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七章【序章】

暖かい日差しが差し込む部屋

外では小鳥が楽しそうに歌っている

生き物の気配が溢れる外の世界とは一変し、部屋の中は静寂に包まれていた

自分、涼、紅葉さん、三沢所長は咲ちゃんが語り始めるのを静寂が満ちる部屋の中で待った

そして咲ちゃんがゆっくりと話し始める

「……私があの神様気取りの男を調べてる過程で知ったこと、まずはこの世界のことからお話しましょう、皆さんはこの世界がどうやって作られたか、知っていますか?」

「どうやってって……どういうこと?」

自分は首をかしげる

「子供の頃に聞かされませんでしたか?」

「たしか、「1人の神様が空から舞い降りて私達人間を作り、豊かな暮らしをさせるために生魂を授けた」と小さい頃母から聞きました」

紅葉さんが答える

「そう、紅葉さんのおっしゃる通り、それがこの世界に広く伝わる伝承です」

「でもそれって子供に聞かせる単なるおとぎ話だろ、それくらいならみんな知ってる、それとどう関係があるんだ?」

涼も不思議そうにたずねる

確かにその話は自分も知っている

むしろ知らない人はいないだろう

子供の頃みんな聞かされるおとぎ話だ

その話がどう関係してるんだろうか

「古い文献でもその話は描かれています、文献から派生したおとぎ話ですよね?、まさかそれが真実だとでも言うんですか?」

三沢所長も不思議そうだ

自分達4人とも疑問を抱く

しかし咲ちゃんは真っ直ぐな瞳で続きを自分達に語りだした

「全てが真実ではありません、しかし大筋はその通りなのです」

「「「「!!!!!!!!」」」」

自分達は驚愕してしまった

単なるおとぎ話が真実だって!?

さすがにそれは飛躍しすぎではないだろうか?

「私が知り得たものは、まずこの世界は無数に存在します、そのうちの1つがこの世界、遠い昔、1人の人間が他の世界からこの世界に訪れ、そしてこの、私達の世界を想像しました」

「ちょっと待ってくれ!?、いきなり話が飛躍しすぎてついていけない、まずこの世界が無数に存在するってところから説明してくれ」

「失礼しました、工藤さんのおっしゃる通りですね、ちょっと急ぎすぎました、改めて順番にお話します、私達のいるこの世界とは別に、違う次元にほぼ同じ世界がいくつも存在します、そうですね、例えるなら林檎がいくつも横一列に並んでいて、その間に壁がある……と言った感じでしょうか」

「……並んだ林檎が世界で、壁が次元、その林檎の1つがこの世界…と言った感じでしょうか?」

「三沢所長の解釈でだいたい合ってますよ、林檎はどれも同じ林檎ですが、よく見ると1つ1つが少しづつ違います、大きかったり小さかったり、発色が良かったり、模様が違ったり、色が違ったり、凹凸が違ったり、同じものはありません、次元に分断されている世界もそうなのです、同じような世界でも人々の営みが違ったり、文化が違ったり、言語が違ったり、大陸の形が違ったり、生き物が違ったり、様々なのです、そんな世界が無数に存在します、しかし、私達の世界は他とは少しだけ違いました、私達の世界は、あの神様気取りの男によって作られた世界、例えるなら横一列に並んだ林檎の列から外れた林檎のようで林檎ではないもの、姿形は林檎その物ですが、人工的に作られた中身は全くの別物、それが私達の世界なのです」

「……その話が全て真実なら、茶々丸とかいう奴は「神様気取り」じゃなくて「本当の神様」じゃないか?」

「涼さん、このお話は真実です、私の生魂「帝国」は、私が望むことならなんでも可能です、過ぎ去った過去の歴史を見ることもできます、と言ってもこの帝国の範囲内の歴史だけですけどね、そして望めば次元の壁を越えて「見る」こともできます、これはただ見るだけです、干渉することはできません、今のお話しは、この能力で知り得た世界についてです、突拍子もない話なので信じられないとは思いますが、これがこの世界の姿なのです、そして私はあの男を神様だとは認めません、いくらこの世界の創造主だろうとも、娯楽で戦争を起こしているような人を私は神とは認めません」

咲ちゃんが真っ直ぐと涼の目を見つめる

その瞳から語られる強い意志に、涼は信じるしかなかったのだろう

背もたれに体を預け、天井を見上げため息をついた

こいつなりに頭の中で整理してるんだろうな

すると、黙って聞いていた三沢所長が口を開いた

「この世界についてはわかりました、いえ、わからないことは多々ありますが、わかったことにします、整理するのに少し時間を頂いないので……、なので次に行きましょう、「生魂」について教えてください」

「わかりました、まず生魂とは、今のこの世界の現代科学では再現できません、材質すらもわからないものが多くあります、このことについては皆さんご存知ですか?」

自分達は静かに頷く

「ではその話しは省略しましょう、次にこの生魂達はどこからもたらさせるのでしょう?」

自分達は首を横にふる

「この生魂は先程言った、この世界を作った自称神、茶々丸の世界のものです」

「「「「!!!!!」」」」

「驚くことではないでしょう、この世界を作ったのがあの男だとしたら、この世界の生魂を作ったのもあの男でしょう、方法はわかりませんが、それは間違いありません」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

紅葉さんが質問する

「それは……、この世界で発現する生魂があの男の世界で使われている物とほぼ同じ物だったからです」

「……それは本当ですか?」

「三沢所長、今更嘘偽ったって仕方ありません、それに私は皆様に真実を語ると言いました、なのでこの話も事実です」

「だとしたら茶々丸のいる世界は私達の世界よりも科学技術がはるかに進んでいることになります……そんな男に……」

「恐らく生魂とは、あの男の世界の物を呼び出して使用するものだと私は考えます、しかし、あの男の世界でも再現できない物がありました、それが工藤さんが持ってる生魂「アイギス」です、アイギスとはあの男の世界の神々が作り出した神具だと思われます、あの男の世界では名前は知られていますが実在はしません、ですが、工藤さんはその神具を生魂としてこの世界に召喚しました、存在しないものを存在させた、故にその能力は未知数です」

「つまり俺の生魂はあの男も把握してないイレギュラーな生魂ってことか?」

「そうだと私は考えます、あの男の世界でアイギスとは、ある1人の神様の防具だと言われています、形は盾や胸当、肩当と色々と言い伝えられているらしいのですが、主に盾として広く伝わっているようです、その盾には化け物の首を括り付け、その化け物の力をも自由に使える、なんでも見ただけで相手を石に変えてしまう化け物の首だとか……、それが真実かどうかはわかりませんが、恐らく工藤さんの生魂も、その類のものでは無いかと思います」

「だから色々な防具に形を変えれるのか、でも俺のアイギスは防御はできるけど攻撃はできないぞ、まぁ使いようなんだとは思うけど、でもそんな化け物の首なんか着いてないしなぁ」

「その辺は全くわかりません、果たして本物なのか、それとも模倣されだだけの贋作なのかもわかりません、しかしあの黒巨亀のブレスを防いだのです、贋作だとしても能力は本物だと思います」

「つまり工藤の生魂はまだ完全じゃないと、まだ何かが足りないと」

「断言はできませんが、恐らくは……」

咲ちゃんが自信なさそうにうつむく

真実を知っているように見えて、やはり咲ちゃんも全部はわからないって事だな

ただ、この世界で1番真実に近いってだけなんだな

でもすげぇなぁ

そんな衝撃的な事実を何百年も1人で抱えていたんだよな

そんなの辛いし、何より寂しすぎる

「あの……、生魂って使わない方が良いのでしょうか?」

紅葉さんが恐る恐る咲ちゃんに質問をする

「それは大丈夫だと思いますよ、生魂も未解でしかも与えたのがあの男だとしても、所詮は道具です、与えたのが誰であろうと扱うのは私達です、どうな道具も持ち主によってその力の意味は大きく変わってきます、どんなに素晴らしい名刀も、間違った者が振るえば妖刀と畏怖され、正しい者が振るえば聖剣と褒め讃えられます、それにあの男を倒すには生魂がないとどうしようもできません、なのでいつも通り使って、むしろその力を使いこなしてしまえば良いのです」

「それは良かったです、正直、生魂がないと私達の生活レベルは大きく後退してしまいますから」

「それよりも、咲ちゃん、君はあの茶々丸を倒そうとしてるのか?」

「それは……」

咲ちゃんは言葉を詰まらせてしまった

そして少しの沈黙の後、まっすぐ自分達を見つめて力強く宣言した

「私はあの男を倒します、道楽で人の命を弄ぶような人を私は神だとは認めません、野放しにしておくと、きっともっと沢山の命が消えるでしょう、私はそれを止めたいのです」


『よく言いました!!』

突然知らない声が部屋に響いた

するとさっきまで誰もいなかった咲ちゃんの後ろに1人の男の姿が突然現れた

「「「「「!!!!!!!!」」」」」

自分達は瞬時に構え、戦闘態勢に入る

しかし男は咲ちゃんの肩に手を乗せているため迂闊には動けない

『驚かせてしまいましたが、何もそこまで警戒しなくても、まっ、そうなるように出てきまんですけどね』

「お前は誰だ!!」

涼の殺意も意に介さず、男は飄々と答える

『皆様初めまして、そちらのお嬢さんはお久しぶりです、300年以来ですかね、私は「茶々丸」、先程から話の中に上がってた「茶々丸」です、以後お見知り置きを』

そう言って男はわざとらしく頭を下げる

「茶々丸って……あの神様気取りの茶々丸か!?」

「そうですよ、この男こそが、父を殺し、道楽で戦争をする、神様気取りの茶々丸です」

咲ちゃんは冷静に答えるが、その拳は血が出そうなほど握りしめている

今にも殴りかかりそうだ

『酷い言われようだなぁ、「神様気取り」じゃなくて「神様」ですよ、まぁ、この世界限定の神様なんですけどね、あっちではただの一般人ですから、あ、そうだ言い忘れてましたが、この部屋からは出ることも入ることもできませんよ、この部屋だけ隔離しましたので、ですので助けを呼んでも無駄ですよ』

いつの間にか扉のそばまで移動していた紅葉さんに向かって茶々丸は言い放った

紅葉さん、いつの間に移動してたんだ

さすが現役で隠密部隊の陽影にいるだけはあるな

紅葉さんは悔しそうな表情を浮かべすぐに自分達の所まで戻ってきた

『別にあなた達と争うために来たわけじゃないんですよ、まぁ、私は構いませんが、あなた達の準備が万端ではないでしょう、今日はただ懐かしい話をしてたので気まぐれで顔を出しただけですよ』

「神様ってのは随分暇なんだな、なんだったら俺が遊んでやろうか?」

「涼さんダメです!!、落ち着いてください!!」

今にも飛びかかろうとする涼を三沢所長が必死に止める

『懸命な判断ですね、涼さん、三沢一鉄さんに感謝してくださいね』

「……なんで俺達の名前を知っている?」

『知ってますとも、だって私はこの世界の作者ですよ、知らない方がおかしいでしょう、あなたは夏山 涼さん、インパクトの生魂ですね、そしてあなたは冬森 紅葉さん、重力の生魂ですね、あなたは……いえここでは言わないでおきましょう、物語がつまらなくなってしまいますからね、そしてあなたは三沢一鉄さん、万事屋人材派遣所本部「万館」の所長さん、野戦病院の生魂ですね、そうですね、あなたもなかなか面白い背景がありますが、あなたの事もここではやめておきましょう、それであなたは桃華 咲ちゃん、桃桜帝国現皇帝、約300年間この帝国を平和に治めてきた7歳の少女、今は帝国の生魂でしたね、お久しぶりです、お元気でしたか?、最後にあなたは工藤 正熙、あなたのことは本当に不思議なんですよね、生魂はアイギスとまだ何か不思議な才能を持ってますね、私の物語を唯一面白くしてくれる登場人物だと思ってますよ、よろしくお願いしますね』

自分達は唖然としてしまった

本当に全てを知ってるようにすらすらと言い当てていく

紅葉さんと三沢所長の渋い表情から見ても、あの二人がまだ話してくれてない、たぶん本人達しか知らないことまで知っているみたいだ

「それで?、その神様がなんの用なんだよ、まさかお茶会に混ざりたいとかじゃないよな?」

涼が挑発的に笑う

こういう時、こいつの肝は座ってると思う

物腰から分かる絶対的な強者がまとう空気は涼にもわかっているはずだ

それでも涼は挑発と言う行動に出た

情けない話だが、自分はその圧に気圧されてしまっていた

あの茶々丸を見てから冷や汗が止まらない

『それも良さそうですね、私は常に時間を持て余していますから、皆さんと楽しく談笑ができるならぜひ参加したいですね、でもどうやらそんな雰囲気でもないみたいですね、残念です、次はぜひ誘ってくださいね』

「誘うわけないだろ!!、良いからなんの用か言えよ!!」

涼が声を荒上げる

『それは残念です……、そうですね、今日私が皆さんの前に姿を表したのは単なる気まぐれです、なんか私の話をしてたみたいでしたので来ちゃいました♪、あとはついでに皆様に1つ教えておこうかと思いまして』

「何をだよ」

『大米が陥落しました』

あまりにも感情もなく淡と言うので一瞬理解出来なかった

「……なんですって…?」

三沢所長が恐る恐る聞き返す

『だから、大米が陥落したんですってば、それはもう見るも無惨なくらい徹底的に』

「……それはあなたが大米を滅ぼしたのですか?」

『三沢一鉄さん、あなたの問についてはYES、NOでは答えられません、私も加担はしていますが、少しだけです、現場指揮は全て私の部下のような者達に任せましたから、私は少し指示しただけですよ』

「……何が目的なんだ?」

『涼さん、それはどの行動についてですか?』

「全てだよ!!、お前は何がしたいんだよ!!」

『ふふふ、何って決まってるじゃないですか、「暇つぶし」ですよ、暇つぶしにこの世界で世界大戦と言うゲームの準備をしているんですよ、文字通り、人間と神による対戦ゲームです、あっ、大米が落ちたからもうゲームは始まっているのか、ふふふ、これから楽しいゲームの始まりですよ!!、アハハハハハッ!!』

部屋に響かせて高笑いを上げる茶々丸の声は、狂気に満ちていて、不気味で、気持ち悪かった

こっちの頭までおかしくなってしまいそうだ

『……ふふふ……、はぁー……、さぁて、私はそろそろお暇しますね、では皆さん、私をしっかり楽しませてください、楽しみにしてますよ』

そう言って茶々丸は霧のようにその姿を消した

後に残ったのは沈黙、重苦しい程の沈黙だけだった

しばらくしてその沈黙を破ったのは三沢所長だった


「咲様、どうしますか…?」

「……どうするもないでしょう、あの男は本気で人類を滅ぼそうとしてくるに違いありません、私達も準備をしなければ…」

「民達には伝えますか?」

「今はダメです、要らぬ混乱を呼ぶだけです、私達の準備が整ってから公表しましょう、と言ってもそう時間はないでしょうね」

「それに大米陥落は噂程度でも伝わってくると思います、それも遠くない日には」

「そうですね……三沢所長、万事屋人材派遣所に協力を求めます、私と……いえ、私達と一緒に戦って下さい」

「もちろんです、万事屋人材派遣所は全面的に桃桜帝国と協力してこの驚異に立ち向かいます、こんなことが起こってしまっては商売どころじゃないですからね」

「ありがとうございます、助かります、では最初の要請として、涼さん、紅葉さん、工藤さんの3名に、特使として日ノ本へ向かっていただきたいと思います」

「だそうです、皆さん引き受けてくれますか?」

三沢所長が自分達を振り返り聞いてきた

その顔はいつもの優しい顔ではなく、万事屋のトップとしての顔だった

「咲様、1つよろしいでしょうか?」

「紅葉さん、なんでしょう?」

「どうして私達なんですか?」

「大きな理由は3つあります、1つはこの場に皆さんが一緒に聞いた事、もう1つは、帝国の兵より、何もしがらみの無い皆さんの方が動きやすいこと、最後の1つは、あの男を間近で見て、その脅威を体感したことです」

「なるほど、たしかにいちいち説明しなくて済むし、帝国の兵より俺達の方が行動するのにしがらみもない、それにあの男の脅威を肌で感じてるから軽んじることもない、まぁ、理想的な人材だな」

「涼さん、わかっていただけて何よりです」

「…………」

「工藤?、どうした?、びびったか?」

「…そりゃびびるさ、あんなのを間近で見たんだからな、咲ちゃん、本当にあんな化け物みたいな奴と戦うのか?」

「戦わなければ命あるものは全て皆殺しにされます」

「勝算はあるのか?」

「今はまだありません、これから考えます」

「勝てるのか?」

「勝たなければ世界は滅びます」

「……勝てないだろ、相手はこの世界を創った神様なんだぞ……」

「工藤さん、諦めたら私達はそこで途絶えます、私の大切な人達も、工藤さんの大切な人達も全員、例外なく皆殺しでしょう」

「まさかさすがにそこまでは……仮にもこの世界を創った神様なんだろ」

「あの男ならやりかねません、実際に会って肌で感じませんでしたか?、あの神様とは思えないくらいの異常な狂気を、考えてみてください、娯楽で戦争をする男ですよ、戦争をゲームとのたまう男ですよ」

「………」

「それに神と言ってもあの男も生魂を使うところから、この世界の(ことわり)は無視できないと思われます、「作者」の生魂がどういう能力なのかはわかりませんが、生魂を使う以上私達と同じ人間のはずです、今はまだ微小ですが、諦めなければ勝機もありましょう、……工藤さん、やるしかないのです、少なくとも、ここにいる私達は立ち向かわなければいけません、世界を守る為じゃなく、隣で笑う大切な隣人を守るために、抗わなければなりません」

自分は紅葉さん、涼、三沢所長の顔を見渡す

3人の瞳からは強い意志を感じた

せめて仲間と今学園で必死に学んでいる澪ちゃんだけは失いたくない

たぶんみんな同じ気持ちだろう

最後に咲ちゃんの瞳を見つめる

咲ちゃんからは恐怖と、しかしそれに打ち勝とうとする強い意志が伝わってきた

…足踏みしてるのは自分だけか…

「……わかったよ、やれるところまでやってやるよ!!」

「工藤さんありがとうございます、それでは改めて、工藤さん、涼さん、紅葉さん、日ノ本へ行き、私からの親書を届けて下さい、理由は、最初に一番の友好国である日ノ本と同盟を結ぶためです、重要な役割となりますがよろしくお願いします」

「でも日ノ本ってここからずっと東に行って海を越えた島国だろ、かなり時間かかるぞ、向かってる間にまた国が1つ落とされるってのは勘弁して欲しいんだが」

「涼さんの心配は最もですが、私達には圧倒的に情報が足りません、大米が本当に落とされたのかも、どこまでの壊滅状態なのかもわかりません、敵兵の規模もわかりません、なので皆さんが日ノ本へ向かっている間に、別働隊によって情報を集めてもらいます、得た情報は皆さんと共有します、そのために帝国兵からも1人、私の信頼のおける兵士を同行させます、情報はその方に伝へ皆さんへと共有して頂きます」

「いいぜ、やってやろうじゃん!!、こんなに責任重大なことを任されたのは初めてな気がする!!」

涼が己を鼓舞するようかのように気合いを入れる

「出発はいつにしますか?、状況的に時間はありません、すぐにでも旅立った方がよろしいかと」

「そうですね、紅葉さんの言う通りなのです、帝国でも準備がありますので、最速で3日後でいかがでしょう?」

「万事屋としても準備しなければいけないことがあるのでそれが限界でしょうね、皆さんはどうですか?」

「俺は問題ない」

「私も陽影に報告してからになるのでそのくらい時間を頂けると助かります」

「俺は今日からでも良いぜ」

「涼……もしかしてびびってるのか?」

「おい工藤、なんでそうなる?」

「だって、怖いから早く終わらせたいんだろ?」

「喧嘩売ってるみたいだな、良いぜ、肩慣らしに買ってやるよ、お前とはどっちが強いか白黒はっきり付けないといけないしな」

「もう、工藤さんも涼さんもいい加減にしてくださいよ……」

「ふふふっ、いいチームですね♪」

「私は少し不安になってきました…… 」

微笑む咲ちゃんと肩を落とす三沢所長、呆れる紅葉さんに軽口に乗ってくれる涼、自分は誰一人として失いたくない

ここにいる奴らだけじゃなくて、今まで出会ってきた人達も全員

だから自分は決意する

途方もなく、今はまだ先の見えない茨の道だけど、このチームならあの男、狂気的な神気取りの男「茶々丸」を倒す

そして終わったらみんなで笑いあって酒でも飲みながらバカ騒ぎの大宴会を開こう

自分は心の中でこの仲間達の笑顔に誓いを立てた



自分は今、桃桜帝国にある武学院の正門の前にいる

隣には涼、反対側の隣には紅葉さんもいる

なぜ自分達がここにいるのかと言うと、澪ちゃんに会うためだ

昨日の一件により、桃桜帝国皇帝の咲ちゃんの頼みで日ノ本へ行くことになったことと、1週間後に行われる武学院の「武学演舞祭」を見に行けないことを伝えるためだ

武学演舞祭とは、武学院の生徒達が日頃学んだことを演習方式で競い合う、学院のお祭みたいなものだ

1対1で行う「決闘」と、クラス対クラスの多人数で行う「演習」があり、どちらも大いに盛り上がる

この国では結構大きい催しもので、多くの人達が観戦しに来る、まさにお祭りだ


「皆さんお待たせしましたー」

自分達を見つけると、嬉しそうに満面の笑顔で、澪ちゃんが校舎の方から小走りでこちらに向かってきた

「大丈夫ですよ、全然待ってませんから、工藤さんも涼さんも大人しくしてましたしね」

「紅葉さん、それじゃぁまるで俺と工藤がいつも喧嘩してるみたいじゃないか」

「あれ?、違いましたか?」

「紅葉さん最近俺と涼の扱い雑ですよね」

「そう思うならお二人とももう少しちゃんとしてください」

「ふふふ、相変わらず皆さん仲良しですね♪」

自分達は顔を見合わせてしまった

まぁ、さすがにちょっと気恥しいなぁ

「そう言えば、皆さん今日はどうされたんですか?、突然お会いしたいなんて、何かあったんですか?」

「まぁ、そうだね、俺と涼と紅葉さんはちょっと仕事でこの国から離れることになったんだ、それを伝えたくて」

自分が澪ちゃんにそう伝えると、なんだか寂しそうに肩を落としてしまった

「……そうですか…、でもお仕事じゃぁ仕方ないですね、皆さんくれぐれもお体には気を付けてくださいね、少し寂しいですが、私もこの学園でしっかり学んで、一日でも早く皆さんとお仕事できるように頑張りますから!!」

澪ちゃんは少し寂しそうな笑顔で自分達に笑いかけてくれた

本当にこの子はいい子だなぁ

「澪ちゃんもお身体には気を付けてくださいね、くれぐれも無茶をしてはいけませんよ、私から学んだこと、この学園で学んだことをしっかりと身に付けるんですよ」

「俺も工藤も紅葉さんもそうそうやられたりはしないさ、大丈夫だぞ、まぁ工藤は少し心配だけどな」

「おい涼、今良い雰囲気だったよな、なんでそこでぶち壊すんだよ」

「なんだよ、本当のことだろ、お前は危なっかしいんだよ、戦闘も生活も」

「なんだ?、喧嘩か?、いいぜ買ってやるよ、ここでどっちが強いか白黒付けるか?」

「なんだ工藤、やる気だな、まぁ、俺が勝つけどな」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

「はい!!、お二人共、その辺にしてください、今日の目的は違いますよね、もっとしっかりしてください、澪ちゃんの前でみっともないですよ」

「ふふふ、私は大丈夫ですよ、皆さんいつも通りで安心しました、これならどんなことがあっても大丈夫ですね」

「私は少し心配になってきました……」

くすくすと笑う澪ちゃんと呆れてしまっている紅葉さん、懐かしい雰囲気だな

「……あと、澪ちゃんには謝らなくちゃいけないことがあるんだよね」

「なんでしょう?」と小首を傾げる澪ちゃんに、自分は言葉を続けた

「澪ちゃん……本当にごめんね、武学演舞祭、行けそうにないんだ、本っ当にごめん!!」

「仕方ないですよ、お仕事ですから、それに武学演舞祭は来年、再来年もありますから、だからそんなに謝らないでください、私は皆さんと一緒に依頼を受けることが目標なんです、そのためにも実戦形式のこの催しで活躍してみせますよ、日ノ本で吉報を楽しみに待っててください」

眩しいくらいの笑顔で優しい言葉をくれる澪ちゃん

本当にいい子だな

「……でも、本当のことを言うと少しだけ寂しいです、今はまでは会えなくても皆さんこの国で仕事をされてたので、近くにいてくれてるって安心感がありました、でもこのままではダメですよね、私も1人で頑張れるってことを学ぶいい機会かもしれません」

澪ちゃんは笑顔だ

でもやはり少しだけ寂しさと不安な気持ちが見える

自分はそんな澪ちゃんに投げかける言葉を持っていない

なんというのが正解なのかもわからない

不甲斐ない自分が澪ちゃんに投げかける言葉を探していると、紅葉さんが澪ちゃんの前に歩み出て、そして優しく抱きしめた

「澪ちゃん、不安なんですね、そんな不安なあなたのそばにいてあげられない不甲斐ない私達を許してください、でも澪ちゃん、あなたのその不安な気持ちは否定してはいけませんよ、その気持ちも紛れもないあなた自身です、不安なら不安なりに下準備をするんです、それを身につけてください、その心の対処法が近い未来、澪ちゃんが1人前になった後、最後まで生き残る大切な要素となります、どんなに強力な生魂を持っていようと、どんなに天性の才能に恵まれようと、最後まで生き残れません、澪ちゃんは逆境で膝を付いてしまっても、最後まで生き残り立ち上がる人になってくださいね」

紅葉さんは優しく微笑みながら澪ちゃんの頭を撫でていた

澪ちゃんは紅葉さんからの言葉を受け、優しく撫でてもらい、最後には寂しさが溢れてしまったのだろうか

紅葉さんの胸の中で声を殺すように静かに肩を震わせた

「今だけ…今だけですから…」と繰り返す澪ちゃんを紅葉さんは静かに優しく撫で続けた

不安な気持ちも、寂しい気持ちも全て流し切ってしまうように、澪ちゃんはしばらくの間泣き続けた


澪ちゃんが落ち着き、紅葉さんから離れると少し恥ずかしそうに目を擦って、残った涙をふき払った

「皆さんいってらっしゃい、私すぐに皆さんに追いつきますから、追いつけるように頑張りますから、だから皆さんも絶対に無事でいてくださいね!!」

泣いたせいでうっすらと赤くなった目尻のままで、澪ちゃんは自分達にそう言うと、くるりと反転して校舎に向かって走って行ってしまった

校舎の玄関に入る前に、澪ちゃんは大きく自分達に向かって手を降ってくれた

自分と涼と紅葉さんは、そんな澪ちゃんに手を振り返し、そして武学院を後にした

澪ちゃんならきっと誰よりも優しくて強い派遣員になることだろう

一緒に仕事ができる日が待ち遠しいとすら思ってしまう

それだけあの子には大きな可能性を感じる

だから、自分はあの子いるこの世界を守りたい

あの子がいつまでも笑っていられるように、この世界を守り抜きたい



武学院を後にした自分達はそのまま万事屋「万館」へ向かった

なんでも日ノ本へ同行する帝国兵と紹介も兼ねた顔合わせをしたいとのことで、自分達は三沢所長より呼び出しを受けていたのだ

「同行する帝国兵ってどんな奴だろうなぁ」

「そうだなぁ、変な奴じゃなきゃ良いなぁ、贅沢は言わないから、腕の立つ、最低限一般常識をわきまえてる奴だとありがたいなぁ」

涼がニヤリと自分を見ながら言ってきた

「涼、それは俺に一般常識が無いと言いたいのか?、それとも俺の腕は二流品だと言いたいのか?」

「俺は特に何も言ってないぞ、そう思うってことは工藤に自覚があったんだな、良かったよ、無自覚ってのは一番タチが悪いからな」

「お前…喧嘩売ってるのか?、いいだろう、買ってやるよ、日ノ本へ行くのに1人くらいいなくても問題無い、帝国から追加の人員もあるしな」

「ほぅ、自ら辞退するとはいい心がけだな、工藤、お前は1人分の宿を取っといた方がいいぞ、大丈夫、1人でも寂しくないように、枕元にぬいぐるみでも置いといてやるから安心しろ」

自分と涼はいつでも動けるように静かに構えて、お互いを睨みつけあった

「……はぁ…、お二人は、常にじゃれ合ってないと気が済まないんですか?、お二人の仲が良いのはよくわかりましたから、周りの人達には迷惑かけないで下さいね」

紅葉さんがやれやれとでも言うようにため息をついた

「紅葉さん、俺と工藤ってそんなにいつもじゃれあってますか?」

「自覚がないんですか?、無自覚ってのが一番タチが悪いですよ」

ついさっき自分で言った言葉をそのまま返された涼はなんとも言えない顔をした

「ククク……、涼、言われてやんの」

「工藤さんにも言っているのですよ」

「……はい…」

自分と涼は、紅葉さんに言われてしまい、とぼとぼと万館への道を歩いた

最近紅葉さん、自分と涼の扱いが雑と言うか、むしろ上手くなってる気がするな

……不本意ではあるのだが


そんなこんなで歩いているうちに万館へ着いた

受付で要件を伝えると、すぐに所長室へ通された

まぁ、道は知ってるし、所長のことも知ってるから別段緊張することもなく、自分達は普通に所長室へ入っていった

もちろんだが、所長室には三沢所長がいた

そしてもう1人、見知らぬ女性…と言うよりは、少女がいた

女性の年齢を当てれる自信はないが、多分15〜18歳くらいだろうか

今は武学院で勉学に励んでいる澪ちゃんより少し年上かなって感じだ

利発そうな力強い瞳がその幼い顔立ちに不釣り合いな印象だった

「皆さんいらっしゃい、お待ちしておりました」

「三沢所長こんにちは、遅くなってしまい申し訳ありません」

紅葉さんが頭を下げる

自分と涼は特に悪いとは思ってないので突っ立ったままだ

時間指定がなかったからな

いつ来ても自由なはずだ

「大丈夫ですよ、ではお座り下さい、今お茶を入れますね」

そう言って三沢所長は壁際に行き、いそいそとお茶を入れ始めた

その間、自分達は見知らぬ少女と無言で向き合う形で待たされる

いったいこの子は誰なんだろう…と言うほど自分も察しが悪いわけじゃない

たぶんこの子は日ノ本へ同行するために桃桜帝国から派遣された兵士か、その代表だろう

この幼さで選ばれるなんて、相当手練なのだろうか

涼を見ると、なにか怪訝そうな顔をしている

たぶん、選ばれるだけの実力があるのはわかるけど、その見た目から少し疑っているのだろう

紅葉さんを見ると……わからん

その綺麗な澄まし顔からは何も読み取れない

そんなことしてるうちに三沢所長がお茶を持って戻ってきた

「おまたせしました、熱いので気を付けてくださいね」

「三沢所長、本題に入りませんか?」

珍しく涼から話の催促があった

普段は我関せずな感じでいるのに、今回は別なのだろう

「ああ、そうですね、では早速……こほん、御三方ともお気付きの通り、こちらは日ノ本の旅に同行してもらうことになった帝国兵の方です、帝国の航行輸送隊から派遣された兵士、「小鳥遊(たかなし) (そら)」さんです」

すると目の前の少女はすくっと立ち上がり

「桃桜帝国航行輸送隊第一超距離輸送基地より派遣されました小鳥遊 空です、よろしくお願いします」

と、ハキハキ述べた後、綺麗な直角のお辞儀をした

「小鳥遊さん、お座りください」

三沢所長が言うと今度はすっと座った

わかった

この子はドが付くほどの真面目なんだ

きっと規律やらなんやらを遵守する子なんだろうな

大丈夫だろうか

日ノ本まではかなり距離がある

長旅になるだろう

自分達みたいないい加減なのと一緒に旅をして発狂しないだろうか

「では続けますね、小鳥遊さん、こちらが今回共に旅をする夏山 涼さん、冬森 紅葉さん、工藤 正熙さんです」

自分達は三沢所長の紹介で軽くお辞儀する

しかし涼だけがじっと小鳥遊さんを睨んでいた

その視線に気がついたのか、小鳥遊さんも涼のことを睨み返した

正直、この段階では良い雰囲気とは言い難い

「では軽く今回の旅程を説明を……」

「三沢所長少し待ってください」

涼が三沢所長の説明を遮り口を開く

「俺は、帝国の内情や部隊のことなんて全くわからない、でも今回の日ノ本への旅で帝国から派遣されたくらいだから、かなり実力があるのはわかる、だがそれでも若すぎる、今回は安全な旅とは言い難いし、実戦もあるだろう、実際に人を殺すこともあるかもしれない、そんな旅が後方部隊の輸送隊、しかもこんなに若い子に勤まるのか?、正直言うと不安だ、途中で「やっぱり無理でした帰ります」なんてできないんだぞ」

「ちょっと涼、言葉を……」

「工藤は黙ってろ」

珍しい涼の覇気のある声に、自分は黙るしかなかった

こいつが何を考えているのかはわからない

涼なりになにか考えているとは思うのだが、でもこうなると周りの話なんて聞かないんだ

「私の年齢がご不満ですか?、それとも肩書きがご不満ですか?、しかしそれを言ったらあなた達こそ不安要素です、幼帝陛下直々の依頼に選ばれたのが万事屋でも中堅のあなた達なんて、どうしてもっと実力のある人達ではないんですか?、聞けば今回の作戦は帝国だけではなく全国家に関わる重要なものと聞きました、はっきり言うとあなた達では役不足でしょう、そちらの冬森さんならいざ知らず、あなた達2人に至っては分を超えています」

小鳥遊さんも好戦的な人種だったようだ

涼の売り言葉に小鳥遊さんの買い言葉

この後の展開は容易に想像できた

「ほう、言うねぇ、それなら1度、模擬戦でもしようか、お互い不安要素を持ったままだと支障が出るかもしれないしな、負けたら素直に帰るんだぞ」

「では私が勝ったらもう一度人選をやり直してもらいます、良いですね」

見えない火花を散らしながら、なぜか2人とも口角をあげて静かに笑ってる

確信した

この2人は同じ思考の持ち主だ

ド真面目で好戦的って相反するものじゃないのかよ……

たぶんこの2人は白黒つくまで止められないだろう

紅葉さんはため息ついて諦めてるし、三沢所長は困ったように笑ってる

もちろん自分も止められない

それでもお構い無しに、2人は見えない火花を散らせていた


場所は万館の訓練場を使うことになった

非公式の試合なので観客は自分と紅葉さん、審判に三沢所長だけだった

まぁ、当たり前だよな

広い訓練場の真ん中で涼と小鳥遊さんは睨み合っている

お互い静かに覇気を飛ばし合い、今にも飛びかかりそうな雰囲気だ

「えー、それでは簡単にルールを確認します、命に関わる攻撃は即失格とします、私が危険と判断しても失格とします、その際は実力を持って中断します、相手を動けなくさせるか、「参った」と言わせれば勝ちです」


「……工藤さん、止めなくて良いんですか?」

三沢所長の説明中、紅葉さんが心配そうに自分に聞いてきた

「止めて止まるような涼じゃないでしょう、たぶん小鳥遊さんも同じだと思います、あの2人はお互い納得するまでやめませんよ、ああゆう人達はそう言う星の元に生まれてますから」

「でも大切な作戦の前になんでこんな無駄なことを……」

それは自分も知りたい

なぜああも好戦的になれるのだろうか

考え方以前に思考回路が根本的に違うんだろうな

お、そろそろ三沢所長の説明も終わる頃だな


「……以上になります、異論質問等はありませんか?」

「俺は何も問題ない、心配事は勝負の後に泣き出した彼女を誰が慰めるかだな」

「あなたこそ、早めに医療班を呼んでおいたほうがいいですよ、私生活まで影響が出たら大変ですからね」

バチバチと火花を散らす涼と小鳥遊さん

三沢所長、同情します

「あとこれはお願いなのですが、あまり訓練場を破壊しないでくださいね、修繕費もバカになりませんし、何より他の派遣員達が使えなくなるのは困るので」

「「それは約束できない」」

涼も小鳥遊さんもそこは息が合うんだな

ますます三沢所長に同情する

「はぁ……、お願いしますね、では……初め!!」

三沢所長の合図で、審判である所長は一気に数メートル飛んで後退した

合図とともに飛びかかるのかと思ったが、2人ともその場を動かず相手の出方をうががった

さすがに戦闘にの時は2人とも冷静だな

生魂もまだ発動していない

と思ったら涼が動いた

「読み込み……装着!!、「インパクト」!!」

涼の右腕にバカでかいバックル型のインパクトが装備され、涼は小鳥遊さんに向かって突っ込む

振りかぶったインパクトを躊躇なく小鳥遊さんに向かって振り下ろした

しかし小鳥遊さんは涼から繰り出された攻撃の勢いを体をくるりと回転させて受け流す

涼は勢いを止められず、小鳥遊さんを通りすぎて土埃を上げながら地面に着地した

勢いが止まり、立ち上がる涼の口から血が一筋流れる

受け流した瞬間に1発涼に打ち込んだのか

生魂を発動してないのにやるな

今回選抜されただけの事はある

口から垂れる血を手の甲で拭い、口に溜まった血も吐き出す

1発と言え、打ち込まれたわりには、涼はなんだか楽しそうだ

口の端を上げ、ニヤリと笑っている

「やるじゃん、まさか受け流すついでに1発入れられるとは思わなかったな、でも次は通用しないぞ、そろそろ生魂出さなくていいのか?、さすがに生魂を出していない相手に勝っても嬉しくないんだか?」

「あなたこそ、本気出てないいませんよね、さっきだって、3発殴ったのに2発は避けてますし、当たった1発だってわざと跳んで威力を相殺させてましたよね、そんなことできる人があの程度とは思えません、本気も出さない相手にわざわざ私の生魂をさらす必要性が感じられませんね」

「悪かったよ、ちょっと様子見してたんだ、次からはちゃんとやるからさ」

涼はそう言うと、目を閉じて呼吸を整え始めた

数回深呼吸してから目を開ける

さっきまでとは違い、張り詰めた雰囲気を放つ

涼の真面目状態だ

こう言うと涼は「阿呆っぽいからやめろ」と言うが、普段が普段なだけに、他に形容できないので自分は真面目状態と密かに呼んでいる

「読み込み……装着!!、「インパクト」「双腕」!!」

涼の両腕には先程のナックル型のインパクトよりも随分と小型の、篭手に似たインパクトが装着された


「!?、工藤さん!?、涼さんはいつの間にあんな生魂の使い方を会得してたんですか!?」

「あれ?、紅葉さんは知らなかったか、あいつ努力を人に見られたくないから結構陰で練習してるんですよ、まぁ、あれはずいぶん前から使えるようになったやつですけど」

「初めて見ました、あの生魂でどんな戦い方をするんでしょう」

「今までとは全く違う戦い方ですね、まぁ見てればわかりますよ」


口の端を上げにやりと笑う涼は眼前に立っている小鳥遊さんに拳を突き出す

「俺は今からちゃんと戦う、あんたはどうする?」

そんな涼の言葉に笑い返す小鳥遊さん

「やっぱり隠してたんですね、わかりました、では私もちゃんと戦います」

そう言うと、小鳥遊さんは自分の胸に手を当てた

真っ白い光が小鳥遊さんの全身を纏う

「読み込み……創造「オスプレイ」!!」

小鳥遊さんから光が離れ、背後に巨大な光の球が現れると、その球はみるみる形を変えていった

そして光が落ち着くと、そこには巨大な飛行機が現れた

翼の先端にプロペラをつけた見た目は、どこか異質性を放っている

見た感じでは輸送機ではあるのだろう

戦闘向きとは思えない、それに巨大すぎる、機動力では涼の方が上か?

しかし小鳥遊さんはそのまま言葉を続ける

「読み込み……装着!!、「オスプレイ」!!」

創造されたばかりのオスプレイはまた真っ白い光に包まれ形を変える

そして光はまた小鳥遊さんの身体を包み込んだ

彼女を全身包んでまるで大きな卵のようになった光は、また形を変えていく

やがて光が落ち着くと、全身に軽装甲を纏わせた小鳥遊さんが現れた

身の丈を超える程のガトリング砲を携え、所々に先程のオスプレイの面影のある装甲、何よりも印象的だったあの先端にプロペラの付いた翼は彼女の背中に装着されており、オスプレイの特徴をさらに誇張させていた

「さて、私の準備は整いました、お待ちいただきありがとうございます」

「いいってことよ、それにこれは試合だ、無粋なことはしないさ」

「あら、意外と紳士なんですね、そのまま紳士らしく負けを認めてくれたら楽なんですけど」

「それとこれとは話が別だ、この目で見ない限り、俺はお前の実力を認めない」

あんなこと言ってるけど、たぶん涼は強そうな相手と戦ってみたかっただけだと思う

その証拠に始まってから終始、楽しそうに笑っているしな

「そうですか、ではその自信、叩きのめしますね」

そう言うと小鳥遊さんの背中のプロペラは勢いよく回転を始めた

ものすごい風圧だ

だが、風圧に気を取られているといつの間にか彼女は上空でホバリングしていた

小鳥遊さんは涼を見下ろり、ガトリング砲を向け、そして躊躇いなく引き金を引いた

ガトリング砲特有の連続する銃声、響き渡る銃声と、銃身から立ち上がる硝煙、弾が地面にぶつかり土埃を上げながら小さなクレーターをいくつも作る

しかし涼はそんな弾丸の雨を避ける

普通の人間なら無理だっただろう

一瞬でその体に風穴が何千と空くか、最悪肉片へと変わっていたはずだ

だが涼は、両腕に装備したインパクトを自身の後方に向かって断続的に撃ち放ち、異常な程の機動性で、小鳥遊さんからの弾丸の雨を避けていた

右へ左へ、上へ下へ、後ろへ前へ、地面だろうが空中だろうがお構い無しに飛び回り、また軌道変更も急激なため、小鳥遊さんは撃ち放つ無数の弾丸をなかなか涼に当てることができない

涼はそれを嘲笑うかのように空間内を縦横無尽に駆け回る

そして涼は一瞬の隙も見逃さなかった

涼が急激な軌道変更をし、小鳥遊さんはすぐさま照準を修正する、その一瞬注意がそれる瞬間に、涼は一気に小鳥遊さんとの距離を詰めた

瞬きをする頃には涼は小鳥遊さんを射程圏内にとらえていた

あまりの一瞬の出来事に、小鳥遊さんの動きは一呼吸ほど遅れてしまった

そして涼の右ストレートが小鳥遊さんに触れると同時に、小鳥遊さんは下後方へと飛ばされてた

地面へと叩きつけられ、轟音と激しい土埃を上げ、地面がえぐれる

これはさすがに勝負が決まったかな

この場にいた誰もがそう思っただろう

涼も様子を見るために地面に降り、土埃が収まるのを待つ

少ししておさまってきた土埃の中には、横たわる小鳥遊さんがいる……と思っていた

しかしそこにあったのは、ひしゃげて大破したガトリング砲だけだった

「!!!!!」

その瞬間、涼の周囲4箇所に突然上空から地面に向かってワイヤーが突き刺さってきた

涼が避けるのと同時に、先程まで涼が立っていた場所に、ワイヤーを巻き取る音と共に「なにか」が降ってきた

再び響き渡る轟音と土煙、しかし今度は土煙がすぐに払われた

先程上空から降ってきた「なにか」がとても強い風を巻き起こしたからだ

そして、そこに立っていたのは小鳥遊さんだった

回転する2つのプロペラによって生まれた風圧が土煙を一瞬で霧散させる

小鳥遊さんは涼の攻撃をあのガトリング砲を身代わりにして受け流し、自身は上空へ緊急回避し、上空で涼の動きが止まったと見るや、ワイヤーを射出し、今度は涼へ攻撃を仕掛けた

とまぁ、こんな具合だろう

正直、その瞬間が見えてたわけじゃないから状況説明でしかないんだけど、たぶん間違っていないと思う


「………工藤さん、涼さんってあんなにすごい人だったんですか…?」

「あんなもんじゃないかな、あいつ普段は自分の力を誇示することはしないから、まぁ、こんなもんでしょ」

唖然とする紅葉さんに自分はなんとなしに答えた

「いや、あの実力なら最前線で戦えますよ!!、全派遣員の中でも指折りの実力ですよ!?、なんで今まで中堅なんですか!?」

「俺も涼も真面目な人間じゃないしな、その日困らなければ良いくらいにしか考えてないから普段は程々に依頼を受けてるんだよなぁ、たぶんそのせいかな?」

「……信じられないです、あんな実力がありながら……」

うん、知ってる

さっきから紅葉さん、「信じられない」って顔してるもん


それより驚くのは小鳥遊さんの実力だ

真面目状態の涼と互角かそれ以上に渡り合っているんだから

大型の生魂で、機動性は涼の方が圧勝してるのに、その劣勢も感じさせない戦い方

相当実戦を経験してきたのだろう

それとも桃桜帝国の兵士はこんなやつがごろごろといるのだろうか

……考えたくないな

それにこの試合、相当長引くぞ

実力が拮抗している2人が、お互い決め手に欠けているんだからな

泥仕合もいいところだ

しかし等の2人はそれが楽しくて仕方ないのだろう

2人とも眼光は鋭いのに口元は笑っている

そんな2人が再びお互いの間合いに飛び込む

しかし試合はそこで終わってしまった

ものすごく痛そうな音、まるで頭を拳で思いっきり殴られたような……

いや、「ような」ではなく、実際に殴られていた

いつの間にか涼と小鳥遊さんの間には三沢所長が立っており、飛び込む2人の頭を同時に殴りつけたのだ

しかも素手で

涼と小鳥遊さんは、あまりの痛みに頭を抱えて、声にならない叫びを上げながら地面にうずくまる

その2人を見下ろすように三沢所長が立っている

「お二人とも、そこまでです、私初めに言いましたよね?、「訓練所をあまりの破壊しないでください」と、私言いましたよね?」

辺りを見回すと、大小のクレーターやえぐれた地面の数々で、もはや最初の頃の綺麗な地面は見る影もない

それどころか、壁も穴だらけ、場所によっては完全に崩れている所もある

うん、ボロボロだ

額に青筋を立てて、今にもぶち切れそうなのに、理性で無理やり抑えているであろう三沢所長の言いたいことはわかる

顔は笑顔だが、憤怒が滲み出ててとても怖い

あの三沢所長をここまで怒らせたのは逆に凄いんじゃなかろうか

三沢所長の黒い笑顔に気圧されてしまい、涼と小鳥遊さんの闘気はすっかり萎んでしまって、2人とも正座してしゅんとしてしまった

まぁ、自業自得だな

さすがにこれはやりすぎだしなぁ


当たり前だが、涼と小鳥遊さんの試合はそこで強制終了してしまった

今は全員訓練所を追い出されて、酒場でちょっと早めの夕食を取っている

まぁ、追い出される前に三沢所長からじっくりとお説教されたことは言うまでも無いだろう

「結局、勝負は付かなかったな」

涼が夕食の串肉を頬張りながら言う

「あのまま続けてたら私が勝ってたんですけどね、良かったですね、醜態を晒さずに済んで」

蜂蜜と林檎と麦酒のお酒、ハニービールを飲みながら、小鳥遊さんが涼にまた突っかかる

「お二人とも、いい加減にしないとまた三沢所長に怒られますよ」

紅葉さんの言葉に、涼と小鳥遊さんは同時に頭をさすった

相当痛かったのだろう

「それで、涼さんは私の実力を認めたんですか?」

「まぁ、そうだな、とりあえず「戦力にはなる」って感じだな」

「随分と上からの物言いなんですね」

「お前だって俺の実力はわかったのか?」

「それは……いえ、ここで戯言を言っても仕方ないですね、正直言うと、あそこまでの実力を隠していたとは思いませんでした、生魂の応用力、その生魂を使いこなす技術力、戦闘中の冷静で的確な判断力、全てが一級品だったと思います、帝国の兵士でもここまでの人材はそういないでしょう、なのでここは素直に貴方の実力を認めます」

「えっ?、ちょっ……」

やっぱり小鳥遊さんはド真面目なんだなぁ

小鳥遊さんの予想外の素直な言葉に、涼が珍しく言葉を詰まらせた

涼は普段から喧嘩を売るような物言いしかしないから、相手からの素直な賞賛の言葉に慣れていないんだよな

難儀な性格だよホント

涼は誤魔化すためにコップの酒を一気に飲み干した

こんなうろたえる涼は本当に珍しいな

「お前達2人って仲良いんだなぁ」

自分の何気ない一言に「「そんなことない!!」」と綺麗に息の合った2人分の返答が同時に返ってくる

自分も紅葉さんも思わず笑ってしまった

当の本人達は不服そうだが


まぁ、なんであれ

今回の作戦の人員に不安はもうない

あんな試合?を見せられてしまってはな

逆に不安を見つける方が困難だろう

どっちにしろ日ノ本への出発は明日だ

今日はもう食って飲んでゆっくり寝よう

きっと明日からの旅路は小鳥遊さんの参入によって賑やかになるだろうからな

涼もなんだかんだ言いながら、軽口を言い合える相手が増えて嬉しそうだし

できれば道中で良い関係を築けたら幸いだ

自分達は結局わいわいと騒ぎながらも美味しい夕食と美味しいお酒、新しい仲間との賑やかな談笑の時間が過ぎていくのを楽しんだ





日ノ本からずっと離れた海の上に、ローブの男が一人立っていた

男の足元には黒い影が二体、いずれも人の形からは遠く離れたような姿をしていた

男はその影になにか指示を出すと、日ノ本のある方角を指さし、また何かをつぶやく

1つの影は日ノ本へ、もう1つの影は別の方向へと姿を消した

男は二体の影を見送ると、薄気味悪い笑い声をあげ、また自身も暗い闇へと姿を消した

そして、その一部始終を、はるか上空から、自称神の男が眺めていた

『さーて、やっと序章ですかね、ちゃーんと私を楽しませてくださいね、娯楽の人柱(おもちゃ)達』


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