螺旋症
この小説にはグロテスクな表現が含まれています。
とある奇病が流行っている。
身体の一部にらせん状の”こぶ”ができるのだ。
こぶは少しずつ大きくなっていって、やがてはスイカやカボチャくらいのサイズに膨れ上がる。
どういうわけか人から人へ伝染するようで、政府はその対応に追われていた。
『続報です。螺旋症患者が国内で1万人を突破しました。感染経路は不明なまま、その実態はようとして解明されていません。健康保険省は患者の隔離施設の開設を発表。海外からの渡航者を制限すると共に……』
ニュースキャスターが早口で原稿を読み上げる。
この奇病は世界各地で猛威を振るっており、沈静化のめどは一向に立っていない。
このまま世界は螺旋に飲み込まれてしまうのではとの心配の声が広がっている。
私は自分の背中にできた螺旋を鏡越しに眺める。
まるでカタツムリのからのように硬質化したそれは、私の背中にぴったりと張り付くように存在していた。
不思議なことに、体調は全く悪くなく、それどころかすこぶる調子がいい。
会社からは無期限の休養を言い渡され、保健所からは外出を控えるように言われ、ずっと部屋にこもっている。かれこれ一週間以上は何もしていないのだが、私の気分は晴れやかだった。
もう少ししたら隔離施設が開設される。
治療法が確立するまで収容されることになるが、私は全く不安に思っていない。
むしろ早くそこへ連れて行って欲しいと思う。
他の患者の螺旋こぶを見てみたいのだ。
数日後、全身を感染防止スーツで覆った役人たちが現れた。
彼らは腫れ物にでも触れるかのように私を扱い、窓に金網が張られている車に乗せて施設へと連れて行った。
車には他にも螺旋症の患者がいたのだが、皆とても晴れやかな顔をしている。
さっそくご自慢の螺旋を見せつけたいと思ったのだが、なかなか服を脱ぐチャンスが見つからない。まさか車内で裸になるわけにはいくまい。
隔離施設へ到着すると、我々は一列に並ばされてから順番に消毒され、できたばかりの白い建物へと入れられる。
それぞれに個室があてがわれ、施設内を自由に行き来する権利を与えられた。
施設の外へさえ出なければ、何をして過ごしてもいいという。
必要な物資は全て与えられる。
何も不満はなかった。
私は裸になり、室内に置かれた姿見で背中の螺旋を眺めてみた。
少しずつ成長する螺旋はすっかり大きくなって、私の一部になりつつある。
これが……私の新しい身体。
なんて美しいのだろう。
それから、収容された患者たちと、螺旋こぶの見せ合いが始まった。
ある物は膝に、あるものは顎に、あるものは尻に。
立派な螺旋こぶができていた。
我々はお互いの螺旋こぶを評価し合い、それぞれの形や色を褒め合った。
中には七色の螺旋を持つ者もいて、その多様さに驚かされる。
あるものは水面に渦巻く潮のような色合いの螺旋。
あるものは鋼のドリルのように鋭く銀色に輝く螺旋。
またある者は漆黒の形容しがたい形をした螺旋。
それぞれに個性があり、それぞれの美しさがあった。
私の螺旋はかたつむり。
あまりに平凡なように思えるかもしれないが、なかなかどうして美しい。
私は自分の螺旋が好きだった。
『螺旋症の患者は螺旋こぶを異常に愛でる傾向にあり、ドラッグのように脳へ悪影響を及ぼす可能性が……』
ニュースキャスターが早口で原稿を読み上げる。
確かに我々は螺旋こぶによって、洗脳されてしまったのかもしれない。
しかし、施設内では迷惑が掛からないように慎んでいるし、他の患者とのトラブルも起こしていない。みんな大人しく治療の順番を待っている。
悪い影響があるとは思えないな。
次から次へ処置を受けて行く患者たちだったが、彼らは手術後も隔離された。
螺旋こぶを除去された者たちは落ち込むでもなく、自分の螺旋がいかに美しかったか、素晴らしかったかを他の患者に語って聞かせる。
肉体から螺旋を除去されたとしても、彼らにはその思い出が残り続けるのだ。
「少し、お話よろしいですか」
一人の女性が話しかけていた。
彼女の額には大きな螺子が突き刺さっている。
いや……生えている。
「なんでしょうか?」
「実は私の処置が決まったんです。
もう少ししたら、この螺子ともお別れになってしまうので、
多くの人に見てもらいたいんです」
「そうですか」
私はその螺子を観察してみることにした。
+の溝が掘られた部分から、らせん状の溝がある胴体が額へと伸びている。
試しに触らせてもらったのだが非常に固くびくともしない。
この螺子は完全に彼女の一部となっている。
「その螺子とは付き合いが長いんですか?」
「かれこれ一か月ほどですね」
「素敵な螺旋ですね。
良かったら私のも見てもらえませんか?
私のはかたつむりの殻なんです」
「うわぁ、見てみたい!」
私は上半身裸になって、背中の螺旋を見せる。
彼女は直接手で触れてくれたのか、ムズムズとした快感が私を襲った。
「ありがとうございます……触ってもらえるなんて」
「私も触ってもらったので、そのお返しです」
彼女はそう言ってほほ笑んだ。
「お別れは辛いですね」
「ええ、でも不思議と寂しくありません。
またどこかで会える気がするんですよね」
「どこかって……」
「あっ、どうやら呼ばれたみたいです」
彼女は会釈をして去っていった。
大切な螺子とお別れするのは辛いだろう。
私も背中の螺旋とお別れする時のことを考えてみた。
たとえ身体から切り離されようと、永遠に離れ離れというわけではない。
きっとどこかでまた会えるはず。
そう思うと気が楽になった。
数日後、ついに私の番がやって来た。
手術台に乗せられ、麻酔をかけられ、気づいたら背中の螺旋こぶがなくなっていた。
悲しいとか、苦しいとか、喪失感などはなく、ただただ事実だけが私に突きつけられる。
私の背中にあった螺旋はどこかへ持ち去られてしまったが、永遠にお別れしたわけではないのだ。
いつかきっとまた会えると思う。
それから一か月ほどたっただろうか。
ついに私たちは解放されることになった。
自宅へと帰った私は、鏡の前に立ち、背中を眺める。
螺旋こぶを消失した跡には生々しい傷跡が残されていた。
螺旋は何処へ連れていかれたのだろう?
私には分からないが、きっとどこかに存在していると思う。
ああ……早くまた会いたいな。
愛しい私の螺旋。
『続報です。螺旋症患者は最後の一人の処置が完了し、政府からは正式に終息宣言が出されました。手術後に再発する傾向は見られず、全ての患者が完治したと発表されています。世界防疫機構は引き続き螺旋患者の隔離を実施すると共に、螺旋症患者を見かけたら直ちに通報するよう各国政府に呼びかけています。では、次のニュースです』
ニュースキャスターは落ち着いた様子で原稿を読み上げる。
彼らにとっての日常が帰ってきたのだ。
「これは……いったい」
研究者たちはざわめき立つ。
患者たちから除去した螺旋こぶ。
切り離した部分には大きな穴がぽっかり。
そこから何かが出ようとしている。
螺旋の出口に現れたのは、人間の身体の一部。
それは腕だったり、足だったり、顔だったり、内臓だったり。
カタツムリの殻から、大きな螺子から、渦から、竜巻から、ペロペロキャンディから。
少しずつ、少しずつ、螺旋の中からあふれる肉体。
それぞれのパーツがくっついて、人の形になっていく。
とある研究者が気づいた。
出て来た人体が患者の特徴と一致している。
全てを吐き出すと、螺旋はボロボロになって崩れた。
残された身体は二本足でスクッと立って、あたりを見渡す。
彼らはみな人間で、知性があり、口を利き、当たり前のように意識がある。
そして……皆一様に身体の一部に螺旋があった。
美しくてきれいな螺旋。
唯一無二の、たった一つの宝物。
大切な、大切な螺旋こぶ。
「あの……すみません。
私の額の螺子を見てくれませんか?
とってもきれいでしょう?」
一人の女が額の螺子を指さして、嬉しそうに言った。
Q 螺子企画なのに、どうしてタイトルが螺旋症なの?
A べっ、別に螺旋と螺子を勘違いしたわけじゃないんだからね!