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『今どこ?一人?』
駅で別れ、電車に乗って自宅に帰ったらそんなメールが入っていた。
『一人です。自宅にいます』
『後から行く。待ってて』
彼からすぐに返事が来た。
彼が来る。
でもいつものような喜びはそこにはなかった。
ただ思い出すのは志野山さんが私に見せた軽蔑のまなざし。
彼が私を誘うことは2度とないだろう。
それがなんだか悲しく、私はぺたりと床に座り込んだ。
『今部屋の前』
寝てしまったらしい。携帯の振動で起こされ私はメールを確認する。
「鳴子!」
玄関のドアを開けると彼にぎゅっと抱きしめられ、驚く。
「……君を失うかと思った」
彼は私を抱きしめたまま、つぶやく。
きゅっと胸が締めつけられ、目頭が熱くなる。
「……私がそんなことを言う権利はない。だが、君を誰にも渡したくないんだ」
「北田さん!」
彼の言葉が私の罪悪感を消しさる。
彼の愛を感じて、それだけで胸がいっぱいになる。
結局、私は彼から離れられない。
その夜、私は彼と初めて夜を共に過ごした。
「じゃあ、今日は会社に行かないから。明日」
朝早く、彼はそう言ってアパートを後にした。
初めて彼と夜を共にし、目覚めると彼が側にいる喜びに浸った。
しかし、時間が経つにつれて喜びは薄れ、罪悪感がこみ上げる。
『最低だな!』
志野山さんの言葉が脳裏によみがえり、私はその場に崩れ落ちた。
『鳴子、今日の夜暇?』
午後すぎ、そんなメールが入る。
円……志野山さんは確かに円から聞いたと言っていた。
私は彼女が許せなかった。私の秘密を軽々しく人に話すなんて、そんなの嫌だった。
夕方彼女から電話が入った。でも私は結局電話と取らなかった。
その日から私はますます孤独になった。
私をよく誘ってくれる円から連絡がくることがなくなり、私は毎日毎日彼のメールを待った。しかし、あの夜から彼の様子は変わった。
会う回数が週2回から1回になり、月一に変わった。
私の心はどんどんすさんでいき、社内で何度も彼に問い詰めたくなった。
そんなある日の日曜、少し離れた場所の大型スーパーに出かけると、私は彼の姿を見かけた。
お腹が大きい奥さんと楽しそうに買い物をしている姿、私は思わず彼らの姿を追った。そして彼が奥さんから離れた時に、私は奥さんに近付いた。
幸せそうな彼女が許せなかった。
彼の子どもを身ごもる彼女が許せなかった。
「こんにちは」
私は笑顔を必死に作り、彼女に話しかける。
初めて見る彼女は私より10歳程上の、多分彼と同じ年齢くらいに見えた。柔らかな茶色の髪のショートヘアで、活発そうな女性だった。
「えっと、こんにちは」
彼女は戸惑いながらも返事をする。
この人は誰だろうという視線が私の顔に向けられる。
「あの、北田さんの奥さんですよね」
「はい。そうです」
何も知らない彼女は笑顔のまま。
私はその笑顔を叩き壊したい衝動に駆られ、口を開く。
「私、」
「鳴子!」
しかし私が言葉を発するよりも早く、私を呼ぶ声がした。
「こんなところにいたんだ。まったく探したよ」
それは志野山さんで、私は彼を凝視する。
志野山さん?なんで……
久々に見た彼は以前とまったく変わっていなかった。彼は息を切らせ、ぐいっと私の腕を掴むと自分の元に引き寄せる。掴まれた腕が痛いくらいで私は顔をしかめた。
「えっと、どちら様で?」
「ああ、すみません。俺は鳴子、折野鳴子の彼氏で志野山って言います。一緒に買い物に来たんですが、なんか上司の奥さんを見たら挨拶したいって言って姿を消したんですよ。まったく、鳴子は!」
え、なんで?
しかし彼は私の疑惑の視線を無視して、にこやかな笑みを浮かべ彼女を見ている。腕を掴む力は強まり、私は悲鳴を上げそうだった。
「ああ、そうなんですね。主人の会社の方でしたか。北田の家内で愛美と申します。宜しくお願いします」
「……宜しくお願いします」
彼に肩で押され、私は否応なしに頭を下げる。
「鳴子、ほら買い物続けるぞ。もう挨拶はいいだろ?」
彼にそうせっつかれ、私はこくんと頷く。そして私達は彼女から離れた。