引き篭もる暗殺一家
本当は長編で出すつもりのネタを短編にしました。製作時間は一時間ほどですが、一読いただければ幸いです。
引き篭もる暗殺一家
「真人、キサマ、まさか学校に行くつもりではないだろうな?」
登校前、そんなオヤジの一言が俺を引き止めた。
普通の学生なら逆のことを言われることはあるだろうが、風邪を引いているわけでもないのにこの台詞を吐かれるのは、おそらく俺くらいだろう。
「当然そのつもりだ。俺はまだ中学生だから、義務教育の真っ只中」
そしていつものことながら、応戦する俺。
オヤジは眉をひくひくさせながら、中年のくせにやたら筋肉質な腕をまくり、俺に敵意のある視線を向けてきた。
「何度言わせれば気が済むんだ、真人。学校は大勢の人間のいる場……隙を作らないほうが難しい、襲撃されやすい場所のひとつだぞ」
「あほか。だいたい俺、家業は継がないって言ってんだろ」
「親の家を継ぐのは息子の義務だろうが!」
出たよ、時代遅れの昭和脳。子供の権利をすべて親が管理するべきだと思っている古狸め。権利だけでなく義務まで管理される筋合いはないけどな。
「お前、あれだぞ。もし学校行ったら……えと……」
おいおい、今考えるなよ……。もっと空気読んでから台詞考えろ。
もっとも、その台詞もオヤジのことだ。別に脅迫にもならないことを口に出すに違いない。事件になりそうなことは、目立ちたがらないせいか仕事以外じゃやらないからな。
まあ、俺が警察に「義務教育を学ばせてくれない」と電話したら事件になってしまうが。
「……昼食は抜きだ!」
考えた末にそれか。
いつも家で喰ってるから、俺が当然昼食を食べるものだと思っているんだろうけど……。
「いいよ。学校で喰えるから」
中学校には、給食というありがたいシステムがあるのだ。
「く、くそう! ならば夕食抜き! 今日はベーコンとアスパラガスの……」
うわあ、別に好きでも嫌いでもないものが出てきた。反応に困るわあ。
「……そしてクリームシチューだ! 夕飯食べたくなっただろう? 食べたくなったところで、さあ鞄を置くんだ。お前はもう小学校で生きるのに必要な知識は学んだんだ。これからは影の人間として、表舞台に出ることなく、ひっそりと暮らしなさい」
だが断る。
「オヤジ、前から言いたかったことがあるんだ」
「なんだ?」
「目立つなって言うけどさ、義務教育ほったらかすと逆に目立つぜ?」
「…………」
オヤジ沈黙。どうやらそこまで考えが及んでいなかったようだな。
「ウルトラショック!」
頭を抱えて玄関にうずくまる。こうなったら戦闘不能だな……アディオス、オヤジ。俺は学生として、勉学に励むとするよ。夕飯はグラムチャウダーをよろしく。
「お兄様、お待ちになって!」
家から出ると、すぐにランドセルを背負った可愛い妹が駆けて来た。
左右につけたピンクのリボンは、俺があいつの誕生日に買ってあげたものだ。きっと成長しても、このまま小さくて可愛い美少女のままでいるだろう。
それが俺の一番の望みだ。……ロリコンではない。シスコンなだけ。
それにしても……フフ、俺とは方向が違うのに、一緒に通学したいだなんて甘えん坊だなぁ。まったく、モテる兄は辛いよ。
今夜はベッドで舞踏会だね。
「聞きましたわ、お兄様。お兄様が反抗期で、お父様の言うことを聞いてくれないって」
おま、お前は何を言っているんだ? 俺はただ、義務教育を全うしようとしているだけだぞ。法的にも世間的にも正しいはずだ。
余談だが、妹の喋り方は俺が教え込んだ。オヤジは「目立つ喋り方を教えるな!」と、ニヤニヤしながら親指を立てていたっけ……。
俺が思い出の向こう側へ飛んでいる最中も、妹は続ける。
「反抗期は誰もが通る道ですわ……特に男の子ですもの。お父様と対立することもありますわよね。でも……お父様の気持ちもわかってあげて!」
ひし、と腕にしがみついてくる妹。未発達な膨らみを持つ胸の感触に、理性が息の根を止める一歩手前。
このまま欲望のままに野外プレイなんて考えも一瞬よぎったが、それはよくない。俺は常に、最愛の『お兄様』であるべきなのだ。
理性を蘇生するべく、俺は妹を優しく引き剥がした。……少し寂しい気もしたが、仕方がない。
「わかってくれ。俺は法律で定められた子供の義務を果たすために学校に行くんだ。だからオヤジの指示には従えない」
「そんな……! お兄様、中学校はいつ命を盗られてもおかしくない場所だと聞きましたわ!」
「どこで!?」
「ニュースで!」
「確かに物騒な事件は多いけど、そりゃ大袈裟だよ!」
マスコミの過剰報道も考え物だな……。
「お兄様の分からず屋ぁ!」
半泣きで駆け出した妹。当然、俺も後ろを追……あ、スカート……く……もうちょ……白! さすが我が妹!
……おっと、もうそろそろ急がないと遅刻してしまう。
妹には帰ったらアイスでも奢ってやろう。まだ小学生だし、機嫌は直るはずだ。
「わんわん!」
今度は、後ろからフェンリル(トイプードル)が追いかけてきた。
「おー、わざわざ見送りに来てくれたのか」
そういって手を伸ばすと、フェンリルは俺のズボンを噛み、必死に引っ張っ……。
ブルータス、お前もか。
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