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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

誰も見ていないと思ったのに。

作者: 水月美ツ夜

 生きててよかった。

 その書き出しから始まる歌詞。そんな綺麗ごとの歌詞に、曲に、ここまで心が揺らぐなんて思ってなかった。

 幸せなはずなのに、泣きたくて、泣きたくて、仕方がなかった。友達の一言一言に傷ついて、馬鹿みたいに自己嫌悪して。気づいたら、今こうすれば死ねるだろうかなんて考えるようになってしまった。

 昔々、遠い昔、道徳の授業で学んだことを守っていたら、周りの悪口にいちいち傷ついてしまうような人になってしまった。

 中学の頃、布団を暑いのにかぶって、泣きながらイヤホンから流れる言葉に耳を傾けていた。思いっきり泣き叫んだわけじゃないのに、不思議と息がしやすくなった気がした。

 高校の頃、嫌なことがあった時、気持ちの整理が出来なくなった時、自室で椅子に座ってぼんやりと繰り返し聞いていた。それだけで、明日も頑張って生きようと思えた。

 そして、大学生の今、ふと首に輪をかける前に、あの曲でも聞こうとスマホに手を伸ばしていた。

 しんと静まり返っていた部屋が、その音楽で満たされていった。

 閉じられていたカーテンも、まるで光のないこの1LDKも、全て音楽で溶けていった。

 今まで抱えていた不安も、もはや感じなくなっていた痛みも、全部あふれ出て、気づけば顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。

 泣かないって決めてたのにな。

 今日で終わりだと思ったんだけどな。

 この人の曲を、もっと聞きたいと思った。ほんの少しだけ肩の力が抜けて、明日は分からないけど、今日、眠るまでは生きていようと思った。

 作り笑いか、何も表情がない顔しか出来なくなっていた顔が、歪んでいた。

 生きるのは一生で、死ぬのは一瞬だ。

 きっと死んでしまう方が、行動を起こすのに苦労だろうけど、でも、痛みは一瞬で消えてしまうのだと思った。

 震える手で、スマホを握った。スマホを押して、コメント欄に打ち込んだ。

『中学の頃からお世話になっております。ずっとつらかったんです。大好きな兄が病気で他界して、父が母に嫌味を言い、悪口を言い、暴力をふるい、母は私に八つ当たりをして、甲高い声で父と喧嘩して。怒鳴り声なんて当たり前で、最初は辛かったのが徐々に慣れていきました。兄の死を二人そろって笑っていたんです。辛かった。あいつは死ぬと思ってた、とか、そんなことを言うんです。私に無頓着だったのに、スマホを買い与えてもらえたのはとても運がよかったです。もしスマホがなければとっくにこの世に愛想が尽きていたところでした。高校に上がって、いじめられて、悔しくてたまらなくて、兄に会いたいと何度も思いました。その度に踏みとどまっていたのは、兄の言葉と貴方様の曲のおかげです。母が統合失調症になり、病院に行かせました。父は母を笑っておりました。母は時に私に当たり、時に私に縋りました。こんな存在でも実の親だと思って、願いを叶えたり、病院に付き添ったりしました。もう辛くてどうしようもなかったけど、やはり貴方様の曲のおかげで今日まで生きてこれました。私は今大学生です。いつのまにか無理をしていたようです。椅子に乗る前に、貴方様の曲を聴いてよかったです。暗闇で目がおかしくなっていたようです。目が覚めてよかった。また辛くなったら、ここに来ます。自分語り&長文、乱文失礼致しました』

 コメントを送り、一体なぜこんなものを送ってしまったのだろうと恥ずかしくなった。

 送って、すぐに消すのもどうなのだろうか。いや、インターネットでのことなんだから、このぐらい野口は許されるのではないか。

 数分躊躇し、やっぱり消そうと指を押しかけたとき、返信が来た。

『頑張りましたね』

 どこの誰とも知らない私の文を、この方は読んでくださって、私の欲しい言葉をくれた。

 見られるなんて思ってなかった。どうせ埋もれるんだと思った。それか、消してなかったことになるんだと。

『返信ありがとうございます。思わず泣きそうになりました。こんな私に素敵な言葉を送ってくださった貴方様にどうか幸せが訪れますように』

 そう送って、なんだか疲れて、床に横になった。プラプラと揺れるロープを眺めているうちに、眠くなって、意識が落ちていた。

 浅い浅い眠りだったが、私にとってはそれが充分なほど贅沢に思えた。

 思い立ち、スマホの、あの曲の自分のコメントを確認する。返信がついていた。

『僕なんかよりもよっぽど苦労されたんですね。辛いと思った時はゆっくり休んでください』

『このコメントを見て、比喩なしで泣きそうになってしまった。このコメ欄の人たちが幸せになれますように』

『ここの人たち、優し人多いな。みんなよく頑張ってます』

『私も似たような環境です。一緒に頑張っている人が居ると安心しました』

『文字を見ているだけなのに、コメントをなされた貴方の優しい人柄が分かって、本当になんでこういう人たちが辛い思いをしなきゃいけないんだろうって思いました。語彙力なくてすみません』

 凄い。

 凄い沢山の人が、私の文を読んでくれた。暖かい言葉をくれた。

『皆様暖かい返信ありがとうございます。もしかしたらこれから返信を下さる方もいらっしゃるかもしれません。本当に、ありがとうございます。皆様の暖かい優しさが、どこかで皆様に帰ってきますように。では、また○○様の曲のどこかで』

 今日は、生きよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 重なり合うことも 交わりあうこともないからこそ 傷つけることも 救われることもあって ほんの少しでも あなた様の言葉が 誰かの心に届きますよう
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