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太陽とヒマワリ  作者: とらきち3
4/8

※4 謎の地図

太陽とヒマワリ  トラキチ3


2稿 20140615

初稿 20140613


※4 謎の地図


「うーん。わかんねぇ! なんでこんな面倒なことするんだよ!」


 僕は、手帳を机に投げ出して叫んだ。

 暗号を解読するための鍵になる5桁の数字を使い1ページ目は上手く解読できたが、破れたページ以降は全く解読ができない。

 しかし、なんでこんな面倒な暗号で書かれているんだろう。暗号文にしたってことは、誰かに読まれるとまずい秘密や機密事項があるからなんだろうか? でも、誰に読まれるとまずいんだ?


「僕?」


 父の身近にいたのは、僕だ。ただ、顔を合わせても口もきかなかったし、父の持ち物にこれっぽっちも興味はない。それは父も知っていたはずだ。僕がわざわざ手帳を盗み見ることなど考えもしていないはずだ。


「会社の人?」


 これもないだろう。そもそも他人のプライベートには関心がないだろうし、社内トラブルになるようなことが書かれていれば別だが、それもありえなさそうだ。


 僕は、手帳に挟み込まれていたメモを取り出した。


――アキラ、おまえがこの手帳を手にしたら、父さんの事を知ってほしい。身勝手なお願いだが、父さんの大事な人に、俺の想いを伝えてほしい――


 前段は、父ヒカルのことを、僕が理解してほしいという話だ。

 問題は、次のフレーズだ。「身勝手なお願い」を「父さんの大事な人」に「俺の思いを伝えてほしい」と書いてある。

 ここでいう「大事な人」とは、僕ではないだろう。すでに前段で僕に対して理解してほしいと言っているのだからダブってしまう。

 それに、父は、自分のことを「俺は……」とは呼んでいるのが気にかかる。いつも僕に対しては「父さんは……」だ。


「俺の想い……?」


 深くため息をつくと、手帳に挟まっている白黒写真に目がいった。


「すべての始まりは、この写真……」


 ともかく、この写真が発端で僕はカフェへ行き、マナミに出会い、マナミからマナミの両親と父が幼馴染だということを聞いた。つまり、この写真は、僕をカフェへ向かわせるために挟んだことは間違いない。ということは、『大事な人』はマナミの両親、あるいはこのカフェに関係がある人と考えていいだろう。

 でも、なんで、わざわざ暗号にしてあるんだろう。


「何か恐るものがある?……」


 僕は、手帳を閉じ、部屋の電気を消すと、ベットの上にゴロリと横になった。

 そして、目をつぶると、マナミの笑顔が浮かんできた。「アキラさんと私、幼馴染だったかもしれませんね……」マナミの言葉が繰り返えし聴こえてくる。思わずニヤニヤしてしまうが、幼馴染っていったいどんな感覚なんだろう。小さい頃からいっしょに遊んで、兄弟姉妹のようなものなんだろうか。

 僕には、兄弟姉妹もいないし、小学校の頃は、父の仕事の関係であちこち転校ばかりで友達もいないのでよくわからない。

 幼馴染か……


「ま、まてよ! そうだよ! そう!」


 僕は、ベットから飛び上がった。

 5桁の数字が母音の並び替えだと教えてくれたのは、マナミの母親のアオイさんじゃないか。つまり、アオイさんは、唯一この手帳を解読できる相手ということになる。アオイさんの周辺で暗号化までして内容を隠したい相手といえば、あの父親では? それなら、ツジツマも合いそうだ。

 この手帳は、父ヒカルからアオイさんに宛てたメッセージじゃないだろうか! つまり「大事な人」は、アオイさん?


~~


 僕は、翌朝、マナミの携帯電話に興奮気味に電話をかけた。


「おはよう! アキラです。今、ちょっと話せる?」

「あ、ごめんなさい。今、電車の中だから、メールでいい?」

「あ、ごめん。じゃ、メールするね」


 電話を切ると、興奮して震える指でメッセージをいれた。一刻も早く、ヒカルの学生時代、自分のことを「俺」と呼んでいたのか確かめたかった。


<お母さんに聞いてほしいんだけど、ヒカルは、学生時代、自分のことを「俺」って呼んでたのかな?>

<わかりました。母にメールで聞いてみます>


 これで、手帳に書かれたメッセージがアオイさんのものであるかわかれば、暗号の解読などせず、直接手帳を手渡せばいい。それが父の「身勝手なお願い」でもある。そして、後ほど、アオイさんから僕の父のことを聴けば、少しは僕も父のことを理解できるだろう。


 しばらくすると、メールの返事が返ってきた。


<母からメールは戻ってきましたが、俺・僕・私・自分と色々使っていたようです>

<うーん……「俺」っていうことばかりじゃないんだね、残念!>

<そうそう、お母さんに、この間の解読した文章を送ってみたんですけど、あの文章は初めて見たって話をしていました。ただ、内容というか4人の関係は、その通りだそうです>

<太陽、南風、風見鶏、ヒマワリ?>

<そうそう、ヒカル、ミナミ、ケンタ、アオイね>

<うん? ケンタ?>

<あ、私のお父さんの名前はカザマケンタっていうんです>

<でミナミは、ケンタのことが気に入ってた?>

<お母さんの話では、ミナミさんは、ケンタといつも一緒にいることが多かったみたいです>

<え? ヒカルとじゃなくて?>

<そうなんです。ちょっと、不思議ですよね>


 どうなってるんだ?


<あ、ところで、今度いつ会える?>

<雨降りの日なら、お店がお休みになるので放課後の手伝いはないんですけど>

<え?>

<お店はオープンテラスだから、雨が降ったら休業になるんです>

<そうなんだ。あ! だから、昨日は時間があったんだね>

<はい。あ、予報では、今週末は天気が崩れるみたいです>

<じゃ、週末にまた相談しよう>

<そうそう、携帯のバッテリーは、ちゃんと充電してくださいよ>

<ハイ……シトキマス>

<ウフフ……>


~~


 僕は、学校の授業中も、手帳を眺め続けた。しかし、他のページの暗号は、どうしても解読ができない。様々な組み合わせを試してみたが、実に忌々しい。

 放課後、いつものように喫茶店「砂時計」に立ち寄ると店長が、神妙な顔をしてやってきた。


「アキラくん、昨日のこと、怒ってるかい?」

「ああ、彼女のことですか? 別にそんなことないですよ」

「いやぁ、すごいベッピンさんだったからビックリしちゃってさ」

「ベッピン? はぁ……まぁ自分とつりあいがとれているのかどうか」

「つりあい? 何でそんなこと思うんだい?」

「だって、彼女はかわいいし、器量もいい、作業もテキパキしてしかも丁寧……それに引き換え、僕は、何のとりえもないんですよ」

「だから?」

「え? だから、彼女とつりあいが取れないんじゃないかと思ってるんです」


 店長は、小さなお皿にのったケーキをテーブルに置いた。


「じゃ、聞くけど、彼女が誰かに襲われたらどうする?」

「え?」

「まぁ、たとえばだけどさ……」

「そ、そりゃ、彼女を助けにいきますよ」

「そう? マッチョで筋肉隆々、ごっつい奴でも?」

「まぁ、確実に殴り倒されるとわかっていても、彼女を守らなくちゃ」


 店長は、僕の腕を鷲づかみにすると、笑った。


「まぁ、この腕じゃ、無理かもしれないけどな」

「そ、そんな……」

「アキラくんが、彼女のことを守ってあげたいって思うのなら、つりあいなんて関係ないさ! 要は、ハートだろ? 世界中の誰にも負けないぐらい彼女のことを大事に想っているなら、全然オッケーさ」

「そうでしょうか」

「まぁね」


 店長は、拳をつくると軽く僕の腕を叩いた。


「そうそう、このケーキ、新作なんだけど、試食してあとで感想きかせてくれよ」

「はい」

「勉強で頭を使っている時には、甘いものがいいらしいし……」

「勉強? ああ、これ勉強じゃなくて、暗号なんですよ。でも、なかなか解けなくて」

「暗号か! そいつは、懐かしいなぁ……」

「へ?」

「ぼくらが、小さい頃は、よく暗号で友達と連絡をし合うのが流行りでさ、いろんな暗号を考えたもんだよ」

「そうなんですか」

「あぶり出しとか、ロウソク文字とか、そんなものもあったなぁ」


 ロウソク文字? それってなんだ?


「あの、店長、ロウソク文字ってなんですか?」

「正式には何っていったかなぁ。要は、紙にロウソクで文字を書くんだよ。それで水をかけるとはじいて文字が浮かび上がるって感じさ。ほら、クレヨンとかで絵を描いて水彩絵の具を塗るとハジクでしょ? あんな感じさ」

「あ、そういえば小学校の図工の時間にやったことがあるかも」

「ただ、難点は、明るい光の下で表面をみるとテカテカしちゃってわかることかな」

「あははは」


 そういいながら、僕は手帳の表面を光に当ててみた。すると明らかに一部光っている場所があるではないか。

 僕は、あわてて指先に水をつけるとその部分をなぞってみた。


「23145」


 あ、みつけた!

 僕は、あわてて50音図表を取り出すと解読を開始した。


~~


 宝の地図


 白と黒の世界が同じくする時

 風見鶏は玉子を産む

 白い世界の真ん中で

 その赤い玉子を探せ


 玉子は大きな木に転がる時

 その軌跡をたどれ

 3つの足跡の先に宝が眠り

 鍵は暗闇の中から探しだせ


 暗闇は黒き世界ではない

 真実の記録の中にある

 手で触れ感じよ

 必ず鍵を見つけ出せ


~~


 僕は、家にもどると夜の8時過ぎにマナミに電話をかけた。


「さっきメールした文章だけど」

「暗号解読できたんですね! 宝の地図っていうことは、手帳に挟まっていた地図の説明なんでしょうか?」

「たぶん、そうだと思う。でも意味がよくわからない」


 しばらく沈黙が続く。


「白と黒の世界が同じくする時……って光と闇ですかね?」

「うーん。僕もそこはわからない。でも、その続きの風見鶏が赤い玉子を産むってところだけど……」

「はい」

「それって、マナミが小さい頃、屋根によじ登った時に見た赤いガラス球に関係があるんじゃないかと思うんだ」

「あ、あの赤いガラス球ですか?」

「おそらく、その赤い玉子っていうのは、その赤い球の影のことじゃないかと思うんだ」

「ということは、白の世界の真ん中で……というのは太陽の光があたっているんだから昼間ですね。あ、白と黒の世界って、昼と夜ってことじゃないですか!」


 マナミが少し興奮気味に話をしてきた。


「そ、そうか! 同じにするときってことは、春分の日か秋分の日だ。えっと今度の春分の日は3月20日だ」

「白い世界の真ん中っていうと正午!」

「そのときに、赤い影ができるんだ。で、その影の軌跡を追えって書いてあるから、時間とともに徐々に大きな木に向かって円弧を描くのかもしれないね」


 だんだん、謎が解けてきたぞ!


「3つの足跡の先に宝が眠り……鍵は暗闇の中から探せ?」

「うーん、3つの足跡の先……3歩進んだところを掘ればいいのかなぁ」

「鍵は暗闇の中? でも暗闇は黒の世界でない………」

「真実の記録……手で触れる……」


 ここは、さっぱりわからない。

 そういえば、最初にカフェに行ったときには、裏庭しか見ていないのを思い出した。もしかしたら、テラス側のところに、何かヒントがあるのではないだろうか。


「あ、もう一度そっちへ行ってテラスを見てみたいんだけど……」

「はい! ぜひ!」

「あ、いや、でも、問題はお父さんだな。『二度と来るな』って言われてるし」

「うふふ、朝から雨だったら昼前に出かけるかもしれません……雨の日は、メニュー開発のために、あちこちのお店を食べ歩るいていますから!」

「そうなんだ! じゃ、とりあえず、土曜日の朝、雨だったら11時にそっちの駅に到着するようにするよ」

「わかりました。私も、お父さんの状況は、逐次メールしておきますから! 駅で待ってます!」

「おやすみ!」

「おやすみなさい!」


 よし! ともかく現場だ。現場に何かヒントがあるかもしれない。

 とはいえ、マナミの父親ケンタと鉢合わせることだけは避けなければならない。この前の勢いでは、僕と目があった瞬間に袋叩き間違いなしだ。


~~


 金曜日の夜半から降り出した雨は、土曜日の朝には、物凄い雨となっていた。僕は、手帳と巻尺をカバンにいれると朝の10時前に家を出発した。


 電車で1時間揺られ、ほぼ1週間ぶりにマナミが待つ駅に降り立つと、時刻は朝の11時を少し過ぎていた。

 雨は、だいぶ小降りになってはきているが、今度は風が吹いてきた。いずれにしてもこんな天気であれば、カフェはお休みだろう。

 突然、ピコっとスマホにメールが入ってきた。


<おはようございます。お父さんは、さっき出かけたので大丈夫です>

<おはよう! いま、駅についた>


 スマホにメールを入れ、ふと、改札口の方を見るとマナミの姿が見えた。彼女は、僕に気が付くと、大きく手を振っている。


「アキラ、急いで!」


 マナミは僕の手をグッと握ると、カフェに急いだ。


 カフェ・レザミに到着したのは昼前の11時半だった。

 店のゲートには、「本日は休業」の看板がぶら下がり、すっかり雨に濡れている。

 マナミは、ゲートのカギをはずし、テラスへ進む階段を案内してくれた。


 テラスは、外から見るのとはまた違って広く見える。まぁ、今日は、雨なので、テーブルと椅子はまとめられてシートがかぶせてあるからかもしれないが、それでも広い。そのシートにポツポツと雨音が響いている。

 僕は、そのシートの間を抜け、大きな木の根元から風見鶏を見上げてみた。太陽は雲にかくれてしまっているがしっかり屋根の上の風見鶏を見ることができた。カバンから巻尺を取り出し、大きな木からまっすぐ風見鶏の方へ建物までの距離を測り地図に書き込んだ。

 また、スマホの水準器を目に当てて塔の風見鶏を見上げ、その角度から、おおよその高さを推測した。


「マナミ、明日から天気の日には、12時、14時、16時と3回、風見鶏の足元のカゲがどのヘンにくるのかマークをつけておいてくれない?」

「春分の日じゃなくていいんですか?」

「本当は、そうなんだけど、当日雨が降るかもしれないし、いくつかのラインを書き出せれば、予測できるからね」

「わかりました。それじゃ、このサンドウィッチ用のプラスチックの楊枝をその都度色を変えてさしてみますね」

「いずれにしても、どうしても3月20日には、もう一度こなくちゃならないな」

「うふふ! 待ってます!」


 僕達は、テラスでの調査を終え、雨を避けて建物の軒下にある小さなテーブル席で休憩することにした。

 建物は、天井が高く古めかしい石造りだ。さすがに、今日は他のスタッフもおらず、静まり返っている。聞こえるのは、ポツポツと雨の音だけだ。

 僕は、じっとテラスの大きな木を眺めていた。


「アキラ、お腹すいたでしょ?」


 僕がおどろいて振り返ると、マナミは、大きなお皿にたくさんのサンドウィッチを運んできた。


「あ、これ作ってくれたの?」

「いそいで作ったら、ちょっと味は心配だけど……」

「お! おいしそう!」


 僕は、時計をみるとすでにお昼12時半を回っていた。


「お昼にしましょう!」

「ありがとう! いただきます!」


 マナミが用意した濡れおしぼりで手を拭くと、サンドウィッチを頬張った。


「おいしい!」


 マナミは、ニコニコしながら、紅茶カップを並べて、温かいお茶を用意してくれた。

 僕は、サンドイッチをほおばりながらも、お茶を入れる彼女の仕草にみとれてしまった。

 あぁ、かわいい。やっぱり、かわいい。


「うん? どうしたんですか」

「あ! いや!」


 僕は、だらしなくマナミに見とれていたことを誤魔化そうと、あわててカバンから手帳を取り出したが、その拍子に、カバンがテーブルに当たり、せっかく入れてくれた紅茶のカップをひっくり返りかえしてしまった。


「ああ、大変!」

「ご、ごめん!」


 またしても、大失態。

 マナミは急いで、布巾でテーブルの上を拭き出した。

 僕もあわてて自分のハンカチでお茶を拭こう身を乗りだした瞬間。


 ゴチッ


 目から火花が散った。


「いったーい!」

「あいたた!」


 なんと、彼女と頭をぶつけてしまった。

 僕が目をあけると、目をつぶって額をおさえている彼女の顔が目と鼻の先にあった。


「ごめん、マナ……ミ」


 僕が、声をかけると、マナミはゆっくり目をあけた。そして、ジっと僕のことを見つめた。

 ち、近い、近い! ぼくは、あわてて身体を引くのだが、彼女は、どんどん僕に近づいてくるではないか。


「アキラ……私、アキラのこと大好き」

「マ、マナミ?」


 とうとう、僕達は、お互いのオデコをくっつけた状態になってしまった。

 ドキドキと動悸が早くなる。

 彼女は、なぜか静かに目をつぶった……。


 ちょ、ちょっと待って! これって、アレだよな。どうするんだよ!

 雨の音が、次第に強くなってきた。

 僕は、覚悟を決めて、彼女の小さな両肩に手をかけ、そっと抱き寄せた。

 彼女も僕の背中に手を回して僕を抱きしめている。

 僕は、唇を近づけた。そして、唇がわずかに触れたかどうか……。


 その時だった、突然、地の底から唸るような聞き覚えのある野太い声が響き渡った。


「おい!」

「あ! お、お父さん」


 僕たちは、急いで身体を放すとケンタを見つめたまま、その場に凍りついた。

 血の気が引くというのはこういうことなのか……と実感したが、これは、まずい、非常にまずい!


~~


 真っ赤な顔をしたケンタが仁王立ちになってすごい殺気で僕の事を睨みつけている。

 あ、あの目は、怒り心頭120%だ。「この場所に二度と来るな」という約束を破り、娘を溺愛する父親がの目の前で、娘を抱き寄せ口付けをしようとしている現場を押さえられた。この修羅場の行く末は見えている。


「おまえたち! いつから、そんな関係になってるんだ!」


 外の雨音がすべて消し飛んでしまう大声だ。

 マナミは、僕の前に出ると叫んだ。


「お父さん、私……ずっと小さい頃からアキラと会うことが夢だった。やっと会えたら何十倍も素敵な人なの!」


 ケンタは、マナミの小さな肩を両手で掴み、軽々と横へ吊り上げ移動させた。


「おまえは、黙っていろ。おい! アキラ、二度と来るなと行ったはずだが……」


 ピーンと張り詰めた空気が流れた。

 一歩、一歩、真っ赤な顔のケンタが僕に近づいてくる。


 僕の脳内は、緊急事態を知らせている。

 このままであれば、ボコボコに張り倒され、この場所からつまみ出されることはまちがいない。

 どうする! どうする! 考えろ! 考えろ!


「ぼ、僕は……」

「なんだ! はっきり、いってみろ」


 ついにケンタの顔が目の前にきた。


「ぼ、僕は、風見鶏がヒマワリを見守るように、マナミのことが大好きです」


 自分でも驚くほど大きな声で答えた。一瞬、あたりの音がすべて消える。


「な、なに!」


 ケンタは、さらに一歩前にでると、僕の両肩を押さえつけた。とんでもないチカラだ。

 しかし、僕はケンタから目を離さず、睨みつけた。ジワジワと両肩が痛むがそれをこらえて、また叫んだ。


「み、南風が、風見鶏をお気に入りだったように、マナミも僕のことを気に入ってくれてます」

「う、うぅむ」


 ケンタは、マナミのほうを振り向きジッと見つめた。

 マナミは、少し驚きながらも、僕のほうを見つめ、コクリと大きくうなづいている。

 僕の両肩を掴んでいるケンタの力が、徐々に抜けていくのがわかった。そして、両肩から手を離すと、小さくつぶやいた。


「お前……どうして、それを知ってるんだ……」


 ケンタは、椅子に倒れるように座ると頭を抱えた。


「なんで! おまえが、そんなこと知っているんだよ!」


 ケンタが大声で叫んだ。


「あの父の手帳……最初のページを解読したんです」


 ノートに書き取った文章をケンタの前に突き出した。ケンタは、震える手でその内容を何度も読み直した。

 マナミは、ケンタに近づき、隣に座るとそっと肩に手をやった。


「お父さん、これって意味わかるの?」

「そりゃわかるさ……これは、もともと俺が書いたものだからな……」

「え?」


~~


 雨足はさらに強まり、時々雷鳴が聞こえてきた。

 僕らは、建物の中に入り、小さなテーブルを囲んで座った。

 しかし、会話は全くない。


 突然、室内の大きな柱時計が1時のカネを打った。


「アキラ……」

「あのぉ……」


 僕と、ケンタが同時に話を切り出した。ケンタは、うなずくと口を閉じた。


「あのぉ……僕が、今日ここに伺ったのは、2つ理由があるんです」

「2つ?」

「一つは、手帳に挟まっていた地図に関する暗号が解読できたので、現場を確かめたかったんです」

「地図?」

「宝の地図とありましたが、どうも春分の日に、風見鶏の足元の赤いガラス球から発する光がその宝の場所を教えてくれるようです」

「宝の地図……か……」


 ケンタは、うつむきながら、フッと笑った。


「そして、もう一つの理由は、父ヒカルが、学生の頃、自分のことを『俺』と呼んでいたかを確認したかったのです」

「ヒカルが?」

「そうです。手帳に挟まっていたホテルでの最後のメモにでてきます」


 そう話すとメモを机に置いた。


――アキラ、おまえがこの手帳を手にしたら、父さんの事を知ってほしい。身勝手なお願いだが、父さんの大事な人に、俺の想いを伝えてほしい――


「このメッセージで、父が僕に伝えた事は2つです。僕が、父ヒカルのことを知ること。そして『大事な人』に『俺の想い』を伝えることです。でも『大事な人』が誰なのか、それを知りたかったんです」


 ケンタは、ジッと僕の顔を見つめた。


「ヒカルが伝えたかったこと……それは、俺にはよくわかる」

「大事な人って、アオイさんのことですよね?」


 ケンタは、深くため息をつき、首を横にふった。


「アオイじゃない……」

「え? そんなはずはない!」


 僕が、思わず声を上げると、ケンタは、テーブルを拳で叩いた。そして、僕をギロリと睨んだ。


「暗号については、俺よりアオイの方が詳しいが、遅かれ早かれ、お前は真実の記録に触れるだろう」

「真実の記録?」

「そうだ……だから、おまえたちが暗号を解き始めるだろうと予測して、ヒカルは……あいつは、この俺に全てを託すってことをそのメッセージに込めたんだよ」


 ケンタは、静かに話すと、ジッと外の景色を見つめた。

 昼の1時過ぎだというのに、あたりは暗く、雲は紫色に不気味に光っている。雨風は激しさを増し、激しくガラス戸を叩きつけている。


 突然、空が紫色に明るく光った。


「俺は……あの日、ヒカルと約束した……」

「あの日? 約束?」

「ヒカルは、おまえが大きくなったら、おまえを連れて必ずここにもどってくると言った。そして、その時に全てを話そうと約束をした……」

「全てを話す?」

「だが、あいつは先に逝っちまった……俺は、アキラおまえから、ヒカルが亡くなったと聞いた時、それを受け入れることができなかった。約束どおり、ヒカルがおまえを連れて、必ずここへ戻ってきてくれるはずだと信じていたかったのかもしれない。だか……あいつは冷たい墓石の下だ。俺は悩んだ。話すべきか、そのまま胸にしまっておくべきか……」


 突然、ケンタがハッとしたように表情が変わった。


「そ、そうか! あ、あいつ……お前をちゃんとここに連れてきやがったんだ。自分はそのちっぽけな手帳になっちまったが……。全てを話すために戻ってきたんだ。あいつ……約束を守りやがった……」


 ケンタは、拳を強く握る。次第に肩がワナワナと震えた。

 いきなり立ち上がり後ろを振り向いた。そして、大きく息を吐き出し、棚からウィスキーの瓶と、ショットグラスを持ってテーブルに置いた。ケンタは大きく息を吐くと、ショットグラスになみなみとウィスキーを注ぎ、グイっと一気に喉に流し込んだ。そしてうつむいた。そしてうつむいたまま、叫んだ。


「アキラ、これから、ヒカルが伝えようとしたことを話してやろう。マナミ、お前にも関係がある話だ。一緒に聞け。いいな」


 ケンタは、大きく息を吐き、目を伏せるとゆっくりと話をはじめた。



 (つづく)

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