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女帝、迷い続ける。

 マギアが着替えている間に、カラクが作った朝食は、丸い形のふわふわな焼き菓子に甘い蜜や油脂、フルーツを載せた・・・こことは別の世界で言う〈パンケーキ〉というものだった。



・・・なぜ奴隷で、しかも元王子であるカラクが料理出来るのかというと。


 カラクは工房と化した自室でモノ作りに没頭することが多く、食事を自分で作ることも多かったためである。


 一度集中してしまうと食事の時間すら忘れるのだ。

 その上、帝国の食事がカラクは苦手だった。

 マギアもそれが分かっていた故に、食事そのものよりも食材をカラクに与えていた。

 

 その結果、カラクは一段落つくと自室にあるバーナーやビーカーを駆使して自分の食事を作るようになったのである。



・・・それを理由に、〈無能姫(マギア)〉は奴隷の扱いが酷い、ロクに人としての食事も与えないという噂も広がっていた訳だが。





 何はともあれそのおかげで、カラクは調理する事ができ、マギアは料理人が居なくなった宮で美味しい朝食を口にする事が出来たのだった。







 そして、現在。


 「・・・マギア様」


 普段、侍女が淹れたものよりも美味しい紅茶を口にしながらぼうっと窓の外を見ている己の主に、カラクは声をかけた。


 「なんじゃ、カラク?」


 マギアは視線を動かし、自分が椅子に座ってやっと同じぐらいの目線になる少年を見つめる。


 「これから、どうなさるのですか」


 「決めておらぬ」


 即答。


 (こんな事になるとは流石に思っておらんかったからの)


 即位して即婚約破棄され、自分の宮を閉め出されるとは・・・まぁ、ぶち破って入ったのだが。




 (いくらか反抗勢力が出てくることは予想していたのじゃが。ここまで表面的になるとは思わなんだ)


 天井を砕いたぐらいでは牽制にならなかったようである。

 流石、先帝の癇癪に慣れた貴族達である。

 マギアもその行為には牽制の意味合いを持たせてなかったのだが。




 ため息1つ、窓の外・・・新しい女帝として君臨するはずだった帝宮に視線を戻す。


 その頂点には、今はティン子爵の家紋が掲げられ・・・今度はカドミ伯爵の家紋が掲げられた。

 ちなみにマギアが旗が変わるのを見たのは今日だけで既に3回目である。

 


 本来なら女帝マギアの紋である、〈歯車菊(ハグルマギク)〉の意匠が刻まれた旗が掲げられなければならないのだが、一度も掲げられていなかった。




 (貴族共が権力争いしているようじゃのぉ。・・・女帝たる妾を放置して)


 あの旗の下、大会議場では貴族達による舌戦が繰り広げられていることであろう。

 何度か会議をこっそり見ていたマギアには容易に想像できる。

 ヤジが魔法弾になるのは時間の問題だと。




 マギアはもう一度ため息をつくと視線を別方向、帝宮を囲むように広がる帝都へと向けた。

 

 (こちらは今は何時もより少し、賑やかな程度じゃが・・・)


 いつ民を巻き込んだ内乱になってもおかしくない状況ではある。

 特にカドミ伯爵は何度か内乱を起こしかけた過去があるため不安。



 (嫌じゃの・・・誰かが傷付くのは)


 マギアはかつて、他国の戦場で思った事を己が国の中心地で思う。




 そんな彼女にカラクは問う。


 「・・・マギア様はどうなさりたいのですか」


 「馬鹿共を殴りたいっ」

 

 再び即答。

 

  

 「・・・じゃが」


 しかし、自分の答えにすぐ首を振った。

 誰かが傷付くのは嫌だと思いながら殴りたいという己の矛盾に気がついているからである。

 そして。


 「それでは、父上と変わらぬ」


 (力だけで従わせる暴君にはなりとうない)


 そう願いながらも、自分が破壊衝動を持っていると自覚しているからであった。




 「妾はもう、罪なき者達に苦痛を与えたくないのじゃ・・・」


 マギアは自分に言い聞かせるように本心を呟く。

 殴りたいと言った、その可憐な唇で。



 矛盾。

 あべこべ。

 ジレンマ。


 マギアは女性らしい白魚のような手と無骨な金属の手を震わせた。

・・・その手を小さな手が握った。



 「答え、既に出ているではないですか」

 

 幼いけれど頼れる少年の声。



 「マギア様。貴方は何をしてきましたか?」


 (何を・・・してきたか?)


 姫君として。


 「妾は・・・何も、しておらぬ」


 否、何もさせてもらえなかった。

 初陣以降も戦争には参加したが、唯一の皇位継承者となった事もあり、後方でずっと大切に守られているだけだった。

 そう、まさに〈無能姫〉・・・





 「そんな事はありません!」


 「カラ・・・ク?」


 マギアは初対面であるかのような顔で少年を見つめた。

 初対面の時のような復讐心は見当たらない、明るい茶色の瞳を。




 「スチール辺境伯領では魔物のスタンピードを抑え多くの村を救い、

イオウ伯爵領では温泉を掘り出し財政難を解決。

コバルト男爵領では海賊と繋がっているだけでなく税金を釣り上げる領主を民と共に追放。

さらにはエルフの隠れ里を見つけ疫病に苦しむ彼らを救った」



 それはマギアが好奇心のままに宮を抜け出し、成してきた事の一部。

 姫君としてではない、マギアの過去。


 〈銀麗の聖女〉と噂された1人の少女。







 「貴方は多くの人を救ってきたのですよ!」


 カラクは叫ぶように告げる。


 「そして、その右足を失ったのだって・・・っ!」


 「カラク。これは妾の自業自得じゃと言っておるであろう」


 マギアは笑った。

 ぶらぶらと銀色の片足を動かして、これぐらい軽いとでも言いたげに。




 

 「・・・それら全て妾の好奇心故じゃ。面白そうだったから首を突っ込んだだけだからの」


 たまたま行った所で困ってる人がいて、このままにしておいたら緩やかにつまらない末路をたどると思ったからこそ。

 マギアはその純粋な力を振るった。


 自分が思うままに。


・・・中には救えなかったモノもあった。

 一人ではどうしようも出来なくて、カラクや行った先で出会った者達を巻き込んだこともあった。

 それら全て。



 「・・・全て、妾の我儘じゃ」


 誰かにやれと言われてないのだから。

 マギアは自分の過去をそう評した。

 

 「妾は『偽善者』じゃからな」


 かつてカラクに言われた言葉を思い出し、その通りだと自嘲する。

 

 

 しかし、その言葉を突きつけた本人はそれを肯定しなかった。

 否定もしない。

 ただ、揺らぐ銀色の瞳をまっすぐと見つめて。




 「・・・きっかけが何だったとしても救われているのも事実です」


 カラクは言う。

 マギアの成してきた事を。


 「ただ、殴りたいではなく・・・罪なき人を救うために貴方はずっと、戦ってきたのですから」





 奪うためではなく守るために。






 カラクは、誰よりもマギアに何もかも奪われたはずの少年は。


 「貴女は貴方の思うままにその拳を振るえば良いんです」


 マギアを肯定する。

 カラクの家族と仲間の返り血に濡れた拳を。




 しかし、マギアの顔は不安げなままだった。

 目の前に自分が不幸(奴隷)にした少年がいる故に。


 (・・・本当に?本当にそうかの?)


 自分が正しいとは思えなかった。

・・・・それでも。




 (あの馬鹿共に好き勝手させては、多くの民が苦しむのじゃ)


 国中の領地どころかたまに国外も、姫として上辺だけではなく、何の権力も持たない旅人して見てきたマギアは確信していた。

 あの貴族を粛清しなければならないことは分かっていた。


 それでも。


 「妾は女帝として・・・あの馬鹿共を殴っていいのかの?」


 躊躇う。

 そんなマギアにカラクは頷く。

 大丈夫だと。


 「迷ったっていいんですよ。・・・迷えていれば、貴女は暴君にはなりません。」


 「そう、かの?」


 「ええ。」


 「・・・・・そうじゃな。」


 マギアは飲み干したカップをカラクに渡し立ち上がる。


 何が正しいのか分からない。

 まだ答えは出ない。

 それでも・・・それでも。



 (・・・ずっと眺めておるだけというのは、性に合わぬからのぉ)



 マギアは迷いながら進む事を決心した。

 ただの少女だった時と同じ様に、女帝として。


 「帝宮へゆくぞ」










 こうして、不安に怯える姫君は消え去り、覚悟と威厳を宿した女帝が動き出した。


 微かに義足が悲鳴のような音を響かせたが、ドレスによって何重にも覆い隠され、誰も気が付かなかった。

 〈ハグルマギク〉はこの世界の花です。

 現実世界のヤグルマギクによく似た花。

 ちなみにヤグルマギクの花言葉は『繊細』『優美』『教育』『信頼』。

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