでどうしようもないんだよね。
「はい到着。我が家へようこそー」
正門を抜けて少し歩いたあと。
フォーリアは玄関前で立ち止まり――こちらへと振り返る。
「一応、最終確認ね。二人とも心の用意はいい?」
「問題ない」
「わたしも大丈夫です」
「よし、オッケー。なら入ろうか!」
フォーリアは意気揚々と玄関の大きな扉を開け、俺たち三人は屋敷へ足を踏み入れた。
入ってすぐの大広間には大勢の使用人が集まっており、彼らの注目は勢いよく開いた扉の方へ――つまり俺たちへと集中する。
「ただいまー!」
「…………」
「………………」
「……………………」
十人以上の人間が集まっている大広間にフォーリアの声だけが響く。
なんだ? なんでみんな目を丸くしてこっちを見てるんだろう……?
まさか、一発で変装が見破られた訳じゃないよな?
フォーリアと一緒だから、不審者だと思われている、ってこともないだろうし。
俺の心の中で様々な憶測が飛び交う中、やがて、執事長である年配の執事が口を開く。
「……お、お嬢様が帰ってこられたぞ!」
それを皮切りに、屋敷内は使用人さんたちの歓喜の声で埋め尽くされた。
「なんということでしょう、お嬢様が自分の意思でご帰宅されるなんて……ああいけません、私、感動で涙が……」
と、涙を流すメイドさんに。
「泣くなメイド長。あんたの教育がようやく実を結んだってことさ」
それを慰めるコックの男性。
「こんなめでたい日にご主人様たちが不在とは……残念だな」
そんな庭師の人と。
「はい、またアタシらまで駆り出されての大捜索だと思ってましたからね」
それに同意するお弟子さん。
そして。
「手の空いている執事は今すぐ、脱走したお嬢様の捜索に出た者たちを呼び戻せ!」
執事長がいまだかつて聞いたことない内容の指示を飛ばす。
それから彼は、目元の涙をハンカチで拭いながらフォーリアの元へやってきた。
「お嬢様、よくぞお戻りになって! わたくし共は今、猛烈に感激しております……!」
「あはは、照れるなぁー」
「…………」
すげぇなコイツ。
家の使用人さんから全く信用されてないよ。
帰って来ただけで褒められてるじゃん。
ま、入り口で警備してた門番の人たちがめちゃくちゃ驚いてた時点で不穏だったけどさ。
「これはぜひともご主人様方に報告せねばなりません。しかし、その前に一つよろしいでしょうか?」
そこで執事長の視線はフォーリアから俺たちに移る。
「お嬢様と一緒にご帰宅された、その方たちは一体……?」
「ああ、私のお友達だよ。アルジとクレアちゃん」
紹介を受けた俺たちは、軽く頭を下げて執事長に会釈をする。
アルジ。
ここで使っていく俺の偽名だ。
クレアがうっかり口を滑らせたりしないよう、彼女が普段から呼び慣れている言葉にしてみた。
「二人ともすっごく強くてね。私が街で困ってる時に助けてくれたの」
「そ、そのような一大事に居合わせることができず申し訳ありません、お嬢様」
「大丈夫だって、ちょっと男の人に絡まれただけだから」
「バカな、わたくし共の知らぬ所でそんな大事件が起こっていたなんて……だからいつも護衛を付けてくださいと申し上げているのに……!」
「無事だったんだからいいじゃん!」
「良くありません! コートレールの家のご令嬢にもしものことがあったら……!」
「もー、分かったってば。お説教はまた今度聞きますぅー」
フォーリアはうんざりしたように執事長をあしらい、話の流れを戻す。
「それでね、その後、一緒にご飯を食べてる時に、ジュリラの周りに大量発生してるゾンビたちのことを話したら、力になってくれるって言うから、お客様として連れて来たんだ」
「なるほど、そうでしたか。それはそれは……ありがとうございます。この屋敷の使用人を代表し、お礼を言わせていただきたい」
「いや、いいんだ。俺たちも偶然通りがかっただけだから」
「いいえ、そんなことはありません。あなた方がいなければ、お嬢様はこうして自ら屋敷に戻ってこられることもなかったのですから」
「…………」
いやはや、フォーリアのいる屋敷に仕えると気苦労が絶えないようだ。
彼女に振り回されっぱなしのこの人を見ていると、心からそう思わされる。
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