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その名はコートレール

「あるじ様、朝です、起きてください……あるじ様?」


 と。

 

 まるで川のせせらぎのような透き通った声に耳元で囁かれたことで、俺はいつものように仕方なく目を覚ました。


「……クレアか、起こさなくていいっていつも言ってるだろ」

「そういうわけにはいきません。わたしはあるじ様のメイドなのですから。それに、あるじ様はまだ子供です」

「クレアにだけは言われたくないないな」


 俺はベッドからゆっくりと起き上がり、眠りを妨げた張本人に抗議の視線を送る。


 クレア。


 このコートレール家にメイドとして仕えている彼女は、何を隠そう俺よりも年下だ。


 首元の辺りまで伸びているツヤのある黒髪に、まだ幼いながらも凛とした端正な顔立ち。


 彼女はその小柄な身体の背筋をピンと伸ばして俺の前に立っている。


「まだ寝かせてくれよ。昨日も父さんの代わりとして色んな仕事をやらされてたんだから」

「夜遅くまでご苦労様です。でも、あるじ様はそれだけ次期当主として期待されているんですよ。いつでも家を継げるように、と」

「だったら二度寝していいよな?」

「それとこれとは話が別なのです。本日は【天恵式】ですから」

「あー……今日だったっけ?」

「はい。あるじ様とシーゲル様に招待状が届いています。こちらがあるじ様のです」


 そう言ってクレアは一枚の書状を俺に差し出す。


 そこには確かに『ユーマ・コートレール様』と記載されていた。


 【天恵式】。


 この世界では、16歳を迎えた人間は全員が平等に一つだけ、ジュリラ大聖堂の司祭からスキルを貰うことができる。


 大聖堂が信仰する女神『アルモント・アイ』の慈愛によって、多くの人間は強力な能力を手にすることができるのだ。


「すっかり忘れてたな……どうしよう、今日はジュリラの街でお偉いさんと会談があるんだよ。なんか最近ゾンビ系のモンスターが増えてるらしくて、対策を考えようってことで」

「コートレール家は代々、王国に仕える騎士の一族ですからね。既にそのようなお仕事を任されているなんて流石ですあるじ様」

「クレア、悪いんだけど連絡しといてくれる? 申し訳ないが少し遅れるって」

「かしこまりました。お伝えしておきます」

「わるいな、よろしく頼む」


 ああ、また長い一日が始まってしまうのか。


 俺はベッドから出て着替えを済ませ、朝食を取るべく一階へと下りる。


 しかし用意されていた朝食は一人分だけだった。


 普段は両親や弟のシーゲルなど、屋敷にいる人間の分がたくさん並んでいるのだが……。


「クレア、父さんたちは?」

「既に出発されましたよ。あるじ様はその時まだ寝ていたので、後からちゃんと来るようにとおっしゃっていました」

「え……おいて行かれたってこと? いま何時?」

「9時です」

「【天恵式】は10時からだよな? この紙に書いてあるし」

「そうです。それがどうかされましたか?」

「……まずいな。屋敷からジュリラ大聖堂のある街までは馬車で1時間はかかるぞ」

「そ、それはつまり、このままではあるじ様が遅刻してしまうということですか……!?」


 事態の重大さに気づいたクレアは青ざめた表情になり、深々と頭を下げる。


「申し訳ありませんあるじ様! わたし、このお屋敷から滅多に出ないものですから、その、式場までどれくらい時間がかかるのか分からなくて……」

「謝らなくていい。そもそも俺が寝坊したのが悪いんだから」

「で、ですが……!」

「大丈夫だ、今から出ればギリギリ間に合うかもしれないし、とにかく行ってみる」


 俺は廊下を歩きながらコートの袖に手を通し、玄関の扉を開ける。


 道路沿いに待機していた馬車に向かって歩いていると、隣に付いてきていたクレアが落ち込んでいる姿がどうしても目に入る。


 うん、非常に参っている様子だ。気にしなくていいのに。


「そんなに落ち込むようなことじゃないって。な? 元気出せよ」

「うぅ、やらかしてしまいました。コートレール家の長男が式に遅刻したともなれば、信用の喪失に繋がります……」

「俺のことで落ち込んでるのかよ。お給料を減らされたり、怒られたりするのはいいのか?」

「わたしのことはどうでもいいんです。あるじ様に拾っていただいたあの日から、この人生はあるじ様のために捧げると決めましたから」

「別に捧げなくていい。クレアだって好きに生きればいいんだよ」

「不本意ですがそうなりそうです。わたし、もうクビになるのは確定なのです。うぅ、もっとあるじ様と一緒にいたかったのに……」


 クレアはもう今にも泣きだしそうだった。


 まだ十代前半の少女だというのに自分より他人を気に掛けることができるなんて、やはり俺が見込んだだけのことはあるな。


 屋敷の人間が何と言おうとクビになんてできない。


 なんとも深刻な雰囲気を帯びているクレアに向け、俺は言う。


「心配ない。俺がいる限りクレアはクビにならないから」

「……どうしてですか?」

「だってお前がいなくなったら、いったい誰が、毎朝、俺を起こすんだ?」

「あ、あるじ様……!」

「分かったならもう落ち込んでないで仕事に戻ること。じゃあ行ってくるからな、留守の間を頼むぞ」

「――はい! 行ってらっしゃいませ、あるじ様!」


 元気を取り戻したクレアに見送られ、俺は馬車に飛び乗って屋敷を後にした。



ここまで読んでいただきありがとうございます!


「続きが気になる!」と思っていただけたら、後書き下部の評価欄の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただけると嬉しいです!

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