無能姫、正義を振りかざす
過去のお話です。
胸糞注意。
苦手な人は読み飛ばしても大丈夫なようにします。
―――――6年前。
マギア、10歳での初陣。
アールデウ王国の滅びの日。
マグルハ帝国軍は王国の王都へと攻め入っていた。
「―――――炎よ、全てを焼き尽くせ!〈爆炎〉っ! あははは!みんな焦げてゆきますの!!!」
「こっちは凍ってくぜ!――――氷よ、敵を凍てつかせよ!〈氷結〉! 姉上、どっちが多く倒せるか競争しようぜ!」
マギアの近くでは、着飾った姉と兄が楽しそうに遠距離魔法を使っていた。
周りには自分たち帝室の者を守る近衛騎士達。
少し離れた所では父が地震魔法を使っているらしく、地響きも聞こえてくる。
そして、なす術なく壊滅してゆく敵のドワーフ達が遠くに居る。
(戦争・・・嫌じゃのう・・・)
マギアは1人、漠然とそんな事を考えながらその様子・・・仲間は倒れず、敵だけが斃れて逝く戦場を呪文を口にすることも、その手を振るうこともせず、ただ眺めていた。
ここでは見ている事しか出来なかった。
(誰かが、死ぬのは嫌じゃ)
最近、ばあやが孫の戦死を知り泣き崩れた所を見ていたマギア。
その様子を見て以来なんとなく、死は嫌なものだと感じていた。
敵の死を目の前に、少しだけ震える。
無意識にギュッと、ドレスのふんわりとした布地を握りしめた。
それに気がついた兄弟が声をかける。
「貴方は本当に怖がりですわね。今回の相手はただの亜人ですのに。しかもチビ。」
「大丈夫だぜ、この程度の戦で死ぬような我が国の者は居ないからな」
魔法の杖を握る家族の、言葉だけ見れば優しい励まし。
―――――しかし、それはマギアを見下してのモノだった。
彼らはマギアを出来損ないだと馬鹿にしていた。
負け知らずの帝国に君臨する帝室の一員とは思えないほど気弱な姫君だと。
帝室の血筋の者が持つ、強力な遠距離広範囲殲滅魔法が使えない阿呆だと。
戦争の楽しさを知らない馬鹿だと。
杖も持たない、無能なお姫様。
それは家族だけではない、兵からも思われていた。
「末の姫様は本当に何もなさらないな」
「火球1つも撃てないなんて」
ヒソヒソ、ヒソヒソ。
近衛兵の声。
マギアは言葉の刃に俯きそうになる。
それでも。
目の前の光景からは目を離さない。
凄惨な戦場を見つめ続ける。
それしか、出来ないから。
「弱いと思ったら、ジジイとババアしかいねーじゃねぇか!!」
「ホントだわ!つまんないわねぇ!!」
兄弟の台詞、そして魔法の発動地点の光景にマギアは引っかかりを覚えた。
兄の魔法で凍りつき、姉の魔法で焼け焦げて逝く敵兵が。
(・・・老人だけじゃと?)
・・・マギアは戦場に来る前、敵国について埃だらけの図書館で調べていた。
財力を誇る為だけに買い集められ、誰にも開かれることの無かった本達に目を通していた。
その中に、アールデウ国民の大半をである小柄な亜人、ドワーフについての記述があった。
『ドワーフは長命で、200年ほど生きる種族である。
そして、100年は人間で言う6歳程度の年齢で成長が止まり、100歳を超えると一気に60歳代の見た目まで老化、後は死ぬまで緩やかに老化する。』と。
だから、国民の半分は子供のようであるはずで・・・王都まで攻め込んだ今、その姿が見えないというのは。
(おかしいのじゃ・・・)
マギアはその違和感に、感覚を研ぎ澄ませた。
人間としての限界を超えて。
身体強化魔法。
戦場で初めて使う、自分が唯一使える力。
(っ!!)
マギアは情報の奔流にしがみつく。
焦ったせいか少し暴走してしまったようだった。
眩しい、五月蝿い、臭い・・・のを、何とか耐えて調整する。
その時だった。
ゴゴゴゴ・・・と地面が揺れだしたのは。
(振動・・・父上の魔法かの?)
マギアは強化された感覚でどんどん大きくなってゆくその揺れの原因を探る。
(・・・違う。父上の魔法による揺れと違うのじゃ。これはっ)
「兄上!姉上!!皆!地面じゃ、攻撃が来る!!!!」
言うが早いか、マギアは飛び上がった
その両足を強化し、王都だというのに数少ない建物の上へとふわり、と着地する。
「はぁ?何を言ってるんだ?父上の魔法の余波だろ?」
「こんな後ろまで亜人共の攻撃が届くわけないでしょう」
「降りてきてくださいよ、貴方が死んだら我々が怒られるんですから〜。本当に姫君は仕方のない人ですね」
そうして、何かから逃げたマギアを馬鹿にした、2人と近衛騎士。
(ぁ)
彼らは・・・地面から現れた機械仕掛けの魔物に噛み砕かれた。
断末魔、骨の砕ける音、浅くなっていく呼吸音、止まる心音、水、否、血の音。
鉄錆、血、油の匂い。
流れる赤色、突き刺さる銀色、押しつぶす銀色。
先程細かな揺れの違いすら看破したマギアの強化された感覚が、間違いなどなく理解させる。
(仲間が死んだ)
暴走気味な己の魔力を揺らめかせながら、マギアは知る。
仲間の死と言うものを。
(妾は知っていたのに)
・・・マギアは知っていた。
ドワーフは地下都市を有すると。
高い技術力を持っていると。
否、知らなくても王都の建物の無さで警戒すべきだった。
あの数の兵がこの程度の設備で生活できるはずが無いと、気がつけたのに。
眼下に広がる真っ赤な絨毯。
ソレを踏みしめる機械兵器。
気がつけば機械仕掛けの魔物の体から、ワラワラと子供の姿をしたドワーフが出てきて、生き残った仲間たちを殺している。
マギアはそれをただ茫然と、見下ろすことしか出来なかった。
(何故こんなことになったのじゃ?)
兄も姉も兵も笑っていたのに。
混乱。
そして、マギアは1つの答えにたどり着く。
(――――――――あの者達が居るからか)
沢山の・・・敵の目がこちらを向いていた。
仲間の血で染まった、敵。仇。的。
テキ。
「―――――――っ!!!!!」
マギアは、ドワーフの高度な技術力で作られた瓦を1枚、足元から剥ぎ取った。
それは固くて軽くて投げやすい投擲武器になる。
そして。
「嗚呼ああアァぁあっっっっっ!!!!」
慟哭と共に敵に向かって投げた。
いくつもいくつも、それは弧を描き飛んでゆく。
いくつもいくつも、的に当たる。
いくつもいくつも、機械の体にあたって甲高い音を響かせる。
弾ける音がするたび、仲間の赤色を覆い隠すように敵の赤色が広がる。
マギアの攻撃が敵を襲った。
「・・・許さぬ」
姉にも兄にも自分と違って仲の良い婚約者がいた。
最近娘が生まれたと言っていた騎士がいた。
あの者達は、愛し愛される者たちだった、のに。
(愛してくれる人が、凱旋を待っている人がいた者達をよくも・・・っ!)
マギアは感情に押し出されるようにその身を踊らせ、自立して動いているらしい機械仕掛けの魔物を殴った。
血の海に機械油が交じる。
肉片を金属片が覆い隠してゆく。
「許さないのじゃ」
マギアはペンより重い物を持ったことがなさそうな細腕で、全てを破壊する。
命を奪う、死を与える。
躊躇いは無い。
卑劣な手で仲間を殺した者共だから。
敵は仇だから。
アレは悪だから。
「報いを受けるが良いのじゃ・・・!」
そこにいたのは何も出来ない姫君では無い。
沢山の者に守られた安全な場所でふんぞり返りながら指示や魔法を飛ばす姫君でもない。
誰よりも強き力を振るう少女。
その拳を赤く濡らし、その髪を紅く染め、その瞳に朱を映し、赫いドレスで、緋い舞台を舞い踊る、
――――――――戦姫。
彼女は粗方、地上へ出てきていた敵を片付けると地面を打ち砕き、地下都市へと攻め入った。
長くなり過ぎたので分けました。
2人の出会いまで行きませんでした。
すみません。