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十四.

翌日は朝から天気が良かった。

そのかわり放射冷却で寒くなったので、海は制服の上に厚手のコートを着た。

海と義彦が霊園の駐車場に車で着くと、聖義がベンチに座っていた。

海は、制服にコート姿の聖義はどう見ても普通の高校生にしか見えないと思った。

聖義の家はお金持ちであることを認識させられたが、本人は至って普通だった。

学校でも成績以外は特別目立つ様子もなく、自分のチカラを海の前で見せたことがなかった。

ひとつあるとすれば、あの事故でクレーン車を横転させたのは、聖義か父親のチカラなのだと海は思っていたが、確信はなかった。

喪服を着た義彦が、車を降りて聖義に声をかけた。

「聖、待たせたな」

聖義は黙って頷いた。

海が車のドアを開けて、父親の遺骨を持って降りようとすると、聖義は車のドアを支えて海が降りるのを見送り、車のドアを閉めた。

そんなささいな出来事が、海の胸を熱くした。

「ありがとう」

海が聖義を見ながら言うと、聖義は少しだけ微笑んだ。

しかし海の胸に抱えられている白い包みを見て、表情を堅くした。

「聖義?」

聖義の様子を不審に思った海は尋ねたが、聖義は黙ったまま海に歩くように促した。

神主はすでに墓の前にいて、義彦が挨拶をしていた。

ほどなく納骨が始まった。

海は墓石をぼんやりと見つめながら思った。


——父さん、天国で母さんに会えた?


海は霊魂の存在を考えたこともなかったが、あればいい、と思った。

母のことが大好きだった父が、ようやく母に会えるのだと思うことは、海の気持ちを慰めた。

年は違っても、同じ日に亡くなったのなら、すぐに二人は会える気がした。

海は義彦の声で我に返った。

「海、神主さんを送ってくるから、聖とここにいろ」

「はい」

海は返事をすると、神主と義彦の背中を見送った。

そして振り返ると、聖義が真剣な表情で墓石を見つめていた。

聖義はお払いや祭詞奏上の時も、何も言わずに海の側にいた。

「聖義」

海が声をかけると、聖義は黙ったまま海を見返した。

「大丈夫?顔色悪い」

海が不安げに言うと、聖義は少しだけ笑いかけた。

「本当に義貴さんは逝ってしまったんだな」

義貴の最期を見ていたはずの聖義が、意外なことを口にした。

「義貴さんは姫呼さんに会えて幸せなのかもしれない。でも・・」

「聖義?」

「俺は・・怖いんだ。まだ間宮を背負える自信がない。

もっと義貴さんから学ぶことがたくさんあったのに・・・」

弱々しく言う聖義が一瞬消えそうな気がして、海は思わず聖義の両腕にすがりついた。

「どうしたの。すぐに間宮家を継ぐ訳じゃないでしょう?樹おじさんもいるじゃない」

海が慰めるように言うと、聖義は少し笑って海を見返した。

「そうだな」

そう言った聖義は、ふいに海の左肩に自分の頭をもたせかけた。

聖義はそのまま海のコートを掴み、自分の身体を支えた。

二人の距離は近かったが、海が直接体温を感じるのは聖義の額だけだった。

海は聖義の行動に驚いたが、そのまま両腕で聖義を優しく包んだ。

海は一瞬だけ山崎の事を思い出して怖くなったが、聖義に触れるのは嫌ではなかった。

海は初めて聖義の心を読んだ。


ーー海。俺を助けてくれ。


本来なら下宮の能力者であっても、他の能力者の心は読めない。

しかし、気持ち揺れていたり、強い想いがある時に本人に触れると読めるようだった。

そのくらい、聖義は精神的に参っているのだと海は悟った。

海は囁くように言った。

「聖義・・・大丈夫だよ」

海は自分の言葉に説得力がなくても、聖義のチカラを信じていた。

海は聖義の心に届くように何度も呟いた。

「大丈夫」

二人はしばらくそうしていたが、聖義は唐突に頭をあげて海から離れた。

「ありがとう」

そう言う聖義の表情は冴えなかったが、言い終えると普段の彼がそうするように、海に笑いかけた。

海は、聖義の微笑みが、心配する自分への気遣いなのだと気がついた。

「聖義」

海は声をかけたが、聖義はそのまま海の横を通り抜けていった。

海が振り向くと、兄がこちらに向かって歩いているのが見えた。

聖義は義彦が来るのを感じて、自分から離れたのだと海は思った。

聖義は義彦の前まで歩くと、少し会釈をしながら通り抜けようとした。

しかし義彦は、聖義の腕を掴んで静止させた。

一瞬、海は義彦が聖義に何かをするのかと思った。

「お兄ちゃん」

海はそう呟くと、二人の元に早足で向かった。

しかし、義彦が聖義を見る目は優しかった。

「聖、納骨が済んで、そのまま家に返すわけにいかない。食事でもしよう」

聖義は黙っていたが、義彦の言葉に従った。

海は二人の姿を見て安堵すると同時に、兄弟のようだと思った。

海は義彦の隣に立つと、明るく言った。

「家に来て。私がご飯を作るよ」

海の言葉に義彦が笑って言った。

「いつもはご飯を作るのが面倒だと言っているのに。張り切るな、海」

からかうような義彦の言葉に、海はわざと軽くふてくされて言った。

「そういうことを言うなら作らなーい」

義彦は少し笑いながら海の頭を撫でた。

聖義は兄妹の様子を見て少しだけ笑った。海は聖義の穏やかな表情を見て安堵していた。


聖義が家に戻ると、玄関に舞が立っていた。

舞は淡々と言った。

「会議の時以外で、義彦くんと同席しないように言ったでしょう?」

聖義は靴を脱ぐと、母親を睨みつけながら言った。

「義彦さんは何もしない。香もドライブに連れて行ってもらったろう?」

「私も義彦くんを疑いたくない。でも彼が本気でチカラを出したら、あなたは無事では済まないのよ。だから私も行くと言ったのに」

本気で心配する母親に、聖義はため息をつきながら言った。

「母さんが行ったら義彦さんを疑っている、って言うようなものだよ。

俺は無事だから問題ないだろう?」

「でも・・」

「大丈夫だから。俺を信じて」

聖義は母親に笑いかけると、自分の部屋に戻った。

部屋の扉を閉めた途端、聖義は扉を背にして床に座り込んだ。

聖義は納骨の時に二つの骨壺が並んで置かれたのを見て、無性に腹が立った。

聖義はまだ自分のチカラをコントロールできない。

なのに義貴は自分を置いて、ひーこの元に行ってしまったように感じていた。

それは義貴にとって、幸せなことのように聖義には思えた。

しかし、聖義が義貴を責める筋合いはない。

義貴がいなければ、聖義は死んでいたかもしれないのだ。

その事実は聖義をさらに苦悩させた。

自分には間宮家を継げるだけのチカラがあるのか、不安で押しつぶされそうだった。

今でこそ間宮家は持ち直していたが、聖義の祖父にあたる義樹の代に経営が悪化していた。

義樹も先読みのチカラを持っていたが、先読みをして起こした行動により他の動向が変わることもあるので、様々な状況を判断してチカラを発揮しなければ会社を発展させることができない。

樹は舞と、そして義貴から助言を得て会社を立て直した。

その経緯を聖義は最近になって知ったのだ。


ーー海。


聖義は義貴の墓前で海に触れた時の事を思いだした。

無意識にしたことだったが、聖義は海に触れている間だけ、不安から解放された気がした。

それは海の持つチカラなのか、聖義にとって海がそういう存在なのか、聖義にも分からなかった。

そう思った直後、聖義は身体に異変を感じた。

身体が熱くなり、手が震え始めた。

その感覚は聖義には慣れたものだった。


ーー発作か。


発作に慣れていた聖義は、痛みに耐えるために自分の身体を抱いた。

しかしその日の発作はかつてないほど強く、聖義はあまりの痛さに床を転げ回った。

部屋にある物のほとんど全てが宙を舞い、壁に当たった。

窓ガラスは防弾ガラスを施してあったが、それでも物が当たるたびに耳障りな音がした。

状況を察した舞と香ですら、危険すぎて部屋に入れなかった。

「聖義・・」

舞はどう対応して良いのか分からず、聖義の部屋の前で苦悩した。

義貴が発作を起こしたときに診察していた舞の父親・充に相談することはできたが、充が家に来るまで最短でも一時間以上はかかった。

もっとも、チカラを持たない充を聖義に近づけることはできなかった。

舞は息子の状況に焦りながら言った。

「ひどいわ・・どうしたらいいの」

冷静な香は兄の部屋の様子を窺っていたが、ふいに母親に言った。

「義彦さん・・・ちがう。海を呼んだら?」

香の提案に舞は叱りつけるように言った。

「海ちゃんで抑えられるなら、母さんが抑えているわよ!」

ヒステリックに叫ぶ舞に、香は淡々と返した。

「違う。お兄ちゃんは不安なの。その不安が発作を増幅させているの。母さんにはわからないの?」

娘の冷静な意見に、舞は言葉を失った。

そして舞の脳裏にある出来事が思い出された。

聖義と同じ発作を起こしていた義貴はかつて、妻のひーこが発作を止めたことを話していたのだ。

香は続けて言った。

「海ならお兄ちゃんの不安を抑えられるかもしれない。

そのかわりに母さん、封印されている海のチカラを解放して。

海を守るために」

香は舞にそう言うと、聖義の部屋の扉を開けた。

香は飛んでくる物を避けながら、兄の携帯を探した。

舞は、香がこれほど真剣に行動しているのを初めて見た気がした。

香は兄の上着から携帯を取り出すと、海に電話をかけた。

「お兄ちゃんが発作を起こしたの。お願い、助けて!」


聖義は荒れた部屋の中央に倒れ込んだまま、ぼんやりと考えていた。


——全身を切り裂かれると、こんな感じなのかな。


聖義は痛みに身を任せていた。

発作には波があり、聖義は意識を失ったり、戻ったりを繰り返していた。

しかし目を覚ましても、息をすることさえ痛い状況には変わりなかった。


——俺、どうして普通に生まれてこなかったんだろう。どうしてこんな辛い思いをして

いるのか、わからねーよ。こんなことが続くのなら、あの事故で俺が死ねばよかったのに。


朦朧とした意識の中で、聖義がそう思った直後、傍らに人の気配がした。


——危ない。


聖義は思ったが、顔を動かすことも、声に出すこともできなかった。

そしてその人物が聖義に触れた途端、最大級のチカラが放出された。

「聖義」

聖義が何度目かの意識を失う直前、その人物の声が海のような気がしていた。

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