二章【街への道】
「じゃ、お世話になりました、また何かあったら依頼、受けさせてもらいますね」
「今回は色々と本当にありがとうな、次来てくれたら村人を助けてくれた今回の件も合わせてお礼をさせていただくよ」
「それは大丈夫ですよ、村人達も自力で帰ってきてましたし、結局本当にただ様子を見に行っただけですから、それに美味しいご飯もいっぱい頂きましたしね」
「そうか、それでも本当にありがとな、気を付けて街に戻るんだぞ」
「はい、ではお世話になりました」
涼と村長が話し終え、涼と一緒に一礼してから村長の部屋を出て玄関に向かう
玄関の外では葉月ちゃんが待っていた
「お二人共、街に戻られるんですね、今回もお世話になりました、ありがとうございます、これ良かったら道中食べてください」
そう言って葉月ちゃんが俺達に包みを1つづつくれた
「中身は芋饅頭です、ちょっと甘めに作っているので今日中に食べちゃってくださいね」
芋饅頭とはさつまいもの餡が入った饅頭でよくこの村では甘味として食べられている家庭料理の1つだった
さつまいもの優しい甘みがとても好みで村に来た時にはよくご馳走になっていた
「おおっ!!葉月ちゃんありがとう!!葉月ちゃんの芋饅頭は美味しいから嬉しいよ、ありがたく頂戴致します」
自分がわざと仰々しく頭を下げて受け取ると葉月ちゃんはくすりと笑いながら「くるしゅうないぞぉ」とか言ってのってくれた
「2人ともー!!気をつけて戻れよー!!」
葉月ちゃんとの悪ふざけを終えて村の門を出るところで村人達が声をかけてくれた
本当に気のいい村人達だ
たぶん依頼があればまた来ることになると思うけど、それまでしばしのお別れだ
自分と涼は村人達に手をふって答えながら街への道を歩いていく
しばらく歩いて村が見えなくなる頃に涼は葉月ちゃんから貰った包みを開いて芋饅頭を頬張った
「涼、さすがに食べるの早いんじゃないか?まだ昼前だぞ?」
涼は芋饅頭を一つしっかり咀嚼してゴクンッと飲み込んでから
「甘味物は旅には不向きなんだ、なぜだかわかるか?」
と意味ありげに聞いてきた
「甘い匂いに釣られて多くの虫や動物達が寄ってくるからだろ」
自分がしれっと答えると涼はニヤリとして
「なんだ知ってたのか、まぁそう言うわけだから甘味物は早めに食べた方がいい、余計な生き物に会わずに済むからな、特に1番疲れる旅の後半に余計な戦闘をしなくて済む、工藤も食べておいた方が良いぞ」
「まだ腹減ってないんだけどなぁ、仕方ないか」
自分も葉月ちゃんから貰った包みを開けた
手のひらサイズの芋饅頭が5個入っていた
一つ口に放り入れて噛むとさつまいもの優しい甘みが口いっぱいに広がった
やっぱり葉月ちゃんの芋饅頭は美味しいなぁ
葉月ちゃんの芋饅頭に舌鼓を打っていると涼が聞いてきた
「ちなみになんで葉月ちゃんがわざわざ甘めに作ったか、工藤はわかるか?」
「そう言えば疑問にも思わなかったな、甘味物は獰猛な虫や動物達を引き寄せるから基本的には旅に出る人間には渡さない、でもたぶん葉月ちゃんは「俺達なら」どんなやつが出てきても大丈夫だと考え、エネルギー摂取を重視してこの芋饅頭をくれたんじゃないか?だからただでさえ甘いものをさらに甘めにしてくれたんじゃないか?」
「……知らん、葉月ちゃんに聞いてくれ」
「いや、お前が聞いてきたんだろ!!」
そんな会話をしながら自分達は街へ向かって歩く
楽しそうにわははは、と笑う涼の声がどこまでも続く道の先まで響くようだった
道のりはまだまだ遠い、と言っても1泊野営すれば良いだけなのでいつもに比べたらましな方だ
明日には街に着くわけだし、葉月ちゃんからもらった芋饅頭で元気も湧いてきてるので今日中にある程度は進んでおきたい
涼も同じ考えのようでいつもよりペースを早めに歩いている
しばらく歩くとあとはただひたすら歩くだけなので途中から話すこともなくなり無言で歩いている
しばらく歩いていると良い感じに岩がごろついている場所があり、そこで1度一休みすることにした
座るのに丁度よさそうな岩を見つけて腰を下ろし、空を見上げながら「ふぅー」と一息つけた
涼も自分の近くの手頃な岩に腰を下ろしてくつろいでいた
俺が涼の方に顔を向けると涼目がバッチリ合ってい、それから涼はニヤリと笑った
「工藤、気づいてるか?」
「ああ、いつからかは分からないが、少し前から何かが着いてきてるな」
自分も涼も同じ方向を見つめていた
姿は見えないが気配と視線はビンビン感じる
「なんだ気づいてたのか、追いはぎなら隙を見せたら姿を見せると思ったんだがな、違うのか?」
「夜まで待って闇に紛れて襲うつもりかもしれないぞ、今はその下見だったりしてな」
「そうなると夜寝ないで歩くことになるぞ、それは勘弁だな」
「だけど涼、殺意は感じないぞ、殺すつもりはないみたいだな、とりあえずらちがあかないから飯でも食っとくか?この先あいつがどう出るか分からないからな、食える時に食っとかないと」
「ああ、そうだな、まぁ、殺意が無いならそこまで警戒しなくても良いだろう」
そう言って2人して巻物から食料を取り出した
涼はパンに干し肉と野菜をはさんだ簡単なサンドイッチを、自分は村で買ったおにぎりを2人で食べ始めた
いや、自分のおにぎりを食べようとした時にはすでに手の中からおにぎりが無くなっていた
落としたかと思って周りを見回してもどこにもない
「工藤、何やってんだ?」
周りをきょろきょろと見回してる自分が不思議だったのだろう
涼が聞いてきた
「いや、俺のおにぎりが無くなった……」
「どうした、ついに自分が食べたことも分からないくらいにボケたか?」
「んなわけないだろ、さっきまで持ってたおにぎりを食べようとしたら急に消えたんだよ」
「そんな訳ないだろ、どうせ食べるの直前でどっかに落として見失ったんだろ」
涼が食べかけのサンドイッチを突き出すようにして自分をさしながら言ってると涼の手からもサンドイッチが消えた
瞬きする一瞬で涼の手から食べかけのサンドイッチが消えたのだ
「涼、サンドイッチはどうしたんだ?」
自分がそう言うと
「分かったよ、悪かったって、でも工藤、何か見えたか?」
涼が言おうとしてることはわかる
涼のサンドイッチが消える瞬間、何も見えなかったのだ
もし「何か」が目に見えない程のスピードで取ったならその瞬間が見えるはずだ
しかし今回は言葉通り消えたのだ
まるで初めから存在がそこにはなかったかのように
姿だけ見えなくなったかのように
そして涼の手は消えたはずのサンドイッチをまるでまだ持っているかのような形をしていた
「涼、サンドイッチまだ持ってるのか?」
自分がおそるおそる聞くと
「ああ、目には見えないが感触はしっかりある、もっと言うと、見えなくなったサンドイッチが引っ張られている」
「まじか……」
信じられないが、「何か」が自分のおにぎりや涼のサンドイッチの姿を消して持っていこうとしているのだ
「……まだ引っ張られてるか?」
「まだ引っ張ってるな、大した力じゃないけど、ずっと持っていこうとしてる、たぶん俺はから見て正面、工藤から見て正面、つまり俺達の丁度間に居ると思う」
それを聞くと、自分は巻物からロープを取り出した、どんな生魂かは分からないが威嚇くらいにはなるだろう
そう思って自分と涼の間あたりにいるであろう「何か」に縛るようにロープを巻き付けた
「キャッ!!」
幼い声で短い悲鳴が聞こえた
姿は見えないがロープは「何か」を縛っているようだった
縛られている形から見るに、たぶん子供だと思う、年齢や性別までは分からないが
ただ、虚空に巻き付いているロープを見るのは何とも不思議な光景だ
「本当に何も見えないな……もぐもぐ……どうする?」
涼のサンドイッチは姿が見えるようになっていて、再び食べ始めながら涼は聞いてきた
「お前、それずっと離さなかったのか、食い意地はってるな」
「……ゴクンッ……おかげで、この不思議な「何か」を捕まえられただろ、感謝しろよ」
「いや、するわけないだろ……」
そんな自分と涼がやり取りをしている間も「何か」は物音一つ発しなかった
ただ、唯一存在がわかる巻かれてるロープからかすかに震えてるのが感じ取れた
たぶん今その「何か」はとても怖い思いをしているだろう
奇襲が失敗し、なおかつ捕縛されてしまったのだ
怖くないわけが無い、死も覚悟してるかもしれない
自分はどうしてもいたたまれなくなり、「何か」の前に膝をついて声をかけた
「ええっと……急に縛ってごめんな、君が俺達に何もしないなら俺達は君に危害を加えない、良いかい?」
唯一見えるロープの動きで頷いたであろうことを悟って言葉を続けた
「君に攻撃の意思がないなら姿を見せてくれないかな?」
また頷いたであろう動きを見せてから少しして光が「何か」を包んでから揺らめくように消えていくと姿が見えた
「何か」は10歳前後くらいの女の子だった
淡い水色の長髪にボロボロの白っぽい簡単な作りの服をまとっている
あまり栄養を取っていないであろうやせ細った体とボロボロの服も相まってとても弱々しく見える
整った顔立ちだがその頬もやせていた
瞳は燃えるルビーのような紅い瞳
しかしその瞳は恐怖に怯えていた
「ありがとう、今ロープをほどくからね」
そう言って自分は女の子を縛っていたロープを解いてやった
解いたあとも彼女は怯えるように自分の体を抱きしめていた
自分はどうしたものかと思っているとふと彼女が今までしていた行動を思い出した
「もしかしてお腹空いてるのかい?」
彼女がおそるおそるうなずく
自分は巻物から村で買ったパンと水の入った水筒を取り出して彼女の前に置いた
「良かったら食べてよ、毒も薬も入ってないよ」
しかし彼女は手を伸ばそうとしない
仕方ないので水を1口飲んで、パンを半分に割って食べて見せた
「大丈夫大丈夫、ほら」
そう言うと彼女はやっとビクつきながらも半分のパンに手を伸ばし、おそるおそる食べ始めた
1口食べて飲み込むとそれをきっかけに急いでむしゃむしゃと食べ始めた
途中でむせてしまったので水筒を差し出すとごくごくと水も飲んでくれた
そしてまた夢中でパンを食べ始めた
自分はそんな彼女の頭に手を伸ばして撫でてあげた
「事情は知らないけど大変な目にあったんだね、よく頑張った、えらいぞ、でももう大丈夫だからね」
すると彼女は自分の顔を見上げた状態で瞳から大きな涙を流し、それをきっかけに声をあげて泣き始めた
自分は「本当に辛かったんだね、もう大丈夫だよ、大丈夫……」そんな気持ちを込めて優しく頭をなで続けた
しばらくして落ち着いてきたのかだんだんと声も静かになり体の震えも治まってきた
近くで周りを警戒しながら成り行きを見ていた涼が彼女に向かって声をかけた
「お嬢さん、落ち着いてきたかい?」
彼女はずっと近くにいた涼の存在を初めて認知したようでササッと自分の体の後ろに隠れた
「まじかよ……さすがにちょっと傷つくぞ……」
「涼、顔はイケメンなのにな、どんまい」
「お前は、「幼女」にはモテるな、おめでとう(笑)」
「ふざけんなよ、俺だってその気になれば毎晩楽しめるんだぞ!!」
「ほほう、では街の宿ではちゃんと隣の部屋で数えてやるからな」
「………いや、悪かったって……」
自分と涼が軽口をたたいていると、自分の背中の方から思わず吹き出してしまったかのような「クスッ」と小さな声が聞こえた
自分と涼が顔を見合わせてから自分の背中を覗き込むと女の子が必死に笑うのをこらえていた
その視線に気づいたのか女の子は申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちを隠すかのように自分の服を引っ張って隠れようとする
自分と涼は思わず微笑んでしまった
落ち着いたところで近くの手頃な石に自分のマントを敷いて女の子を座らせた
とりあえず、女の子が食べかけてたパンと自分が一口かじったパンをあげて、水筒も渡して食事を勧めた
もう警戒心はないのか、夢中になって食べている女の子をそっとしておいて、自分と涼は少し話をした
「工藤、気づいたか?女の子の首についてる物、あれは「絶魂」でできた首輪だぞ」
絶魂とは生魂を制限する物質のことだ
この絶魂でできた何かしらの物を肌もしくは生魂で出した武器なんかにくっつけると生魂が使えなくなるか著しく機能が低下する
主に首輪の形をしているが、その理由は一目で罪人とわかるためだ
普通は罪を犯した罪人なんかに使われるものだが、人身売買なんかをやっている犯罪者達もこれを使う
奴隷自体は犯罪ではないが、それは国の管理の元での話だ
奴隷も奴隷の売手買手も国の許可が必要だ
これは奴隷の最低限の人権を守るためであり、この管理が無い奴隷が買い手にどんな扱いを受けるのか想像は難しくないだろう
だから国の管理を受けていない奴隷はとそれを扱うのは犯罪なのだ
つまりこれを付けているということは「罪人奴隷」もしくは人さらいにあった「違法奴隷」と言うことになる
たぶん、彼女は後者の方だろう
最初に食べ物が欲しかったのなら姿を消せるアドバンテージを活かして俺達を殺してから奪えば良いだけだが、彼女はそれをしなかった
もし仮に彼女が罪人だったとしても絶魂の首輪を付けられるほどの罪は犯せない倫理観は持っているのだろう
絶魂の首輪とはそれほど重いものなのだ
それらを考えても彼女は人さらいにあって売り飛ばされる前に逃げ出したのだろう
「ああ、気づいてたよ、きっと人さらいにあって逃げ出したんだろう、逃げているうちに腹を空かせてさまよっていたら俺達がいて、空腹に耐えきれず食べ物を取ろうとしたんだろうさ」
自分がそう答えると涼は悔しそうに「そうだよなぁ」とつぶやいた
「涼、あの首輪を外すには街まで行かないと外せないと思う、もしかしたら街でも難しいかもしれないけど、少なくとも彼女の身の安全は確保できる……一緒に連れて行っても良いか?」
「当たり前だろ!!あの子をここに置いていくことなんでできるわけがないだろ!!工藤が置いていくと言っても俺は連れていくからな!!」
涼は本当に良い奴だよ
調子に乗るから本人には言ってやらないが
パンを全て食べ終わり水も充分飲んで落ち着いたのだろう、気がついたら女の子が俺の後ろに立って服の裾を掴んでいた
………全く気が付かなかった
旅の最中に背中を取られるなんて……この子は何者なんだ……
自分がそんなことを考えていると、涼が女の子と同じ目線までしゃがんで
「初めましてお嬢さん、俺は「夏山 涼」お嬢さんが隠れているこいつは「工藤 正熙」よろしくね、お嬢さんのお名前を教えてくれるかい?」
涼がとびきりの爽やか外面用スマイルで話しかけると
女の子はちょこっと自分の後ろから顔をのぞかせて
「……「幽影 澪」……です…」
と答えてくれた
初めて声を聞いたが、見た目通り儚げで、でも透き通るような綺麗な声だった
「澪ちゃんか、綺麗な名前だね、澪ちゃん、俺達は澪ちゃんを安全な所まで送って行きたいなと思ってる、そこには怖い人もいないから安心して欲しいんだけど、澪ちゃんはどうかな?一緒に来てくれるかな?」
涼が優しい声でそう聞くと、澪ちゃんは答えづらそうに自分の背後でもじもじしていた
今さっき会っていきなり信用しろって方が難しいよなぁ
でも無理やり連れては行きたくないし、どうしたものかと考えていると
気づいたら澪ちゃんが自分の顔を見上げていた
「どうしたの?」
「工藤も一緒に来るの?」
と聞いてきた
「もちろんだよ、俺も最後まで澪ちゃんと一緒にいるよ、涼だけだと不安だからね」
「あ、工藤てめぇ、そんなこと言うのかよ、俺はこんなにも人畜無害なのに!!」
「そうだな、涼は面だけは人畜無害だもんな、心の中は真っ黒だけど(笑)」
「俺のどこが黒いんだ!?こんなにも清らかな心を持っているのに!!、この清らかさは神様から御加護があってもいいくらいだぞ」
「無神教が何言ってるんだ?心が綺麗なやつは素材をチョロまかそうとはしないぞ?」
そんないつもの軽口を涼としているとまた「クスッ」と笑う声が聞こえた
澪ちゃんは恥ずかしそうに、申し訳なさそうに「…ごめんなさい…」と小さくつぶやいた
それから何かを決心したのか、澪ちゃんが顔を上げて
「ご迷惑をおかけするとは思いますが、どうかよろしくお願いいたします」
と深々と頭を下げた
そのたたずまいから、きっと元々はいい所のお嬢さんかご両親が立派な人なんだろうな
そんなことを思いながら、「この子を絶対に街まで送り届ける」と心に誓った
「さてと、ではそろそろ出発しようか」
涼がそう切り出した
「ちょっと待って」
と自分は巻物から大きめのリュックと木の板、それと野営で使う毛布を取り出した
「澪ちゃんは体力も落ちていて歩いて行くのは辛いだろ、少し窮屈だけどこのリュックに入ってくれれば俺達でおぶって行くからさ、涼、インパクトでこの木の板を半分くらいに折ってくれないか、くれぐれも粉微塵にするなよ」
「お前、なんでそんなものまで持ってるんだよ……わかったよ、なるべく善処するわ」
そう言って涼は生魂を発動させ、人差し指で穴をいくつか開けてから半分に折ってくれた
自分は手頃な石を拾ってきてささくれたところや角なんかをヤスリの要領で丸くしていった
その板をリュックのそこに入れてその上に野営で使う毛布を敷いた
「これで多少は良いとは思うけど不便があったら言ってな」
と澪ちゃんに言うと澪ちゃんは申し訳なさそうに
「ここまでしてくれてありがとうございます、でも私……」
「大丈夫だって、俺達これでも体力はあるんだから、遠慮せずに運ばれてよ」
自分が澪ちゃんの言葉をさえぎって半ば強引にリュックに入れた
「でも私……」
「大丈夫だって、初めは俺が背負うからさ、涼も良いだろう?」
「ああ、俺はどっちでも良いぞ〜」
「じゃぁ、出発〜」
と自分は澪ちゃんが入ったリュックを背負い歩き出した
澪ちゃんは俺達と打ち解けてくれたのか、道中色々と話してくれた
澪ちゃんの生まれた育った街のこと、両親のこと、歳は今年で10になること、そしてなぜ人さらいにあったのかも
澪ちゃんは中流階級の商人の家庭の子供だった
優しい両親に愛情をいっぱい貰ってのびのび育ったことは澪ちゃんの話から伝わってきた
しかし、ある日近くの街で商談があり両親と数人の下男、護衛の兵士達と商談のある街へ向かっている途中盗賊に襲われた
両親と護衛の兵士達、数人の下男達は殺され、生き残った澪ちゃんと何人かの下男達は捕まってしまい奴隷として売られ離れ離れにされてしまった
首輪はその時に付けられたものらしい
最後まで一緒にいて、最後まで守ってくれた1番下っばの下男とも結局は離れ離れになってしまった
澪ちゃんも買い手がついて、その買い手に送られる途中で隙をついて逃げ出したらしい
澪ちゃんは首輪をはめられていたけど、姿を隠せるくらいは生魂を使えたので何とか逃げ延びれたとこ事だ
それからはあてもなくただただ歩いたそうだ
頼れる人もわからず、どこか街や村に行けば人買達に見つかってきまうと思って行けなかったらしい
初めは木の実等を食べたりしていたらしいが、どうしても空腹になり、最後の手段として俺達から食べ物を取ろうとしたこと、本当に悪いことをしてしまったこと、ごめんなさい、等々色々と話してくれた
自分達は交代しながら澪ちゃんを背負い、時には茶化したり、時には真面目に黙って聞いていたりしてひたすら街に向かって歩いた
日も暮れてきたので、野営に適した場所を見つけて今日はそこで一夜を明かすことになった
開けた草原の真ん中に大きな岩があり、その岩が丁度雨避けに良さそうなくらいくぼんでいたので、そこで布を張り雨風を凌げるようにした
見晴らしもよく遠くまで見通せる
ここなら仮に「何か」が来ても対応できるだろう
まぁ、相手からも丸見えなんだけど
自分達は一つ警戒をしていた
獰猛な虫や動物達はいつもの事なので良いとして、1番警戒していたのは澪ちゃんの「追っ手」だ
今までは澪ちゃんは姿を隠していたから見つからずに済んだが、俺達と接触したことによって1度姿を見せてしまった
道中も体力を消耗させないために生魂は発動しないでもらった
それによって見つかってしまっていたらたぶん仕掛けてくるなら今晩だと思う
特に明け方が1番確率が高いだろう
明け方というのが1番警戒心が薄くなってしまうからだ
思い過ごしなら良いのだが……なんかいやな感じがする
自分達は早めに交代で睡眠をとり明け方は2人で見張ることにした
この間、澪ちゃんには個室とまではいかないまでも布で仕切りを作ってそこで休んで貰うことにした
今回は警戒の術式を使うことにした
これは巻物に書かれた術式を発動すると、範囲を指定すると、外から範囲内に入ろうとする時に術者に知らせるというものだ
高いので滅多に使わないが今回は使っておこう
設営の準備も終わり、夕御飯は干し肉と青葉村でもらった野菜を入れて暖かいシチューを作った
簡単で質素なものだったが、澪ちゃんは「温かい……おいしい…」と涙を流してくれた
街に着いたらもっと美味しいものを食べさせてあげたいなぁ
夕御飯も食べ終わり初めは自分が番をして涼には休んでもらった
たき火の近くで周りを警戒していると、背中の方に「とん」と何かが軽くぶつかる衝撃を感じた
自分はびっくりして後ろを振り返るとそこには澪ちゃんがいた
澪ちゃんも自分が突然動き出して驚いたのかびっくりした表情をさせた後、「クスクス」と笑っていた
この子は本当に気配を感じ取れないなぁ
自分はまたたき火に向かって座り直すと隣に澪ちゃんも座ってきた
寒いのか小さく「クシュン!!」とくしゃみをしていたので自分に巻いていた毛布を澪ちゃんの肩にかけてあげた
「あっ、ありがとうございます、でも私は大丈夫なので気にしないでください」
と毛布を脱ごうとしたので
「俺は大丈夫だから、風邪を引いたら大変だし、ちゃんと使ってよ」
と言って脱ごうとしてた澪ちゃんにかけ直した
まだこんなに幼いのに、人を思いやれるなんて優しい子なんだなぁと思っていると、澪ちゃんがとても深刻そうに
「私、工藤さんや涼さんに話していないことがあるんです、聞いて貰えますか?」
と言ってきたので、自分は何かとても重要なことを言われるのかと思って心の準備をしていると、少し間を置いてから澪ちゃんは話し出した
「今日1日私のことを背負って歩いてくれてたじゃないですか、それに温かいご飯も、本当にありがとうございます、出会い方が良くなかったのでこんなことを言う資格はないのですが、私、初めに出会ったのが工藤さんと涼さんで本当に良かったです、とても優しいお2人に出会えて本当に良かったです、でも本当はもっと早くに言うべきだったんです、出発する前に言うべきだったんです……」
話しにくいのか間が空いてしまった
たき火の炎に照らされる澪ちゃんの顔は10歳の子供には見えないとても大人びたものだった、たぶんそれだけ苦労したんだろう
そう思っていると澪ちゃんは意を決したようにまた話し始めた
「それは………それは、私の生魂のことなんです!!」
そう言うと澪ちゃんは自分の目をしっかりと見つめてきた
燃えるようなルビー色の瞳が炎に照らされてとても綺麗だった
しかしそこには怯えた色もあった
「私の生魂は「霊体」、私自身を肉体ごと霊体化させて見えなくしたりまた私が意識したものを見えなくさせたりします、私自身を浮遊させることもできますし、私が1度触れたものを浮かばせることもできます、あとは霊体化してる状態だと今のところは例外なく通り抜けることができます、でも今はこの首輪のせいで私自身と私が触れたものしか見えなくさせることが出来ませんが……」
そう言い終わると澪ちゃんは初めて会った時のように自身を抱き寄せて震えていた
理由は分からないが、きっとこの告白は彼女の中では何か大きなことなのだろう
自分がなんと言おうか迷っていると澪ちゃんが続けて話してくれた
「私、街にいた頃この生魂のせいで近所の人達から「呪われている」「呪い子」「厄災を呼ぶ子」なんて言われてきたんですよ、両親や従業員の方達はそんなこと気にせず、私に返しきれないほどの愛情をそそいでくれました、事の発端になった商談も上手く進めば街から離れたところに住めるかもしれないってことで父が頑張ってくれてたんです、でもその商談のせいで父も母も、一緒に働いてた人達もみんな殺されてしまいました、たぶん父がいなくなってしまってお店ももうないと思います、お店で働いてた人達にも迷惑をかけて、やっぱり私は呪い子だったんでしょうか、だから災厄を呼んでしまったのでしょうか、私がこんな生魂を授からなければ両親は………」
そこで彼女は我慢してたであろう涙を静かに流してうつむいてしまった
声を出さないように泣いている
正直、今の自分には彼女にかけてあげる言葉を持ち合わせていない
だから自分は素直に今思ってることを話すことにした
「話してくれてありがとう、正直言うと、今俺は澪ちゃんに語りかける言葉を見つけることができない、でも澪ちゃんが俺を信じて打ち明けてくれたことは伝わった、だから俺も素直に話そうと思う」
そう言うと自分は澪ちゃんに語りかけた
「澪ちゃんはどうしたい?」
「………」
澪ちゃんは答えない
「呪われた力を持ったから、両親がこの力のせいで殺されたから澪ちゃんも死にたくなったかい?」
「………そうですね、監禁されている時、逃げ出してからあてもなくさまよってた時、このまま死んでしまえたらって思ってました」
「そうか……よく頑張ったね」
そう言って自分は澪ちゃんの頭を撫でた
澪ちゃんは触れられた瞬間ビクッとしたが、そのまま撫でられてくれた
自分は今から、この小さい体で頑張っている子供に、厳しいことを言わなければいけない
正直、言わなくて良いなら言いたくない
でもそれでは自分を信じて打ち明けてくれた澪ちゃんに失礼だと思う
だからなるべく優しい声で話そうと思う
自分は彼女の頭から手をはなし、意を決して切り出した
「もし、本当に死にたいのなら止めない、俺には止める権利はないと思う、そう言う答えを自分で出したのなら仕方ないと思う」
澪ちゃんは顔を上げ自分の方を見つめてくる
自分は言葉を続ける
「でも俺は澪ちゃんに生きていて欲しいと思っている、生きることは確かに辛いことだ、澪ちゃんの境遇ならさらに何倍も辛かったと思う、絶望して、この先も同じことが起こるんじゃないかと不安になるのもわかるよ、でも俺は澪ちゃんに生きて欲しい、これは俺の独りよがりのわがままなんだけど、どんなに苦しい未来が待っていても、やっぱり親しくなった人には生きていて欲しいし、そう願っているよ」
自分がそう言い終わると少しの沈黙が流れた
すると今まで自分を見つめていた澪ちゃんは顔を伏せてポソりと呟いた
「……工藤さんは私の前から居なくなったりしませんか?」
「当たり前だろ、俺はそう簡単にくたばらないし、そんな軟派な鍛え方はしてないぞ、それに俺が危なくなったら涼がいるし、涼が危なくなったら俺がいる、澪ちゃんが危なくなったら俺達2人がいる、だから俺は澪ちゃんが俺の手を離す瞬間までくたばったりなんかしないぞ」
俺は間を空けずに食い気味で答えた
すると澪ちゃんがまたポソりと呟いた
「でも工藤さん達の方が年上だから先に死んじゃいますよ……」
「ええっと……それは………どうしよっか?」
まずい、まさかそんな返しが来るとは思ってなかった
自分はあたふたしながらなんとか良い案が思いつかないかと「うーん、うーん」とうなっていると「クスッ」と吹き出すような静かな笑い声が聞こえた
「………澪…さん…?」
俺が恐る恐る澪ちゃんの顔を覗き込むと、笑い出すまいと自分の口を押さえながら必死に耐えている澪ちゃんの顔が見えた
限界だったのだろう
それをきっかけに澪ちゃんは大声で笑いだしてしまった
「あははははっ!!」
「ちょっ!?、何がおかしいんだよ!?」
自分が謎の恥ずかしさと戸惑いで真っ赤になりながら澪ちゃんに聞いていると、澪ちゃんは笑いすぎて苦しいのかひーひー言って苦しそうだ
そんな澪ちゃんが呼吸を整えながらなんとか話す
「だって、工藤さん私の意地悪な質問にも真面目に答えようとしてくれたんだもん、コロコロ変わる工藤さんの表情が面白くて………っ!!」
そう言うと澪ちゃんはまた伏して笑いだしてしまった
きっと気を使って話を切ってくれたんだろうな
優しい子だな
自分は「やれやれ」とため息をつきながら楽しそうに笑う澪ちゃんを見ていた
彼女の瞳からたくさんの雫が流れているのは笑いすぎだからということにしておこう
一通り笑い終わって澪ちゃんは俺の隣に座り直すと
「私、決めました、この先も自分の足でちゃんと歩いて生きていこうと思います、本当は少し怖いけど、工藤さんや涼さんが隣にいるんだもん、きっと大丈夫ですよ」
そう言う澪ちゃんの瞳は何かを決意したような生に満ち溢れる強い光を放っているように見えた
自分は思った
「彼女はきっと誰よりも強く優しい人になる」と
澪ちゃんとそんなこんなで話し込んでいるとしばらくして涼が起きてきた
「工藤〜、交代するぞ〜、ふぁ〜〜〜っ」
大きなあくびをしながらのそのそと歩いてきた
「大丈夫か?うるさかったよな、まだ眠かったら寝てて良いぞ」
「んや、大丈夫だ、寝起きでまだぼーっとしてるだけだ、しばらくすれば目も覚めるさ、それにいい話も聞けたしな」
そう言って涼は澪ちゃんの頭をわしゃわしゃとなでながら澪ちゃんの隣に座った
澪ちゃんは手ぐしで直してから頬を膨らませて涼に不満いっぱいの視線を送った
涼はケラケラと笑って自分の水筒から水を飲んでいた
そんな涼の顔を見て澪ちゃんも笑ってしまった
自分はそんな2人を微笑ましく見ていた
「涼、コーヒー飲むか?寝る前にいれるぞ?」
自分が涼に聞くと涼は「頼むわー」と片手をだらしなくあげた
自分は「了解」と言って巻物から色々道具を取り出した
全てはコーヒーをいれるための道具だ
俺は手早くぱぱっとポットにいれて涼に渡してやった
「サンキュー」と言って涼はコップへそそぎずずずずっとコーヒーをすする
「じゃぁ俺は寝るなぁ」
そう言って俺は自分の寝袋に入った
寝ようとしたところで自分の肩をちょんちょんとつつかれる感覚があった
目を開けると目の前に澪ちゃんがいた
いつの間にこの子、自分の目の前に来てたんだ?
相変わらず気配が読めない子だなぁ
でもなんか恥ずかしそうにモジモジしてる
「どうした?、何かあったか?」
そう聞くと澪ちゃんは真っ赤になりながら
「……一緒に寝ても良いですか?」
とポソりと呟いた
そうか、まだまだ甘えたい年頃だよな
そう思うと「いいぞ、おいで」と言って寝袋に澪ちゃんを招き入れた
澪ちゃんはとても嬉しそうに自分の腕の中に入ってきた
きっと子供ができて一緒に寝る時ってこんな気持ちなんだろうな
そんなことを思いながら俺は目を閉じて夢の世界へ誘われた
目を覚ますと空はまだ赤焼けてはいなかった
でも夜明け前のうっすらした明るみを帯びていた
澪ちゃんは自分の腕の中で抱きつくように寝ていた
深い眠りにつけたのか少し動かしたくらいで起きる気配はなかった
自分は静かに寝袋からはい出ると、焚き火の前に座っている涼の隣に腰をおろした
「お、工藤起きたか、コーヒー飲むか?、お前がいれたやつだけど」
そう言って涼はいい笑顔でポットを渡してきた
自分のコップに注いで一口、グビっと飲んだ
冷めきっていて苦い……だがこの苦味が寝起きの頭を起こしてくれた
「涼、何か変わったことはあったか?」
「いや、特に何もなかったな、まぁでも仕掛けてくるならこれからだろうよ」
「そうだな、このまま何もなければ良いんだけどな……」
「神様にでも祈っとくか?」
「神様がいて、ちゃんと仕事してくれるんだったらいくらでも祈ってやるよ」
「つまり期待してないし祈るつもりもないってことだな、工藤、頼むから教会のヤツらの前では言うなよ、喧嘩じゃ済まないから」
「善処するよ」
自分と涼のいつもの会話、そんななんでもない会話が心地いい
「真面目な話、澪ちゃんの追手は来ると思うか?」
涼が真面目な声でそう聞いてきた
こいつも澪ちゃんのことが心配なのだろう
涼らしいな
「備えておいて損は無いと思う、ただ澪ちゃんは姿を消した状態であちこちさまよったって言ってた、逃げ出した後の話を聞いてもここ最近の話では無いだろう、奴隷商もきっとすでに別の新しい奴を手配して買い手の元に送ってると思うから追手については大丈夫だと思いたい」
「でも工藤、別の人間を送ったらさすがに買い手に気付かれてまずいんじゃないか?」
「違法奴隷の売買は本来買ったらその場で引渡し買い手はそのまま連れて帰る、たぶん奴隷商の方もあまり手元に置いときたくないんだろう、しかし今回の場合「送られてる」と言うことだったから、たぶん買い手は奴隷の姿は見てないと思う、大方見た目はどうでもいいから仕事用あるいは儀式用なんかで買われたんだろ、愛玩用だったら自分の目で見てから買うはずだからな、だから別の奴隷を手配しても買い手は気付かない……と思う」
「……なんでお前そんなアンダーグラウンドの世界に詳しいんだよ……」
「そういう世界もあるんだよ」
と自分はお茶を濁した
涼は少し不服そうだったが詮索はしなかった
ありがたい話だ
自分は「ちょっと岩に登って周り見てくるわ」と言って岩の後ろの方に回り込んで登りやすそうな所から登った
頂上に着くと何かがいた
白い何かが、登り始めてるかすかな陽の光に照らされていた
よく見るとそれは烏だった
純白の烏、たぶんアルビノ種と呼ばれる突然変異で色素異常をきたした個体だろう
だがそれにしてはやけに白い
まるで人工的に染められたような白さだ
ここまで白いと自然界で生きていくのは無理だろう
アルビノ種は天敵からも見つかりやすいし同族からも淘汰されやすいからだ
その烏は自分に気がついたのか首だけを動かし視線を合わせてきた
鮮血のような真紅の瞳が不気味だった
数秒視線を合わせると烏は頭の向きを戻し白い翼を広げて飛び立ってしまった
空が明るくなり始め、朝焼けで染まる景色にその烏の純白は不気味なほどに浮いていた
結局夜が明けても追手どころか野生動物すらも現れなかった
自分達は澪ちゃんが起きるまで待つことにした
久しぶりの熟睡のはずだ
ゆっくり寝かせてあげたい
朝食は歩きながら食べれば良いだろう
涼もそれで承諾してくれた
昼に少し休憩したとしても日が落ちる前には街に着けるはずだ
あとは平坦な道が続き、この先からは街を目指す商人、冒険者等も多くなってくるはずだ
そこまで行けばとりあえずは澪ちゃんのことも一安心だろう
だからもうひと頑張りだ
自分は気持ち良さそうに寝息をたてている澪ちゃんのそばに腰をおろし、頭を優しく撫でてあげた