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男、鯨に食べられた。

 前世において俺はラノべ作家だった、異世界転生、転移物語を書きまくってた、身清らかなチェリーなおっさん。楽しかった。充実していた。


 フッ、所詮、あの世界、あの世界だけの、あの世界のみの、法則、定義の上に成り立つ……異世界だったのだよ。それをそうなのだろう、と、信じていただけなんだ。フフフフ。



 絶望が俺を襲う。



 牙を持ち漆黒の羽根を羽ばたかせ空を舞い、餌を見つけると急降下して、お口パックンで、餌を捕獲する(クジラ)がいる世界。


 空は、クニュクニュとした水色のゼリーに見える、ポツポツ、ポツポツ気泡の穴が無数にある。そこからピンクの光がキラキラと漏れでている。


 吹きゆく風は、ミントの薫りが含まれているのか、吸い込んでも火照った頬に当たっても、冷涼さに包まれて心地良い。


 あるあるで、一面広がる芥子のお花畑で目が覚めた俺。少しばかり状況を飲み込むのに苦労はした。


「や~だね、や~だね、変なふたつめ、やってきた」


 風に揺られるたびに、ユラユラと花弁をゆらし、リズムを取り唄う花達。


「や~だね、や~だね、外国(とつくに)からお客さまぁ」


 おお、これぞ異世界なり。と花々の中に、大の字で寝転がり歌に耳を澄ませ、空を見上げて、じんわりと染み入る様に、感動をしていたのは捕まる迄のこと。


 その時の俺は、希望に満ちた旅人の様だった。


 空を羽ばたいていたソレが、無防備な姿をさらけ出していた、俺に向かって突進してくるまでは!


 どくんどくん、どきどき、ゴウゴウ、ミキミキミシ……奥からは深層の音が響いている。


 目の前に降ろされている、牙を牢屋のあれみたいに、哀れな囚人の如く、しっかりと掴みながら、絶望の笑いを浮かべている現在の俺。場所は当然、(クジラ)の口の中だ。


 カミカミごっくんではなかった。と言うことは巣に運んでから、お手軽なランチタイムになるのか、身内を呼んだディナーになるのか、ほのぼのとした家族の団欒になるのか。


 俺の頭の中のビジョンが動く。



 ――、「これなるは珍妙なる生き物なり、ペッ!」


 そう言う言葉に、吐き出された俺は、涎まみれでゴロリと転がるのだ。


「まあ!珍しいですわ、どうやって捕まえましたの?」


「ふんふん……、これは如何程のレアアイテムかね?」


 やんごとなきご令嬢鯨とか、紳士鯨とかが、ふわりと宙に浮き上がり、ツンツン!と尾びれで、転がる俺の体を突きまわるんだろうか。


 そして見ていたコレが言うんだ。


「フフフフ、さてどう料理しようかね」



 或いは……。



 ――、「ただいま!ほーら坊や達、ご飯だよ。ペッ!」


 そう言葉の後に、吐き出された俺は涎まみれで、ゴロリと転がるのだ。


「わーい、ごはんだ!」


「わーい、ごはんら!」


 丸々とした、チビッコクジラが、クリクリと目玉を輝かせて、俺に近づくのかな。近づいて胸ビレで、ツンツンするのかな。


 それを見ていたコレが言うんだ。


「ほらほら、まだ生だからね、ちゃぁんと、洗って、火を通さないと、ばっちいからお腹を壊しちまうよ!スープにするから手伝っておくれ」 



 ……やめておこう。これ以上考えてはいけない。餌になるのは決定事項なのだから。それに、こんなメルヘンチックな展開にはならないだろう。


 ゴムパッキンみたいな唇がピタリと合わさり、隙間もない。口の中って、真っ暗だったんだと、諦め落ち着いた俺は、キョロキョロ見渡し眺めた。


 脱出を試してみようかな?そう考えるのは当然。暴れたら良いと思いつくのも当然。しかし、異世界鯨の唾液は凄かった。


 俺は透明な粘液に全身包まれて、さしずめスライムのなかにいる様なのだ。握りこぶしを正拳突きの様に前に、勢いつけて突き出しても、粘膜に覆われているので、当たっても、ぽて………、衝撃は届かない。


 では!ここは飛び蹴りを!幸い巨大クジラの口内、ちょっとしたホール並みの高さと広さがあった。


 運動能力皆無だった俺だが、異世界あるあるで、飛び抜けたそれを手にしていたのだ、うごんうごん、ズリズリと蠢く舌の上で、バランスを取り、距離感を掴み、足に力を込め、上に全身をバネの様にし、飛び上がる!


 シュパッ!渾身の回し蹴り!しかし!ぽよよん、で終了してしまった。ああ……仕方ない。ここは大人しく運ばれる事にしようと、着地を果たし諦めた俺だった。



 そうして連れてこられた、白い大理石を掘りぬかれた洞窟。そこで想像通りに、ペッっと吐き出されたのだ。


「うーむ。これが予言書に書かれし者か?ひょろひょろだのう……言葉を理解するのならば、そうなのだが、答えろ!わからないのなら生きたまま、煉獄の炎で炙り、それから妾が食ってやる」


 外気に触れた事によりスライムが蕩けた。唾液を十分に吸い込んだ服が、ニュチャリと身体に、まとわりついている。


 フラフラと立ち上がった後、ニュルニュル透明な糸引くソレが気持ち悪く、Tシャツの裾を、ぎゅ、ぎゅと絞っている俺を、しゅぅぅ……、幾分サイズを落とした姿で、じろじろ見聞したヤツがそう話す。


 なんか苦しそうな末期だな……なのでここは。


「その……、生きたままで火炙りは無いと思うので、せめてもの慈悲をください、その後、焼くなり煮るなりして、食ってもいいですから」


ホーホケキョ、という声を聴いて出てきたのですよ。もう、ホーホケキョが美声だったのです。

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