女帝、後悔する
所々にヒビ割れや凹みを作りながらも、自分の宮にたどり着いたマギアは。
(開いとらんか〜仕方がないのぉ)
「えぃ」
鍵のかかった豪奢な扉をぶん殴り、ぶち破った。
跡形もなく砕け散る扉。
そして。
「おかえりなさいませ。マギア様。今度は何をなさったのですか?」
表面上はにこやかな幼い少年に出迎えられた。
から吹き込む風に、少年の柔らかそうな明るい茶色の髪が揺れる。
「っ!居ったのか!すまぬ、怪我はしておらぬか?」
「大丈夫ですよ。避けました」
「そうか、よかったのじゃ〜」
マギアはホッと胸を撫で下ろした。
「心配するぐらいなら、破壊しないでください」
「誰も居ないと思ったんじゃもん・・・」
「その前に何でもすぐ殴らないでくださいと、何度も言っているでしょう」
呆れた様子を隠すことなく、少年は髪色と同じ目でじとーっと、マギアを見上げた。
その首には細いとはいえ、確かに少年を縛る枷。
――――――――彼はマギアが所有する、もう一人の奴隷である。
「うぅ・・・すまぬのじゃ、カラク」
「まぁ、ここの扉も作り変えようと思ってましたし、良いですけど」
カラク、と名前を呼ばれた奴隷少年は、そんな事をつぶやきながら、扉の残骸を踏みつけマギアに歩み寄った。
天井から降り注がせた瓦礫により、ズタボロになったドレスをまとった己の主へと。
「・・・改めて、おかえりなさいませ。マギア様」
「戻ったのじゃ、カラク」
「で、何をなさったのですか?」
カラクは、にっこりと可愛らしく・・・コテン、と首を傾げて言った。
(うっ、逃れられたと思ったのじゃが駄目じゃったか)
「な、なんのことかの?」
マギアは引き攣った笑みを返す。
「・・・言葉を変えます。何をやらかしたのですか?」
カラクの視線の先にはズタボロなドレス。
新しき女帝を祝う式典から戻ったとは思えない姿の主。
「ここまで何かが壊れる音が聞こえて来ましたよ?」
「気のせいじゃろ」
「聞き慣れた音でしたが?・・・そこの扉を壊した時のような」
「聞き間違いじゃないかのぉ?」
「 マ ギ ア さ ま ? 」
(ひぃっ)
小さな男の子に気圧される女帝であった。
「・・・分かった、話す、話すのじゃ!!じゃから、その手の武器は仕舞ってはくれぬかの?」
「武器ではありません、工具です」
カラクは小さな手に握りしめたバールで、マギアの左手と右足を指し示す。
・・・ここには釘を使ったものは無いため、バール本来の出番は無いはずである。
「暴れてまた、それを壊したのではないかと思いまして。修理に必要でしょう?」
「コレの修理にそれを使った所は見たことないのじゃが???」
「僕が使うと言ったら使います。それを作ったのは僕ですから」
「そうじゃがな?そなた、コレは繊細だと言っておったではないか・・・ソレはどう見ても、繊細な物を直す物には見え」
「とりあえず、座ってください」
「わ、わかったのじゃ」
威圧に負けたマギアが促されるまま、近くに置かれた椅子に座ると、カラクは肘掛けに置かれたその手に触れる。
左の鈍色に光る義手へと。
(くすぐったいの)
一旦口を閉じ、真剣な顔になったカラクを見つめながらマギアは思う。
(全く、心臓に悪いのじゃ・・・)
殴られるかと思った。
殴られた所でマギアはそれほど苦痛を感じないのだが。
「・・・表面上の傷は無いですが、魔力回路に負担がかかってますね。」
カラクはバールは床へ放置、腰のバックから取り出した工具で、マギアの二の腕に当たる部分を開きながらつぶやく。
「劣化が早すぎます。いったい何があったんですか?」
(・・・やはりカラクに隠し事は出来ぬの。)
この義手、そして義足は、カラクが作った魔法機構である。
動きも感覚もある、金属で出来た魔法の手足。
それ故に、魔力・・・そして感情に、大きく左右される。
だから、カラクは気がつく。
「マギア様、感情を荒ぶらせるようなことがあった様子ですが」
幼い外見に似合わぬ、眉間の皺を見つめながら、マギアは溜息1つ、口を開く。
「ルストに婚約破棄された。理由はサーレを好いておるから、じゃそうだ」
「はい?」
カラクの手が止まる。
(驚くじゃろ。呆れるじゃろ・・・って)
「っぁ!」
マギアは擬似神経回路に工具が当たったことにより襲ってきた激痛に声を上げかけた。
必死に悲鳴を圧し殺す。
「っあ、すみませんっ!!」
カラクは慌てて工具を離す。
そうすれば幻痛は後を引くことなく消えてゆく。
「良い、気にするでないぞ」
(これは攻撃ではないのじゃから)
マギアは咎めるような事はしなかった。
怒り、拳を振るうこともしない。
それどころか。
「首輪は大丈夫かの?」
マギアはカラクを心配した。
隷属の首輪をじっと見つめて。
「・・・ええ、何もなっていません」
「そうか。良かったのじゃ」
(本当に、心臓に悪いのじゃ)
隷属魔法の効果が発動しなくて本当に良かった。
マギアは息を吐いた。
―――――――――隷属の魔法。
その魔法が付与されたモノを身につけた者が、契約した主に対して攻撃等を加えると罰を与える呪い。
数代前の帝の弟が生み出した付与魔法。
(何をトリガーとするか分からないのが怖すぎるんじゃ・・・)
否、本来ならば契約の時に使う魔術紙に事細かく書いてあるのだが・・・この国、書類の類の扱いが雑なため、紛失していた。
そのおかげで主たるマギアも、発動条件が分からず、解除も出来ない状態である。
だからマギアは、バール(武器)を持ったカラクに焦り、与えられた痛みを堪え叫ばなかった。
カラクが隷属魔法により、苦しまないように。
「すみません・・・」
「いや、細かい作業の時にこんな驚く話をした妾が悪かったのぅ。すまぬ」
(カラクがこんな失敗をするとはの。やはりそれだけ衝撃的よな)
小さな体をさらに小さくしたカラクに、申し訳ない気持ちで一杯になったマギア。
「・・・一度作業を中断して、妾の話を聞いてくれるかの?」
彼女はカラクが頷き、道具を仕舞ったことを確認すると、もう一度口を開いた。
「パーティ会場でのう・・・ルストはいきなり妾を呼び捨てにしてな」
(この時点で殴っておいたほうが良かったかもしれぬのぉ)
マギアは少し、後悔しながら言葉を紡ぐ。
「サーレの事を好いておるから、妾のような傲慢な女とは婚約を破棄する!と言い放ちおったのじゃ」
「・・・それは、なんというか」
衝撃から復帰したらしいカラクが呆れた様子で言う。
マギアも呆れて思う。
(馬鹿じゃろう?)
「阿呆ですね、」
「「・・・相変わらず」じゃろ」
二人は共通の知り合いをそう評した。
カラクもよく知る、マギアの脳味噌お花畑婚約者を。
――――その頃、くしゃみを連発したルストは、サーレに心配されていた。
イケメンとはいえ、涙と鼻水でぐっしょぐしょの男に幻滅しないサーレは、貴族たちに呆れを通り越し、一周回って尊敬されていた。
「そしてな〜」
そんな事は知らないマギアの言葉は続く。
「サーレもこの宮を抜け出しておっての。パーティ会場に現れたのじゃ。・・・そなたは気が付かなかったか。まぁそうじゃろうな。」
「・・・確かにサーレが居ないな、とは感じましたが・・・まさか、そんな事が」
(カラクは大体の時間、自分の部屋で何か作っておるからのぉ)
中庭で本を読むか散策している事の多い、サーレの動向なんて知らないであろう。
居ない事に気が付いただけでも驚きである。
サーレでは無い、もう一人の己の奴隷についてよく知るマギアは苦笑いを浮かべた。
「マギア様・・・その」
「そなたが謝る必要は無いのじゃ」
カラクの言葉を遮る。
そして、苦笑いを自嘲へと変え言葉を紡ぐ。
「全て、とは言わぬがこれは妾の責任ぞ」
国どころか自分の宮の不穏にすら気づけぬ無能な自分を嘲笑う。
未熟な自分を。
「・・・確かに妾は天井砕いてしまったしのぉ。あれば妾の心の弱さ故よ。それにサーレの脱走を許したのも妾の人選ミスじゃ」
(この宮の護衛に置いていた者は皆、サーレの事を可愛がっておったからのぅ)
逃げるのを止めるどころか手助けした可能性の方が高い。
「全く・・・あやつらは本当に・・・」
沢山いた護衛も侍女も居らず、カラクと二人きりの宮の中で、マギアはもう一度溜息をついた。
―――――そして、たった1人、自分の側に残った少年を見つめる。
(カラク・・・そなたも妾を裏切りたいじゃろうな)
しかし、それは出来ないことを知っている。
カラクは賢い故に。
サーレとは違い、奴隷というものを・・・その首に嵌められた枷の意味を理解している。
(そなたの祖国を滅ぼし、そなたを奴隷とした妾に復讐したいじゃろうに)
カラク。
本名は、カラク・アダマン・アールデウ。
6年前マグルハ帝国に攻め滅ぼされたアールデウ王国の王子であった少年。
ちなみに年齢は19歳。
マギアの3つ年上である。
それでも外見がマギアより幼く、出会った頃と変わらないのは。
――――――彼が亜人である、ドワーフだからであった。
次話、2人の出会い・・・なのですが胸糞注意。
苦手な方は次の話は飛ばしても良いかもしれません