四章【入学】
澪ちゃんの一件からおよそ1年がすぎた
最初はやせ細っていた澪ちゃんも、今ではすっかり元気になり、そしてびっくりするくらい美少女になった
元々やせ細っても可愛い子だったのだ
元に戻ればそりゃ美少女になるさ
ギルドに保護された当初はガリガリに痩せていて弱々しい印象だった澪ちゃんは、周りの期待に応え、初めの1ヶ月は自身の回復に務めた
ギルド専属医の指示もちゃんと守り、1ヶ月ですっかり元気に回復した
驚くのがその後だ、澪ちゃんは医術師から太鼓判をもらったその足でそのまま所長に直談判しに行ったのだ
澪ちゃんは「元気になったので派遣員として働かせてほしい」と所長に言いに行った
しかし派遣員には「15歳以上」という一応の規定があるため、所長は澪ちゃんの申し出をやんわりと断った
それならと澪ちゃんは酒場の給仕として働きたい、ギルドのために働きたいと引かなかった
結局所長が根負けする形で澪ちゃんを給仕として雇うことになった
澪ちゃんは、その日の内に自分と涼にとても嬉しそうに言いに来たのを覚えている
美少女と言うこともあるが、気さくに誰にでも話しかけ、真面目に一生懸命働く姿に派遣員を始め、今では我がギルドの立派な酒場の看板娘になっている
その間、自分と涼はちょくちょく依頼を受けていた
3ヶ月ほどで自分と涼はギルドの宿泊施設から追い出され、外の宿に泊まらなければならなくなり、生活費が必要になったためだ
依頼は、なるべく日帰りで受けれるものを選び、澪ちゃんと毎日一度は顔を会わせるようにした
しかし、一回だけ5日間ほど遠征する依頼を受けたことがあった
その依頼とは澪ちゃんの捜索依頼を出していた違法組合と件の違法奴隷商との繋がりがわかり、この2つを一斉に押さえるということで、その人員応援の依頼がギルドに来たのだ
初めは所長から自分と涼はこの依頼は受けないようにと言われたが「ここまで関わったのだから最後までやらせてほしい」と言って半ば無理やりに近い形でこの依頼に参加した
依頼自体はほぼ1日で終わった
街の衛兵隊の方で調査等のめんどくさいことは全て終わらせ、あとは取り押さえるだけというシンプルでわかりやすい依頼内容だったのだ
しかし、ギルドにまわってきた依頼は、街にある組合の取り押さえではなく、かなり離れた奴隷商根城まで行っての取り押さえの方で、行き帰りの往復で約4日間かかってしまった
おかげで5日間の遠征になってしまった
この依頼ことは澪ちゃんの耳にもちろん届いていたし、自分と涼が参加することも澪ちゃんは知っていた
それでも澪ちゃんは自分達を笑顔で送り出してくれ、また依頼を終えギルドに戻ってきたときも心底安心した顔をしながらも、微笑んで迎えてくれた
そんな色々あった約1年もすぎ、今では落ち着いて平穏な毎日を送っている………予定だった
そう、予定だったのだ
自分も含めギルドの全員がそう思ってたのだ
ここでさらに驚くことが起こってしまった
なんとつい先程、澪ちゃんから自分と涼に戦闘訓練をして欲しいと言う申し出があった
理由を聞くと
「私、15歳を迎えたら派遣員になりたいと思ってます、すっかり体力も回復したので、そのための準備を今からしたいと思いまして」
との事らしい
自分と涼は思わず顔を見合わせてしまった
「でも澪ちゃん、なんで俺と工藤なの?」
「そうだね、俺も涼も派遣員で言ったら中堅も中堅、指導者としては力不足だと思うよ」
自分と涼は思わず思ったことをそのまま言ってしまった
すると澪ちゃんは少し言いづらいのか、もじもじしながらぽつりと
「ギルドの皆さんは、突然転がり込んできた私にもとても良くしてくれます、でもこんな相談ができるのは工藤さんと涼さんしかいなくて……」
と澪ちゃんはうつむいてしまった
とても所長に直談判しに行った女の子とは思えないな
涼はそんな澪ちゃんを見てその頭を優しくなでてあげた
「なるほど、そう言う理由だったのか、正直、澪ちゃんが俺や工藤を頼ってくれたのはめちゃめちゃうれしいよ、でもやっぱり俺達では力不足だ」
澪ちゃんは涙を堪えているのか、服を握りしめてぷるぷる震えてしまった
「でもここはギルドだよ、そして澪ちゃんはギルド所属の給仕員、だったらギルドに相談してみよう」
涼は澪ちゃんの頭をぽんぽんとしながら提案する
澪ちゃんは涙を拭いてから顔を上げ、こくりと小さくうなずいた
自分と涼、そして澪ちゃんは依頼の受付カウンターで相談してみることにした
受付の女性に先程のことを話すと
「それでしたら、ギルド本部がある桃桜帝国の人材育成機関「武学院」に入学してみたらどうでしょう?」
「そこなら俺や涼も知ってるぞ、むしろ派遣員で知らない奴はいないだろ、でも学費がかかるし、何よりもまず入るのが難しいだろ」
自分がそんなことを言うと受付の女性は不敵な笑みを浮かべた
「ふふふふ……一般には知られてませんが、ギルドと武学院の運営元の桃桜帝国は持ちつ持たれつの関係にあるんですよ、桃桜帝国はとても大きい国なので国の衛兵だけでは国中に手が回らないんです、そこで衛兵では手が回せない案件をギルドが「依頼」という形で請け負っているんです、武学院ではギルドやそれぞれの国が優秀な卵を斡旋する、そして武学院でその卵達を育てる、卒業する時にそれぞれの国に仕えるか派遣員になるかを選べるんです、もちろん強制はありません、卒業時の個々人の意思が尊重されます、学費に関してはギルドとそれぞれの国が多額の援助しているのでとても安いですし、ギルドからの推薦ならさらに安いんです、それに所長の推薦枠をもらえれば費用は免除されます、まぁ私はパンフレットに載ってることしか知らないので詳しい話は所長から聞いてください」
「「パンフレットなんてあったの!?」」
自分と涼は思わず声をそろえて言ってしまった
だってそんな公にしてる所だとは思わなかったんだもん!!
てか、自分の時は誰も教えてくれなかったじゃん!!
受付の女性はにっこりと笑ってから奥に行ってしまった
女性が奥に行ったのを見届けてから澪ちゃんを見ると呆然んとしていた
そりゃそうだ、自分達ですら予想してなかった展開なんだから
とりあえず自分は澪ちゃんの頭に手をおいた
5分も経たず受付の女性は戻ってきた
「澪ちゃん、所長が話をしたいので所長室まで来てほしいそうです……頑張ってください!!」
と受付の女性は両腕を体の前でグッとしてエールを送った
澪ちゃんは展開が早すぎてついて行けてないのかちょっと泣きそうな顔で自分と涼の方を見てきた
澪ちゃん大丈夫、自分達も展開が早すぎてついて行けてないから
まぁ、そんなことを本人に言えるはずもないので、自分はしゃがんで澪ちゃんと同じ目線になって
「澪ちゃんの今の気持ちを所長にぶつけたら、きっと大丈夫だよ、自信をもって行っておいで」
と何とかそれっぽいことを言うことができた
……と思う……
澪ちゃんはまだ涙を浮かべながらも「わかりました、行ってきます」と覚悟を決めて、死地に向かう戦士のような面持ちで所長室に向かった
自分達はそんな覚悟を決めた澪ちゃんの背中を黙って見送った
それから1時間は経ったのだろうか、自分と涼は空いているテーブルで座って待っていると、やがて澪ちゃんが戻ってきた
その後ろには所長もいた
下を向いていて、ここからでは表情は読み取れない
澪ちゃんはまっすぐ自分と涼のところに向かって歩いてくる
所長は何か受付の女性に指示を出している
やがて澪ちゃんが自分達のテーブルの前で止まった
「……澪ちゃん?、大丈夫?、どうだった?」
自分が立ち上がって澪ちゃんに近づくと澪ちゃんが急に自分に抱きついてきた
澪ちゃんの温もりが自分の腹部中心に伝わってくる
「れ、澪ちゃん!?」
「工藤さん…涼さん…私年齢制限が満たされてませんでした……3年足りませんでした……入学対象者は14歳以上らしいです……」
「そんな……、所長!!、なんとかならないんですか!?、澪ちゃんはこんなにやる気があるんですよ!!」
思わず所長に大声で訴えてしまった
すると所長は自分を見てにやりとした
「澪さんはそもそも年齢制限を満たしてない、こればっかりは所長権限でどうにかなるものではないんだ」
「だからそこを何とかしてくれって言ってるんじゃないですか!?」
怒鳴る自分に所長は片手を上げて制した
「話は最後まで聞いてくれ、澪さんは確かに年齢を満たしていない、「今は」ね」
「「?????」」
自分と涼は2人して首を傾げてしまった
「だから14歳になるまでの約3年間、適任者の元で最低限にはなるだろうけど、戦闘訓練を受けてもらうことにした、澪さんは将来有望だからね、ギルドも澪さんの力になりたいと思っている」
「「つまり……」」
「3年間の訓練習得状況にもよるが、3年後、澪さんには所長推薦枠で武学院で学んでもらうことにした」
「「よっっっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁ!!」」
自分と涼はガッツポーズをして思いっきり大声で喜んでしまった
周りの奴らがびっくりして自分達の方を見たが構わなかった
「澪ちゃんやったね!!、すごいじゃん!!」
自分が澪ちゃんにそう言うと澪ちゃんはぎゅっと力を入れてさらに強く抱きしめてきた
「私、頑張っていっぱい勉強して工藤さんや涼さんみたいに立派な派遣員になります」
自分は少し驚いたが、澪ちゃんをできるだけ優しくなでてあげた
まさか、澪ちゃんがここまで自分と涼のことを慕ってくれてるとは思わなかったからだ
澪ちゃんは顔をあげると少し涙の残る瞳でにっこり笑った
「そう言えば、「適任者」って言ってたけど、誰なんですか?」
と涼が突然所長に聞いた
「それはたぶん明日顔合わせになると思うから明日説明で、まぁ、澪ちゃんの生魂の特性から見てもこの街には1人しかいないんだけどな、なんにせよ向こうにも都合があるだろうし、詳しくは明日にしよう、私は仕事が残ってるとでこれで失礼するね」
そう言って所長は2階の所長室に戻って行った
その日の夜はちょっちょっとした宴会になった
最初は自分と涼と澪ちゃんの3人で簡単なお祝いのつもりだったのだが、いつの間にかわらわらと他の調査員達も加わり、宴会になってしまった
たぶん、後半に入ってきた奴らは何の宴会かわからないけど楽しそうだからとりあえず加わったんじゃないかと思う
しかもいつの間にか所長すらも隅の方で酒をのんでいた
そんなこんなで結局飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになってしまったのだ
まぁ、澪ちゃんもたのしそうだったし良しとしよう
次の日、みんなかなり酒を仰っていたのでさすがに動けないかと思われるが、全員元気よく依頼に出かけて行った
まぁ、日頃から宴会なんてわりと誰かやってるしな
澪ちゃんも普段の給仕の仕事で慣れているのか意外と元気そうに見えた
自分と涼も元気だったので依頼を1件2件受けて、夕方以降はのんびりすることにした
澪ちゃんの指導者役の人も気になるしな
さっき澪ちゃんに聞いた話だと、そろそろ来るらしい
自分と涼は入口に近いテーブルで軽く小皿料理をつまみながらその適任者が来るのを待っていた
すると、2階から扉を閉めて1階に向かってくる足音が聞こえてきた
どうせ所長が降りて来たんだろうとなんとなく階段の方を見ていると、階段から現れたのは筋骨隆々の筋肉達磨こと所長ではなかった
ほっそりしているにも関わらず、ボディーラインの曲線が印象的で、濡れ羽色のショートカットにサファイアのような瞳のとても綺麗な女性が現れたのだ
と言うか、とても見覚えがある
顔は覚えてる……覚えてるんだが、名前が出てこない
やばい、バレたらかなり失礼なやつだ
なんとか相手に気づかれる前に思い出さないと……
そう思って自分が頭の引き出しの中を見ようとしたその時、無情にも「あっ、工藤さーん!!、涼さーん!!」と気づかれてしまった
しかし涼が「紅葉さん!!どうしてここに!?」とすぐさま返答したおかげで思い出した
そうだ、彼女は青葉村の依頼の時に出会った「冬山 紅葉」、一人で黒刃豹を倒した重力使いの女性だ
改めて見ても綺麗な人だなぁ
「も、紅葉さん!!お久しぶりです!!」
「……工藤さん、私のこと忘れてましたね」
「そ、そんなことないよ!!」
「本当ですかぁ?」
するどい人だなぁ
今回は涼に感謝しとこう
涼をちらっと見るとウインクしてきた
腹立つなぁ
そんな涼が紅葉さんに向き直った
「紅葉さんは今日はどうしたんですか?」
「上司から万蔵に行くようにって指示があったんですよ」
「どんな要件か聞いてもいいですか?」
「それが……うちの上司、大事な要件以外は内容を言わないんですよ、ただ指示だけ出して終わりです」
紅葉さんが一つため息をつきながら肩を落とすジェスチャーをした
「それはなかなかな上司ですね……」
「本当に困った人なんですよ、とても優秀なんですけどね、指示の内容が全く分からないので早めに来て2回の空き部屋で少し休ませてもらってたんです」
そんな話をしていると、受付の女性が自分達のところまで紅葉さんを呼びに来た
「紅葉さん、所長からお話があるそうなので、所長室までお願いいたします」
「わかりました、では工藤さん涼さんまた後で」
そう言って紅葉さんはひらひら手を振りながら所長室に行ってしまった
「そういえば、澪ちゃんはどこにいるの?、いつの間にか見当たらないけど」
紅葉さんを見送った後に、自分が受付の女性に聞いてみた
「澪ちゃんならもう所長室にいるとおもいますよ、たぶん昨日の件のことだと思いますよ」
そう言って受付の女性は戻っていった
「なぁ工藤、昨日の件って、やっぱり紅葉さんが澪ちゃんの指導者だよな」
「たぶんそうだと思うぞ、なんで紅葉さんが選ばれたのかはわからないけど、まぁ、それは後で本人達から聞いてみよう」
「そうだな、とりあえず、飯でも食いながら澪ちゃん達待ってみるか」
「そうだなぁ」
自分達は注文して彼女達を待つことにした
しばらく涼と飲み食いしながらすごしていると、紅葉さんが澪ちゃんと戻ってきた
「澪ちゃん、紅葉さんおかえりー」
「工藤さん、涼さん待っててくれたんですか!?」
澪ちゃんがぱたぱたと駆け寄ってきた
「澪ちゃんお疲れ様、紅葉さんが指導者になったの?」
「そうなんですよ、これからは紅葉さんに色々と指導していただくことになりました!!、紅葉さん美人だし優しいんですよ、私頑張ります!!」
「そうかぁ、澪ちゃんよかったね、ところで、なんで紅葉さんが指導者に選ばれたの?」
「それは、私の身につけている技能が澪ちゃんに有益だと思われたからでしょうね」
紅葉さんが澪ちゃんの肩に手を置いて優しい眼差しで澪ちゃんを見つめた
「お2人は万事屋派遣所の総括の事は知っていますか?」
「知ってるも何も、ギルドのお偉いさんじゃん、名前は知らないけどギルド本部にいる社長みたいな人でしょ」
涼が「一般常識じゃん」みたいな顔をしながら答える
「そうですね、私はその総括の直轄部隊「陽影」の一員なんですよ」
自分と涼は口を開けてかたまってしまった
今この人、物凄いことをさらりと言ったぞ
「……総括の直轄部隊って隠密部隊じゃなかったっけ?、そんな堂々と言っちゃっていいの?」
自分はなんとか開いた口を閉じて言葉を発することができた
「そこはご心配いりませんよ、私の所属する部隊の陽影は言わゆる表の隠密諜報部隊なんです、もう一つの部隊「月影」は本拠地はもちろん、構成員、構成人数、指揮系統、制服すらも非公開の完全隠密諜報部隊です、私も実態を全ては知りません、まぁ、陽影の裏で月影さん達に動いてもらってるって感じてすね」
「ああ、だから紅葉さんは堂々と公表できるのか」
「そうなんですよ、だから私達陽影は堂々としてなければいけません、それもあって私は派遣員としてもギルドに登録してるんですよ」
紅葉さんは「えっへん」と胸を張って自慢げにしている
「隠密部隊なのに結構自由なんだな」
「まぁ、元々が月影を隠すための部隊ですからね、本来の目的を果たしちゃえばなんでもいいんですよ、陽影の諜報活動なんておまけみたいなものですから」
「そんなもんなのかぁ」
自分と紅葉さんがそんな話をしていると涼が横から話に入ってきた
「話が脱線してるところで戻そうか、紅葉さんのその話からすると、澪ちゃんの生魂「霊体」が陽影もしくは月影に有益だから紅葉さんが選ばれたの?」
「それもありますが、澪ちゃんの生魂なら潜伏系の技能を身につけていても良いと言うのもありますね、もちろん剣術、柔術、銃火器等の取り扱いも一通り学んでもらう予定ですよ」
「おお、それは大変そうだ、澪ちゃん頑張らないとだね」
澪ちゃんの方を見ると両腕をグッとして気合いを入れるポーズをした
「大変そうですけど、私頑張ります!!、3年間学べるだけ学びますので、これからよろしくお願いします!!」
澪ちゃんは紅葉さんに勢いよく頭を下げた
紅葉さんはそんな澪ちゃんの頭を優しい笑顔でなでた
澪ちゃんは頭を上げてにっこりと笑った
なんだこの綺麗な光景は
美女と美少女が微笑み合っている
ここだけ別世界みたいだ
「じゃぁ、実際の訓練は明日からにしましょう、今日はゆっくり休んで明日に備えてください、私は「石塚亭」に泊まっているのでなにかあればいつでも訪ねてくださいね」
そう言って紅葉さんはギルドをあとにした
澪ちゃんも明日に備えるために自分の部屋に戻って行った
自分と涼もその日は軽く酒を飲んでから自分達の宿に戻って寝ることにした
澪ちゃんの訓練は明日からだ
まぁ、真面目でやる気のある澪ちゃんならすぐにでも技能を習得できるだろう
これからの澪ちゃんの成長が楽しみだ
自分はそんなことを思いながらコップの酒を仰った
光陰矢の如し
誰の言葉かは忘れてしまったがよく言ったものだと思う
澪ちゃんは物凄いスピードでどんどん成長していった
容姿ももちろん驚くくらい綺麗な美少女に成長した
立ち振る舞いも紅葉さんに仕込まれたようだ
正直、容姿も合わさって貴族の娘と言われても疑われないくらいだと思う
しかしそれ以上に技能の習得ペースが尋常じゃなかった
紅葉さんも3年間で予定以上のことを教えられたと驚いていた
最後の方なんか、紅葉さんと一緒に討伐依頼をこなすほどまでになったのだ
紅葉さんは
「ここまで成長するとは思いませんでした、陽影の新人でもここまでの人はいませんよ、勧誘したいですね……」
と本気の眼で言っていたのが印象深い
そんな澪ちゃんも今年で14歳、武学院に入学だ
所長も約束通り所長推薦枠を澪ちゃんにあげるらしい
この前澪ちゃんがすごく嬉しそうに話してくれた
もちろんその日の夜には宴会が行われた
朝までどんちゃん騒ぎのお祭り騒ぎだった
澪ちゃんも騒いでいる調査員達と一緒にとても楽しそうにキラキラと笑っていた
あの出会った頃に比べたら本当に綺麗な笑顔を見せてくれるようになった
澪ちゃんはどう思ってるかはわからないけど、自分は澪ちゃんを助けて良かったなと改めて思う
願わくば、澪ちゃんのこれからがもっと笑顔で溢れますように
澪ちゃんは入学のために桃桜帝国へ行くことになり、その際に澪ちゃんの護衛役として指導役の紅葉さんと、暇だろうと言うことで所長権限で自分と涼も加わり、4人で桃桜帝国まで一緒に行くことになった
暇そうだなんて失礼な話だ
まぁ、忙しくはないからなにも言えないし、澪ちゃんの入学を見送ることができるから文句はないけど
今自分達は2頭引きの馬車を1つ借りて桃桜帝国に向かっている
移動系の生魂使いを雇っても良かったのだが、金がかかるし、入学日まで余裕もあるため、馬車を1つ借りてのんびり行くことになった
道は整備されている街道を使うので馬車でもだいたい4日ほどだろうか
4日間以外で2日の余裕もみてるので結構のんびりできる
「久しぶりに街から離れましたがあんまり変わってないですね」
そう言って澪ちゃんは、馬車から身を乗り出して楽しそうにはしゃいでいた
「落ちたら危ないぞ、工藤みたいに良い子で座ってろー」
「おい涼、俺は子供か!?」
「澪ちゃんと変わらないだろ?」
「よしお前表出ろ泣かしたる」
「工藤さんも涼さんも外に出てもいいですが、置いて行きますからね」
御者台から紅葉さんのくすくす笑う声が聞こえてきた
「紅葉さん、疲れたら言ってくださいね、代わりますから」
「まだ大丈夫ですよ、ありがとうございます」
涼は逃げて紅葉さんに絡みに行った
澪ちゃんは車内に戻ってきて自分の隣に座った
「澪ちゃん暇でしょ?」
「暇ですね、乗り物の旅って結構暇なんですねぇ」
「まぁ、娯楽系の生魂持ちがいればいいけど、だいたいはこんなもんだよ、楽な分手持ち無沙汰になっちゃうんだよね」
「そうなんですねぇ、何かあればいいんですけどねぇ」
「何もないのが一番だよ、それにそんなこと言ってるとだいたい何か起こるから言わない方がいいよ」
「でもこの道はしっかり整備された街道ですよね、万が一なにかあるとも思えませんよ」
澪ちゃんが足を放り出して軽くぱたぱたしながら言っている
本当に暇そうだなぁ
まぁ初めての乗り物の旅なんてこんなもんだろう
「皆さん一度馬車停めますね!!」
紅葉さんがそう言うのが早いかのタイミングで馬車が急に停まった
自分も涼も澪ちゃんも馬車の中をごろごろ転がってしまった
「いっつっっ、紅葉さんどうしたんですか!?」
涼が頭をさすりながら起き上がって御者台の方から前方を確認する
「澪ちゃん大丈夫!?、怪我してない?」
「はい、工藤さんありがとうございます、おかげでなんともないです」
自分は澪ちゃんの下敷きになりながらも自分も澪ちゃんも無事だった
「涼、紅葉さん何があった?」
自分と澪ちゃんも御者台の方から外を見ると少しはなれた街道で何か黒い塊がうごめいていた
「……紅葉さん、あれは何かわかる?」
「あれは「黒甲猪」ですね」
「黒甲猪!?、なんでこんな開けた街道まで出てきてるんだ!?、深い森にしか居ないはずだろ!?」
「ここ数年、動植物の活動範囲が変なんですよ、青葉村近くに出た黒刃豹もその一例です」
「なんにせよ、このままだと通れないし、いつ居なくなるかもわからない以上、討伐するしかないな」
「そうですね、このまま進むと馬車に被害が及ぶかもしれません、馬車はここに置いて行きましょう、ちょうど良いので私と澪ちゃん、あと工藤さんで行きましょう、涼さんは馬車の警備をお願いします」
「わかった」
「了解」
「わかりました」
間違って誰か近づかないように馬車を道の真ん中に停めて、それぞれ装備を整えた
自分や紅葉さん、涼はいつもの装備で、澪ちゃんは日本刀を装備した
紅葉さんの話では澪ちゃんは複数教えた武器の中で日本刀の扱いが一番上手いらしい
自分と紅葉さんと澪ちゃんは道の先にゆっくり進んだ
近づくとその姿がはっきりと見えてきた
体長2メートルほどの大猪の身体は、全ての光を吸い込むかのような漆黒の甲冑におおわれていて、甲冑の隙間から黒に近い灰色の硬そうな体毛がはみ出ている
見た目は威圧感がありビビってしまいそうだが、適切に対処すればそこまで苦戦する相手ではない
たぶん紅葉さんは澪ちゃんに黒甲猪を討伐させる気だろう
「では澪ちゃん、今まで学んだことを活かしてあの黒甲猪を討伐してください、私も工藤さんも極力加勢はしません、しかし命の危険がある時はすぐに加勢します、入学前の肩慣らしです、頑張ってくださいね」
「わかりました先生……じゃぁ行ってきます!!」
澪ちゃんは勢い良く飛び出して行った
「ちょっと澪ちゃん!?、紅葉さん、澪ちゃん生魂発動してませんが良いんですか!?」
「大丈夫ですよ、まぁ見ててください」
めっちゃ戸惑う自分をよそに、紅葉さんは落ち着いて澪ちゃんの戦闘を見守っていた
澪ちゃんはまっすぐ黒甲猪に向かって走っていく
黒甲猪は澪ちゃんの存在に気づいたのか、不快な叫び声を上げてから澪ちゃんに向かって突進してきた
澪ちゃんも走る勢いをさらに加速させ黒甲猪に向かって走る
ぶつかる!!と思ったが澪ちゃんは直前でわずかに軌道を変え紙一重で黒甲猪と交差した
黒甲猪は勢いを殺せず土埃を上げながらごろごろと転がってしまった
澪ちゃんはと言うと、勢いを利用して上手に軌道を変更してまた黒甲猪に向かっていった
黒甲猪は起き上がるのに苦戦してるのか、ちょうど腹部を澪ちゃんの方に向けてじたばたしていた
澪ちゃんは日本刀を抜くとさらにスピードを加速させ黒甲猪の首の甲冑の隙間に突き立てた
勢いを殺さずそのまま突進して突き立てたので刀の根元まで深く刺さっていた
黒甲猪は耳障りな甲高い悲鳴を上げ暴れたが、澪ちゃんは問答無用で刀を下にスライドさせてから引き抜いて黒甲猪からはなれた
黒甲猪はしばらく血を撒き散らしながらもがいていたが、やがて静かになり、動かなくなった
黒甲猪の最後を見届けると、刀に着いた血を振り払い納刀してから、巻物を1つ取り出して黒甲猪の死骸を収納した
澪ちゃんはくるっと振り返ってたたたたと自分と紅葉さんのところまで走ってくると
「終わりました!!、先生、工藤さんどうでしたか!?」
ときらきらした笑顔で聞いてきた
「お…おう、澪ちゃんの戦闘は初めて見たけど、想像以上で正直驚いたよ、澪ちゃん強くなったね、これならどこに行っても大丈夫だよ」
自分は澪ちゃんの頭をなでながら正直な感想を言ってあげた
だって本当に凄かったんだもん!!
ここまで圧勝とは思わなかったんだもん!!
中堅派遣員でももう少し時間がかかる相手を
ほぼ一瞬で……
そんな自分の心境を知らず、澪ちゃんは満面の笑顔で嬉しそうに照れていた
「最初の交差は相手の体勢を崩すためだったのでしょうが、接近しすぎです、相手が体に武器を仕込んでいたら危険です、気をつけましょう、最後も一撃で絶命させられなかったのも危険です、体力がある相手だったら死に際の一撃で返り討ちにあうことがあります、
これも気をつけましょう」
紅葉さんの指摘に澪ちゃんは肩を落として落ち込んでしまった
「でも、初めに比べたらとても成長しましたよ、これからも頑張っていきましょうね」
と紅葉さんは優しい笑顔で澪ちゃんをよしよしとなでた
澪ちゃんはまたぱっと明るい笑顔に戻って「はい!!」と元気に返事をしてにぱにぱ笑った
紅葉さん、上手いな
これは確かに指導者に向いてるな
澪ちゃんがここまで成長できたのは本人の努力もあるだろうが、紅葉さんの指導の上手さも大きいだろうな
とりあえず終わったのでみんなで涼のところに戻ることにした
馬車に戻ると涼が
「お疲れさん、馬車は無事だよ、こっちは特に問題も起きなかったわ」
と言って自分と澪ちゃんと紅葉さんを迎えてくれた
自分達は馬車に乗り込むと予定通りまた街道をのんびり進み始めた
今度は自分が紅葉さんに代わって御者台へ座ることにした
後ろの方では澪ちゃんが紅葉さんに膝枕してもらいながらすやすや気持ちよさそうに寝ている
まぁ、さっきの戦闘では1人で頑張ったし、特にやることもない
しかし!!...…羨ましいな
紅葉さんみたいな美人に膝枕してもらえるなんて!!
自分は隣に座った涼と特になんてことない、中身のない話をして時間をつぶした
結局桃桜帝国に着くまでの道中に、一日約3回くらいのペースで戦闘があったが、全て澪ちゃんが相手をした
出てくる動植物達はやはりこの辺りでは珍しい奴らばかりで澪ちゃんの訓練にはもってこいだったが、自分も涼も紅葉さんも嫌な予感を感じ取って、少し不安になっていた
桃桜帝国にはギルドの本部があるから直接報告しとくか
紅葉さんにも提案してみたら、紅葉さんも同じことを思っていたらしかった
「その方が良いかもしれないですね、申し訳ありませんが、工藤さんも涼さんも澪ちゃんを送り届けたら少しだけ付き合ってください」
「わかりました、俺達は大丈夫なので報告しときましょう」
何度も戦闘はあったが桃桜帝国には予定通りに到着した
桃桜帝国の外観を見て
「なんですかあの大きい城壁は!?、私初めて見ました!!」
と澪ちゃんがはしゃいでいたのはとても可愛かった
帝国の門はギルドの方からあらかじめ連絡していたのと、澪ちゃんの入学証のおかげですんなりと通してもらえた
帝国に入るとやっぱり澪ちゃんは目を輝かせて色々なところに興味を向かせてはしゃいでいた
「澪ちゃん、入学まで2日くらいあるしどっか宿とってから観光しようか?」
自分が澪ちゃんに提案すると輝いてた瞳をさらにいっそう輝かせた
「本当ですか!?、やったぁぁあ!!」
澪ちゃんは今にも飛び跳ねそうな勢いだ
「馬車もどっかに置かないといけないしな、涼も紅葉さんのもそれでいい?」
「私は良いですよ」
「俺も問題ないぞ」
「と言うことで、紅葉さん、どこかいい所はないですか?」
「工藤……紅葉さんに丸投げかよ」
「仕方ないじゃないか、この国に来たことないから土地勘がないんだよ」
「そうですね……、それなら、私がいつもお世話になってる所にしましょうか」
紅葉さんの案内で宿屋に向かうことにした
馬車が通れる大通りをしばらく進むと目的の宿が見えてきた
「あそこです、あそこの宿ですよ」
「結構門に近いんですねぇ」
「ここはギルドにも近いんですよ」
「おお、便利だな」
「紅葉さんおすすめのお宿、なんか立派じゃないですか?」
澪ちゃんが御者台に身を乗り出して一つの大きな建物を指さした
たしかに立派だ
普段自分達が使う宿に比べたらランクが1つも2つも上な気がする
「紅葉さん……ここ高そうだけど……?」
涼が不安そうに自分の心の声も代弁してくれた
すると、紅葉さんがにっこり笑った
「大丈夫ですよ、ここは陽影と提携していて、陽影の隊員1人につき3名まで派遣員の同伴が許されているんです、同伴者は格安料金なので実質4人で泊まっても2人分の料金で泊まれるんです」
「「まじか!?」」
自分と涼が不覚にも声をそろえて言ってしまった
そんな会話をしていると、宿の前に着いた
うん
でかいな
そして立派だ
ここ絶対高級なところだ
間違いない
手持ちで足りるかなぁ
自分と涼と澪ちゃんが3人そろって「ほへ〜」と宿を見上げてあほ面をさらしていたら
「3人とも〜、行きますよー」
と先に進んだ紅葉さんが手を降っている
そして当たり前のように宿に入っていく
自分達も紅葉さんの後について宿に入った
宿の玄関口で自分も涼も澪ちゃんも言葉を失ってしまった
目に映るものすべてがキラキラしていて、とにかく高級感がすごかったのだ
紅葉さんは受付にまっすぐ行ってしまった
自分達は完全に置いてかれた
すると宿の人だろうか、男性が1人近寄ってきた
「お客様、何かお困りですか?」
「今連れが受付してるのですが、俺達ここの宿初めてで、どこで待ってればいいのかなと」
涼がそう答える
こういう時、涼は強いな
こんな所でも飄々(ひょうひょう)と答える涼を見て自分は改めてこいつのすごさを思い知った
「それでしたらこちらにどうぞ、ご案内しますね」
男性はにっこり営業スマイルを作ると「こちへ」とジェスチャーで促してきた
自分達は男性の案内でソファーの並んだ広いホールに案内された
「ではこちらでおくつろぎ下さい、受付が終わり次第お連れ様もご案内致しますので、お連れ様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「冬山 紅葉と言う女性です」
「冬山様ですね、かしこまりました、では少々お待ちください」
そう言って男性は一礼して下がっていった
自分と涼は顔を近づけて小声になった
「なぁ涼、ここって高級だよな」
「たぶん、と言うか確実に高級だと思うぞ」
「いくらだと思う?」
「想像もつかないな、割り引かれてても普段の俺達の宿代の何桁か上だと思う」
「涼……金あるか?」
「たぶん俺達2人分合わせても足りないと思う」
「どうする?」
「最悪ギルドに金借りて……になると思う」
「ここまで来てやっぱりやめるとは言えないよな」
「……覚悟決めるか……」
自分と涼がひそひそ相談をしていると隣で澪ちゃんがきょとんとした顔をしていた
「工藤さんも涼さんもどうしたんですか?」
「いや、じつは……」
自分が澪ちゃんに今の状況を説明しようとした丁度のタイミングで紅葉さんが現れた
「皆さんお待たせしました、今回は混んでるみたいで2部屋しかとれませんでした、すいません」
「紅葉さん、ちょっとご相談があるのですが……」
涼が紅葉さんに言いづらそうに、さっきまで自分と話していた不安材料のことを紅葉さんに話した
すると紅葉さんはあっけらんとした感じで答えた
「今回の経費はギルドに請求できるので私達の負担はありませんよ、万蔵の所長から聞いてませんか?」
初耳だった
あの所長、経費浮かせるためにわざと言わなかったな
危なかった
自分は澪ちゃんの方に振り向いた
「澪ちゃんはこのこと知ってた?」
「はい、所長さんから推薦枠もらう時に一通り説明して頂きましたよ」
あの所長確信犯か!!
「紅葉さん、じゃぁ、ここで支払う必要はないんですね?」
「そうですよ、宿の方からギルドに請求がいくのでここで支払う必要はないですよ」
「「良かったぁぁぁぁぁ 〜〜〜!!」」
自分と涼は深く安堵のため息をついた
紅葉さんと澪ちゃんは二人してくすくすと笑っていた
「では安心したところでお部屋に行きましょうか」
自分達は紅葉さんの案内で部屋に向かった
部屋は男性陣、女性陣で別れることになった
まぁ、当然か
各自それぞれ楽な格好になってから玄関の前で待ち合わせて観光を楽しんだ
紅葉さんが色々なところを案内してくれて、自分と涼がふざけたりして、澪ちゃんがきらきらの笑顔をふりまいて
優しくて眩しい時間はあっという間にすぎていく
余裕をみた2日間はすぐに終わってしまった翌日は澪ちゃんも無事、武学院に入学した
別れ際、澪ちゃんは泣かないように我慢していたみたいだが、結局泣いてしまった
紅葉さんが澪ちゃんを優しく抱きしめて落ち着かせている光景には、自分も涼も泣きそうになってしまった
最初はあんなにやせ細っていて小さかった澪ちゃんが、今ではこんなに大きく美人になって1人で戦闘もこなせるようになって、さらに武学院に入学……
とても感慨深かった
娘が巣立つ父親の心境ってこんな感じなのかなぁ
紅葉さんに落ち着かせてもらった澪ちゃんが、少しだけ腫れてしまった目のままに今までで一番の眩しい笑顔で「行ってきます!!」と元気に手を振って行ってしまった
澪ちゃんのあの輝いている姿を見れば多くの言葉はいらないだろう
彼女ならきっと無事に卒業するさ
自分と涼、そして紅葉さんは澪ちゃんの姿が見えなくなるまでその背中を見送った
澪ちゃんは今、未来に向かって歩んでいる
彼女ならこの先何があっても自分の光を失わずに歩み続けられる
彼女はきっと派遣員の中心になる人間だろう
そんな予感がしたのは、きっと思いすごしではないと思う
それだけ今の澪ちゃんにはエネルギーが満ち溢れているのを感じた