※3 謎の暗号
太陽とヒマワリ トラキチ3
2稿 20140608
初稿 20140531
※3 謎の暗号
その日は、朝から冷たい雨が降っていた。
すでに朝の9時を回っているのにあたりは薄暗い。そんな雨の中を一人の男が、傘をさして歩いていた。気付いているのかいないのか、男の傘は、大柄な男の身体には小さすぎた。
男は、墓石の前までくると、新たに墓標に書き込まれた文字を指でなぞった。
「まさか、またココに来ることになるとはな……」
ポツリつぶやくと、無造作に花を墓石に置き、小さなカップにはいったビーフシチューを墓石に供えた。
男は、傘をたたみ、両手を合わせると頭を下げた。
黒い喪服に雨が、ポツリポツリと染み込んでいく。
しばらくたって、男は、小さくため息をついた。そして、小さなカップに入ったビーフシチューを一気に飲み干すと、鉛色の空をジッと見上げて叫んだ。
「いったい、俺は、どうすりゃいいんだよ! 教えてくれよ!」
冷たい雨が、男の頬を濡らしていく。しかし、その冷たい雨とは違う熱いものが男の頬を流れていた。そして、何度となく嗚咽を漏らし、大きな身体を震わせた。
雨は、静かに降っている。
~~
月曜日は、朝から冷たい雨が降っていた。
昨日、例のカフェを尋ねたときは汗ばむ陽気で、もうすぐ春がやってきたとおもっていたのに、これでは気が滅入る。
僕は、大きくため息をついた。
学校の授業は、まったく気乗りがしない。クラスのほかの連中もほとんど進路が決まっているし、卒業までの数週間は、単に授業を消化すればいいようなもので、さっぱりおもしろくない。
こんな調子が続くのかと思うと嫌になる。
午後になり、いよいよ授業を受けるのが苦痛になった僕は、授業もそっちのけで、例の手帳をとりだし、数字を眺めることにした。
最初のページの欄外には、53214という5桁の数字があり、数字が続いている。
35 03 74 02 55
63 45 63 15(21)43 05 14(15)81 35
(23)72 02 13 65 65 43 34(53)65 95 83
:
ジッと眺めているうちに、ある規則性に気が付いた。
まず、見てすぐわかるのは、すべて2桁の数字であること。そして2桁目は0~5の数字しかないこと。さらに、丸括弧でくくられた数字の1桁目は、1、2、3、5の4種類しかないことだ。
つぎに、各ページの余白には5桁の数字があるが、すべて1~5の数字の並べ替えであり、ゾロ目にはなっていない。
最初の2桁の数字は、ローマ字の子音と母音を数字に置き換えているのだろうと想像はできる。ところが、いろいろな組み合わせをしてみても、意味のある文章にはならない。
問題は、5桁の数字だ。これは何を意味しているんだろう……。
僕は、頭を抱えて考えこんだ。
ふと、顔を上げて周りを見回すと、とっくに授業は終わっており、教室には誰一人残っていない。驚いて時計に目をやると、夕方の5時近くをさしていた。
なんだよ、誰も、僕に声をかけてくれなかったのか? まったく冷たいヤツラだ。まぁ、いいか。
「帰るか……」
僕は、手帳をカバンにしまい、ふと、教室の窓から差し込んできているやさしい光に気が付いた。
「うん? 雨、やんだのか?」
窓際に近づき空を見上げてみると、雨はポツポツと小振りになっており、西の空が明るく輝いているのが見えた。
「夕焼けか? 明日は、晴れそうだ……」
荷物をまとめ、校舎をでると雨はすっかりやんでいた。
校門へ向かい歩き始めると、真正面に雲の切れ間から太陽が顔を出した。
「う、まぶしい」
これでは、まともに前を見ることができない。僕は、視線を地面に落として直進した。そして、校門に近づくと、長い人の影が見え、その影が手を振っているのがみえた。
「あの……」
突然、正面から声が聞こえ、長い影が動いた。声の主を確かめようと顔を上げたが、太陽がまぶしくてよく見えない。懸命に目を細め、見上げたが、その瞬間、鼻がムズムズして、大きなくしゃみがでた。
ふぇ、ふぇ、ぶはっくしょん!
「アキラさん? だいじょうぶですか?」
「マナミさん?」
またしても、大失態。
今度は、情けない派手なクシャミ顔を見られ、しかもヨダレが口元に飛び散っている。あわててハンカチを取り出して口元を拭いたが、確実に見られただろう。
僕は、急いで彼女に近づくと太陽を背にして、彼女を見た。
「え?」
そこには、ウチの学校とは違う制服をきた背の小さな女の子が傘を大事そうに抱えて立っていた。髪の毛は自毛の三つ編みでカチューシャのようになっている。
茜色に輝く彼女の目が僕をジッと見つめているではないか。
僕は、またしてもドキンとしてしまった。
「マナミさん……?」
「アキラさん、ごめんなさい。何度か、携帯に電話をしてみたんですが、繋がらなくて……」
僕は、あわててコートのポケットから携帯電話を取り出してみると、見事に電池が切れていた。
「あ、ごめん。携帯のバッテリーが切れてたよ。でも、僕が通っている学校、なんで知ってるの?」
「うふふ、昨日、お財布をだしたとき、学生証のマークがチラって見えたんです。どこかで見たことがあると思って、友達に聞いてみたら、その子もここの生徒だったんです。その友達の学生証をみせてもらったことがあったので、それで見覚えがあったみたいです」
マナミが、少し興奮気味に話すと、大事に持っていた傘からしずくがポタポタと落ちた。
「あ……もしかして、ここで、ずっと待ってたの?」
「えっと、2時間……くらいかな」
「そ、そんなに? 僕が先に帰っているかもって思わなかった?」
「まぁ、太陽が沈んじゃったら、あきらめて帰るつもりでした……」
彼女は、西の空に沈んでいく太陽を見つめた。
なんてことだ。僕のために冷たい雨の中、2時間も、待っていたとは……。
「ごめん……」
僕が、彼女に声をかけると、彼女はあわてて僕に手を振った。
「あ、いえいえ、私が勝手に押し駆けてきただけです。でも、どうしても報告しておきたいことがあったので……飛んできちゃいました」
彼女は微笑みながら話をしているが、身体が少し震えている。おまけに彼女はコートも着ていない。ここは、温かい飲み物でも飲んでゆっくり話を聞くことにしよう。
「それじゃ、ホットチョコレートの美味しいお店にいかない? 今日は僕のオゴリで!」
「あ、はい!」
彼女の顔がパっと明るくなった。
「ところで、マナミさんはどこの学校なの? あまり見かけない制服だけど」
「ああ、これ、制服じゃないんですよ。私、地元の公立高校なんですけど基本制服は自由なんです。最近『制服っぽいものを考えて着る』のが私たちの中で流行っていて、これは私もオリジナルの組み合わせなんです」
「そうなんだ。昨日のフリルのエプロンのときと、イメージが違うからビックリしちゃったよ。とても似合ってるね」
「え? あ、ありがとうございます」
僕は、彼女と並んで商店街のほうへ向かった。時折、チラっと彼女の顔を伺うと、うつむきながらもニコニコしている。
「そういえば、マナミさん、コート……着てないけど」
「ああ、実は、あわてて学校から飛んできたので、学校に忘れてきちゃいました」
「だって、ここまで1時間はかかるでしょう?」
「電車の中は温かかったですし、だいじょうぶでしたよ」
彼女は、嬉しそうに僕の顔を見上げて話をしてくれる。そんな彼女を見ていると、ぼくも思わず嬉しくなって微笑んだ。
「ところで、マナミさん、すごく嬉しそうだけど……」
「え?」
「さっきから、ずっとニコニコしてるから」
「えへへ、私、小さい頃からの夢だったんです。こうしてアキラさんと並んで歩くこと」
「え?」
「私、小さいころから何度もアキラさんとおしゃべりしたり、並んで歩いたり、デートしたりって想像してはドキドキしてたんです」
「デ、デート?」
「あ、ごめんなさい。私の勝手な妄想ですから……」
「いやいや、それは光栄だけど、逆に、マナミさんみたいな子なら、いろんな人から告白されたんじゃない?」
「うーん、好きっていってくれる人はいたんですけど、でも、私の中ではアキラさんと出会うことが一番だったので……」
「僕と?」
なんとも、嬉しい言葉だ。思わず、だらしなくニヤケてしまうのを懸命にガマンした。しかし、そこまで勝手に妄想して好きになれるものだろうか? 僕は、ジッと彼女の横顔を見ながら考えた。
普通、自分が想像している相手が、実際に会ってみたら幻滅するほうが多い。なのに、彼女はそうじゃないらしい。逆に、今の自分は、どう考えても彼女と釣り合いが取れるとはおもえない。
ドン!
突然、目の前に火花が散り、激痛が走った。
「うそ? だいじょうぶですか?」
「あいたた……」
前を見ると、商店街の店先から自動販売機が飛び出しており、そこにモロに激突してしまったようだ。なんとも情けない。まるでギャグ漫画だ。
またしても、大失態。
僕は、ヘラヘラ笑いながら頭を掻くと、マナミは、クスクス笑い出した。
~~
駅前の商店街から少し離れた小さな路地に「砂時計」という古めかしい喫茶店がある。
カランカランとドアについているカウベルがけたたましくなり、アルゼンチンタンゴのBGMが聞こえてくる。店内には、マスターが集めた砂時計のコレクションが所狭しと置かれ、店全体が、古道具屋のようなインテリアで埋め尽くされている。
奥へ進むと、壁面全体がオレンジ色に輝き、店内はいつも夕暮れ時の雰囲気を演出している。
「このお店素敵ですね」
「いいでしょう? 学校帰りに、よくここで時間をつぶすんだ」
「時間をつぶす?」
「うーん、この間も話したけれど、父親とはあまりウマが合わなくて、顔を突き合わせるたびに喧嘩になるから、ここで宿題をしたり、本を読んで、ご飯もたべて帰ることが多いんだ」
「そうなんですか」
「そっちの奥にいこう」
僕は、彼女を僕がいつも座る一番奥の席に座らせた。
「温かい飲み物がいいね」
「はい。ホットチョコレートがおいしんですよね」
「そうそう、ケーキのお奨めは、シフォンケーキだけど……」
「私、ホットチョコレートと、そのシフォンケーキのセットにします」
「じゃ、僕もそれにしよう」
彼女は、店内の装飾に興味があるのか、あちらこちら店内を見ては目を輝かせていた。
「ほんと、いい雰囲気ですね」
「でしょう、僕には、家よりも断然落ち着ける場所なんだ」
「え? 自分の家よりもですか?」
「うーん、父親がいれば喧嘩になるし、出張中なら、家で一人きりだしね。あんまり好きじゃないんだ」
彼女は、僕の顔を見ながらカバンから白い封筒を取り出した。
「ずっと一人のことが多かったんですね」
「まぁ、小学校までは、父さんの知り合いの女性がよく面倒みてくれたんだけどね。小学校に入ってからは一人きりのことが多かったよ」
彼女は、先ほどの白い封筒を僕の前に突き出した。
「これ、見てください」
ぼくは、そっと封筒をあけた。中には1枚の写真が入っている。僕は、その写真を取り出し見た瞬間、目頭が熱くなった。
そこには、僕を世話してくれた懐かしいあの女性の姿が映っていたのだ。
どうしても思い出すことができなかったあの女性。
いつもやさしく僕の頭を撫ぜてくれたあの女性。
転んで泣いたときには、やさしく抱きしめてくれたあの女性。
僕は、写真を見つめたまま涙を堪えた。
「ど、どうしてこれを?」
彼女は、唇を噛みしめしばらく考え、言葉を選びながら話はじめた。
「実は、昨日、アキラさんと話をしていて、子供のころ世話をしていた女性は、もしかしたら……私の母じゃないかって話をしていたじゃないですか。それで、母にアキラさんがお店にやってきたこと、ヒカルさんが亡くなったことをメールしてみたんです。そしたらすぐに電話がかかってきて……突然、電話口の向こうで泣きだしてしまって……それで、メールでこの写真のデータを送ってきてくれたんです」
そういうと、彼女は目を伏せた。
「え? ということは、僕の面倒をみてくれてたのは、やっぱりマナミさんのお母さんだった?」
「そうみたいです。ただ、母は、父の目を盗んで、アキラさんのところに行っていたみたいで、丁度、アキラさんが小学校に上がる頃、そのことがうちの父にバレて大変だったみたいです」
「それで、小学校にはいってからは、僕のところに来れなくなってしまったんだ」
「お待たせしました!」
突然、喫茶店の店長の声がした。
いつもは、アルバイトの女の子がケーキを運んでくれるのだが、なぜか今日は、店長自ら、ホットチョコレートとシフォンケーキを運んできてくれた。
「アキラくん、こちらのベッピンさんは、アキラくんの彼女かい?」
うお! 店長なんてことを口走るんだ!
僕は、チラッと彼女の様子を伺った。すると、彼女は心配そうに僕のことを見つめているではないか。
「えっと、彼女じゃなくて……」
と話し始めると、彼女は、一瞬、悲しげな表情になった。
まずい! まずいぞ! どうして「自慢の彼女です」って、言えないんだよ! マナミさん的には、すでに、妄想世界で僕とデートしていたって言ってたじゃないか!
「えっと、彼女じゃなくて……、僕にとって一番大切な人です」
うお! すごいフレーズ言っちゃったよ。自分でも驚いたが、ニタニタわらう店長をキッと睨みつけると、店長は、おどけた表情を見せ、逃げるようにカウンターへ戻っていった。
「しかし、若いっていいよなー!」
カウンターの中から店長の遠吠えが聞こえてくる。
僕は、あわてて彼女に視線を移した。
すると彼女は、耳まで真っ赤になって、うつむいていた。
「マナミさん、ごめんね。ここの店長、ちょっと変わり者だから」
「うれしいです」
「え?」
「私、そんな風にいわれたの初めてでドキドキしちゃいました」
そ、そりゃそうだろう。僕だって、初めて口にした言葉だし、僕もいまだに心臓はバクバクだ。さっきまでの雰囲気がとてもよかったのに! 店長が変な事言うから、ちょっと気まずくなっちゃったなぁ。
と、とりあえず、ケーキをすすめてみよう!
「ホットチョコレートと、シフォンケーキ、味わってみて!」
僕が、彼女に声をかけると、彼女はハッとして、目の前のホットチョコレートとケーキをみつめた。
僕達は、温かなホットチョコレートを飲みながら、ケーキをつついた。
「おいしいですね!」
「僕も、ここのケーキは大好きなんだ」
「母にも食べさせてみたいです」
「うーん、お母さんはプロでしょ? 厳しいコメントが飛びそうだね」
すっかりマナミも元気になった。
「ところで、例の暗号ですが、なにか手がかりはみつかりましたか?」
「うーん、まだ解読はできていないんだけど、すべて2桁であること。2桁目は0~5の数字しかないこと。そして、丸括弧でくくられた数字は限られていること、さらに5桁の数字がところどころにあるんだ」
「実は、母に暗号の話を聞いてみたんです。そうしたら、5桁の数字のセットがあるのなら、それがローマ字の母音の順番だと話していました」
「え?母音の順番をズラしてあるってこと?」
僕は、急いでノートに五十音図を書き留めた。
最初の1桁目は、子音だろう。数字は0から9まである。0はア段。1はカ段ということだろう。アルファベットにすれば……
0=子音なし
1=K
2=S
3=T
4=N
5=H
6=M
7=Y
8=R
9=W
続く2桁目は、母音。5桁の数字が「53214」とあることから……
5=A
3=I
2=U
1=E
4=O
文中00というのがあるが、これは「ん」ではないかと予想をしてみた。
35 03 74 02 55
た い よ う は
63 45 63 15(21)43 05 14(15)81 35
み な み か ぜ に あ こ が れ た
「いい感じだね。ちゃんとした文章になりそうだ」
「そうですね!」
「まなみさん、手帳の数字を読み上げてくれない? 僕は、表から文章をノートに書き取ってみるよ」
「はい」
それから、最初のページを夢中になって解読してみた。丸括弧でくくられた数字は、濁点であることもわかり、最初の1ぺージは、こんな内容だった。
太陽は
南風に憧れた
自由気ままに飛び回り
誰にも縛られない南風
南風は
風見鶏がお気に入り
どんなに辛くあたっても
しっかり見つめてくれる風見鶏
風見鶏は
ひまわりを見守った
明るく元気に背伸びして
いつも微笑むひまわりを
ひまわりは
太陽に恋をした
いつでも真面目で
顔色一つ変えない太陽を
ずっと憧れていたかった
ずっとお気に入りにしたかった
やさしく見守り
恋していたかった
それなのに……
ここで、ページが破られていた。まだまだ、数字は続いていたが、喫茶店の古い柱時計が夜7時のカネを打った。
「とりあえず、文章がでてきたけど、内容がまた謎めいてさっぱりわからない。ただ、風見鶏って、お店の屋根にあるあれのことなのかなぁ」
「うーん。確かに、風見鶏ってあんまり日常的には出てくる言葉じゃないですものね」
「そうだね。でもこのまま、さらにページは解読できそうだ」
「やってみます?」
「だけど、マナミさんの家、ここから1時間以上かかるでしょ、あとは僕が解読して、内容をメールしてみるよ。で、お願いなんだけど」
「はい?」
「その内容を、マナミさんのお母さんにメールして欲しいんだ」
「わかりました! もしかしたら意味がわかるかもしれません」
僕は、サッと席を立って会計をすませた。彼女は驚いて飛んできた。
「今日は、僕が出します!」
両手を大きく広げ、すごいオーバーアクションで話してみると、彼女がプッと吹き出した。
「はい。じゃ、ごちそうになります」
彼女の笑顔に、僕はまたドキドキしてしまった。
~~
喫茶店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。太陽が沈んでしまうと、一気に気温もさがり、息が白くなる。
「マナミさん、寒くない?」
「大丈夫です。ところで、あの……」
「なに?」
「アキラさんが構わなかったら、私の事はマナミって呼んでください」
「え?」
「さん付けで呼ばれるのは、ちょっと冷たい感じがするんです。私の想像の世界では、ずっとマナミって呼ばれてていたので……」
なんだって! そんなことを言われても、女の子の名前を呼び捨てにしたことは、生まれて一度も経験がない!
「マ、マナミ……」
僕が、緊張気味に話をすると、彼女は、クスクス笑いだした。
そうだ、そっちがその気なら、こっちだって!
「それじゃ、マナミも、僕のことはアキラって呼んでくださいね」
「え? 先輩にむかって、それはちょっと」
「じゃぁ、ぼくもマナミさんて呼びますよ」
彼女は、少し考え、うつむきながら話し始めた。
「わ、わかりました。アキラ……(さん)」
「うん? なんとなく、最後に『さん』って聞こえたけど?」
「わかりました。アキラ!」
彼女は、僕を上目遣いでみあげると勢い良く叫んで、ハッとして口を押さえた。そして、2人とも笑ってしまった。
駅の改札口で、僕は自分のマフラーをはずすと、彼女の首にかけた。
「風邪引くといけないから、コレ貸すよ」
「あ! 私、平気です……」
「本当は、コートを貸してあげたいけど、マナミには、ブカブカだもんね。マフラーだけでもしていってほしいんだ」
「ありがとう」
「じゃ、気をつけてね!」
「はい!」
彼女は、改札口に吸い込まれていった。
~~
僕は、彼女と別れてから、喫茶店にもどった。もう少し、暗号を解いてみたかったのだ。
ふと彼女が座っていた席をみると、彼女が大事に持っていた傘がポツンと忘れられているのに気が付いた。
僕は、傘をもって急いで駅へダッシュした。駅までは200m程度の距離だが、日ごろの運動不足がたたり、100mもダッシュしないうちに息があがってしまった。
なんとか改札を抜け、ホームにつくと、丁度、電車が出発したところだった。
「遅かったか!」
僕は、肩で息をしながら、赤いテールランプが暗闇に消えていくのを見守った。時刻表どおりなら、次の電車までは20分待たなければならない。
まぁ、後で携帯電話を充電してメールをいれておけばいいか……と思って、振り向くと、マナミが青ざめた様子で立っていた。
「あっ、私の傘……」
「マナミ! 喫茶店に忘れていっただろう? よかった会えて……はぁ、はぁ」
僕は、白い息を整えながら、彼女に傘を手渡した。
すると、彼女は、僕に抱きついて泣き出した。
「アキラ、ありがとう!」
向かいのホームには、帰宅途中のサラリーマンや学生であふれている。僕は、あわてて彼女をなだめるとベンチに座らせた。
「だいじょうぶ?」
「ご、ごめんなさい。取乱しちゃって」
彼女は、傘を抱きしめて、僕に話をしはじめた。
「この傘は、私にとって大切な傘なんです。母が昔使っていたもののお古なんですけど、このヒマワリの柄がとても好きで、母からやっと譲ってもらったんです」
「ヒマワリ?」
彼女は、ゆっくりと傘を広げた。すると、青い空に向かってヒマワリが元気に伸びている柄が表れた。
「母は、昔、ヒマワリってあだ名だったみたいです。旧姓が、日向 葵って名前なんですけど、苗字の前後をいれかえるとちょうど、向日葵ってなるんですよ」
「ああ、なるほど!」
「それでヒマワリってあだ名がついたそうです」
「そうなんだ……」
あ、ちょっと待てよ。さっき解読した文章に、たしか、ヒマワリってでてたよな。
太陽は
南風に憧れた
自由気ままに飛び回り
誰にも縛られない南風
南風は
風見鶏がお気に入り
どんなに辛くあたっても
しっかり見つめてくれる風見鶏
風見鶏は
ひまわりを見守った
明るく元気に背伸びして
いつも微笑むひまわりを
ひまわりは
太陽に恋をした
いつでも真面目で
顔色一つ変えない太陽を
ずっと憧れていたかった
ずっとお気に入りにしたかった
やさしく見守り
恋していたかった
それなのに……
「さっきの暗号文だけど、そこにでてくるヒマワリって、お母さんのことじゃないかな」
「風見鶏はヒマワリをいつも見守った……ということは、風見鶏は、私の父のことですね!」
「となると、ヒマワリが恋した太陽っていうのは、僕の父ヒカルのことになるのかな」
「そうですね! でも、この南風……っていうのは?」
「たぶんだけど、僕の母がミナミって名前だから……」
「でもそうなると、南風は、風見鶏がお気に入りってことになりますよ」
「うーん。僕の母は、マナミのお父さんのことが好きだったのかなぁ」
「どうなんでしょう」
どうもこの最初のページには、幼馴染3人と僕の母を含めた相関関係が説明されているようだ。まとめると次のようになる。
太陽:ヒカル → 南風:ミナミ
南風:ミナミ → 風見鶏:マナミの父
風見鶏:マナミの父 → ヒマワリ:マナミの母
ヒマワリ:マナミの母 → 太陽:ヒカル
という見事に面倒な四つ巴の関係になる。
最後のフレーズが「ずっと……していたかった」という表現になっていることから、その関係が大きく崩れるある出来事があったのだろう。
僕とマナミは、ホームのベンチで少し興奮気味に話をした。
「ともかく、残りのページも解読してみるよ」
「わかりました。なんだか、私の父と母のことも関係してそうですね」
「そうかもしれないね」
突風が2人を包み込み、電車が到着した。
「電車が到着したね。この続きはまたにしよう」
「はい」
「気をつけて帰ってね、またあとでメールするよ」
「マフラーお借りします。ありがとう」
マナミは、僕の手をギュッとにぎると電車に乗り込んだ。
電車のトビラがしまると、マナミはガラス窓越しにニッコリ微笑えむと手を振った。
(つづく)