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午後すぎ、志野山さんからメールが入る。
『飲み会の場所は紀山町だから、駅に6時半に来てね』
『わかりました』
合コン、そして彼の気持ちを考え、憂鬱な気持ちになりながらも返事を返す。
「乾杯!」
駅で数名の人と会い、私達は店に向かう。合コンかと思ったら、そういう雰囲気ではなくてなんだか安心した。みんな志野山さんの友達みたいだった。
明日も仕事ということで10時にはお開きになり、私と志野山さんは駅に向かう。他の人達はこれからまだ飲むみたいだった。
「楽しかった?」
「はい。ありがとうございます」
おしゃべりが苦手な私に冷たい視線を向けるわけでなく、彼の友達は楽しい話をしてくれた。話を振られてあたふたしてる私に助け船を出してくれたのは志野山さんで、面白くない私の話を面白くしてくれた。
でも時折、彼が少し考える様な顔をしていたのを見つけて、私は彼が円のことを思っているのだと感じた。
「鳴、折野!」
不意にそう声をかけられ、私はぎくっとしてしまった。
それは彼で……多分一緒にいたのは取引先の人だと思う。
彼が勘違いしているのがわかって、私は何か言い訳をしないとと考える。
でも、私達の関係は不倫だ。言い訳も、取引先の前ですることができるわけがない。
「こんばんは」
動揺する私より早く言葉を発したのは志野山さんだった。
「……私は折野さんの友人で志野山と申します。あなたは確か折野さんの上司でしたか?」
志野山さん?
彼が北田さんを私の上司だとわかったことが不思議だった。
なんで?
でも答えは出ることはなく、北田さんと志野田さんの会話は続く。
「……そうです。申し遅れました。折野の上司の北田です。橘さん、すみません。彼女はうちの会社の事務の子で折野、そしてそちらが彼女の友人の…」
「志野山です」
「そう、志野山さん」
「ああ、よろしく。私は刈田電気の橘だ。以後お見知り置きを。ああ、北田さん、若い子と一緒に飲むのも楽しそうだ。どうだ、君達一緒に飲まないかね」
橘さんの言葉に彼が私に視線を向ける。その視線に痛いくらいで私の背中に嫌な汗が流れる。
彼に誤解されているのが嫌だった。
きっと、彼は私が志野山さんと浮気していると思っている。
「橘さん、申し訳ありません。これから彼女と家に帰る途中なんです。また今度飲みましょう」
「し、志野山さん!」
なんてことを。
彼の視線に鋭さがましたのがわかり、私は体を強張らせる。
「ははは。若い人は正直だな。北田さん、じゃ、私達だけでいつもの店に行こうか」
しかし橘さんはそういう私達に気づくことなく笑うと、彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「……そ、そうですね。そうしましょう。折野、明日は遅刻するじゃないぞ」
北田さんはぎこちない笑みを浮かべると私に背中を向ける。
誤解、誤解です!
そう言うわけにもいかず、私は志野山さんを睨みつける。
「行こう」
しかし、彼は気にすることもなく私の腕を掴むと歩き出した。
「放してください!」
北田さんたちの姿が見えなくなり、私は彼の腕を振り払う。
「どう言うことですか?だいたい、なんで北田さんが私の上司だって」
「あの人が君の不倫相手なんだろう?」
「ふ、なんでそのことを!」
「円から聞いてる。だから、俺は君を飲み会に誘った。円からいい人を紹介してくれって言われているから」
「そんな、そんなこと」
私は恥ずかしさで顔が熱を帯びたのがわかった。
「……俺は不倫とかそういう大嫌いなんだ。だから、君たちを別れさせたかった。まともな男だったら、これで諦めると思う」
「!」
パチンと音がした。気が付いたら私は彼の頬を叩いていた。
「鳴子ちゃん!?」
「あなたには関係ないことです。私はあの人が大好きで、誰にも迷惑をかけていないつもりです!」
「迷惑かけてない?ふざけるな!彼の奥さんが何を思っているかわかってるのか?気付かないとでも思っているのか?」
顔を赤くはらしたまま、彼は私に怒鳴り返す。
「……気付かれないようにしてるつもりです。私はただ少し彼を借りているだけなんです。メールとか送ってないし、奥さんが気づくはずない!」
「最低だな!」
最低……
そんなこと、わかっている。
わかっている。でも私には彼が必要だ。彼だけが唯一、私の生きてる証だから。
「俺は、君はもう少しまともだと思っていた。だけど本当にがっかりした」
彼の冷たい言葉が私をどうしようもなく惨めにする。
でも彼の言っていることは正しい。
「……とりあえず駅まで送る」
彼は私から顔を背けると歩き出す。
惨めな私は彼の背中を追って、駅へ向かった。