10...魂に刻まれた本能
鵺宵は雲と同じ高さから、夜の山々を見下ろしていた。
空を飛ぶ怒天狗に抱えられているのである。
満月の光に照らされた山々は、その一つ一つが生き物の様であった。
時折、開けた場所に小さな村などが点々としており、
小さな灯りが漏れている。
空の上、恐ろしい形相で眼下を睨む怒天狗と二人。
鵺宵は会話することも出来ず、ただただボーッと景色を眺めていた。
そこへ、何かが飛翔してくる。
それは怒天狗と同様の翼を持った大柄の妖廻。
泣天狗であった。
泣天狗は、怒天狗には無い大きな胸の膨らみを、千切れんばかりに揺らしながら接近してきた。
「うぅ...いなかった...」
泣天狗は悲痛な表情で涙を流していた。
「見つかるまで戻ってくんじゃねぇよ!」
怒天狗はただでさえ恐ろしい形相を更に歪めて泣天狗を怒鳴りつけた。
「うぅ...でも...」
「でもも、ひったくれもねぇんだよ!愚図が!」
ボロボロと涙を流す泣天狗と、声を荒げ睨み付ける怒天狗。
鵺宵は何をどうして怒天狗が怒っているのか理解できなかったが、ただただ泣天狗を慰めてあげたいと思いつつ、傍観していた。
「おーい!見つけたよー!」
そこへ、笑天狗が爽やかな微笑みの表情で現れた。
「本当か!?どこだ?!」
怒天狗は、泣天狗の事を一瞬のうちに忘れてしまったかのように、笑天狗へ視線を移した。
「こっちだ!」
「とばすぜ!」
笑天狗と怒天狗は、目にも留まらぬ速さで空を翔る。
「わぁ」
鵺宵は風に全身を打たれ、情けない声を漏らす。
「うぅ...まってよぉ」
泣天狗は泣きながら彼らの後を追った。
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「おっあれか!...こりゃいいや!」
「だろう!?」
「うぅ...かわいそう...」
「何を見つけたの?」
「うるせぇ!お前は黙ってろ!」
「怒鳴ったらかわいそうだよ...うぅ...」
「お前も黙ってろ!うじうじしやがって!」
「うぅ...」
「よし!着いたぞ!」
眼下には、3人の人影があった。
小さな村の近くの森の中。
彼らは何かをしている。
そして、彼らの周辺から、黒いモヤが立ち上っていた。
「ほら!行ってこい!」
怒天狗が鵺宵を放り投げる。
「わぁぁ!」
鵺宵は悲鳴を上げる。
「百聞は一見にしかずだ!頑張りなよ!」
「あの黒いモヤモヤに触れれば良いんだよ...うぅ...」
「わっ...と」
鵺宵は笑天狗、泣天狗の助言を辛うじて聞きながら、空中でくるりと回転して着地した。
すぐ目の前に、汚らしい身なりの三人の男がいた。
彼らは何かに覆い被さっている。
「何だ!?誰か来たか?!」
「声がしたような?」
「なんだ...犬か」
彼らは空から降ってきた鵺宵に、どよめいた。
「あっちいけ!」
「しっし!」
三人は一様に驚いたが、鵺宵の姿を見て野良犬だと勘違いした。
鵺宵は、じっと彼らを見ていた。
彼らの周囲を取り巻く黒いモヤ。
それは視覚的にそこに存在するというわけでも、
嗅覚で感じ取れる訳でもない。
しかし、自らのとても深い場所でそれを感じ取っている。
それを求めている。
「なんだあの犬...気味悪ぃな」
「ほっとけあんな子犬」
鵺宵は男たちの元へ吸い寄せられるように近づいていった。
その時。
「あっ...やべ、よそ見してたら殺しちまった...」
一人の男が呟いた。
「おい!何やってんだよ!」
「くっそ!もう少し楽しみたかったのによ!」
男たちの方を見て居た鵺宵には、黒いモヤが一瞬にして膨らみ、弾けたように感じられた。
「食べなきゃ...食べなきゃ...」