7 B88cm(C)
とても可愛らしい花柄のパジャマを着ているマコトは、混乱のあまり今にも泣き出しそうな表情で、しどろもどろになりながら必死に言葉を紡いでいった。
「パーティが楽しかったから、寝ちゃうのがもったいなかったんだ。だから小春がお風呂に行った隙に忍び込んで、ちょっとしたイタズラのつもりでベッドの中に隠れてた。でも部屋に帰ってきた小春は、急に服を脱いで……」
「…………」
「最初は見間違いかと思ったけど、あの骨格は間違いなく男のものだった。胸もペッタンコになってて。もう意味がわからなくてっ! 身動きが取れなかった。そうしているうちに部屋の電気が消えて、小春がベッドに入ってきて……」
「出るに出られなくなった、のですね?」
「……うん」
ああ、なんということだろう。
いつかこんな日が来るだろうと、覚悟はしていた。
けれど、まさかマコトが僕の部屋に忍び込んでくるなんて……。
「なあ、聞いていいか?」
マコトはいつになく神妙な面持ちで、僕の瞳を真っ直ぐ見つめていた。
もはや言い逃れはできないのだと直感で理解する。
「はい」
「小春は、男なのか?」
「そうです。僕は男です。身も、心も」
「いや、おかしいだろっ! お前、絵本の中のお姫様みたいに可愛いのに、それで男なのか!? だったら正真正銘の女である俺はいったい何なんだ!? おっさんか!?」
「今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
「……まじかよ」
許されることはないと知りつつ、それでもせめて誠意だけは示さなければならないと思い、僕は謝罪の言葉と共に深く頭を下げた。
「アリスは当然知っているんだよな」
「知ってます。というよりも、女装を続けるように命令しているのがアリス様ですから」
「あー、そっか、そうだったのか。納得した。なんていうか、小春も大変だな」
「あはは……」
マコトは怒っているというよりも、純粋に困惑している様子だった。
手ひどく罵倒されることも覚悟していただけに、彼女のリアクションは僕の予想とはかなり異なっている。しかし、まだ許されたと判断するには早計だ。これがもしも逆の立場だったなら、僕は絶対にこんな謝罪なんかで相手を許しはしないだろう。
「全部、無かったこと、見なかったことにできればラクなんだけどな」
「そうですね」
「正直に言うとまだ混乱してるし、小春が男だってことがどうしても信じられない。どうにもピンと来ないんだ」
「……はい」
当然だ。無理もないと思う。
これまで女性だと思って接していた人物が、本当は女装した男性だったのである。
混乱するだろうし、すぐに理解が及ばないのも当然だ。
「どうすればいいんだろうな?」
マコトは表情を曇らせながらベッドから降りると、そのまま僕の真正面に立った。
「……小春、ひとつ聞いていいか?」
「?」
「お前、アリスと付き合ってるのか?」
「――!?」
マコトは意地悪な笑顔を浮かべながら、僕の頬っぺたを指先でつんつんと突く。
「ほんとわかりやすいな。まあ、そこが小春らしいところでもあるんだけど」
しばらくすると彼女はくるりと後ろを向いて、部屋の隅っこへと駆け寄った。
そこにあるのは、僕の衣類全般が収納されているクローゼットだ。
「あの、マコト」
「ん?」
マコトは、予備のメイド服などが整然と並ぶ上段の収納スペースには目もくれず、下着類が押し込まれている下段へと真っ先に手を突っ込んだ。
「なにをしているのですか?」
「物色」
こともなげに呟いた。
衝撃のあまり意識が遠ざかり、僕は気絶する寸前だったが、ここで気を失ってそのまま朝を迎えられたなら、どれほど幸せであっただろうか。
「あ、ブラジャー発見。やっぱりパッドを挿入するタイプだったか。パッドにもかなりの厚みがあって柔らかい。もしかして医療用シリコンってやつか?」
ブラジャーやショーツを手当たり次第に引っ張り出し、よく観察するためなのか、ひとつずつ天井の照明にかざしている。
「お? こっちの洗濯カゴの中にもパンツが入ってる。うわぁピンク色だ、かわいい」
ぎゃああ!
「ダメダメダメっ、ダメですって!」
「減るもんでもないし、いいじゃん少しくらい」
関係ありませんよ! 恥ずかしいものは恥ずかしいいんです!
マコトは先ほどまでとは違う意味で両頬を赤く染め、大きく見開いた双眸を爛々と輝かせていた。彼女は明らかに僕をいじめて楽しんでいる。相手を喜ばせるようなリアクションをするからいけないなのだと頭ではわかっていても、こればかりはどうにもならない。
だって仕方がないじゃないか。あれは、ついさっき僕が脱いだばかりの下着なのである。
「小春、今さらながらお前に言っておきたいことがある」
「……なんですか?」
「たとえ男だろうが関係ない。俺とお前はずっと親友だからなっ!」
「はぁっ!?」
嬉しいですけど、僕の下着を握り締めながら言っていいセリフじゃありませんよねっ!?
ああっ! ああーっ!
偽乳パッドをブラジャーのポケットから勝手に取り出さないでくださいっ!
ちゃんとした角度でポケットに入れるのが結構たいへんなんですからねっ、それっ!
「それにしても、めちゃくちゃやわらかい。これが小春の胸の感触か」
揉まないでくださいっ!
ああ、これが深夜のテンションというやつなのだろうか。
それとも性別を偽ってきたことに対する相応の報いなのだろうか。
とにかくもう我慢の限界だった。
「……ぁぅ」
いくら負い目があるにしても、この傍若無人な振る舞いには耐えられない。
「こ、こらーっ! もう許しませんからねっ!」
「きゃー。小春が怒った!」
「僕のブラジャーを返してくださいっ!」
「ほら、返したぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
投げ渡されたブラジャーからは、片方のパッドが抜き取られていた。
「――って、パッドも含めて全部返すに決まってるじゃないですか!」
僕は自分のブラジャーを握り締めながら、心の底から楽しそうに微笑んでいるマコトを追いかける。本気を出せば距離は一瞬で詰められたが、この狭い室内ではそれもできない。
「パッド、パッド、小春のパッドはCカップ! ぽよよん! ぽよよん!」
「小学生みたいなことしないでくださいよ!」
僕がそう言うと、なぜかマコトは苦笑しながら頷いた。
「よくわかったな。じつは俺、つい最近まで小学生だったんだ」
「え?」
「二〇一二年にアルバトロスが本土に上陸したせいで、小学校すら卒業できなかったからな。一応、日本の学校教育は今現在も無期限の凍結状態にあるみたいだから、そういう意味でも、俺の身分は最近まで小学生のままだったらしい。軍のIDカードを発行してもらう時に詳しく説明されて驚いたぜ」
「……そういう反応に困るネタは禁止です」
「あははっ! まあ今は、立派な統合軍の軍人だけどな」
「立派な軍人は、勝手に人の下着をあさったりしません」
「そうかもなっ」
「あ、逃げるな!」
マコトが部屋の外に出ようとしたので即座に反応して先回りし、唯一の出入り口であるドアを自分の背中で塞いだ。はははっ、観念しろ。お前は最初から袋のネズミなのだ!
「ちぃ!」
「――っ!」
「あぎゃ」
それでもマコトは僕の真横を通り抜けようとしていたので、すかさず横合いから飛びつき、強引に引きずって、さらに引きずって、そのままベッドへと押し倒す。彼女は奇妙な悲鳴を上げていたが、今度こそ逃がすまいと、馬乗りになって動きを封じ込めた。
「はぁ、はぁ、やっと捕まえました。もう逃がしませんからね」
乱れた白いシーツを背にして横たわるマコトの両手首を馬乗りになりながら押さえつけていると、衣服の胸元がはだけていることに気づく。
「小春、大胆」
この期に及んで露わになった鎖骨とスポーツブラが気になるのか、マコトは恥ずかしそうに頬を赤らめてうつむいた。なんとも彼女らしからぬ仕草だった。
「なにを今さら。……恥ずかしそうなフリをしても無駄です。もう騙されません」
「痛い。もう少し優しくしてくれよ」
「……?」
おかしい、なにか変だ。
そんな直感が電流となって背筋を貫いた。
快活で男勝り、小さな物事には捕らわれないサバサバとした気質のマコトは、服の胸元から下着を見られたくらいで赤面するような生娘ではない。
彼女は正真正銘の戦士だ。
命令一つで命がけの任務を遂行し、戦場の最前線に身を投じることもいとわない。
そこに性別の差異などという些細な問題が介在する余地はなく。
もはや彼女は女性である前に、ひとりの軍人である。
果たしてそんなマコトが、この程度で、こうも恥ずかしそうに頬を赤らめるだろうか?
いや、ありえない。絶対に違う。
これは、なんらかの手法で僕を陥れるための巧妙な罠だ。
そう思い至った直後。
「あ」
何者かの鋭い視線を肌で感じ取る。
僕は自分が罠にかかったのだと確信した。もう押さえつけてもいないのに、マコトがあえて押し倒された時の体勢を維持し続けていることからも、それは明らかだ。
彼女がさっきから無言なのは、きっと笑い出しそうになるのを必死になって我慢しているからに違いない。でも、今の僕にはそれすらも咎める余裕がなかった。
ふと視線を上げると、いつの間にか部屋のドアがわずかに開いていて、その隙間から誰かが室内の様子を覗き見ている。あれが誰なのか、そんなのは考えてみるまでもない。
「――――」
もうすでに目が合っている。
もうしばらく現実逃避を続けていたかった。けれど完全に開かれたドアから彼女が入ってきた時には、それすらも中断しなければならなかった。
「……アリス、様」
きっと僕らが夜中なのに大騒ぎしていたから、うるさくて目が覚めてしまったのだ。
だから一言注意するために様子を見に来たのだろう。そしてあたかも、僕がマコトを襲っているかのように見える現場を目撃してしまったんだ。
数限りない言い訳が脳裏を駆け巡っていたが、まるで氷のように冷え切った二つの瞳を前にすると、ただただ震えながら口を噤むしかなかった。
「小春」
「は、はい」
表情から一切の感情が抜け落ちたアリス様に名前を呼ばれる。
その声にすらも感情は籠っていなかった。
僕は頭で考えるよりも早くベッドから飛び降りると、無感情な二つの瞳にじっと見上げられながら直立不動となった。
「私の部屋に来て。少し話がしたい」
「……あのー」
「言い訳があるのならそこで話して。ただその内容次第では、私たちの今後の関係についても考え直す必要があるかもしれない」
「……はい」
まるで判決の主文を後回しにされた気分だった。
結局、話し合いは夜明け前まで続いた。
僕らの関係が修復不可能なレベルで破断するという最悪の事態は避けられたものの、この間に負った精神的苦痛は、とてもではないが筆舌に尽くせる類のものではなかった。
「悪かったよ。俺もちょっとやり過ぎだったと反省してる」
くたびれ果てて自室に戻ると、そこにはマコトの姿があった。
僕が無言でその場に佇んでいると、彼女はバツが悪そうに苦笑する。
「ごめんって。そんな恨めしそうに睨むなよ。でもさ、小春だって女装のことをずっと隠していただろ? 俺はやられたらキッチリとやりかえさないと気が済まない性分なんだ。なあなあで片づけていい問題でもなかったしな。小春だってそう思うだろ?」
「ええ、まあ」
「だからこれでオアイコだ。俺は女装の件を全部許すから、小春も俺のことを許してほしい」
「…………。わかりました」
正直に言うと、僕は怒っているわけではなかった。
ただ単に、精神的な疲労がピークに達しているから感情が抑制されているだけなのかもしれないけど、とにかく怒ってはいない。だからマコトが右手を差し出してきた時、僕は迷うことなく、その手を握り返していた。
ふわりと、柑橘系の爽やかな青い香りがした。
「あらためて、これからもよろしくお願いします」
「こっちこそ、これからもよろしくな」
マコトは無邪気な少年みたいに笑っていた。
からりと晴れた夏の青空を思わせるその笑顔が、僕は大好きなのだと自覚した。
第5章 止まり木・完。
次の投稿は、24日の土曜日です。
かんそうおまちしてまーす
※トップがパッド込みで88センチです。アンダーは73センチです。




