無能姫、悪。
胸糞注意、中編。
「兄上を、姉上を・・・良くもッ!!!!」
マギアは叫びながら拳を振るう。
地下都市は蟻の巣のように複雑で狭く、体が小さいドワーフと・・・小柄なマギアに有利であった。
マギアは脇道から溢れてくるモノを有機物、無機物、関係なく殴り蹴飛ばす。
ドワーフの技術によって鍛えられた刃はマギアには届かない、否、届いたとしても・・・柔肌に薄く淡く赤色の筋を残すだけ。
紙の方が切れるのでは無いかと思ってしまうほど、微かな傷跡しか彼女に与えられない。
・・・ドワーフの技術だからこそ彼女に傷をつけることが出来た。
その傷もドレスが破れることも厭わず、マギアは進撃し続ける。
ぐちゃり、と伝わってくる感覚が、自分が命を奪っていると教えてくる。
兄が知らない、奪う命の暖かさ。
姉が知らない、ドレスに染み込んだ血の重さ。
マギアはその感触に口元を歪めた。
一人ぼっちの姫君が振るう拳により、一人また一人と消えてゆくドワーフ達の断末魔と怨嗟の声が地下空間に響き続けた。
そして。
機械も兵も民も、動くもの全て倒して。
「これで、終わった・・・のじゃ」
マギアは単身、隠された城までも襲撃し、ついにドワーフ王さえも殺した。
目の前に転がった頭の無い肉塊がソレだ。
近くにはドワーフ王のメインウェポンだったハンマーが転がっている。
そして、マギアも無傷ではない。
左腕に無数にある傷口を、ベットリと紫色の粘液が覆っていた。
ドワーフ王から受けた攻撃の跡。
ハンマーの打撃に混じって投げられた小瓶の中身。
(ユメナキの根の毒、かのぅ)
夢なき眠りを・・・死を与える毒。
ドワーフ達のがよく使うと本に書いてあったモノである。
マギアは小瓶を投げられた時、反射的に左腕でガードしたのだが、そこには王の前にたどり着くまでに付けられた傷があった。
そこからどんどん毒が体へと染み込んでいったのだった。
左腕は毒液の触れて無い部分も変色し、指先はピクリとも動かない。
(まぁ、余は死なぬだろうがの)
マギアの身体強化は毒にも高い耐性を見せる。
体内に入って3分で死に至るはずのこの毒を受けて1時間は戦い続けたことがそれを示していた。
(酷くて死んだように眠るぐらいじゃな・・・この腕さえ切り落とせば)
と、その時だった。
「ぁぁぁぁぁぁあ!!!」
物陰から小さな影が飛び出してきたのだ。
その手には、剣。
(まだ生き残りがおったのか。・・・まぁ丁度よい)
マギアは身体強化を解除した上で、体をずらし。
左腕を切り飛ばさせた。
もう解毒したとしても使い物にならない事は分かっていたため、これ以上毒が全身に回らないように切断。
そして、背後に回って蹴りを一発、襲ってきた小さな影・・・幼く見える少年を床に叩きつける。
(痛みはやはりそれほど感じぬのぅ。・・・ユメナキの毒は感覚麻痺の効果もあるのじゃったか)
マギアは呑気にそんな事を思い出す。
腕の断面を身体強化の応用で止血すると同時に、倒れた少年の上にのしかかり拘束する。
ジタバタと体に合わぬ力で少年は暴れるが、本物の化物たるマギアには遠く及ばない。
難なくマギアに抑え込まれる。
「離せ!」
「離さぬよ。そなた達は」
マギアは嘲笑う。
未だに燻る、このドロドロとした思いをぶちまけようと・・・全てこの小さな少年にぶつけようとする。
最後の一人であるコレを殺して復讐を果たそうと。
拳を振り上げて、少年の頭めがけて。
お前が殺されるのは当然だと言ってやろう。
だってそなた達は・・・
姉上、兄上・・・皆の仇
「父上、母上・・・皆の仇っ!!!!」
(―――――――――――――――えぁ?)
マギアの拳が止まる。
・・・今、この少年は、何と言った?
(妾が仇?そなたが、妾の仇じゃのに、妾がそなたの仇じゃと?)
2人の視線がぶつかる。
復讐の炎が燻る銀色の瞳と、復讐の炎が燃える茶色の瞳。
同じ復讐心。
「・・・何故じゃ?」
マギアは思わず疑問を口にした。
キョトン、としてしまう。
「何故ってそんな事も分からないのかっ!!」
そんなマギアに少年は怒鳴ったが・・・
マギアは本当に分からなかった。
「お前は!!僕の家族と!民を殺した!!」
少年が叫ぶけれど。
それの何が悪い?
だって(そなた達も妾の仲間を殺した・・・悪いモノじゃろ?)
・・・あれ?
同じ。
敵が、悪がマギアと同じ思いだった。
じゃあ、マギアも・・・悪だろうか。
彼らと同じ。
「僕から全てを奪った!大切な人達をっ!家を!国を!」
否、同じじゃない。
この少年はマギアよりもっと―――――――
(あ?)
―――――――マギアは気がついた。
気がついてしまった。
姉と兄・・・仲間が殺されたのは?
ドワーフを殺したから。
笑いながら、楽しんで殺していたから。
マギアたちマグルハ帝国が私利私欲の為に、少年たち王国へと攻めたから。
道中ずっと、屑鉄共の鳴き声だと無視していたけれど・・・マギアに襲いかかって来た者は何と言っていた?
『俺たち、何もしてねぇのになんで襲ってきたんだよ!』
『弟を返せ!!』
『王を、王子を守れぇ!!!!!』
迫ってくる彼らの表情は。
必死だった。
笑ってなどいなかった。
マギア以上の怨嗟を孕んでいた。
愛し愛されたモノを奪われた恨みで染まっていた。
これ以上幸せを壊されてなるものかと、マギアを睨みつけていた。
帝国と王国。
――――――どちらが悪に見える?
否、そんなどちらが悪が正義なのかなんてどうでもいい。
勝ったものが正しいとされるのだから考えたって無駄だ。
考えなければならないのは。
(妾は何故、彼らを殺した?)
兄、姉、仲間の為・・・仇だと、悪者だからと殺し尽くした、けれど。
マギアは別に彼らを愛してはいなかった。
己を蔑み見下してくる者達共を愛している訳が無かった。
そして、彼らが死ぬ事で悲しむであろう者達の事も・・・本当は、どうでもよかった。
ばあやのように悲しんで欲しくない、と思ったのは本当ではある、が。
それはその後ばあやが、マギアを殴ったからである。
『帝室の命令のせいじゃ!!!』と、叫んで。
ばあやの孫に戦場へ行くように命じたのはマギアでは無く父であったのに。
ばあやの孫を殺したのは他の国の兵であったのに。
マギアにとって、生まれた時からずっと一緒にいて、仕事だったからとはいえ大事に、大切に育ててくれたばあやに殴られたことはショックだった。
だから、マギアは戦争で誰かが死ねば自分に対する憎悪が増えると感じ、戦争は嫌だと思った。
しかし、戦争は起こり、多くの人がマギアの目の前で死んだ。
・・・死んだ命は戻らないと知っている。
そして、勝てばその向けられる怒りが弱まるとも考えていなかった。
だって、ばあやの孫が亡くなったのだって勝ち戦だったから。
それでも、この拳を振るったのは。
誰かのためでないのなら。
(何故じゃ?何の為に妾は?)
マギアにすぐ答えが出なかった。
・・・マギアは愛されていないが故に化物であった。
そして、訳が分からぬままに拳を振るう子供でもあった。
―――――誰かのために、という考え方は優しく素晴らしいモノであると同時に、己の中の確固たる理由も無しに害意を成す狂気を覆い隠してしまう物である。
そして、マギアは気がついていなかった。
己が血に染まりながら微笑んでいた事に。
こんなに長くするつもりの無かった過去編・・・
どうかあと1話だけお付き合いください。