国王暗殺〜恋愛分岐はこうしてできた〜
とある小さな村があった。
平和でのんびりとした田舎町。
ここに将来を約束した小さな子供達がいた。
「ねぇ、ユーファ。大人になってもずっとずーっと一緒にいてね。約束だよ」
「うん、約束」
ちゅっ、と音を立てての可愛いキス。二人の親も「あらあら、もう運命の相手を見つけたのね」なんて笑っていた。
小さな子供の拙い約束はいつしか忘れ去られ、穏やかな村の空気に溶け込んでいく。
そうして、いつか「あんた達、小さい頃に結婚するーってキスしてたのよ」と親の笑い話になる筈だった。
だが、可愛い子供達の健やかな成長を国は見守ってくれなかった。
その年の秋−
「きゃああああ!!!」
「止めろ!妻にな…ぐっ!」
「あなたーっ、きゃあ!!」
「燃やせ!!燃やし尽くせ!裏切り者どもは根こそぎ始末しろ!!」
村中に響き渡る悲鳴と興奮している兵士の声。
そして恐怖のあまり立ち竦む私を…いや、おねえちゃんを見つけて兵士がにんまりと笑った。
「…さがってなさい」
おねえちゃんが私を庇うように一歩前に出る。
いやだ、この先は見たくない。
思い出したくない!!
止めて!!
おねえちゃんに!わたしに!
いたいことしないで!!
「……っ!!」
飛び起きたアリーナは周りを見て、夢から醒めたと理解した。
理解したが、今度は起きた頭で昔のことを思い出してしまい、顔を歪ませる。
「おねえちゃん…おかあさん…っ」
手が痛くなるほど粗末な毛布を握りしめアリーナは、ぽろぽろと涙を流した。
「おとう…さん…ユーファ…」
アリーナはあのあと、どう逃げたのか覚えていない。
ただ、幼いながらも憎んだ。
姉を殺した兵士を。
兵士を指揮した軍人も。
その軍人に命令をした国王を。
あれから十数年。
アリーナも大人になった。
小さく可愛かった頃の面影はなく、鋭い眼差しと傷だらけの身体を持つ女性へと成長した。
平和な村で育っていたら良縁が来るぐらいの器量よしに育っていただろうに、と残念がるような昔のアリーナを知る者は誰もいない。
アリーナだけがあの日にいる。
毛布から手を離したアリーナは、顔をこすると服を着替え、テントから出た。
まだ夜中で、見張り以外寝静まっている時間だ。
小さい炎がぱちぱちと薪を崩していく。暫く入口からその炎を見ていたが、やがて見張りの男に声をかけた。
「お疲れ、見張り替わるよ」
「なんだ、眠れないのか」
肩を竦めたアリーナに「またか」と男は呆れた顔をする。他の見張りの時はテントから出ないが、この男の時だけアリーナはよく夜中にこうしてテントから出てくるのだ。
最近は男もそれを解って、よく見張りをかってでている。
「お前なぁ、睡眠はしっかりとれよ。大事な時にリーダーがぶっ倒れたとか洒落になんねーぜ」
「ふん、その時はラフォーに頼むよ。ま、大事な場面は譲る気はないけどね」
アリーナが向けた視線の先には、二つのテントが並んで立てられていた。他とは違う色のテント。中を知ってるからこそか、そのテントの周りの空気が重く感じられる。
「明後日か…。長かったな」
ラフォーが静かに火を消した。
きっと、泣きそうなのだろう。
彼はアリーナと同じ様に、不意に家族を国に奪われたのだ。
ラフォーだけではない。周りのテントで寝ている数十人もの仲間も皆、傷を抱えている。
「長かったね…」
憎しみを抱えて、時には諦めて時代に流されようとする自分を叱咤しながら、どうにかここまでやってきた。
もうすぐ終わる。
全て終わる。
終わった後の未来をアリーナは描いていないし、望んでもいない。
遺体すら見ることが叶わなかった両親やユーファの元へ行く。
それが願いであり、避けられない運命だろうと漠然と思っていた。
ラフォーもそんな彼女を知ってか知らずか、その先の話をしなかった。
「じゃあ寝るよ、お休み」
「……お休み」
前のメンバーからの紹介で来たラフォーは陽気な性格だが、落ち込む時は深くまで落ち込む。
今はそっとしておいた方がいいと四年の経験から知っているアリーナはテントに戻ることにした。きっと明日には元気な彼になっているだろう。
テントを閉める際に彼をそっと見ると手で顔を覆い隠していた。
朝。
寝不足だったり、目が赤くなっていたりとした面々が活動を始めた。皆いつも通りに振る舞おうとしているが、成功していない下手な役者だ。
数日この調子だが無理もない。
『国王を殺害する』
この大事を目前に控えた今、感傷に浸るなという方がおかしい。皆、大事なものを奪われ、国を憎んでいる。
間近に迫った今、それを夜な夜な思い出して眠れないのだろう。
「おはよ」
「リーダー。おはようございますっ」
「あんた達、朝から顔真っ赤だね。泣くなら明日、全部終わってからにしな」
アリーナが優しく笑いながら言うと、メンバーもぎこちないながらも笑った。
「詳細は以前伝えたから、頭に叩き込んでるね?計画に変更はない。追加もない。今日の予定もないから、自由行動だ。悔いのないようにしときな」
朝のミーティングでアリーナはそう伝えると僅かではあるが皆にお金を渡した。
皆、手元のお金をじっと見つめる。何に使うべきか考えているのだろう。
今まで、自由に使えるお金なんて殆どなかったのだ。最低限必要なものを買うだけの生活に慣れきった彼らはいきなり与えられたものに最初は戸惑うだけ。
しかし、一人二人立ち上がると全体が動き始めた。
町へ行こうとする者、お酒買って飲もうと誘い合う者など様々だ。性格が出るな、とアリーナは皆を見ながら笑った。
「で、お前は何すんだ?」
「ラフォー。そだね、身綺麗にでもしようかな……あんたは何すんの?」
「俺はコレよコレ。やっぱ楽しまないとな」
「ああ、娼館か。楽しんできな」
「ああ、帰ってきたらお前と交代な。昼ちょいすぎには戻るぜ」
笑いながら、町へと下ったラフォーだったが戻ってきたのは僅か二刻後だった。
「早かったね」
「……溜まりすぎて早かった」
思わず、笑ったアリーナを睨み、「早く身綺麗にしてこい!!」とラフォーは彼女を追い払った。
「いらっしゃい。あれま、勇ましいお嬢ちゃんだね」
「格好いいでしょ。おばさん、湯浴みさせてね」
ちゃりんと銅貨を渡すとおばさんは「ごゆっくり」と笑顔で中に入れてくれた。まだ昼前だからか、客はおらずアリーナはここぞとばかりに身体を念入りに洗い、入浴を満喫した。
普段は滝で水浴だ。
「あ〜、気持ちよかった」
あがったアリーナが着たのは先ほど買った新しい服。
その服は幼いユーファと姉がよく着ていた水色。
自分には似合わない色だと解ってはいたが、死装束はこの色にすると以前から決めていたのだ。
案の定、受付にいたおばさんも「あんたにはちょっとね〜」という顔をする。
基地に戻るとラフォーや仲間達も同じ様な反応をした。
そして日が沈み、星が灯りの代わりになる頃。
「さ、皆カップは持ったかい?」
静かに皆、カップを持つ。
アリーナはそれを確認すると空高くカップを掲げた。
「皆、思いは色々あるだろうが明日で区切りがつく。…約束してほしい。生き延びた者は過去を置き捨て未来を歩み、命尽きる明日が待っていた者は生き延びた者が歩く未来を想像しろ。朽ちても、それは誰かのための未来になると。国王暗殺は恨みでもあり、未来のためでもある!自分の過去に!未来に!乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
そこから酒飲みが始まるかと思いきや、皆しみじみと話し出した。
最初の一杯を最後の一杯としたようにお酒の量は減らず、静かに話す声が聞こえる。
アリーナも一口含んだだけだった。
「なぁ、隣いいか?」
「ラフォー。なんだい、酒好きのあんたも今日は呑まないのかい」
「ああ、明日は大事な仕事があるしな」
「……私はね。目の前で姉を乱暴され殺されたんだ」
「……」
「この色はね、姉が好きだった色。あと、一人。ユーファっていう仲いい子がいてね、その子が好きだった色」
「…ユーファ?」
「うん、男の子。確か結婚の約束までしてたんだよ」
「初恋か」
「……今でも継続中だよ。ふふっ、変だろう。ユーファを美化しすぎてるんだと思う。覚えてることは少ないのに。でも、その少ないことが忘れられないんだ」
アリーナはそう言うと一気にカップの中のお酒を飲み干した。
「初恋は実らないって言うだろう?……まったくだよ」
「おっと!お酒弱いんだからお前はもう呑むな。リーダーのアデイルが明日動けなくなったらどうする」
「……アリーナ」
「は?」
「本当の名はアリーナって言うのさ。アデイルは死んだ姉の名前。よくあるだろ?ぬくぬくと育っていた自分と決別するために名を捨てるって」
驚いて言葉を発することができないラフォーを尻目に「確かにちょっとお酒がまわってきたかな」とアリーナは水を取りに行った。
「……嘘だろ、おい…」
アリーナ。
その名はよく記憶に残っている名だ。
だってそれは――
「あれ?ラフォー?寝たのかな」
水を取りに行って戻るとラフォーはいなかった。
次の朝、夜明けと共にアリーナ達は城の裏山を下り分散した。
国王の済む居住地は城の中枢。
城への入口は三ヶ所。
文官の執務室が並ぶ東棟。
正門。
食料品や日常品などの受け渡しがされる西棟。
アリーナとラフォーは東棟と西棟の攻撃開始後に正門から少数精鋭で突破する予定だった。
だった、というのは今現在突入していないからだ。
「……おかしい」
合図として、狼煙があがるはずなのに一行にあがらない。
最初は緊張して待っていた皆も、やがてしびれを切らし始めたその時。
城の旗が下ろされた。
「なっ……!」
一瞬で緊張が走った。
城の旗が下ろされる。
それは城主が替わるときのみだ。
以前下ろされたのは先代国王が病で逝去した際だ。
いったい何が起こった?
無意識に草を掴む力が強くなる。予想外の事態だ。
出直す?仲間を置いて?ここまで来て?
選択の余地はない。他の二手が捕らえられて基地の場所でも知れたら、また一からになる。
それは無理だ。
ならば計画など関係なく突き進むしかない。
「みな――!」
突入するぞ!と言おうとした台詞は空に溶け消え、代わりに出たのはため息だけだった。
周りを騎士団に囲まれている。
アリーナ達は武器を置いたまま両手を上げた。
周りを囲まれ、城の中へと連行される。
城内は静まりかえっており、見かける人達は全て騎士団しかいない。
騎士団は白銀の鎧に水色のマントを象徴とするため、すぐ解るのだ。
明らかに何かがあったのだろうが、それを聞く資格が自分にはないことぐらい解る。
視線をじゃらり、と手枷をつけられた手に落とす。錆びているそれは何も出来なかった自分の人生を表しているようだ。
計画が上手く行ったら歴史に名前だけは残せたかもしれないのに、とそれしかなかった自分に自嘲していると前の騎士の足が止まった。
連れて行かれたのは玉座の間。
一般人は立ち入ることのできない権力の頂点が居る間だ。
「第一部隊キル=ウオンシュ入ります」
「入れ」
騎士が絢爛な扉を開けるとそこにはアリーナの仲間達が同じ様に手枷をつけられ、座っていた。
他には青いマントの騎士が見張りのため立っており、その中で一人だけ鎧を纏っていない真っ白な衣装を身に纏っている青年がいる。今は血で半分近くが赤に染まっているが。
そして玉座の近くには白い布を掛けられた遺体。
(まさか、いや、でも)
考えがついていかないアリーナに兵士が「座れ」と中央を示す。
今は大人しく指示に従うか、と座ったアリーナ達だが一人だけ座らない者がいた。
それは、今までの戦いの中でも、談笑の時も、いつも隣を歩いていた人物。
「第一部隊副隊長補佐ラフォー=ジルアスタ、ただ今戻りました」
「「「なっ……!!」」」
アリーナ達に動揺が走った。
――間諜。
心臓が大きく跳ねた。隣の人物は何と言った?副隊長補佐?
ゆっくりと隣を見上げれば目の前にいる自分の上司を嬉しそうに見るラフォーの姿がある。
釣られて目の前に立つ青年を見ると、彼もアリーナの方を見ていたらしく目が合った。
青年は首を怪訝そうに傾げ、すぐラフォーに視線を戻す。
「長いことご苦労だったな。手枷を今外させる」
近くにいた騎士が小さな鍵を取り出し、ガシャリとラフォーの拘束を解いた。
「お前を入れて全部で82名だ」
「全員います。リーダーのアデイルは俺の隣にいる女性です」
「アデイル、か…」
「ただ、昨日解りましたが、それは亡くなった姉の名を継いだそうで、本名は……アリーナです」
「!!」
それを聞くと青年はアリーナの方を勢いよく向いた。目を見開いてアリーナを驚きの眼差しで見つめる。
「どうしました?ユーファ隊長」
「ユー…ファ…?」
ラフォーがにやりと笑った。
アリーナが彼の名を言葉に紡ぐと、ユーファという青年は「本当に…」と眉間をつまみ目を閉じてしまった。その姿は、泣くのを一生懸命我慢している子供のように見える。
また状況を信じられないアリーナは固まっていた。
ユーファ
それは大事な大事な名前。
確かに瞳と髪の色は記憶の中の彼と同じだ。
だけど、面影はまるでない。
小さかったユーファは中性的な顔立ちで、ふわふわしていた。
でも今の彼は違う。しなやかな獣の様な雰囲気を持っている。
どう考えても目の前にいる青年と一致しない。
じっとアリーナが彼を見ていると目の前に水色のマントが広がった。
「サッズ副隊長」
「どうやらお二方には話す時間がいるようだね」
壮年の穏やかな騎士がアリーナの腕を引っ張り立たせた。
手枷の鍵を外すと、そっと彼女を前へとエスコートする。
「隊長。さ、後は私が彼らと話しておきますから」
肩を叩かれたユーファは目を開けて、副隊長を見た。
優しく笑う副隊長に頷くと、彼は、アリーナの手に最初そっと触れ、感触を確かめるかの様に手の甲を撫でた。
「すまない」
そう言うや否や、まだ固まっているアリーナの手を引っ張り走り始めた。一刻も早く二人きりになりたいと言わんばかりだ。
盛大に音を立てて閉まった扉にサッズ副隊長は目を細めて笑った。
「あんな隊長初めてみましたよ」
アリーナが腕を引っ張られて連れていかれたのは玉座からそう遠くない部屋だった。
ユーファはドアを閉めると、そのまま扉にもたれかかり、繋いだ手を見る。唇を噛みながら何かを言いたそうに、でも言葉にならない。そんな感じだった。
「ユーファ?本当、に?」
暫く沈黙が続いたが、先に口を開いたのはアリーナだ。
その声に弾かれるようにユーファは顔を上げて、彼女を見る。
ユーファは、ただ一言言った。
「抱き締めていいか」
そう言うと返事すら聞かずに、ぎゅっとアリーナを抱き締めた。
いきなりのことに最初強張ったアリーナも、一度躊躇ったものの、やがて返事をするようにユーファの背中をしっかり掴んだ。
「…アリーナ…」
ユーファは目を閉じて、相手が本当に目の前にいるという実感を肌で感じ取った。
日に焼けた肌。
傷だらけの腕。
傷んだ髪。
その全てが彼女の今まででの人生を表している。
アリーナはというと、今までの辛さが凝縮されたかのように、目の奥が熱くなりユーファの胸元に顔を埋めていた。
一生懸命声を抑えようとする様子が愛おしい。
それが家族愛か恋愛かはわからないが、今は本能のままに彼は抱き締める手を強めた。
今まででの彼女を環境を考えれば、どうしてもっと早くに見つけることができなかったのかと悔しさが募る。
ラフォーを間諜に行かせて四年。状況を直接彼に会って聞いたことだってあったのだ。
リーダーが女性と聞いてはいたが、よく勤まるなとしか感想を抱かなかった。
もう少し興味を持っていればよかった。
もう少しラフォーに話を聞けば、もっと早くに解っていたかもしれない。
後悔の念から更に手に力を込めるとアリーナが身動ぎをした。
「すまない、つい…」
「…ん、平気」
そっと身体を離すと、アリーナは自分の腕を擦った。
寒いからではない。
身体が離れて淋しいから。
この暖かさを逃がさないようにしているのだ。
「そういえば…何があったんだい?旗が下ろされていたけど…」
「王太子殿下による国王追放だ」
「王太子って、息子の?」
「ああ、知ってるだろうが、国庫の浪費に強引な政治と国王には問題が絶えなかった。王太子殿下が力業をもってしても戴冠しないといけないほどに」
「そっか」
「彼は聡明で先見の明もある。いい方向に進むだろう」
「…終わっちゃったんだね」
ぽつりと呟いたアリーナをユーファはまた抱き締めた。
それから、新国王の恩赦もあり、アリーナの仲間達は一年間の労働奉仕で免罪となることに決まった。
国境の整備や孤児院の手伝いなど各地にバラバラと散らされることになるが、皆晴れやかな表情だ。
やっと過去から未来へと歩き出せるのだろう。
だが、アリーナ自身はリーダーということから、他の仲間よりは重い刑を受ける。
「やだよ!何考えてんだ、あんたらは!!」
「いや、必要だなと考えてたんだよ。聞けば、剣の扱いも長けてるっていうし、あ、ちょうどいいやって」
そう暢気に話している優男こそ、弱冠25歳にして国を任された新国王だ。
確かに重い刑を与えると言われたし、それはそうだろうとアリーナは思っていた。
だから、5年の労働奉仕+死ぬまで定期的に城へ通わなければ行けないと言われて、そんなもんでいいのかと思っていた…のだが。
「あんたもなんか言ったらどうだい!」
「いやーん、アリーナちゃんこわーいv」
「王弟殿下…」
呆れているのはユーファ。
ハートマークが付きそうな声色で話しているのは王弟だ。
王弟は15歳。
女装が好きな少年だ。
「まあ、この通り可愛いだろう?男の騎士に襲われたら大変だけど女騎士っていないんだ。でも、護衛つけなきゃいけない身分になっちゃったし」
「それなら、ユーファやラフォーにさせれば…」
「ダメダメ。ユーファは隊長だし、ラフォーは流石に休ませてあげないと」
「それはそうだけど…ユーファ。この国王になんか言ってよ」
「ユーファは君が近くにいることになるから反対しないよ。護衛って言っても一人じゃないから危険も少ないだろうし」
ユーファはそれに黙って肯定した。
「ほらね。あと、これ命令だから。シフォン、ほら挨拶して」
「はーい、お兄様。王弟のシフォン=アンドラ=S=ベストテです。15歳、趣味は女装です。よろしく、アリーナちゃん」
「だから、私はまだ受けるって言ってない!」
「いや、命令だから」
「諦めなさい、アリーナ殿」
「サッズさん…」
今までで静観していたサッズに言われ、アリーナは周りに誰も味方がいないことを悟った。
どうやら、ここに「反逆者を護衛にするなんて、どうかしている!!」と言うまともな思考回路の持ち主はいないようだ。
「…解った。五年すればいいんだね?」
「そうだよ。五年。猶予は五年だからね?」
「猶予?」
「ううん、なんでもないよ」
「私も頑張ってみようかな〜」
「シフォンは若すぎるだろ?」
「そんなことないよ〜。ユーファには負けないようにお兄様、協定結ばない?」
「お、頭いいな。そうするか」
「?」
アリーナが首を傾げて、サッズに目線で問うが、彼はそれに肩を竦めただけだった。
続けてユーファに目を向ければ、心なしか機嫌が悪い。
聞いても「何でもない」とむっつりとした顔で言われてしまってはそれ以上聞けない。
なんで、あんなに不機嫌になったのか。
後日会う機会があったラフォーにその話をすると、彼は「そんな隊長珍しい」と笑った後、「俺も参加しないとな」と言っただけで、ユーファの不機嫌に心当たりはあるらしいが、教えてくれなかった。
アリーナはこれから五年、シフォンの護衛を勤める。
五年間の労働奉仕の末、過去の傷を乗り越え、彼女が手に取るのは一体誰の手か。
それはまた別のお話。