PROLOG
意識が戻ると、彼はゆっくり目を開けた。
最初に目に入ったのは、散らかった床。様々な長さの鉄骨やコードなどが散乱していて、足の踏み場もないほどだった。視線を上にずらすと、無機質な鉄製のドア。その前に立っている二人の男。彼らが来ている無個性なジャケットには見覚えがあった。ついさっき自分を倒した連中で間違いない。
薄汚れた天井板はところどころ剥がれ落ちていて、茶色のベニヤ板が剥き出しになっている。どうやらここは廃ビルの一室のようだ、と彼は自分の置かれた状況を理解する。
彼は砂利でザラザラした床に足を投げ出した姿勢で座っていた。正確にいうと、座らされていた。教室くらいの部屋の片隅、壁に立てかけられた鉄骨に、彼は体ごと縛りつけられていた。わずかに手を動かす間はあるが、表面がささくれたロープを解くことは難しそうだ。鉄骨は相当な重量があるようで、びくともしない。下手に動いたら下敷きになるのがオチだろう。
「……気がついた?」
頭上から声が降ってきて、彼は首の動きだけで声の主を見た。目深にかぶったキャップに、スカーフで覆われた口元のせいで、顔がほとんど見えない。ドアの前の男と同じジャケットを着ているが、胸のところに髑髏をモチーフにしたエンブレムが刺繍されている。おそらくこの男が組織のリーダーだろう、と彼は検討をつけた。
「…………」
彼は何も言わず、目の前の男を睨みつける。射るような鋭い目つきに、しかし男がひるんだ様子はない。
「何か言えば?それとも、やられちゃったショックで声が出せない?」
ギリ、と彼の奥歯が鳴る。表情が屈辱的に歪められるが、言葉が発せられることはない。
「……まあいいや。どうせ、君もすぐに死ぬんだし」
興味を失ったように男は彼に背を向ける。その背中に向けて、彼は初めて口を開いた。
「だったら、何故今殺さない?」
感情を押し殺した声に、男は振り返った。表情は伺えないが、彼の反応があったからか、少し嬉しそうな調子で言う。
「そんなこともわからないの?君だけ殺しても意味はないんだよ。僕の望みは、『アンダーシティ』を壊滅させることだからね」
「……俺は、人質ってことか」
「何を今更?置かれた状況から考えたら、すぐにわかるでしょ」
心底馬鹿にした口調で男は言う。その時、遠くの方から小さな発砲音が聞こえた。ドアの前にいた男二人が反応する。その動きに合わせて、腰に吊った拳銃が揺れた。
「お、早かったね。どうせ、君なしでは奴らに勝ち目はないだろうに、無謀なことを」
男はそう言って彼から離れる。床に散らばったものを蹴散らし、床に積み上げられた材木の上に無造作に腰掛けた。
「君を殺すのは、奴らの屍を拝ませて上げてからにするよ」
彼は答えず、ひんやりした鉄骨に体を預けて目を閉じた。