『えがお』のなくなった息子
「どうして笑わないの?」
私の息子は、最近全然笑ってくれない。
昔はちょっとしたことで「ぶっ。ふふふっ」って吹き出して楽しそうにしていたのに、この頃はずっとむすっとしている。
「何かあったの?」
「別に何もないよ」
そっぽを向いて彼はそう言うけれど、私は信じられない。
だって、明らかに元気ないんだから。
高校で何かいじめなどあるのではと疑り、担任の先生と話をしてみた。
しかし、向こうは「いいや」と首を振る。
じゃあどうして息子はあんなに暗くて辛そうなの? ペラペラうるさいくらいに喋っていた口も、今はすっかり閉じてしまって。
抱いた疑念は胸に残り続けたものの、どうすることもできない。
そんな日々は続いて、数ヶ月ぐらい経った頃、息子は校舎から飛んで自殺した。
鼻血やら目ん玉、内臓などは飛び散って、全身の骨を捻挫・骨折。非常に言葉にしづらい状況だったという。
突然だった。
彼の遺書によれば、好きな子にふられて、ショックを受けていたらしい。
私は全く知らなかった。
後日、その子と会った。彼女は「ごめんなさい」って何度も謝っていた。可愛い子だから、彼氏持ちで悪気なく断ってしまったのだろうとピンときた。可哀想だし許してあげた。
今でも息子は、写真の中で笑ってる。
けれど最後のそれを見たのは、もうずっと昔のこと。頭の中からどんどん失われゆくそれのことを、毎夜想起しては悲しくなる。
母子家庭だったから、私の全ては息子に捧げていたというのに。
慰めてくれる人もない。
何故言ってくれなかったのだろうと、私はずっと悩み続けている。
何か手を差し伸べられたかも知れない。なのに、愛する息子を守れなかったのだ。
この負の泥沼はいつまで続くのか。彼の存在せぬ世界で何を求めたらいいのか。
もう限界だった。
首にロープを巻き付けて、ハンドミラーで首元を確認する。
そこに映る自分の表情を見ると、いつしか私の頬や目からもそれは失われていた。
もう私にその資格はないのだから、当然だ。
さあ、これで準備は整った。今から息子の元へ行こう。
もしもあの世で会ったなら、再び息子のそれを目にすることができますよう。
そう祈りつつ強く唇を噛み締めて、私は足場の段ボールをパッと蹴った。
タイトルの通り、この小説には『え』『が』『お』の文字がありません。
それ以外の文字全てを使って書きました。
※清音、濁音は別物、「っ」や「ゃ」「ゅ」「ょ」は大きな文字と同じとしてカウントしています。
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