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キミに恋する青い鳥  作者: 細川 晃
第4章 第七次討伐作戦
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6 式上ゆき




「まさか……」

 そこは一つ目のコアがあった場所と同じく、広大なドーム型の広間だった。


 はるか頭上ではアルバトロスの動力炉であるコアが強烈に発光し、閉ざされた空間を真昼のように照らしている。


 ゆえに、見間違えようもなかった。


 風を切って歩く小柄な女性の肩口で、雲海のごとく波打つそれは、現実味がないほどに真っ白な長い髪だった。


 ああ、そうだ。

 僕は、あの美しい髪の持ち主を知っている。


「式上、中尉?」

「――――」


 彼女の名前は、式上ゆき。

 先天性のアルビノであり、真っ赤な瞳以外の全身が淡雪のように白い女性である。


 彼女はブレードランチャーを両腰に装備し、自ら開発した相州鬼正を抜き身の状態で右手に携えていた。


 見たところ、その全身を覆う外部兵装たる渡り鳥は、現在僕が装備しているものよりも一世代古いタイプであるようだ。つまりあれらは、南米・ベネゼエラにおける第五次討伐作戦で、彼女が使用していた装備群ということなのだろう。


「式上中尉っ! 僕です! わかりますか!?」


 記憶を失ったせいで、式上中尉とは初対面も同然だったが、彼女は僕のことを覚えている可能性がある。だから戦闘が避けられることを期待して何度か呼びかけてみたものの、それは無駄な試みだった。


 視線が交差した瞬間、僕は理解したのだ。


 彼女の真っ赤な瞳の奥底で、絶対的な憎悪が色濃く渦巻いていたのである。


「式上、中尉」

 相州鬼正の刃が十分に届く距離で立ち止まった彼女は、アルビノ特有の真っ赤な瞳を剣呑に光らせ、まっすぐこちらを見据えている。


 たとえ相手の機体や装備が一世代古いものであっても、式上ゆきはアルバトロスの完全撃破を五度も成し遂げたハミングバードの隊員である。大破に等しいダメージを負っている今の僕が真正面から戦っても勝率は低いだろう。


 だが、もはや戦闘は避けられそうにない。

 そう予見した直後、式上ゆきは感情の欠落した面持ちで感嘆する。


「ああ――」

 それは平淡な直刃のごとく、涼やかな美しい声だった。

「――こんな世界滅びてしまえばいいのに……」


 確信した。

 あれは人間ではない。


 あれはヒトに擬態したキメラ、斬り殺すべき人類の敵である。


 勝たなければ殺されるのだ。しかし相手の動きを待ち続けるような受け身では、万に一つの勝ち目もないのは明白である。それゆえに勝負を仕掛けるのは、今この時をもって他になかった。ただし、ここで肩部の推進装置を使用してしまうと、こちらの初動を看破されて初太刀を回避される恐れがある。


「――ふっ!」

 それを避けるために、僕は静止した状態から予備動作なく、地を這うような低い姿勢で跳躍し、機体の脚力のみで彼我の距離を瞬時にして詰め寄った。


 目標との距離を詰めるその一瞬の合間に、両手を使って対物ブレードを肩に担ぐように構えると、片側の荷電粒子推進機構が微細な重金属粒子を亜光速で後方へと射出し、反作用による二次加速によって機体は文字通り一個の砲弾と化した。


 急加速によって発生した五体を引きちぎらんとする猛烈なGによって、全身から疑似血液が流れ出たが、今はそんなものを考慮している余裕はない。あと数秒でも、機体が現状の性能を維持できるならば、どんなダメージも許容できる。


「――はぁああッ」

 こちらの間合いまで踏み込むと、最上段に構え直した刀身を渾身の力で振り下ろす。


 刹那、金属同士を激しく打ち合わせた音と衝撃がこだました。


「!?」

 現状において考えうる限りの最善を尽くした一太刀は、式上ゆきの携えた相州鬼正の刀身によって難なく防がれていた。対物ブレード同士が接触したことで、耳をつんざく異音を発しながら、超高速で振動する二つの刃が双方を削り合い、白く発光する無数の火花を撒き散らす。


「――っ」

 そのまま至近距離で幾度か斬り合ったが、それらは的確に打ち払われ、ついには攻守が入れ代わり始めた。


 ダメだ、腕の力が……。


 被弾した左腕が、先ほどから急に動かなくなりつつあった。そうなると実質的に右腕だけでブレードを振るわなくてはならず、機体に蓄積したダメージも影響して、防戦一方になるのは必然だった。


 真正面からの斬り合いが通用しないとわかった以上、いたずらに武装を損耗させるのは得策ではない。


 一度仕切り直すべく間合いから離脱しようと試みたが、相手がそれを黙って許すはずもなかった。


「式上中尉っ! あなたに人間としての感情が少しでも残されているのなら、今すぐ退いてくださいっ!」


「――――」


「あれが最後のコアなんですっ! あれさえ破壊してしまえば、今度こそすべてが終わるはずなんです! だから――あ……っ」


 僕は思わず四肢を硬直させた。

 追撃をかわしながら後退していた最中、突如して視界が明滅したのである。


 詳細な情報を得られないため断定はできないが、視界情報の伝達に異常が発生した可能性があった。右目の奥に残留する砲弾の破片が、揺れや振動によって、脳核や視神経ケーブルと接触したのかもしれない。


 それは平時であれば問題にもならないような、ほんのわずかな時間の出来事だったが、この戦闘においては致命的な隙を生む結果となった。


「うぐっ――ああっ、あああッ」

 式上ゆきが繰り出した渾身の斬り下ろしによって、こちらの相州鬼正の刀身は粉々に打ち砕かれ、次の瞬間には返す刀で胸部を刺し貫かれて、虫ピンで固定された標本さながらに地面と縫い合わされた。


「くっ、ふっ、ぁうううっ」

 僕は仰向けの状態で地面に固定され、胸部を串刺しにされたせいで胸が上下に可動できず、段々と呼吸が浅くなっていく。力まかせに刀身を引き抜こうにも、かなり深く突き刺さっていて脱出には相応の時間が必要だった。


「――――」

 式上ゆきは、もがき苦しむ僕を無言で見下ろしながら、ブレードランチャーから自動的に押し出された新たな柄を握り締め、見せつけるようにゆっくりと刀身を引き抜くと、その研ぎ澄まされた切っ先をこちらの眼前へと突きつけた。


「……っ」

 胸を深く貫いていた刃をやっとの思いで引き抜くことはできたが、身動きを封じられた状況に変化はない。このまま飛び起きて斬りかかろうにも、こちらの刃が貫くよりも早く首を刎ねられてしまうだろう。


 どこにも勝ち目はなかった。僕は負けたのだ。


「――――」

 式上ゆきの姿を模したキメラが、無表情のまま僕を見下ろしている。


「はぁっ、はぁっ」

 死の恐怖からか、全身義体であるにも関わらず呼吸が乱れていた。


 死を明確に実感しているせいか時間の経過が緩やかになり、一秒間がどこまでも引き伸ばされていく。そうして永遠にも感じられるような数十秒が経過したが、依然として突きつけられた刃は振り下ろされてはいない。


 自分の胸から引き抜いたばかりの相州鬼正を握り締めて、いっそ差し違えるつもりで飛びかかろうかと何度も考えたが。それを実行に移そうとする度に、アリス様と共に過ごした鶺鴒館での幸せな日々が脳裏に浮かび、死にたくないと怖気づく。


 勝算が得られなければ、身命を投げ打つこともできない。


 それが情けなくて、無性に悔しくて、でも死ぬのは嫌で。


 命乞いをしてでも、泥水をすすってでもと、生き延びることばかりを考え続けた。


「はぁっ……はぁっ……うぅっ」

 殺されるのが先か、正気を失うのが先か。


 次々とあふれ出た大粒の涙が、血にまみれた頬を伝っていく。


 極限の緊張を強いられ、僕は恐慌状態の一歩手前まで追い詰められていた。


「…………」

 そんな精神状態において、式上ゆきの様子がそれまでとは変化していることに気づくことができたのは、まったくの偶然と言ってよかった。


 感情の欠落した操り人形も同然であった彼女は、いつの間にか困惑した表情で身を強張らせていて、憑き物でも落ちたかのように呆然と立ち尽くしていたのだ。


 表情の変化があまりにも露骨だったため、こちらの暴発を誘う罠の可能性を真っ先に疑ったが、それでも千載一遇の好機であることには違いない。


 闘争か、死か。


「――ぁあああああああッ」

 もはやなりふりなど構ってはいられなかった。


 絶好の好機を逃してはならないという一心で飛び起きると、両手で握り締めた刃を敵の腹部へと突きたて、押し倒し、そして馬乗りとなる。


 死ねッ! 死ねッ! ――死ねッ!


 自分が自分ではなくなってしまう感覚に陥ろうとも、温かい返り血が全身に降りかかろうとも関係ない。


「……ぁ」

「アアアアああああッ」


 かすかに聞こえた誰かの悲鳴を自分の絶叫で塗り潰し、逆手に持った得物で、胸や腹などを何度も突き刺した。それは錯乱した新兵が、すでに息絶えた敵兵を銃剣で何度も刺突するような無様極まりないものだった。





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