表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽とヒマワリ  作者: とらきち3
8/8

※8 大事な人へ  ※9 エピローグ

太陽とヒマワリ トラキチ3


初稿 20140711


※8 大事な人へ


 時計が夕方5時のカネを鳴らした。

 外は、怪しく紫色に光り雷鳴が轟いている。雨は、激しく降っているようだ

 ケンタは、時計を見上げ、ゆっくり立ち上がると、テーブルの上の大きなロウソクに火をともした。ロウソクの炎が大きく揺れ動き、温かな光が部屋いっぱいに広がる。


「アキラ、何か食べるか? 作ってやろう!」

「あ、はい」


 ケンタは、僕の顔をジロジロ見つめると微笑んでつぶやいた。


「アキラ、お前、やっぱりヒカルに似てるな……」

「そ、そうですか?」

「昔話をしていたら、いろんなイメージが蘇ってきたよ。ほんと、ヒカルはモテモテだったからなぁ」

「そうなんですか、僕には、そんな浮いた話は一つもありませんが……」

「うーん。身体の鍛え方と、自分に自信があるかどうかだろう。お前だってその素質はあるハズなんだがな」


 ケンタは、マナミに視線をやると微笑んだ。


「マナミ。今日、アキラをウチに泊めてやってもいいぞ。土曜日だし、どうせ家に帰っても一人だろう。それにこの雨じゃ傘をさしてもズブ濡れになるだけだろうからな」

「え、お父さん、いいの?」

「かまわんよ。ただし、マナミの部屋ってわけにはいかないがな」

「ちょ、ちょっと! お、お父さんなんてこと言うのよ!」


 マナミが、真っ赤な顔でケンタを睨みつけた。ケンタは、ゲラゲラ笑うと、スタスタと厨房の奥へ消えた。


「ねぇ、アキラさん、お父さんなんかおかしくない?」


 マナミは、小声で僕に話しかけてきた。


「昼間とは、なんだか様子が違うね」

「そうよね。もしかしたら、昔の話をしているうちに、お母さんとのことやミナミさんとのトキメキを思い出したのかなぁ……」

「そうかもしれないね……」

「それにしても、4人の関係って本当だったんだね」

「ああ、太陽が南風、南風は風見鶏、風見鶏はひまわりで、ひまわりは太陽のことが好きだったって事だね。僕も最初は面倒な関係だなぁっておもったけど、話を聞いて納得したよ」

「でも、その結果、太陽と南風、風見鶏とひまわり、って2組が生まれたんだから、それはそれでいいんじゃない」

「まぁ、そうなんだけどね……」

「うん? アキラ、何か引っかかることでもあるの?」


 僕は、ケンタがそっと見せてくれたミナミの写真のことが気になっていた。マナミとソックリなミナミ……親子であることは間違いない。

 でも、そうなると、マナミの父親はヒカルってことにならないか? 俺もヒカルの息子となると……俺とマナミは兄妹と言うことになる。

 まてまて、もしそうなら、ケンタが僕に「マナミといっしょに結婚して家庭を持つ事まで考えているのか……」なんて話を言い出すハズがない。何がなんでも分かれろと言い張るに違いない。

 どういうことなんだ……。


「うーん、まぁ、実際にそれぞれ結婚もしているし、子供もいるわけだしね」


 僕は、ミナミの写真のことは、ケンタの話を最後まで聞くまで黙っていることにした。


「ところでさっき話が出た生死に関わる大変な事って何だろう……」

「私はね、やっぱり、アキラのお母さんのミナミさんのことなのかなぁっておもったけど……あ、ゴメンなさい」

「そうだよね……僕もそう思ったよ……」


 マナミは、ゆれるロウソクの光の中でじっと僕のことを見つめている。


「あ、そうだ。マナミはナギナタっていつからはじめたの?」

「うーん、小学校に上がった頃かなぁ、お店の倉庫で遊んでいたら、ナギナタの道具がでてきて興味を持ったんだ」

「道具?」

「でね、お母さんに聞いたら、色々教えてくれて、マナミも道場いってみようと誘われたのがキッカケかなぁ」

「そうなんだ……」


 突然、厨房の方から美味しそうな香りが僕の鼻をくすぐった。


「あ! この香り……」


 マナミは、笑顔でいっぱいになった。


「お父さん! オムライスじゃない! 特別に作ってくれたんだ!」


 ケンタは、ニッコリ微笑むと熱々のピカピカにひかったオムライスを運び、テーブルに並べた。


「今日は、ある意味、記念日だからな」

「え?」


 マナミはキョトンとケンタを見つめたが、ケンタは、ゆっくりと話をし始めた。


~~


「ケンタ。少し休ませてはくれまいか?」

「なんだ、ミナミ。体力ないんだなぁ」

「ナギナタとは、少し勝手がちがうのじゃ、しかたなかろう」

「ケンちゃん。僕もバテたよ」

「ヒカルもか……じゃぁ、ちょっと休憩だ」


 ミナミとヒカルは二人とも汗だくだ。ポタポタと顔から汗がしたたり落ちる。

 アオイが水筒の白湯を二人に差し出している。


 ヒカルとミナミは、高校を卒業すると大学に進学した。

 一方、俺とアオイは、専門学校で料理の勉強に専念することにした。通い始めて驚いたのだが、アオイはお菓子作りにハマり、連日のようにケーキを焼いては二人で試食をしていた。そして、教室と厨房だけの行き来しかない毎日は、俺の筋肉をどんどん脂肪に代えてしまっていったのだ。

 厨房での作業は、かなり過酷で、相当な体力を使う。そこで、アオイとも相談し、体力作りのために二人で軽登山をするトレッキングサークルに入ることにした。以後、毎週土日は、二人でトレッキングにでかけた。四季折々の自然と触れ合うことは、料理の盛り付けや、彩り等も養うことができ、まさしく一石二丁の効果があった。


 ヒカルとミナミが大学を卒業した日、久しぶりにヒカルから「ケンちゃんもアオイちゃんも部屋にこもりっきりだから、少し出かけない?」と電話をもらい、4人でいっしょにトレッキングに出かける約束をした。

 そして、就職先での新生活も落ち着いた6月の土日を使い、1泊2日のキャンプに出かけることになったのだ。


「ちょっと、ケンちゃん! さっきのお昼ご飯たべすぎたんじゃないの?」


 アオイが俺の背中の肉を指で摘むと叫んだ。


「なんだよ、そんなすぐに肉がつくわけないだろう! それに、お前も人のことは言えないだろう?」

「な、なによ。失礼しちゃうわね」


 アオイがプイと横を向いた。


「ケンちゃん、相変わらずだね。アオイちゃんといっしょに、おじさんの店を引き継ぐの?」

「ああ、学校卒業したらそのつもり。うちの親父もだいぶ年食ったからな」

「ヒカル、私はね、パティシエになるんだ。まぁ、ケンちゃんのお店の中に出店させてもらおうかとおもっているんだけど」


 アオイが俺たちの話しに割り込んできたので、俺がアオイを睨んでつぶやいた。


「アオイのケーキは、ちょっと雑だからなぁ、もっと繊細なセンスで取り組んで欲しいものだが……」


 ドス……


 アオイのグーパンチが、俺の背中を襲う。


「おお、相変わらず、アオイ殿のグーパンチは健在でございまするな」

「そうなんだよ、ミナミ。最近アオイのやつ、毎日のようにパンとか練っているから腕力が強くなって困ってるんだよ」

「それはそれは、恐ろしゅうござりまするな」


 ミナミは、クスクス笑うと、アオイもつられて笑いだした。


「もしかして、ケンちゃんの背中は、アザだらけじゃないの?」


 ヒカルがツッコミを入れてきたので、俺は真面目な顔で答えた。


「実は、背中に蒙古斑みたいになっちまってるんだ!」

「ぬぬ! それは、誠にござりまするか?」


 ミナミが、目を丸くして俺をみた。


「ケンちゃん、いい加減にしないと……怒るから」


 アオイがジッと俺を睨みつけた。


「ウソです……」


 俺が、謝ると、ヒカルはゲラゲラ笑った。俺もつられて笑い、ヒカルのザックにはいっている荷物を俺のザックに移した。


「ヒカル、少し荷物をこっちに詰めておくよ」

「ケンちゃん……ありがとう」

「じゃ、もう少し歩こうか!」


 俺たちは、頂上を目指して山を登り始めた。


~~


 頂上の眺めは最高だった。6月は、新緑の緑が鮮やかですがすがしい。

 今回は、普段のトレッキングよりもすこし無理をした感もあったけれど、来てみてよかった。

 ヒカルとミナミも岩の上に座わり、風景を楽しみニコニコしながら話をしている。


 午後2時。

 俺とアオイはテントの組み立てを開始した。山は、ともかく早め早めの準備が肝心だ。そして、今日のこの日のために、あらかじめ下ごしらえした食材を取り出し食事の用意を始めた。

 ご飯を焚き、ポトフをコトコト作り始めた。その横で、アオイが肉の塊をゆっくりと焼いている。


「ケンちゃん、いい香りがしてきたね。もうすぐできる?」

「ああ、こっちはもういいかな。アオイ、そっちはどう?」

「うん、あらかじめオーブンで火をいれてあるから大丈夫。もういいかな」


 午後6時。

 薄っすら空に雲がかかり始め、あたりが徐々に暗くなってきた。

 コッヘルに具沢山のポトフを分け入れ、炊き立てのご飯を食べ始めた。皿にアオイが薄く肉をカットしてはみんなに配った。


「美味しいよ。いやぁ驚いた。やっぱり自然の中で食べるのは格別だね」 

「うむ。ケンタ。これは、実に美味じゃの! あっぱれじゃ」


 ヒカルもミナミも美味しそうに食事をはじめた。ミナミは、食材の下ごしらえのことをアオイに聞きしきりにうなずいていた。俺とヒカルは、ポトフと肉をお代わりしながら、近況報告をし合った。


「え! 高校卒業したときに婚約してたって?」

「そうなんだ、実は、高校の卒業式の当日、ミナミの両親に会いに行ったんだ」


 俺は、驚いてヒカルの顔を見つめた。


「で? ミナミの両親の反応は?」

「ミナミの両親は高齢で、二人とも病院に入院中だったんだ」

「え? そうなのか? それは知らなかったよ。それでどうだったんだ?」

「二人とも喜んでくれたよ。ただ、大学を卒業するまでは学業に専念して、結婚は卒業してからにしなさいって約束をさせられたよ」

「まぁ、社会に出て一人前になれってことなのかな。でも、卒業して就職もしたんだから、いよいよ結婚か?」


 ヒカルは、少し恥ずかしそうにうつむいてつぶやいた。


「ああ、今年の9月には、式を挙げるつもりなんだ」

「そうなのか! おめでとう!」


 俺は、ヒカルと握手をした。ヒカルもニコニコ微笑んでいる。


「ところで、ケンちゃんたちは、どうするんだ? ケンちゃんは、おじさんの店引き継ぐんだろ?」

「まぁ、その予定。店の名前は変更することが条件にしてくれって言われて、思案中なんだけどね。アオイには、まだ話していないんだが、近々、プロポーズするつもりだよ……」

「ケンちゃん、おめでとう。きっとアオイちゃんも喜ぶよ!」


 ヒカルは、俺の肩を叩いた。


「そうそう、アオイのヤツ、実はお菓子作りのセンスは、いいもの持っているんだ。いずれは世界に出して修行もさせたい……」

「それはスゴイ!」

「俺もアイツを応援してやりたいと思ってるんだ」


 俺は、アオイをチラっとみた。アオイはあいかわらず、ミナミとニコニコしながら話し続けている。


 午後8時。

 辺りが真っ暗になり、俺たち4人は、テントで横になった。

 心地よい満腹感と披露感で、あっというまに眠りに落ちてしまった。


~~


「ケンちゃん!」


 俺は、ヒカルの声で目が覚めた。辺りを見回すと、もうすっかり朝のようだが、テントにポツポツと音が響いている。


「あ、ヒカル……おはよう」

「ケンちゃん、参ったよ。朝4時ごろから雨が降り出したんだ」


 俺は、腕時計に目をやった。


「もう6時か……随分寝ちゃったなぁ」

「疲れがでたのかもしれないね」

「でも、この雨じゃ、ちょっと下山は予定を変更したほうがいいかもしれない」

「え? でも、ただ下山するだけだろう?」

「ああ、そうなんだが、見通しも悪くなるし、それに滑ってケガをしやすいんだよ。気温も下がってるようだし」

「そういえば、少し寒いかな」


 ヒカルは両手で自分の腕をさすった。

 俺たちが、ガサガサしていると、ミナミとアオイも起きだした。アオイは、テントの外を眺めると、俺のほうを心配そうに見つめた。


「ケンちゃん。いまラジオで天気予報聞いてみたんだけど、これからもっと酷くなる可能性が高いみたい……」

「なぁ、ケンちゃんどうする? 下山は3時間くらいだろう?」

「そうだなぁ。天気がこれから酷くなるのを考えると、急いで下山のほうがいいかもしれないなぁ」


 滑って転んでケガをすることだけを注意すれば、この程度の雨なら大丈夫だろう。登山道も迷うこともない。

 俺は、アオイを見つめ話をした。


「ヒカル達は、ともかく身軽になって下山をしよう。ただし、焦らない事と、調子が悪くなったら、これを頭からかぶって休憩する事。絶対無理しちゃダメだ」


 そういうと、俺は小さくたたまれたナイロンシートとピカピカアルミシートをヒカルのザックに詰めた。


 午前7時。

 俺とアオイは、手際よくテントを畳み、下山の準備を始めた。

 

「視界が悪くなるかもしれないから、念のために、アンザイレンしておこう」

「アンザイレン?」

「ああ、ザイルをつないでおくんだよ。まぁ、電車ごっこって感じかな」


 俺は笑いながら、ザイルを取り出し、一人ひとりのカラナビにザイルを装着した。そして、アオイ、ヒカル、ミナミ、ケンタの順番で山道を降りはじめた。


~~


 かれこれ1時間くらい歩いただろうか。何度か休憩を繰り返し、その度にアオイが用意した白湯を飲んで温まった。雨は相変わらず降り続き、時々雷鳴も轟きはじめた。

 下山ルートには、途中3箇所ほど、丸木を数本束ねただけの粗末な橋で、小川を渡らなければならない。

 1度目はなんの問題もなく無事にわたる事ができた。


 そして2度目の時にアクシデントが起きた。

 すでに、アオイとヒカルは、先に橋を渡り終えていた。次は、ミナミの番だ。俺はミナミの腰につけたザイルを握る。


「ミナミちゃん、気をつけて、その丸木橋すべるから……」


 アオイがミナミに声をかける。


「ゆっくりでいいからね」


 ミナミが橋に足をかけ慎重に渡りはじめた。俺は、ザイルを束ねて持ち、ミナミが滑っても手繰れるようにピンとザイルを張っている。そして、ミナミが橋の真ん中まで来た時、突然、小川の水かさが増えはじめ、あっという間にミナミの足元まで水位が上がってきたのだ。


「きゃぁ」


 ミナミは、驚いてしゃがむと、丸太にしがみついた。


「まずい!」


 俺は、とっさに手に持ったザイルの束を地面に落とし、背負った荷物を向こう岸へ放り投げ、アオイに叫んだ。


「ミナミは俺に任せろ。アオイ、ヒカルのことを頼んだぞ! 安全なところでビバークだ! いいな!」


 アオイは、俺のザックを抱えてうなずいた。

 次の瞬間、濁流がミナミを飲み込んだ。足元に置いたザイルが次々、水の中に飲み込まれていく。

 俺は、自分の身体にザイルをしっかり巻きつけると、濁流の中に飛び込んだ。


「ミナミ!」

「ヒカル! ダメ、ここはケンちゃんに任せて!」


 ヒカルとアオイの声が聞こえた。

 しかし、すぐに、激しい水の流れに引きずり込まれ、ボコボコと水の音がする。俺は、濁流に逆らわず、下流にむけて流されながらもザイルをゆっくり手繰り寄せた。

 おちつけ! 大丈夫。ともかくミナミを手繰り寄せるんだ……。


 二度、三度と岩の間を滑りぬけた。俺は必死にザイルを握り締め手繰った。


「ミナミ?」


 前方にミナミが着ていたコートが見える。もう少し……と思った瞬間、いきなり俺の身体が宙を舞った。


「え!」


 次の瞬間、水に叩きつけられ、水の底へ深く潜っていく。水底面に足がつき、フワッと身体が静止した。

 ザイルを手繰ると、水の中にミナミの姿が確認できた。


「ミナミ!」


 俺は、ミナミのコートを掴むと水面を目指した。


「くはぁぁ……」


 水面から顔を出すと、肺に空気をめいいっぱい吸い込んだ。そして岸辺にミナミを引きずりあげた。


「ハァ、ハァ、ミナミ! 大丈夫か?」

「……」

「おい! ミ、ミナミ?……」


 ミナミは、意識がない。あわてて、ミナミの口に手かざしてみたが、息が止まっている。驚いて、首筋をさわってみると、かすかに心臓の鼓動は確認する事ができた。


「ミナミ、こんなところで死ぬなよ」


 俺は、岩に寄りかかり足を開きくと、仰向けにしたミナミの首を太ももの上に載せ、気道を開かせた。そして、鼻をつまむと唇をピッタリ合わせ、息をゆっくり吹き込んだ。

 ミナミの胸が膨らむ。口を離すと、ゴボゴボと水が飛び出してきた。ミナミの顔を横にして水を出すと、再び息を吹き込んだ。数回繰り返すと、ミナミの意識がもどった。


「ゲホゲホ……」

「ミナミ大丈夫か?」

「あ、ケンタ? 私……どうなったんだっけ?」

「大丈夫。たいした事はないよ。ゆっくり、落ち着いて呼吸をするんだ!」


 ミナミは、俺を見つめ、俺にしがみついてきた。


「どう? 手足痛いところはない?」

「うん。だ、大丈夫」


 俺は、ミナミの無事に安堵して、周りをみまわしてゾッとした。

 なんと、背後には5メートル以上の滝が轟音をたてていたのだ。


「あそこから、落ちたのか?」


 俺は、ミナミを岩に座らせると、雨をしのげる場所を探した。

 すると、滝の裏側に3メートルくらいの深さの洞穴があるのが見えた。俺は、ミナミを背負い洞穴に入ると乾いた小石の上にミナミを横たわらせた。


「ケンタ。ありがとう……」

「ミナミ、ゴメン。俺の判断が甘かったよ」


 俺は、ウエストポーチから、ビニール袋に入っているトランシーバーを取り出した。


「アオイか?」

「あ、ケンちゃん! 大丈夫?」

「ああ、なんとか、ミナミを確保した。無事だ」

「よかった! よかった!」

「アオイ、下山するのには、たしかもう一度、小川を渡るはずだ。でも、この雨で水量が増えているから、しばらく、ビバークして様子をみよう」

「うん、わかった」

「テントを組み立てて、しっかりやってくれ。ところで、食料はどうなってる?」

「うん、だいじょうぶ。丸1日ぐらいは確保できそう。そっちは?」

「こちらは、ウエストポーチの非常食くらいだけど、うまく分ければ1日は耐えられそうだ」

「ビバークできるところはあるの?」

「ああ、滝の裏に洞穴があったからそこで休んでいる。ごめん、ヒカルに代わってくれ」

「うん」


「ケンちゃん?」

「ヒカルか? ミナミは、ケガもなく大丈夫だ」

「ありがとう」

「ヒカル、お願いがある。ともかく濡れた服は脱いで乾かすんだ。特にアオイは、低体温症になりやすい。6月でも濡れた服のままだと身体のコア温度がさがる。特に35度以下になると危険なんだ。急に無表情とかになったら、要注意。身体を温めてやってくれ」

「わかった。さっき渡されたピカピカのシートにくるまればいいのかな」

「そうそう、ともかく、アオイのこと頼んだよ」

「わかった。ケンちゃん、ミナミのこと、よろしく頼むよ」

「ああ、ちょっとまって」


 俺は、ミナミにトランシーバーを渡した。


「あ、ヒカル? 私は大丈夫。ケンタが助けてくれた……。うん、そうだね……。わかった」


 ミナミは、ニッコリ微笑むとトランシーバーを切った。


~~


「ミナミ、服を脱いで乾かそう。濡れたままだと、どんどん体温が下がって凍死してしまう」

「凍死?」

「ああ、低体温症といって、とっても怖いんだ。俺が後ろを向いているから、裸になって、このシートを身体に巻くんだ」


 アルミシートを手渡すと、俺は後ろを向いた。

 ミナミは、服を脱ぐとガサガサとシートを身体に巻きつけた。


「もういいよ」

「よし。もし、寒いって感じたら、必ず俺に言うんだ。いいね」


 ミナミがうなずくと、俺も濡れた服を脱ぎだした。


「ケンタの分のシートはないの?」

「ああ、でも、このビニールの簡易テントを被っておくから大丈夫だ」


 と、突然、外のほうからバラバラと大きな音が聞こえてきた。


「な、なんだ?」


 俺は、洞穴から外を見ると、ゴルフボール大の雹がバラバラと降っているのが見えた。そして、あっという間にあたり一面、真っ白な雹で埋め尽くされていく。


「雹だ。こんな時に……ヒカルたち大丈夫かなぁ」


 ミナミは、不安そうに俺の顔を見つめた。


~~


 どれだけ時間がたっただろうか。俺は、寝てしまっていたようだ。ガサガサという音で、目を覚ました。


「ミナミだいじょうぶか?」

「……」

「おい……ミナミ?」


 急いでミナミの首筋に手をやると、かなり体温が低い。ミナミは、目がとろんとして、表情がない。


「ちきしょう、ミナミ……」

「……」

「ミナミ、ごめん、許してくれよ」


 俺は、ミナミのアルミシートをとりあげ、ミナミと裸のまま抱き合った。そしてアルミシートに二人で包まり、さらにビニールの簡易テントを頭からスッポリ被った。


「ミナミ、ミナミ……」


 俺は、懸命にミナミに呼びかけた。


「あれ、ケンタ? どうしたの」


 ミナミは、トロンとした目で俺を見つめている。


「ケンタ。温かいね……」

「ミナミ、おい、ミナミ……」

「うん……。なんだか疲れちゃった」

「だめだ! ともかく楽しい事を話そう」

「うん……」

「なぁ、高校の時、ヒカルの告白を受けてからどうした?」

「うん?……なに?」

「おい、ミナミ、ミナミ!」

「私、なんだか……眠くなってきたよ」


 俺は、思いっきりミナミを抱きしめ、身体を密着させた。背中に回した手でミナミの背中をさすった。そして、全身の筋肉に力を入れ、ブルブルと筋肉が震わせ、熱をつくっては抱きしめた。


「ミナミ、こんなところで、お前を死なせるわけにはいかないんだよ。お前、ヒカルと結婚するんだろ! これから、いっぱい、いっぱい想い出をつくるんだろ! ミナミ、頼む! こんなところで死なないでくれよ」

「うん……これからだよね……」

「そうだ! これからだ! 俺のうまい料理を食わせてやるよ。何がいい?」

「ビーフシチューが食べたいな。熱々の……」

「よし、必ず作ってやる。だから、もうすこし頑張ってくれ!」


 懸命に俺は、ミナミに話し続けた。


~~


 やがて、辺りは真っ暗になった。心なしか滝の音も静かになったような気がする。

 俺は、ウエストポーチから携帯食料を口に入れ噛み砕いた。そして、ミナミの口の中に口移しで押し込んだ。


「うぐぐ……」

「ゴメン、今は、これしか食べ物がないんだ。ともかく、飲み込むんだ」

「ケンタ……」

「どうした? ミナミ……」

「ケンタ。寒いよ……」


 俺は、再度、懇親の力を込めて全身に力を入れた。筋肉がプルプルと振るえ熱くなる。ミナミをしっかり抱きしめると背中をさすった。


「私……このまま、死んじゃう?」

「だから、死なせるわけにはいかない! ヒカルが悲しむだろう」

「ケンタ。ヒカルのこと、すごく大事なんだね」

「ヒカル? ああ、アイツは俺の大事な友達だ。あいつは俺をいつも助けてくれた。だからアイツが悲しむ姿は見たくないんだ」

「ミナミは、ヒカルも好きだけど、ケンタも大好き。ミナミの大事な友達だよ」

「ああ、俺もそう思ってるさ」

「ほんと……に?」


 ミナミが、俺に身体を預けてきた。


「ミナミも、俺の大事な友達だよ」

「じゃ、ミナミのお願いも聞いてくれる?」


 ミナミは、そっと俺の耳元に口を当てるとつぶやいた。俺は、そのつぶやきを聞いて驚いた。


「バ、バカ! そんなことできるわけないだろう」

「私、このまま死にたくない……」

「だからって、俺に、お前の初めてを捧げる事はないだろう」

「まだ、意識があるうちに、ケンタお願い……」

「ダメだ……バ、バカやめろ!」


 ミナミは、腰を浮かせると、一気に俺と身体を重ねた。冷たいものが俺の下半身を包み込んだ。


「おい……」

「ケンタ……私の初めてのヒトになってくれてありがとう」


 ミナミは、ポロポロ涙を流すと俺にしがみついた。


「ケンタは、ミナミの初恋のヒト。ミナミを変えてくれたヒト。ミナミのことを助けてくれた恩人。ミナミの大切な友達……」


 ミナミは泣きながら俺を抱きしめてくれた。


~~


 俺は夢をみていたのか? それとも死の世界? まぶしい光が俺を包んでいる。


「ケンタ! 起きて!」

「ミナミ……? ミナミ!」


 目を開けると、ミナミがニコニコしながら、俺の服を渡してくれた。


「あ、ミナミ、大丈夫か?」

「うん……大丈夫。外は、すっかり晴れてるよ」


 俺は、滝の合間からみえる青空をみてホッとした。

 いそいで、ウェストポーチからトランシーバーをとりだすと、アオイを呼び出した。

 しかし、なかなか応答がない。まさか、アオイになにかあったんじゃないか? 俺は不安になった。


「あ、ケンちゃん?」

「あ、ヒカル。そっちはどうだ?」

「それが、アオイちゃんの身体が冷たくなって……」

「え!」


 ゴソゴソと布が擦れるような音が聞こえた。


「ケンちゃん、私はだいじょうぶ!」

「ああ、アオイ、おまえ低体温になったのか?」

「うん……でもヒカルくんが助けてくれた……」

「そうか……」

「よし、とりあえず、腹ごしらえしたら下山ルートを進むんだ。俺たちは、川をくだって、最後の丸木橋のところまででるよ」

「うん……」


 1時間後、俺たちは合流し、残った食料を食べると無事に下山することができた。


~~


「お、お父さん?」


 マナミが、じっとケンタを見つめた。


「なんだ?」

「ミナミさんと身体を合わせたってってどういうこと?」

「……」

「ヒカルさん、それを許したの? ねぇ!」


 マナミの口調が厳しくなる。


「ああ、ちゃんと話をしたよ」

「で、ヒカルさんは、それを許したの?」

「……」

「ねぇ! お父さん、いくらなんでもそれはヒドイんじゃない!」


 ケンタは、腕組みをしたままロウソクの炎をみつめていた。


「ああ、するしかなかった。ミナミは、半ば諦めていたのかもしれない……この話は、9月の挙式の時にヒカルにしたんだ」


 僕は、ケンタが拳を強く握っているのを見つめていた。


「いいか、マナミ、よく聞くんだ!」


 マナミは、唇をかみ締め、涙を浮かべケンタを睨んでいた。


「ヒカルの挙式の時、ヒカルが相談してきた。ミナミは小さな命を身篭っているってな」

「え?」

「あの山での事件があってから、ヒカルも俺もミナミやアオイとは一切、性交渉はなかったんだ」

「え! そ、そんな……」

「ヒカルは、俺に掴みかかってきて喧嘩になった。でも、そのときアオイが『私もそうなの』と泣き叫んだんだ」

「えええ?」

「ヒカルも俺も、呆然となってアオイのことを見つめたよ。だが、俺には、おおよそ想像はついた」

「想像?」

「ゴルフボール大の雹が降ったとき、アオイのビバークしているテントも損傷を受けるだろうと思った。案の定、後でテントをみたらそこら中に穴があいていたよ」

「それって……」

「ヒカルは、懸命に俺の大事なアオイを生死をかけて守ってくれたんだよ……」

「でも……それとこれとは……ちがうんじゃない! なんで、そんな時にエッチが出来きるのよ!」


 マナミは、ブルブル震えてケンタに詰め寄った。

 ケンタは、マナミの両肩を掴むと叫んだ。


「ミナミは、すごくかわいい女の子を産んだ。そして、アオイは、元気な男の子を産んだんだ」


 僕も、マナミも全身から力が抜けてしまった。


「ウソ……ウソよ、そんなのウソ……」


 マナミは、ポロポロ涙を落とした。


「マナミは、俺とミナミの子供だ。そしてアキラ、お前は、ヒカルとアオイの子供なんだよ」


 僕は、ミナミにそっくりなマナミの写真の意味も、そして幼い頃アオイがしきりに僕の面倒をみてくれたことも理解した。

 ケンタは、やさしくマナミを椅子にすわらせた。


「俺は、その事が分かったとき、ヒカルに結婚を取りやめてくれと頼んだ。子供が、辛い思いをするだろうと思ったからだ。でもミナミはガンとして言う事を聞かなかった」

「ど、どうして?」

「それは、ミナミの身体に問題があったんだ」

「問題?」

「ミナミは、先天的なものがあって子供を産めるかどうかとても危険だったらしい。ヒカルは、驚いて随分ミナミを説得したんだ。でも、ミナミは、自分の命と引き換えでも、この子を産みたいと言い張った」


 ケンタは、拳を机に叩き付けた。


「ヒカルは、ミナミの出産ときも仕事にでていた。何が何でも稼ぐんだといっていた。それで、俺が隣でミナミの手を握っていた。そして、マナミお前を産んだときミナミは、嬉しそうに微笑んだ。その顔は今でもハッキリ覚えている!」


 大きく息を吐きケンタは、マナミを見つめた。


「その後2時間後にミナミは息を引き取った。俺は、泣いた。大声で泣いたよ。隣にいるマナミお前といっしょにな……」


 突然、窓の外に閃光がひかり、ものすごい雷鳴が轟いた。


~~


 ケンタは、背面の書棚から例のミナミの写真を取り出した。


「これがミナミだ」


 マナミは、ジッとその写真を見つめると、涙があふれ出てきた。


「2人が生まれたとき、血液検査をしたんだ。ヒカルはA型、ミナミはO型、俺はB型で、アオイはAB型だった。生まれた男の子は、A型。女の子はB型だ」


 ケンタは紙に図を書いて説明をする。


「A型のヒカルとO型のミナミの間に、B型の女の子が産まれるのはおかしい。そこで、A型の男の子……。B型の俺と、AB型のアオイの間にB型の女子が産まれるのは何ら問題がなかった」

「ちょ、ちょっとまってください」


 僕はケンタに叫んだ。


「でもこれじゃ、母親が違うじゃないですか。これじゃ赤ちゃんを交換したのと……。ま、まさか!」


 ケンタは、目を伏せた。


「事情を担当の先生に相談したんだ。そして内密に院内で赤ん坊の取り違いをしたことにした。母子手帳も作り変えた」

「そ、そんな……」

「そのことは、俺も、ヒカルもものすごく後で後悔をしたよ」

「後悔?」


 ケンタは、マナミの手を握りしめた。


「ヒカルは、当時はよくここへやってきていたんだ。だが、マナミが成長をするたびに、どんどんミナミにソックリになっていくのが相当堪えたんだろう。無邪気なマナミが、ヒカルに手を伸ばすたびに、ヒカルは後悔をしていたよ。それだけ、アイツはミナミのことを愛していたんだろう」

「で、でもそれなら、写真を残しておいてもよかったんじゃないですか!」


 僕が、テーブルの上のミナミの写真を見つめて叫んだ。


「アイツは、アキラ、お前を育てなければならなかったんだよ! 仕事も内勤に切り替え、毎日、お前の世話をしていた。ミナミの写真を見ると、無邪気なマナミを思い出し仕事も手もつかないと、すべての写真を処分したんだ。ちなみに、俺は、マナミが自分そっくりのミナミの写真に関心を持つ事が怖かった。だから処分した」

「……」

「お前が、立ち上がり、言葉をしゃべり……その度にヒカルは、手紙を書いて寄こした。だが、小学校に上がった時……俺に黙って、アオイがヒカルのところでアキラの面倒をみていることを知って俺は頭に血が昇ってしまった」

「え?」

「今、考えれば、なんでそんな大人気ないことをしたのかと思うが、当時の俺は、ヒカルに、アオイもマナミも奪われてしまうんじゃないかと思い込んでしまっていたんだよ。俺も、余裕が全然なかったんだ、あの時は」

「……」

「それで、俺はヒカルのところへ乗り込んでいったよ。そうしたらヒカルが、『子供が大きくなったら、かならずここですべてを話そう』と提案をしてきた。しかも、それまでは、一切関係を断ち切ろうと言い出した」


 ケンタは、大きく息を吐いた。


「そして、お前が、ヒカルの手帳をもって現れたってわけだよ。これが真実だ」


 僕は、ケンタをジッと見つめたまま呆然としていた。


「ぼ、僕には、まだ受け入れることは出来ません。まだ……」

「そうだろう。俺も、今、今までの話をヒカルならどうやって話をしていただろうかと考えているところだよ」

「……」

「アキラ、お前には、ヒカルとアオイの血が脈々と流れている。ヒカルの自慢の息子に間違いはない。おそらく、今日のことをアオイが知ったら、お前のことを思い切り抱きしめるだろう。お前の産みの親だからな……」

「そ、そんな……」

「だが、ミナミの事も忘れないでほしい。ヒカルといっしょに夢を追いかけ色々なことにチャレンジしたがっていたミナミのことも覚えておいて欲しい。だからこそ、マナミを大事にしてほしいんだ」

「え!」


 僕は、マナミをチラっと見つめた。


「マナミは、俺とミナミの血が流れている。ナギナタもミナミ譲りの腕前だ。少しばかり気の強いところと一途なところがあるが、俺の……俺の自慢の娘だ」

「お父さん……」


 マナミは、ケンタの手をギュッと握り締めた。


「さぁ、すっかり冷めちまったが、オムライスをたべよう。俺のは冷めても美味いんだ」

「は、はい」


 オムライスは、甘く、酸っぱく、やさしさが溢れていた。僕は、スプーンで一口食べるたびに、涙があふれてきた。

 どうして泣いているのかわからない。なぜだろう。

 僕は、ケンタを見つめた。

 ケンタは、アオイのことを心底愛し、マナミを大事に育て、ヒカルのためにミナミも生死をかけて守った男だ。そして自分の娘に話す事もできないような出来る事なら忘れてしまいたい過去を、ヒカルとの約束のためにずっと頭に刻みこみ続けたのだ。

 このオムライスが記念日だけに作っていたのは、その事を忘れないために自分を戒めていたのかもしれない。

 僕には、柔らかな黄色い玉子がやさしく、真っ赤なチキンライスを包み込むオムライスの味は、ケンタのすべてが詰っているように思えてならなかった。



※9 エピローグ


 3月20日。春分の日。気持ちよいほどの快晴だ。

 それにもかかわらず、カフェレザミは、本日休業の看板がでていた。

 昼の12時キッカリにテラスに3人の影があった。

 僕は、「宝の地図」の暗号をもう一度読み直した。


 白と黒の世界が同じくする時

 風見鶏は玉子を産む

 白い世界の真ん中で

 その赤い玉子を探せ


 玉子は大きな木に転がる時

 その軌跡をたどれ

 3つの足跡の先に宝が眠り

 鍵は暗闇の中から探しだせ


 暗闇は黒き世界ではない

 真実の記録の中にある

 手で触れ感じよ

 必ず鍵を見つけ出せ


 白と黒の世界は、昼と夜の世界という事は分かっている。それが同じくする時は、春分の日か秋分の日だ。

 風見鶏が赤い玉子を産むというのは、カフェの塔の上の風見鶏の台座に埋め込まれた赤いガラス球の影を指す。


「これか? この赤い光」


 ケンタは、風見鶏の足元の赤いガラス球が、地面にくっきりと赤い影を落としているのを指差した。

 そして、僕は、地面に印をつけると見守り軌跡を追った。そして、僕が3歩目をシャベルで掘り返した。


「な、何もない。3つの足跡の先……あ、3歩じゃなくて、靴跡3つの先かもしれない」


 あわてて、少し手前のところを掘り出すと、ガチっと手ごたえがあった。


「あ、あった!」


 僕と、ケンタで懸命に地面を掘り返してみると、金属製のアタッシュケースがでてきた。


「こんなアタッシュケース、子供のころには埋めた記憶がないんだが……」


 ケンタがアタッシュケースを抱え、土を払った。


「しかし、頑丈そうだな。鍵がしまっているようだが?」

「ええ、あとは鍵を探すんですが、暗号には『鍵は暗闇の中 でも 暗闇は黒の世界でない 真実の記録の中にある』とあります」


 僕が、暗号解読文を読み上げると、マナミが、僕の顔を覗き込んだ。


「あ!『真実の記録の中にある』って、それはあの黒い手帳のことじゃない?」

「そ、そうだ!」


 僕は、あわてて手帳を取り出すと、そっと手帳自身に指を這わせた。


「あ!」


 僕は、手帳の裏表紙に膨らみがあることに気が付いた。慎重に手帳の裏表紙をはがすと、鍵が入っている。


「あ、あった! 鍵だ……」


 僕が、鍵を箱に差し込み、回すと、カチリと乾いた音がした。そして、ゆっくり、蓋をあけてみると、カチンコチンになった真っ白な粉が詰っていた。


「これは、塩だな。おそらく、乾燥剤の代わりだろう」


 ケンタが、粉をなめるとつぶやいた。

 すでに、白い粉はカチコチに固まってしまっていた。ケンタが、シャベルで白い粉を割ってみると、2つの包みが中から出てきた。一つは古めかしいお菓子の缶。もう一つは布の包みだ。


「この缶は覚えている。俺とヒカルの宝物入れだ」


 ケンタが中をあけると、王冠やビー玉、ひまわりの種、そして、古い写真が数枚はいっている。


「あはは、なつかしいなぁ。アオイのやつが見たら驚くだろうな。このハダカの子供の写真は、アオイだからな」


 ケンタはニコニコしながら、やさしく缶に写真をもどした。そして、もう一つの布の包みを開くと、ケンタの顔色が変わった。


「ヒカル! お、おまえってやつは!」


 ケンタは、空を見上げたまま、嗚咽をもらし涙がボロボロ頬を伝わった。

 その包みにはアルバムがはいっていたのだ。そして、処分したはずのミナミの写真が、たくさん挟まっていた。


 学校の制服姿でニッコリ微笑むミナミ。

 ナギナタを構えるミナミ。

 ヒカル、ケンタ、アオイ、ミナミのふざけたポーズでとった高校時代の写真もある。

 結婚式の緊張気味のヒカルとミナミの写真。

 病院でヒカルとミナミが並んで笑っている写真。

 アオイとミナミがお互いのおなかをさすって微笑んでいる写真。

 僕は、なぜだか、涙が止まらなかった。


「こ、この写真……」


 マナミが、一枚の写真を取り出した。

 ヒカル、アオイそしてケンタが椅子にすわって男の子と女の子の赤ちゃんを抱いて笑っている写真だ。

 マナミが写真を裏返すと何やらメモが書かれていた。

 僕は、そのメモを読むと、真っ青に晴れ渡った空を仰ぐと大声で叫んだ。


「父さん……なんでだよ! なんで黙っていたんだ! 僕は、もう、父さんには会えないじゃないか! もう、父さんと話ができないじゃないか! なんだよ……なんでだよ……」


 僕が叫ぶと、マナミがそっと背中から僕を抱きしめてくれた。

 そのメモには、こう書かれていた。


「俺たちの、大事な大事な……太陽とヒマワリ……この2人が丈夫で幸せでありますように……ヒカル」


 カフェの庭の大木には、サクラのつぼみが大きく膨らんでいた。そして、その枝が静かに揺れる。

 爽やかな南風が、そっと僕とマナミをやさしく包みこみ嬉しそうに吹いていた。 


(了)


最後まで、お読みいただきありがとうございました。


今回は、幼馴染と親子の絆というテーマで描きました。

すべてを信じ、認め、許せることができる関係を考えて物語を描いています。

また、今回、魔法も、謎のアイテムも出さないという縛りしていますので、カテエラの烙印を捺されるのは覚悟の上です。


かなり厳しい表現もありますが、どうぞ、ご容赦ください。


トラキチ3

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ