5 これに着替えて
五月上旬。
しばらく穏やかな日々が続き、一週間ほどが過ぎていった。
「よい、しょっと」
今日も今日とて、僕は来栖野家のメイドとしての業務をまっとうするべく、朝早くから女装に励んでいた。
いつも通り女性用のパンツを履き、慣れた手つきでブラジャーを身に着けた僕は、少しでも自然な女性に見えるように、鏡の前で体をひねったり屈めたりしながら入念なチェックを繰り返す。
「よしよし、いい感じ」
僕が着用しているブラジャーは、どういうわけか、自然なバストラインが形成されるような細工が施された、ようするにパッド入りのブラジャーだ。
ちなみにパッドは、ブラジャーに最初から附属していたものを使用している。これこそまさに、女性用品を製造する企業ならではの細やかな気配りというやつなのだろう。
「…………」
そんなどうでもいいことを考えながらの現実逃避も、結局長くは続かなかった。
ふとした拍子に正気を取り戻し、冷静に現実を認識してしまう。
鏡に映っている今の自分が、女性用下着を慣れた手つきで着用し、バストを少しでも大きく見せようと奮闘している変態女装野郎でしかないことを再認識した途端、心にぽっかりと風穴が開き、頬を熱いものが流れ落ちていく。
「はははっ、つらい」
目元を拭って、笑うしかなかった。
もう限界かもしれないな。
いっそのこと、自分は男性なのだと、カミングアウトしてしまうべきなのかもしれない。
それでもって潔く警察に自首して、司法の判断のもと罪を償うべきなんだ。
「……なんでこんなことに」
ただ、それでも結局はアリス様に多大な迷惑をかけてしまう。とても心苦しいけれど、真実が明るみに出る前に、なにも告げずに鶺鴒館を離れるべきだろうか。
「……はー」
どうしたらいいのだろう。
もちろん、いくら考えたところで正しい答えなど出るはずもなかったので、再び問題を先送りにして、昨夜のうちにクローゼットから出しておいた清潔なメイド服を手に取った。
下着姿のまま、僕が力なくメイド服を抱えていると――。
バーンっ!
突然、大きな音と共に部屋のドアが押し開かれ、廊下から紺色の制服に身を包んだアリス様が現れた。
なぜか彼女は茶色の紙袋を小脇に抱えている。
「小春」
「へ?」
現実を受け止められず、頭の中が真っ白になる。
僕は素肌をさらしたまま古いパソコンみたいにフリーズしていた。
「これに着替えて」
彼女は無表情のままそう告げると、抱えていた紙袋から真新しい紺色の制服を取り出して、それをベッドの上に放り投げた。
ああ、いけませんアリス様……。
そんな乱暴に扱っては、せっかくの新品のお洋服がシワだらけになってしまいます。
「玄関で待ってるから、着替え終わったらすぐに来て」
とにかく早くして、と言い残し、アリス様は部屋を出ていった。
「――きゃああああああああッ‼」
ひとり残された下着姿の僕は、ただただ甲高い悲鳴を上げるしかなかった。




