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だめだよ。
脳裏で理性の私が泣きそうな声でそう言う。
わかっている。
本能の私は冷たく答える。
彼の薬指に光る指輪。
煙草の匂いに交じり、主張する家庭用洗剤の香り。
「好きだ。愛している」
彼はそう言って私を抱きしめる。
私は今、どうしようもない恋をしている。
「今日飲みに行かない?」
「ごめん」
毎回断るのに誘ってくれる円……。
ありがとう。
でも今日は月曜日、約束はないけど、彼のために空けている日。
私達は週に2度程、恋人として会っている。
彼は奥さんに会社の接待とか、友達と飲むとか、そう嘘をついて私のアパートに会いに来る。
当然、彼と一緒に夜を過ごすことはない。
「そんな関係早くやめてしまえばいいのに」
円はいつも私にそう言う。
そう、やめるべきだ。
私もわかっている。でも携帯電話に彼からのメッセージが入ると、その考えはどこかに消えてしまう。
会いたくて、会えるのが嬉しくて別れられない。
彼を失ったら私は自分の人生が終わってしまうような気がする。
高校を卒業して入った会社、当てられる仕事は単調なものばかり。コピー取り、お茶くみ、電話応対。
もう2年も働いているが内容は変わらない。
私の一つ上の先輩は、単調な仕事に飽きてやめてしまった。女性が少ない職場、女の子と呼ばれ、重要なことなどさせてもらえない職場。
私にとって、彼との関係だけが生きている証のような気がしていた。
「鳴子、今日は絶対に付き合ってもらうから」
水曜日、円に強引に誘われ飲み会に参加した。6対6の飲み会は合コンで、私以外の女性は皆キラキラしてて眩しかった。来なきゃよかった。
私はすぐに後悔した。
「円……ごめん。わたし、」
みんなが酔い始めた頃合いを見て、私はそう円に切り出す。すると、その横に座っていた男の人がぐいっと私の肩を掴む。
「鳴子ちゃんだっけ?だめだめ、酔い潰れるまで飲まなきゃ!」
「!え、でも、」
掴まれた肩が熱かった。私は失礼にならないように体をよじって彼の手から逃れる。
「鳴子!今日は帰さないわよ。私の家に泊まっていってね」
目が据わった円にそう言われ、私は仕方なく残ることを決める。しかもなぜか席はさっきの男の人の隣だ。
なんて、名前だっけ?
私はさりげなく彼の顔を見ながら、名前を思い出そうとする。
えっと確か志野山…翔。
「鳴子ちゃん、鳴子ちゃんは何飲んでるの?梅酒?かわいいなあ」
志野山さんははははと笑いながら私の背中を優しく叩く。
彼以外の男の人に触れらえたことがない私は、びくっとしてしまった。
「あ、ごめん」
「翔!あまり失礼なことしないでよ。鳴子は純なんだから」
「そうか、円とは違うか」
「ふん、そうよ。悪かったわね!」
円がビールジョッキを煽りながら不機嫌そうな顔を見せる。
仲がいいなあ。
この二人。
付き合ってはないんだよね?
あ、そうか円は別に好きな人がいたんだっけ。
私は私の両脇に座る二人を交互に見ながら、そんなことを思っていた。