第6話 再演『リプレイ』
逃げた、という事実が、胸に刺さっていた。
俺は、逃げたことがない。
燃やせば終わる。そう信じてきた。
だが神奈川王国の刺客長――
再演の能力は、それを許さなかった。
「……距離、取れたな」
崩落しかけた旧区画。
コンクリートの柱に背を預け、俺は呼吸を整える。
血は、もう止まっている。
炎で無理やり塞いだだけだが。
「さっきの男……」
トウマが口を開いた。
「結果を斬っても、同じ結果を“再生”される」
「チートすぎるだろ」
「違う」
トウマは首を振る。
「能力の本質は、記録だ。
一度起きた現象を、雷より遅い“再生”としてなぞる」
「じゃあ……」
「一度も見せなければ、再演できない」
なるほど。
だが問題がある。
「神奈川は港だ。
情報量が多い」
「そう」
トウマは苦い顔をした。
「刺客長は、全国の代表戦を見てきている。
俺の雷も、お前の炎も……既知だ」
嫌な話だ。
その時。
――拍手。
「分析、早いね」
通路の奥から、ゆっくりと現れる影。
白外套。笑顔。
神奈川王国刺客長。
「逃げ切ったと思った?」
「思ってない」
俺は炎を灯す。
だが、出力は絞る。
「お前、しつこいな」
「光栄だ」
刺客長は肩をすくめた。
「君たちは“観測価値S”だ。
僕が直々に処理しないとね」
指を鳴らす。
空気が、揺れた。
――炎。
俺の炎が、再演された。
「……ッ!」
同質の炎。
だが、明らかに“俺より弱い”。
「劣化コピーか」
「正解」
刺客長は楽しそうだ。
「完全再現はできない。
でも、十分だろ?」
炎がぶつかり、相殺される。
その隙。
雷。
トウマが踏み込む。
――斬れる。
はずだった。
雷が、途中で止まった。
「な……?」
刺客長の背後に、もう一人のトウマ。
雷の残像。
「君の“結果切断”、再演させてもらった」
ぞっとした。
斬られるはずだった未来が、重なっている。
トウマが後退。
「ミコト、下がれ!」
遅い。
再演雷が、俺を貫いた。
胸が焼ける。
肺が悲鳴を上げる。
「が……っ!」
倒れかけた俺を、トウマが支える。
「無理するな!」
「……悪い」
刺客長は、首を傾げた。
「炎も雷も、強すぎると“見本”になる。
君たち、派手すぎたね」
そうだ。
俺たちは、戦いすぎた。
「じゃあさ」
俺は、笑った。
炎を、消す。
完全に。
「次は――」
静寂。
能力反応、ゼロ。
「……は?」
刺客長が初めて、目を見開いた。
「能力を、使わない」
俺は、拳を握る。
「燃やせないなら――殴る」
踏み込む。
ただの肉体。
ただの速度。
だが――
刺客長は、再演できない。
見たことがない戦いだからだ。
拳が、顔面を捉える。
初めて、刺客長が吹き飛んだ。
トウマが、低く言う。
「……なるほどな」
「だろ?」
俺は、息を吐く。
「再演できるのは、“見た戦い”だけだ」
だが刺客長は、立ち上がった。
笑っている。
「いい……
本当にいい」
血を拭いながら、言った。
「君たち、最高だ」
殺意が、濃くなる。
ここからが、本番だ。
神奈川王国との戦いは、
まだ――始まったばかりだった。




