6 ひとりきり
「――がぁ」
まさに一瞬の出来事だった。
これまで鉄壁の防御性能を発揮し続けていた渡り鳥の電磁流体装甲、それを真正面から飛来した砲弾が食い破る。
蒸発し、先細りしながらも、荷電粒子の防御層を突破した数百グラムの金属片が、渡り鳥を形作る白亜の装甲を搭乗者の肉体ごと大きく抉り取った。
同口径でありながら、尋常ならざる装甲貫徹力を秘めた一発の徹甲弾。
それが同時に発射された複数の通常弾の中に、巧妙にまぎれ込んでいたのである。
「マコトッ!?」
もはや何もかもが手遅れであった。
僕の眼前で焼け焦げた装甲板がごっそりと剥がれ落ち、露わになる裂傷は、明らかな致命傷だった。装甲義体の右胸部から、右下腹部にかけての大部分がちぎれて脱落し、冷却液の滴るこぶし大の主機が無残にも外気に晒されている。
こちらが彼女の援護に動くよりも早く、続く第二射が無慈悲に叩き込まれた。
もはや隠す必要もないと言わんばかりに、飛来する数十の敵砲弾はそのすべてが、電磁流体装甲を突破可能な特殊弾であった。
「こ、は……、ごめ……」
満身創痍の渡り鳥が血煙となって散華する。
その鮮烈な光景は、さながら赤熱する焼きごてとなって、たった一つ僕に残された瞳の奥底を焼き焦がす。
《パックス・ツー、機体反応消滅》
「マコ、ト」
地上を徘徊する幾千のキメラが群がり、散らばった破片を手あたり次第に貪っている。
「……マコト」
僚機の機体状況を表したピクトグラムは、正常を意味する緑色から一転して、脱落・欠損を意味する黒一色に塗り潰され、その上から戦死という冷酷な二文字で装飾されていた。
《計測結果。キメラの放った新型の砲弾は、砲口初速が飛躍的に向上し、かつ同口径でありながら三倍以上の質量を有すると判明。これは自然界には存在し得ない物質であり、極めて高度な科学技術を有しなければ――》
渡り鳥が映像やグラフ資料を交えた解説を自動的に行っていたが、どうでもいいというのが真っ先に思い浮かんだ感想だった。
「…………」
作戦を再開した。
たったひとり、砲火の中を駆け抜ける。
すぐさま奇妙な変化を実感した。異様なほどにコンディションが優れていたのだ。体が軽く心が軽く、刃のキレがそれまでよりも数段冴え渡っている。けれども感情が、キメラに対する激烈な怒りが冷めてしまっているわけでもない。
そうさ、どうでもいい。
敵の新兵器なんて心底どうでもいい。
やることなんて最初から決まっている。
なぜなら彼女と約束したのだから。
「自爆シーケンス、起動準備。戦略機動部隊〝ハミングバード〟隊長、雪風小春大佐として、全リミッターの解除並びに主機のオーバーロードを要求する」
《識別コード一致、認証しました。最終パスワードを入力してください》
「カナリアが歌う」
《最終パスワード〝カナリアが歌う〟の入力を確認。ムクドリ型永久発電機構、全リミッターが強制解除されました。ご注意ください。ただちに自爆シーケンスを実行しますか?》
「現状を維持。ただしこちらの命令後、即時実行」
《了解しました》
これでいい。準備は万端だ。
ネストの最深部に到達し、作戦の最優先撃破目標である特殊個体〝オメガ〟を発見後、ただちに自爆するだけだ。
それですべてが終わる。
オメガの消滅によって、キメラを滅ぼすという誓いも連鎖的に果たされるだろう。
「そうか、そういうことか」
刃を操り、雷鳥で薙ぎ払いながら、ふと理解する。
第六次討伐作戦。
地球の大地を食い荒らす最後のアルバトロスを討伐するべく発動されるも、失敗に終わった人類史上有数の大反攻作戦。
その作戦で突入部隊を指揮した雪風小春という軍人は、激戦の末に戦友を一人残らず失い、自身もまた戦闘能力を喪失するほどに追い詰められながらも最後まで理不尽にあらがい、懸命に抵抗を続けた。
そして作戦の終盤、アルバトロスの最深部に到達した満身創痍の彼は、自身にコアを破壊する余力がないと悟り、自ら主機を暴走させ、決死の自爆特攻を敢行した。
まさに英雄的献身と表現しても過言ではない働きを実践してみせたのだ。
ただこの話を聞いた当初は、自爆という究極の選択をした彼の心情が、自分には今一つ理解できなかった。
けれど今なら、今の僕には、彼の思いが理解できる。
戦場からの生還は絶望的、与えられた任務を完遂する余力は残されておらず、刀折れ矢尽きて、まもなく自分が死ぬことは確定している。
英雄と呼ばれた雪風小春という軍人は、その時こう考えたはずだ。
愛する人を守りたい。
戦友に、仲間に、笑顔でもう一度会いたい、と。
彼の思いは理解できる。しかし残念ならが、今回の雪風小春という存在は、そこまで高潔な意志を持
てそうになかった。
「マコト、アリス」
本音を言えば、もう人類なんてどうでもよかった。このまま世界が滅んでしまっても構わない。だってもう心から愛する人は、誰も生きてはいないのだから。
もしも死後の世界などというものが実在するのなら。
ただただ、彼女たちに会いたかった。
それからひと言でいい、これまでの頑張りを褒めてもらいたかった。
「待っていてください、二人とも。あと少しで終わりますから」
それだけが僕の唯一の望みだった。
第9章・完。




