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滅びゆく世界を救うたった一つの方法  作者: 細川 晃
第2章 焼きたてクリームパイと瓦礫と砂埃
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1 趣味

 

 なぜだろう。


 記憶喪失のはずなのに、僕はこういった状況に覚えがある。


 もしかすると実体験かもしれない。


 だとするなら記憶を失う前の自分も、きっと苦労していたんだろうなと思った。


「まだ正確な日時は決定していないが、今月中には統合軍総司令部から第七次討伐作戦が発令される。小春はそれまでに実戦装備の扱いに完熟し、シミュレーター上での作戦成功確率八十パーセント以上を達成できるよう訓練に励んでもらう」


「冗談、ですよね?」

 僕の声はかすれ、そして震えていた。


「冗談を言っているつもりはない」


「実戦に出て、戦えってことですか!?」


「さっきからそう言っている。戦力的な心配は当然あるが、これが現状において最良の選択だと確信している。まだ言っていなかったかもしれないが、小春の肉体はすでに生身ではない。脳以外のすべてが高度に機械化された全身機械化のサイボーグ。軍用の装甲義体に脳核を搭載してある」


「はい?」


「一応補足しておくと、統合軍では十二型装甲義体〝カササギ〟に脳核を搭載したサイボーグを重機械化歩兵と呼び、肉体の一部を機械に換装したサイボーグを軽機械化歩兵と呼ぶが、そういった区分の中でも小春の義体はかなり特殊な仕様となっている」


「…………」


「戦略機動部隊〝ハミングバード〟の専用機として開発され、前世代機の来栖野式十八型装甲義体〝ツバメ〟を圧倒的な機体性能で凌駕するスーパー・ハイエンド仕様であり、外部兵装を使用すれば、理論上は単独でのアルバトロス完全撃破すらも可能な――」


 もう我慢の限界だった。


「いい加減にしてくださいよっ! 僕はもうアリス様の遊びにはついて行けませんっ!」


 僕が叫ぶと、アリス様は小鳥みたいに目を丸くしていた。


「……小春?」


 彼女のつぶらな青い瞳と、小動物的な愛くるしさに、思わず怒りの矛先を収めてしまいそうになったが、こっちだって怒る時は怒るのだ。それを敬愛するアリス様にわかってもらうべく僕は心を鬼にして、毅然とした態度を貫いた。


「アリス様がお金持ちだってことは、本当によくわかりました。こんな大規模なイタズラは、そうそう仕掛けられるものではありません。それは素直に凄いと思いました」


「……?」


「サプライズも嫌いではありません。どちらかと言えば大好きです。こういうのは初めてでしたけど、存分に堪能させていただきました。陸地が大きく削られた世界地図が出てきた時なんて、心臓がドキドキしてうるさいくらいでしたから」


「……小春」


「ですけど、なにごとにも限度というものがあります。口うるさく感じてしまうかもしれませんけど、僕はアリス様を尊敬しているからこそ――」


 その時、プロジェクターから投影された奇妙な映像が、視界の端にちらりと映り込み、僕は驚愕のあまり息を止めた。


「え……なんで……」


 さーっと、全身から血の気が引いていく。


「小春?」


 アリス様が心配そうにこちらを見ているが、もはやそれどころではなかった。



《うーっ、うぅーっ! アリス様ごめんなさいっ、ごめんなさいっ》



 スクリーンに投影されたその映像は、メイド業務に勤しむ在りし日の雪風小春を色鮮やかに映し出していた。


《それにしてもどうして、勝負下着ばかりがこんなに……。あ、よかった。アリス様もたまには普通のやつを履くんだ》


 二カ月間の女装生活と、アリス様の壮大なドッキリを経験し、すでに大抵のことでは動じないつもりでいたけど、認識が甘すぎたようだ。


《あれ、ちょっとまてよ? ま、まさか……。ああああッ! これ僕のパンツじゃん!》


 ピンク色の女性物下着(自分用)を握りしめながら、一人の女装メイドが、アリス様の寝室で絶叫している。見間違えるはずもない。


《バレなければ、問題ないか。うん。でも、もし、もしも僕が男だってアリス様に知られてしまった時は、どうすればいいのだろう……》


 スクリーン上に音声つきで投影されているのは、まぎれもなく僕自身だった。


《……手術を、受けるしかないのかな》


 終わった。

 ……終わった。


「アリス様」


「なに? 小春」


「あの映像は、いったい……」


 錆びついたブリキ人形のように、頭部をギギギっと小刻みに揺らしながら、僕はどうにか正面へと顔を向ける。不思議なもので、極限状態に置かれて感性がマヒしているためか、現時点において僕は意外と冷静だった。


「あれは、私の部屋の監視カメラの映像」


 アリス様は一度席を離れると、プロジェクターを停止させてから戻ってきた。


「小春には話していなかったが、鶺鴒館には防犯上の理由から監視カメラが設置されている。ただプライバシーに配慮し、私以外には映像を閲覧できないようになっているので安心してほしい」


 アリス様、そういうことじゃないんですよ。


「もしかして、知っていたのですか?」


「なにを?」


「僕が男だと、あなたは知っていたのですか?」


「もちろん、最初から知っていた」


 最初、から……? もう隠す必要はないと言わんばかり態度に、僕はしばし絶句していた。


「だったらどうして、僕に女装を?」


 こちらが血を吐く思いで投げかけた質問に対し、アリス様は数秒間思い悩む仕草をしていたが、結局は普段通りの仏頂面のまま、こちらが耳を引きちぎってでも聞きたくなかった真実をサラリと口にする。



「今のところは、とくに理由はない。私の趣味」



「趣味? 僕はあなたの趣味で、この二カ月間、女装させられていたのですか?」



「そういうことになる。小春はそのメイド服を着ている時が、世界で、いちばん、かわいい、から」



「――――」


 その瞬間、心の奥で細い糸のようなものがプツリと切れた。


 そして気がつくと、僕はアリス様の前から逃げ出していた。



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