第一部 曇りの国 パズル③
20XX年9月18日
未来野組 組長部屋
目の前で未来野組長に土下座をされ、状況を理解できずにいると突然俺の背後のドアが勢いよく開けられた。
「取り込み中に邪魔するぜ、シゲピー!」
「か、片山さん!!」
「おう、久しぶりだな」
「末さん!!」
「お、ケータが無事にこの部屋にいるってことは、約束は守ってくれたんだな」
俺の上司、片山末之助は未来野組長と昔から親交があり、定期的にパズルに遊びに来ていたらしい。
しかし、パズルの武器規制が激しくなるにつれ、武器を持ち込む可能性のある人間や、生産しうる人間の出入りが規制された。
職業柄、武器に関する知識を持った末さんは国の出入りをよく思われず、組長も立場があるがゆえに他の者に示しがつかないとして、控えていたらしい。
そしてどうやら末さんが俺の無実の証明に手回ししてくれていたらしい。
道理で無罪とも言い切れない冤罪がサラっと許されたわけだ。
形式上、組長が冤罪を認めてしまったため何もしないわけにはいかず、あの老け顔金髪を含む構成員たちは丸坊主にさせられたのだろう。
・・噂に聞くようなケジメのつけ方をされなくて、むしろ安心した。
これが原因で、血を見ることになっていたらと考えると、さすがに心が痛む。
しかし、何を言ったら組長があんな土下座までするのだろうか。それに、約束とは?
「ひ、久しぶりですね、片山さん。」
「おう、そうだな!特に今回は、パズルの武器規制が和らぐまで長かったしな」
「そうですね・・と、ところで、約束は守りましたし、これで、その・・黙っていてくれますよね?」
お!どうやら、そういうことらしい。
「まぁ今回の任務に最後まで付き合ってくれたらかな?」
「え!?まだ何かあるんですか?」
「当たり前だ!パズルの軍事強化期間で規制が和らぐと言ったって、こっちに俺たちNMSFが来ること自体リスクが大きいんだ。旧友に会いに来るためだけに来るわけがないだろう?」
「確かにそれはそうですけど・・。」
末さんの説明に今だ納得のいかない様子の組長。
この感じだと、未来野組長に具体的に約束の期間をはっきり言っていなかったようだ。さすが末さん、やり方が汚い。
ちなみに、パズルの軍事強化期間は毎年不定期で行われていて、文字通り軍事強化のために武器や設備などを外部から輸入する期間で、これは基本的に秘密裏に行われているのだがパズルで幅を利かせている未来野組には基本筒抜けで、そこと関係を持っているNMSFにも情報が流れてくることらしい。
「ねえ、NMSFってあんたが所属してる部隊?」
2人の会話を阻まぬよう俺の傍に近づいて、小声でヒカリが聞いてきた。
別にあの人たちに聞いても、喜んで答えてくれそうなもんだがな。
「ああ、そうだよ。節操のない特殊部隊(No moderation Special forces)の略でNMSF。仕事を選ばないところから、そう呼ばれるようになったらしい。」
「どんな部隊なの?」
そんなこと聞いても面白くないだろうに・・。
「・・俺たちは海上プラントで基本的に生活している。そこで各国から秘密裏に仕事を受けて現地で働く、いわば派遣のなんでも屋みたいなもんだ。」
女の子には言えないような仕事が主だが、言えないし、嘘もついてない。
「へー、実家とかには帰らないの?」
さっきの解答で納得させられたか心配だったが、深堀する訳ではなく予想外の質問をされた。
「ある程度稼いだら、帰る人がほとんどだ。・・それ以外は、帰る場所のないやつらだ。」
ここまで言えば、ヒカリが思っているほど俺たちの部隊が楽しいものではないことは伝わるだろう。
「ふーん。」
・・・同情してほしかったわけでも掘り下げてほしかったわけでもないが、ここまでノーリアクションだとは思わなかった。
まぁいい、これで気まぐれな興味も収まるだろう。
スマホをいじりながら俺から離れるひかりを眺めながらそんなことを考えていると、今度はさっきまで組長と話していた末さんが近づいてきた。
「おい、ケータ。」
なぜ耳元で囁く?上司でもおじさんでしょうが。
「なんですか、末さん。」
「なーんか、組長の嬢ちゃんといい感じじゃねえか?」
「・・そんなことないですよ。」
すみません、先ほど気まずくなりました。
「組長と要相談だが・・、お前とヒカリちゃんに仕事を頼むかもな」
「は?」
そういうと組長のもとへ向かい、なにやら話始めた。
今話していた仕事についてだろうか、あの人思い立ったら吉日が過ぎる。
数秒後
おー、組長怒ってる怒ってる。あの感じ、俺の読みは当たっていそうだ。
組長の怒りはもっともだ。組長はセクハラ事件の真相を知っているはずだし、だとすれば末さんはともかく俺に大事な一人娘を預けるわけがない。
俺も気まずいし正直、やめて欲しい。
そんなことを考えていると、ヒカリが2人のもとへ向かって行った。
何この疎外感・・。
俺のせいで揉めているのに他人事すぎる気もするが、俺が混ざってもより面倒になるだけだから、ここは静観。
・・・てか、このソファいいな。
今まで座ったことのないくらい良いソファの柔らかさを尻に感じながら視線を3人に向けると、相変わらず猛烈に反対している組長の姿。
ひとしきり騒いだ後、およそ人の顔とは思えない形相で俺に向かってズンズンと迫って来た。
「お前ごときが!うちの娘を守れるというのか!?」
うわ、すっごい唾飛んだ。きったね!
「落ち着けよ、シゲピー。」
ゆっくりと組長の後ろからついてくる末さん。
「これが落ち着いていられるか!!なぜよりにもよってこんな・・、こんな奴にうちの娘を預け、挙句任務だと!?ふざけるのも大概にしろ!!!」
「信じてくれよ、シゲピー。ケータは今までどんな任務でも失敗したことがないし、ケガもしたことがないんだ。それに武術にも覚えがある、適任だ。」
「うちの組員のスタンガン食らってたが?」
「えっ?」
すみません、末さん。俺が不甲斐ないばっかりに・・。
「・・と、とにかく!今回の任務は若い男女のペアで行う必要があるんだ!」
「なぜ、そこでうちの娘とこの男なんだ!!」
確かに。パズルにも若い女性は、・・・少ないだろうが、いないわけじゃない。
パズルに来るときに乗っていた船には、おばあちゃんしか乗ってなかったけれども。
「それは・・・。」
珍しく末さんが言い淀んでいるが、その続きを待たずヒカリが声を上げた。
「ねぇ!あたしはその任務行ってみたいんだけど?」
「・・・はぁ!?」
おいおい、マジかよ。
「・・ヒカリ?う、嘘・・だろ?」
「本気よ」
「・・そんな・・何で・・?」
組長は絶望的な顔をして、ヒカリに質問をした。
この短い時間で表情変わりすぎて、組長は明日顔面が筋肉痛になっていそうだ。
末さんはというと、さすがにこの展開は想像できていなかったらしく、目を丸くしている。
「何でってそりゃ、未来野組はケータと片山さんに大きな迷惑をかけたわけだし、組としては誠実にケジメを取る必要があるんじゃない?」
「いや、ヒカリそれは・・。」
組長は周りに組員がいることを思い出したようで、言葉に詰まる。
おそらく衝動的に末さんに弱みを握られていたことを言いそうになってしまったのだろう。
・・そしてヒカリ、お前はなぜ俺のこと呼び捨てだ?
「なにか理由でもあるの?なければ、私も任務に興味があるしそれに――」
ヒカリが俺の方を向き・・・、好意でも哀れみでもなく、訝しげに俺を怪しむような顔をしていた。
「それに――、知らないことは知りたいじゃない。」
俺は理解不能な研究対象ですか?
無茶苦茶ではあるが筋は通っている。
そしてなにより、一人娘の願いだ。
組長は見たことのないくらい体をひねりながら唸り、悩んでいた。そして、
「・・わかった。任務に向かうことを許可しよう・・。ただし、」
「ただし?」
「ケータ、貴様の実力を試させてもらおう!!」
「・・は?」
続く