何がしたいの?
不定期更新です。
軽い内容のお話なのでサクッと読んでいただけたら。
「先輩たちは付き合ってるんですか?」
ふわっふわの、わた菓子みたいな女の子が、バンビなおめめをウルウルさせて質問してきた。
高校に進学してから早2年。
何度その質問を問いかけられたことか。
そのたび自分が答えずとも、隣にいるこの幼馴染が勝手に口を開いてくれる。
にこりと爽やかな笑みを添えて、これまた毎度同じ言葉を繰り返すのだ。
「もちろん、付き合ってないよ」
「そ、そうなんですか! ありがとうございます」
ほっぺを真っ赤にして、喜びを露わにそう答えるバンビちゃんのすぐ後方で「きゃああっ!」という歓声が聞こえる。
「ほらね、やっぱり言った通りでしょ」
「ただの幼馴染だって」
「そりゃ、司先輩だもん。もっとランク高い人選ぶよ」
こらこら。
内緒話のわりには、しっかりと聞こえているぞ。後輩ちゃん。
そう。確かに彼女たちの言葉は間違っていない。
私とこの男は付き合ってはいないし、お隣同士の単なる幼馴染だ。
むしろ、幼馴染を越えた兄妹のようなもの。
両親同士がとびっきりの仲良しのせいか、私たちは兄妹同然に育てられた。
私には兄、司には弟と、それぞれ兄弟がいるものの、司とは同学年のせいで一緒に過ごす時間が余計に多かった。
お互いのことは知り尽くしている――というか、知られている気がする。
テストの答案用紙の隠し場所だってばればれだったし、塾をさぼって友達の家で遊んでいたら、なぜか迎えに来られた。
(その後、口止め料としてコンビニで肉まんを買わされた事はしっかりと覚えている)
というわけで、ある意味、兄妹より近しい存在かもしれない。
ついでに言えば、両家を行き来するのも昔から自然なことで、お年頃を迎えたところで部屋の出入りを禁止されることもなく、プライベートもくそもなかったりする。
小学生の高学年にもなると、私たち2人はあまりにも距離が近すぎて、クラスメイトのからかいの対象となった。
司は意外にも「は? 付き合ってないし」と鼻であしらったきり、全く気にするそぶりを見せなかった。
周囲の男どもは、その反応の薄さがつまらなかったようで、すぐに興味を失ったようだった。
けれども女子はそうもいかない。
運の悪い事に、私の幼馴染は非常に優れた容姿の持ち主だった。
そればかりか、賢くもあり、サッカー部のエースときたもんだ。
私は虐めとまではいかないものの、先輩女子からは睨まれたり、クラスメイトからやっかまれたりと、それはもう大変だった。
女子って面倒くさい。
そうは思っても、一人で女子社会に立ち向かえるほど度胸があったわけでもなければ、周囲に認められるほどの美人や才女でもない。
司は相変わらず自分との付き合い方を変えないし、平和を愛する私としては、どうにか策をたてる必要があった。
そこで、司を恋愛対象外だと印象付けるためにと、いもしない優しく格好いい年上の従兄をでっちあげて、片思いの相手という存在をつくり上げた。
どこから聞きつけてきたのか、3日と経たぬうちに「初耳だぞ」と私の部屋に乗り込んできた司に事情を話すと、「お前も大変だな」と口にしながらも鼻で笑われたのには、些か腹が立った。
当然だろう、誰のせいでこうなったと思ってるんだ!
(けれども面白がって、その架空の従兄とやらの詳しいプロフィールを一緒になって考えてくれたのは助かった)
そんなこんなで中学に入っても、十も年上の従兄に実らない恋をしている健気女子を演じ切ったおかげで、司シンパにうとまれるわけでもなく、もちろん彼氏が出来るわけでもなく、比較的平和な3年間を過ごしてきた。
けれども高校に進学し、新しい顔ぶれになると、一緒に登下校をする私たちの事を勘ぐる輩が出てきた。
司は高校に入ると、ますます人気者の地位を不動のものとし、近所の女子高の間でも噂に上がるほどだった。
高校生にもなると、思春期特有のからかいの対象となることはなかったものの、司の隣に立ちたいと積極的に行動を起こす女の子たちは増える一方だった。
またしても、嫉妬だとかライバル心だとか厄介なものに巻き込まれてしまう。
一難去って、また一難。
本当に女子って面倒くさい生き物だ。
とはいえ、私だって女子であることを捨てているわけではない。
中学時代は面倒事を避けたいこともあって、彼氏なんて言葉とは無縁だったが、花の高校生がすることといえば、そう。男女交際である。
特に気になる異性がいるわけではないが、それでも憧れの彼カノ生活というものを味わってみたい。
同じクラスの仲良し組は彼氏持ちの子もいれば、そうでない子もいる。
たまに話の中で、合コンという言葉が出てくる事があるが、非常に興味深い。
いわゆる男女の出会いの場ってやつだ。
「ねぇ、私も参加してみたい」
「アンタは駄目! 司君がいるでしょ」
なぜだ、司は彼氏などではない。
本人が、そう断言しているではないか!
そんな私の主張はどうしてなのか、内輪では一向に通用しない。
「だから、あいつは彼氏じゃないってば! いつもそう言ってるでしょ」
「それでも必要ないでしょうが」
そう、こんなふうに。
友人たちは、相手にすらしてくれないのだ。
「あれ、司くん」
「おー、どしたの? なんかメグが騒いでっけど」
噂をすれば、何とやら。
丁度いい。わからず屋の友人たちの前で、いつものようにはっきりと言ってやってくれ。
「司! ちょっと何とか言ってよ。私、これじゃあいつまで経っても彼氏できないじゃん」
「ん? メグ、彼氏欲しいの?」
「そりゃあ、欲しいわよ」
「ふぅん」
司は目を細めると、近くの椅子を引き寄せ、机を挟んだ私の向かいに腰を下ろした。
机上に両肘をのせて、頬杖を突く。
「それじゃ聞くけど。メグ、彼氏と何がしたいの?」
久しぶりの至近距離に、今更ながら司の整いすぎた容姿に感心してしまう。
ちくしょう、羨ましい限りだ。
目の前の顔をまじまじと見詰めていると、上目遣いで軽く睨まれた。
ちょっと不躾だっただろうか。
気を取り直して口を開くこととする。
「――だから、デートとか。映画見たり、遊園地行ったり」
「うん、他は?」
「えっと……学校帰りにお茶して、テスト前は一緒に勉強したりとか」
おや?
心なしか、司の顔が段々近づいてくるような気が。
「他には?」
「他に……あ、あと、誕生日とかクリスマスとか。一緒にイベントを過ごしたりとかさ」
「あとは?」
「えーと……と、とりあえず、そんなもんかな」
突然、司の動きがぴたりと止まり、彼の両手がちょうど耳の高さで万歳の形をとった。
「なぁーんだ。どれも俺とやってることじゃん」
間延びしたような口調でそう言うと、ぐんと身体を逸らして伸びをする。
そして、おもむろに指折り数え始めた。
「映画はいっつも割引デーのとき、一緒に観に行くじゃん。遊園地は、最後に行ったのは去年だっけ? 茶ぁは家で飲んでるし、おまえの勉強見てやってるときに」
「……はい?」
「イベントって、クリスマスも誕生日も合同でやってるだろ、どっちかの家で」
「だーかーらー、そういうんじゃなくって!!!」
こいつは何もわかっちゃいない!
私は勢いよく椅子から立ち上がった。
「もう、いいし! 司と話しても無駄」
私はそう言い捨てると力任せに教室の扉を開け、一目散に女子トイレに向かった。
その後ろ姿を見送る司の口元が、これでもかというほど緩んでいたことを、私はもちろん知る由もない。
始めてしまいました。
見切り発車……。
そんなに話数はいかない予定です。