第8話 国土再演
街が、国になる。
最初に異変に気づいたのは、風だった。
潮の匂いが濃くなる。湿った空気が、肺に重く沈む。
「……来るぞ」
トウマの声が低い。
神奈川刺客長は、宙に浮かんだまま、両腕を広げていた。
「見せてあげるよ」
その声は、どこか誇らしげだった。
「神奈川王国、そのものを」
瞬間。
遺都東京が、書き換わった。
地平線が歪み、ビル群の隙間から海が現れる。
コンクリートが砂に変わり、港湾施設が“本来あるべき位置”へとずれる。
「……馬鹿な」
これは幻覚じゃない。
構造が再生されている。
横浜、川崎、横須賀。
街区が“記憶通り”に並び直されていく。
「国土再演……」
トウマが呟く。
「過去に存在した都市配置、地形、環境――
それを丸ごと再生している……!」
「正確には」
刺客長が訂正する。
「“再現”じゃない。“再演”だ。
神奈川が最も“機能していた瞬間”を、ね」
港から、砲声。
「――ッ!」
反射的に炎を展開しようとして、気づく。
炎が、戻ってきている。
だが――重い。
「……?」
体内の炎が、俺に逆らう。
「奪取された能力は、完全には戻らない」
刺客長が楽しそうに言う。
「君の炎は、今――神奈川の記録を混じえている」
まずい。
撃ち込まれたのは、近代兵器。
異能じゃない、国土に刻まれた“戦争の記憶”。
砲弾が降る。
「トウマ!」
「分かってる!」
雷が走る。
結果切断。
だが――斬れる数に、限界がある。
未来が、多すぎる。
「……っ!」
俺は歯を食いしばり、炎を絞る。
「燃やすな……選べ」
砲弾の“着弾点”だけを燃やす。
爆発が、空中で霧散する。
その隙を縫って、前進。
海が、迫る。
波が、立ち上がる。
「津波……!?」
「湘南王国、潮位制御」
巨大な水壁。
都市ごと呑み込む勢い。
俺は、止まった。
――ここだ。
上限なき炎が、問いかけてくる。
どこまで燃やす?
俺は、決めた。
「……“海”を燃やす」
概念炎。
水という“物質”ではない。
海であるという状態を、燃やす。
瞬間。
津波が、崩れた。
水が水でなくなり、ただの湿気に戻る。
トウマが、目を見開く。
「……お前、今……」
「考えるな!」
俺は叫ぶ。
「今は――前だけ見ろ!」
港湾クレーンが、武器になる。
高速道路が、罠になる。
国土そのものが、敵。
刺客長は、限界まで能力を回している。
――だからこそ。
「隙は……必ずある」
トウマが言った。
「国土再演は、“国を維持する未来”が必要だ。
なら――」
「国家が滅びる未来を斬ればいい」
俺が、続ける。
二人同時に、踏み込む。
雷が、神奈川王国が存続する未来を断つ。
炎が、国土という記録媒体を焼く。
刺客長の再演が、瓦解する。
「……ああ」
彼は、笑った。
「これが……負けか」
国土が、崩れる。
海が消え、街が元に戻る。
刺客長は、地面に膝をついた。
「君たちなら……
きっと……」
最後まで、楽しそうだった。
沈黙。
夜明けが、来る。
神奈川王国の刺客は、
ここで終わった。
だが。
トウマが、呟く。
「……今の戦い、確実に見られてる」
「だろうな」
俺は、空を見る。
雲が、赤く染まる。
45国のうち、一国目。
そして俺たちは、理解した。
この戦いは、
国を壊す物語だ。
――もう、引き返せない。




