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彼女と猫と真空管と

作者: 夕刻

眠るまでも何とか書けるもんさ。……書けてるのか?


 彼女の頭上で白熱電球が今にも消えそうな弱弱しい光を放っていた。

 彼女はそのわずかに明滅を繰り返す光を見つめていた。

 白熱電球を見つめる彼女は何を考えているのだろうか。この電球が彼女には一体なんに見えているのだろうか……彼女が何を考えているのかは私には見当もつかない。


 薄明りの白熱電球には名前も知らぬ羽虫が二匹、渦を巻くように飛んでいる。それぞれが相手を追いかけているようにも見えた。そうだとしたらなんと不毛だろう。

 彼女はこの羽虫を見ているのだろうか。いやきっとそうだ。白熱電球よりもずっと不規則で何ら意味のあるように思えてくる。羽虫は電球とは違う。……違うのだろうか?

 この飛びまわる羽虫も不規則に明滅を繰り返す電球も何が違うというのだろうか。私達からではわからないではないか。この羽虫も無機物の電球と同じように何も考えず、ただ本能という生まれた時に備え付けられた電気信号に則っているだけ。もしそうだとしたら、彼女もそんな深くは考えていないのかもしれない。

 この環境下で疲弊し脳の機能が落ちているだけなのだ。思考能力が低下し本能が占める割合が大きくなっているのだ。だから意味も理由もなく灯りを見つめる。人間の本能だ。闇を恐れ光に縋る。羽虫と同じだ。


 そう考えて、では私はどうなのだと疑問に思った。


 その時、私のすぐ横のラジオがつんざくような奇声を発した。まったくの不意打ちに私の疑問やらなんやらは吹き飛んでしまった。いや、この機械が声を発することは知っていたのだが不意というのがいけない。

 彼女はラジオに手を伸ばす。

 ダイアルをひねると大きすぎた声量が調整されだいぶ落ち着いた。内容に関しては雑音が多く、まったくわからない。だが、男性が何か言っていることはままわかる。

 彼女は別のダイヤルを回す。それが違うとわかるとその隣。そうやって音が安定するまでダイヤルを操作した。もっとも安定したと言っても声はかろうじて聞こえるレベルであり耳を凝らさなければ内容を理解できない。

 私はラジオの声に耳を澄ました。


「---には未だ……し達がおり……安全の確保を…………から東村中までは非常事態……避難し……さい。繰り…………」


 なんだ、前の放送とさして変わりないことを繰り返しているだけだ。

 まるで変わらない。きっとラジオの中の人も羽虫と同じなんだろう。ただ繰り返す。ただただ同じことをする。ラジオの中の人がどんな生き物なのかは知らないけど。


 ラジオからの声は暫くして聞こえなくなった。耳障りな雑音だけが暫く響く。彼女はそんな音聞こえていないかのように電球を見つめていた。何も変わらず見つめていた。明滅の頻度はだいぶ少なくなり暗くなる時間も増えた。それでも彼女はただ見つめていた。


 眠くなった。神経を逆なでる雑音は相も変わらず聞こえているがそれよりも何の変哲もない変化の訪れないこの部屋に飽きた。ただそれだけだ。

 よくもまぁ彼女はぼーと電球か羽虫かを見つめていられるものだ。眠くならないのだろうか。もしくは体を動かしたくなったりしないのだろうか。こんな狭くて電球とラジオと用途不明のごちゃごちゃした機械のついた黒色の筒しかない部屋で座って過ごせるものだ。

 私は丸くなって眠りにつく。なんだか少しお腹が減ったが、明日考えよう。

 今日はもう寝る。そう決めたのだ。


 瞳を閉じる前に彼女が私を一瞥したのが見えた。


「いいね、君は何も考えてなくて」


 彼女はそっとそうつぶやいた。

 それが私の見た彼女の最後の姿で、私の聞いた彼女の最後の言葉だった。

 


 

さぁ今日も頑張ろう。

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