空の色を変える魔法。
「兄ちゃん、やっと見つけたー!」
そう言って3年ぶりに会ったミオは、にっかり笑っていた。
ここは王都から離れた街から、さらに離れた田舎道にある一軒家。
下の階が居住スペース、2階は外階段から上れるテラスとなっていて、都会でいうカフェなるものが開かれている。
今では噂を聞きつけて、都会からお金持ちのお嬢さん方がお忍びできたりもするので、こんな田舎道にあっても、商売は上手くいっている方だろう。
俺は、ここの雇われ店長だ。
孤児院出身の割にはいい仕事に就かせてもらっているのは、オーナーが変わり者なのと、俺の固有魔法のおかげだった。
魔法は、稀に人が持つ能力だ。
生まれながらにして持っている者たちも、よくてひとりひとつまで、何かしらの固有魔法が備わっている。
俺は自分の魔法のおかげで生き延びていた。
そんなある日、同じ孤児院出身のミオが店にやってきたのだから驚くのも無理はない話で…。
「兄ちゃん、やっと見つけたー!」
ミオは呆れたような嬉しそうな顔で、俺に近づいてきた。
3年ぶりに見るミオは、すっかりお姉さんになっている。
健康そうであり、肌ツヤもいい気がする、いいことだ。
ちなみに、実の兄ではない。
孤児院の古株であり、年齢的に出されるまで最年長だったために、一緒に暮らしていたチビたちはみんな俺のことを『兄ちゃん』と呼んでいた。
「どうした、突然」
「それはこっちのセリフだから!いい仕事見つけたからって言って、王都を出て行って音信不通ってどういうことよ!?みんなでのたれ死んでるんじゃないかって心配してたんだからっ!」
「なんで、のたれ死にが確定なんだよ」
「一報くらいくれてもよくない!?」
ミオは頬を膨らませて、カウンターにどんと肘をついた。
今日はオーナーもいないし、客の切れ目の時間帯で店には俺とミオしかいないから、まあいいか。
「いや、お前たち今どこにいるか知らないし。あの頃のがきんちょたちはみんなもう孤児院を出てる頃だろうしと思って」
「もうっ!そういうところ!ほっんと変わってないっ!」
ぷりぷり怒る様子も変わってねえなと思いながら、とりあえず水を差し出した。
「なんか注文するか?」
「兄ちゃんのおごりなら!」
「俺、別に儲かってねえんだけどな…」
実際は下の階に住まわせてもらっているし、給料も出てるから、孤児院出身の割には上等ではあるけど。
「でも、この店が繁盛してるのは兄ちゃんの魔法でしょ?噂で聞いて、すぐに兄ちゃんだってピンと来たもん!」
ミオがにかりと笑うので、俺は肩を竦めるしかなかった。
「それは一番高いメニューな」
「なるほどねぇ。兄ちゃんの魔法、綺麗だもんね」
「今、他の客はいないから、それならサービスしてやれるぞ」
「おお!じゃあ久しぶりに見たい!いい?」
「何色がいい?」
「ピンク!」
「はいよ」
俺は注文通り、空に手を翳して、魔法をゆるゆると発動していく。
今日はよく晴れた日だから、効果抜群だろう。
テラスの真上の空がゆらゆらと揺れて、滑らかにピンク色へと変わっていく。
これが俺の固有魔法、空の色を変えるだけの魔法。
なーんの役にも立たないと思っていたこれが、カフェのテラス席と組み合わせると女性客に大ウケだった、というだけだ。
幻想的やら、癒やされるやら、俺にはイマイチぴんとこない感性だが、使えるものは使うのみ。
「兄ちゃん、もうちょっと白っぽいのがいい」
「そういや、この魔法にうるさいのミオだったな」
「眠れない時によくやってもらったよね」
「そうだっけ」
「あのね、兄ちゃん」
ミオは薄ピンクの空を見上げながら、優しい声で言った。
「私、結婚することになったの。だから、兄ちゃんを探してたんだ」
ミオはくるりと振り返って、はにかんだ。
「兄ちゃんのこと、結婚式に招待していい?まあ、教会で誓うだけなんだけど。他のみんなも来るよ」
照れたように笑うミオの健康そうな理由がわかって、ホッとするようだった。
妹分のこんなに幸せそうな顔が見られるとは、あの頃は想像つかなかったな。
「まじか…、それを先に言えよ。オーナーから休みもぎ取らねえと。いや、ぜってえ行く。行くよ、誘ってくれてサンキュー」
「本当?絶対来てよ」
「行く。つーか、おめでとうミオ。幸せになれよ」
「うん、それは任せて!」
ミオの顔を見て、きっと大丈夫だと心から思えた。
祝うようにミオの好きなピンク色にすると、ミオのはしゃいだ声が聞こえて、やっぱ変わんねえなと思った。
「兄ちゃん、まじで生きてたじゃ〜ん」
「のたれ死んでるのかと心配してたんだよ?」
「だから、なんでのたれ死になんだよ。他にもあるだろ、いろいろ」
ミオの結婚式の日、俺はオーナーに頭を下げて休みをもらおうとしたら、「いいねぇ!僕も久々に王都に行きたいから、お店休みにしちゃおう〜!」と気まぐれな許可を得て出席できていた。
ミオの言った通り、孤児院出身のあの頃のがきんちょたちはすっかり大きくなっていて、立派な青年たちになっていた。
「いいねぇ〜、君の知り合いたちはみんな働き手としてよさそうな子たちばっかりだね」
「まあ、それぐらいしかやれることもないですしね」
「そうかいそうかい」
なぜか一緒に出席することになったオーナーは、にこにこしていた。
「ご祝儀は弾むから任せてっ!」と言って、本当に用意してくれたからすごい…。
式が終わったら、王都にあるもう一つのカフェを貸切にして、ご馳走を振舞ってくれるというから、さすがに気が引けたのだけれど、「いいのいいの、祝い事はみんなでお祝いしなきゃ」と言ってくれたので、お言葉に甘えた。
本当に、俺は運がいいというか、人には恵まれやすい。
「それにしても、ひと雨きそうな天気だねえ」
「ですね」
「ミオ姉ちゃんの式まで、もつといいけど」
王都の中でも小さな教会に詰め込むように人が入っていって、外の天気を気にしている。
たしかに、雲がどんよりし始めている。
降らねえといいけど。
そうこうしているうちに、結婚式は順調に進んでいった。
孤児院出身の俺ら以外にも、旦那の方の友人など、思いの外人が多くて、自分のことのように嬉しくなる。
俺らは煙たがれることが多いから、祝福されているところを間近に見るのは、嬉しい以外の何ものでもない。
「ミ、ミオ姉ちゃんのくせに綺麗だよおおぉぉぉ…!」
「うわ、めちゃくちゃ泣いてるじゃん、こいつ」
「まあまあ、お前にミオ姉ちゃんは無理だったって」
「え、なに。そういう感じ?」
「兄ちゃん、そっちは疎かったもんなぁ」
「ええ……」
弟と妹たちの恋愛事情なんて、知りたかないんだが。
苦笑しながらも、白い中古のドレスを着たミオは、みんなが言う通り綺麗だった。
「ミオが幸せそうで、よかったな」
俺の呟きに、弟分たちは「うん!」と力強く頷いた。
式といっても、ミオの言った通り誓いのキスをしただけだったが、終わる頃には教会の外は土砂降りになっていた。
「あーあ、こりゃひどい…」
「出るに出らんないね、どうしよっか」
分厚い雲に覆われた空は、さっきよりも暗かった。
雨音が激しく、寂れた地区が隔絶されているみたいだった。
俺ら孤児と、それ以外みたいに見えて、こんな日じゃなくてもなぁという気分になる。
「兄ちゃん、魔法使ってみてよ」
いつの間にか近くに来ていたミオが言った。
「いや、俺の魔法はそういうんじゃないし…」
「うん、知ってる。でもほら、雲の向こうの空の色が透けて見えたら、ちょっとはマシじゃない?」
「いいじゃん、やってみてよ兄ちゃん」
「あんだけ雲があったら無理だと思うけどなぁ…」
そう言いつつも、ここから空に手を伸ばしてみる。
ゆらゆらと空を撫でるように、手を動かしていく。
「あっ、あっちが緑色になってる!」
「あそこの雲が薄いなら、こっちもそろそろ雨上がるんじゃない?」
弟分のひとりが指差した方は、たしかに奥の空の色が見えた。
「おっ、紫になった」
「次は黄色?え〜兄ちゃん、今日大奮発じゃない?おれらがやってってせがんだ時は一色だったじゃん」
「今日はお祝いだからなあ」
「ずるーい」
「なんもずるくねえわ。これ、案外疲れるんだからな」
そう言いながら、赤へと変えていく。
いつの間にか教会にいる人たちが、みんな空を見上げていた。
「すごいね、こっちの方まで空の色が見えてきた」
オーナーの声に、どんより雲が半分ほど移動しているのが見えた。
風に流れていく雲と一緒に、色の変わった空が見えてくる。
こんなに広範囲に魔法をかけたことがないから、疲れてきた。
いつもはテラス席の上だけでいいもんな。
でも、まあ、ミオたちのこんな顔が見れるんじゃあ、やめられねえし。
久しぶりに、みんなの兄ちゃんに戻ったような感覚に、一所懸命手を動かす。
どれほどそうしていただろうか、最後の雲がここからいなくなったのと同時に、空を真っ白にした。
空が一気に白くなったので、現実味のない景色になった。
もれなく俺たちが見える範囲は、みんな白かった。
太陽の光がキラキラと光るようだった。
「……天使様が、降りてきそう」
誰かの呟きに、誰かの感嘆の息が漏れて、空までもが祝福しているようだと錯覚するには、十分な演出となった。
そうして、ゆっくり魔法を解いていった。
空が空色に戻って、俺はホッと息をつく。疲れた〜!
「兄ちゃん、すごいよっ!ありがとう!」
ミオの声に続いて、拍手が起こって、他の弟たちにはどすどす小突かれた。
「なんだよ、兄ちゃん!カッコつけちゃってさあ!」
「いや、兄ちゃんはかっこいいからっ!」
「今のまじすごかった!またやってよ!」
「ええぇ…、お前ら調子いいな…」
俺が呆れていると、空を見上げて惚けている人たちに向かって、オーナーがニコニコしながらチラシを渡し始めた。
「という感じに、今の魔法はこちらのカフェで見られますので、ぜひ遊びに来てくださいね〜!」
オーナー、ちゃっかりしてますね…。
「今のことは、ぜひご家族やお友達に教えてあげてくださいませ。とても幻想的で素敵だったでしょう?」
オーナーの宣伝は嫌味がないからすごい、俺にはできんことだ。
まあ、これで客が増えるのはいいことだろう。
「お前たちも、また見たかったら俺の働いているとこまでおいで。そん時はサービスしてやるよ」
俺の固有魔法は、空の色を変えるだけ。
たったそれだけのことだけど、役に立つ瞬間もあるらしい。
了
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